短歌と俳句(16)石原吉郎15
詩人石原吉郎(1915-1977)は、俳句においてはいわゆる「新興俳句」の系譜を継ぐ。新興俳句とは保守本流の高浜虚子門下の精鋭だった水原秋桜子、山口誓子、中村草田男らの連作・無季俳句の実験が発展したもので、秋桜子らはやがて形式的には定型・有季俳句に回帰したが(内容的には新興俳句の実験性を通過したものになった)、新興俳句を出発点とした新人たちにより俳句における革新がようやくなしとげられ、戦後俳句へとつ...
View Articleアル中病棟の思い出14
・3月7日(日)雨「明日は第二病棟に移るので、今日中にKくんの症例予測をできる限り作っておこうと、せっせと少しずつ書いては見せ、ことごとく思い当たると驚愕される。彼との応答からさらに推定し、半ば問診に近くなり、夕方までに双極性障害からくる症例と人格障害の事例を80項目以上におよぶリストにする(注1)。退院したらこれを絶対本にしよう、売れるぞ!とKくん盛り上がる。21時消灯後デイルーム消灯の23時まで...
View Article短歌と俳句(17)石原吉郎16
「短歌と俳句」と題しながら第一回で寺山修司を取り上げたきり、後は詩人石原吉郎(1915-1977)だけを延々考察しているのは決して当初の計画ではなく、現代詩の立場から短歌と俳句を相対的に見る、その最初に石原吉郎を持ってきた(寺山修司は軽い導入部にすぎない)のが論議をややこしくしてしまった。これが三好達治なら、短歌も俳句もそれぞれの様式を活かした優れた作品を書いている。中原中也は短歌は書いたが俳句は書...
View Articleアル中病棟の思い出15(特別編1)
・以下に掲載するのが五日間で観察した最初のルームメイトKくんの躁鬱症例予測で、ことごとく思い当たると驚愕されたもの。双極性障害からくる症例と人格障害の事例リストで、退院したらこれを絶対本にしよう、売れるぞ!とKくんが自費出版まで言い出したものだ。〈躁状態の一般症状〉・金使いが急に荒くなる・言動が粗暴になる・飲酒や投資(賭博)に走る・服装が派手になる・眠りも食事もいらない・記憶にない行動がある・物音、...
View Article短歌と俳句(18)石原吉郎17
「短歌と俳句」として詩人石原吉郎(1915-1977)の短歌と俳句を見る場合、その青春期までに短歌と俳句の世界ではどのような動向があったか検討する必要がある。石原の経歴は五年間の軍隊生活と八年間の俘虜生活があり(1941年~1953年)帰国の翌54年には早くも商業詩誌デビューしたから、ほとんど1941年から時間を跳躍してきた(または、日本本土とは違う時間を生きた)詩人だった。日本の現代俳句は正岡子規...
View Articleアル中病棟の思い出16(特別編2)
・前回掲載したKくんの双極性障害と人格障害の事例リストの続き。〈躁状態から人格障害へ〉・他人、世間への軽蔑が高まる・時間感覚が乱れる・意図的に演技的行動をとるようになる・他人を試すような挑発的行動をとるようになる・特定の時期の記憶に執着する・恩を仇で返された怒りがある・過去のトラブルを蒸し返そうとする人物がいる・他人を騙すことに快感を覚える・自分の人格は誰にも変えられない・自分の行動パターンは自分が...
View Article短歌と俳句(19)石原吉郎18
詩人石原吉郎(1915-1977)の短歌と俳句については入隊生活(1941年)以前にすでに文学的嗜好を決定しており、戦後の新人では俳句なら金子兜太(1919-)、短歌なら塚本邦雄(1920-2005)に親近性が高い。前回までに石原の文学青年時代までの俳句の動向は見た。現代俳句が俳句が子規~虚子を源流に虚子派と脱虚子派・反虚子派で割り切れるようには、現代短歌はすっきりしない。これを逐一解説するときりが...
View Articleアル中病棟の思い出17
・3月8日(月)曇り「入院後満一週間。(中略)看護婦に、面会室に第三病棟のKさんが来てますよ、と呼ばれる。夕方四時からは第二と第三の看護スタッフが兼任になり患者も行き来ができるのだ。第三病棟の喫煙室に行く。Kくん言うには、Mさんもガックリ来ちゃって。佐伯くんいないと活気がない。いきなり来ていきなり去って、まるで風の又三郎だよ(たぶんMさんから意味を訊いたのだろう)。寝ていたMさんをわざわざ起してくる...
View Article短歌と俳句(20)石原吉郎19
詩人石原吉郎(1915-1977)の短歌と俳句について、戦後の新人では俳句なら金子兜太(1919-)、短歌なら塚本邦雄(1920-2005)に親近性が高いと前回で指摘したが、実作についてそれを見てみたい。その前に前回昭和戦前期の新興短歌の暗さを強調したが、暗さだけではなく、・ぞろぞろと鳥けだものをひきつれて秋晴の街にあそび行きたし(前川佐美雄)・向日葵をきみは愛しめり向日葵の種子くろぐろとしまりゆく...
View Articleアル中病棟の思い出18
・3月10日(水)雨「Mさんも本来アルコール科なのだが脚の怪我の回復待ちで第三病棟、Kくんは躁鬱病だから本来は第一病棟なのだが素行の問題(なかなか鎮静化しない)ので第三…だったはずだが午前中にMさん、Kくん、Smくん(34歳)と第三組がまとめて第二病棟に移室してくる。Smくんもアルコールではなく鬱病なのだが、第三は一般精神科(第一)とアルコール科(第二)の急性期の混合病棟なので常に満床の上、入院待機...
View Article短歌と俳句(21)石原吉郎20
詩人石原吉郎(1915-1977)の佳句は「懐手蹼ありといつてみよ」「吊革は手錠のごとく霧の電車」ら傑出句以外も、・雲真面皇帝ペンギン夏終る・無花果や使徒が旅立つひとりづつ・独立記念日火夫より不意に火が匂ふ・コップより女したたる暮春かな・弁明へ金魚が血なまぐさき夜他にも「蝙蝠傘地へ立て暮春の決闘場」「蹠のかがやき見えて四月の喪」「柿の木のしたへ正午を射ちおとす」「ひだり眼に棲む秋右の眼へ移る」「雪を...
View Articleアル中病棟の思い出19
・3月13日(土)晴れ「Smくんは妻帯者なので二泊三日の週末外泊だったが今日はもっと多く、病棟は八人ほどになる。昨夜はピクニックと説教、おまけにKくんから強引に第三に一昨日入院してきたIくん(34歳、ドヤ、生保で重鬱と不眠、対人恐怖症)に紹介され(注1)、Sgさん(女性、25歳、病名不明だが明るいタイプ・注2)を押しつけてKくんは喫煙室に行ってしまい、おかげで朝まで疲労からぐっすり眠る。朝食後コンビ...
View Article通院日記12月2日(月)晴れ
クリスチャンにとっては洗礼記念日は第二の誕生日だが、中学二年生(1978年)の九月の第二日曜日だったかな、としか憶えがない。むしろ一生忘れないだろうというのが入獄(2007年5月23日)、今のところ最後の精神入院(2010年12月1日)、そして今ブログ掲載しているアルコール科への学習入院(2010年3月2日)になりそうだ。精神病院では名前で呼ばれたが、獄中では(アポリネールの軍隊経験の詩にあるように...
View Article無題
毎日身を削るように書いたところでどうせ届いていやしないんだ、と思うと徒労感に襲われる。娘たちのことだ。このまま二度と会うこともないのなら、せめて父親がどういう人間だったかを書き残しておきたい。そんな願いもまったく無駄に終る可能性のほうが高いなら、いったいなぜこんなに書かなければならないのだろうと思う。それは書かずにはいられない男に生まれついたからだが、ならばもしも自分を変えたいとしたら、なにも書かな...
View Articleアル中病棟の思い出21
・3月11日(日)晴れ「病棟は週末外泊で10人にも満たないから朝もせわしない感じがしない。学習プログラムもないので煙草でも喫っているか駄弁っているくらいしかない(注1)。朝刊の書評欄で『失われた天才~忘れ去られた孤高の天才音楽家の生涯』(春秋社、ケヴィン・バザーナ)という、ニレジハージなるピアニスト=作曲家の面白そうな評伝を見つける。Mさんもどれどれ、と興味を示し、買おう、メモしておいてくれないか。...
View Article短歌と俳句(22)高柳重信/塚本邦雄
今回は戦後俳句・短歌で前衛の口火を切った、高柳重信句集「蕗子」(昭和25年8月)と塚本邦雄歌集「水葬物語」(昭和26年8月)から各々巻頭の一章を紹介したい。共に戦時中弾圧されていた新興俳句・短歌に傾倒した新人の第一作品集で、この二冊は合同で自費出版されたことでも知られる。当時高柳は27歳、塚本は31歳だった。なお高柳の俳句は原文は多行形式で表記されているが再現できないので、追込み引用とした。身をそら...
View Article短歌と俳句(23)岡井隆/春日井建
塚本邦雄(1920-2005)の第一歌集「水葬物語」(昭和26年8月)から始まった戦後の前衛短歌運動は優れた新人の登場を次々と促し、特に塚本が寵愛したのが寺山修司(1935-1983)と春日井建(1938-2004)だった。だが寺山は20代のうちに短歌から離れ、春日井は第一歌集「未青年」(昭和35年)のみが塚本や三島由紀夫の激賞により現代短歌の金字塔となる。大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこ...
View Articleアル中病棟の思い出23
・3月15日(月)晴れ「午前中は学習プログラムなし、午後はヴィデオ。今日は波乱はない。N先生へのメール書き上げて送る。第三病棟から遊びに来たSくんから、あの婆さん隔離室に入れられましたよ、と聞く。ティッシュペーパーの箱の裏に助けて下さい、と書いて他の患者に嘆願したりしたらしい。Kくんは診察日。退院は入院日から数えて三か月に延びたという。つまりほとんど同時に退院することになる。Mさんはゴールデンウィー...
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