前2作の水島努監督時代を経てしんちゃん映画は、2004年からテレビ版シリーズのメイン監督を2代目メイン監督の原恵一から継いでいた3代目のテレビ版メイン監督、ムトウユージ監督による3作が続きます。シリーズ通算第13作『ブリブリ3分ポッキリ大進撃』2005は興行収入13億円、第14作『踊れ!アミーゴ!』は興行収入14億円、そして第15作『嵐を呼ぶ歌うケツだけ爆弾!』は、第1作(22億円)・第2作(20億円)のビッグ・ヒット以来9億円(第7作『温泉わくわく大決戦』)~15億円(第9作『オトナ帝国~』)の間で推移していたしんちゃん映画でも、当時シリーズ歴代3位になる興行収入15億5,000万円の大ヒット作になりました。これまで興行収入の上で低迷していたのはテレビ版の話題作が落ち着きを見せたシリーズ第3作~第7作の間で、第8作『嵐を呼ぶジャングル』以降からは上昇して興行収入も安定していたので、原恵一監督時代の最後の2作『オトナ帝国~』『戦国大合戦』の大胆な実験が評価・興行収入ともにしんちゃん映画への注目度を大きく挽回してからは水島努監督の2作、ムトウユージ監督の3作とも高い前評判を持って迎えられ、観客の期待に応えるだけの作品になった時期とも言えます。ムトウ監督作品は『3分ポッキリ~』が快作、『ケツだけ爆弾』が会心の出来で中間の『踊れ!アミーゴ!』は水準作にとどまると思えますがムトウ作品3作はいずれも原監督の『戦国大合戦』や水島監督の『~ヤキニクロード』以上のヒット作になっており、明快なエンタテインメント性では歴代監督中でもすっきりしたジェットコースター・アクションコメディ作品に徹しているのが3作いずれも肩肘張らない楽しさが好ましく、また特撮マニアというムトウ監督の嗜好がうまく反映して(怪獣映画を意識した原監督の『温泉わくわく~』は意欲的失敗作でしたが)歴代監督の長所をムトウ監督流に上手く特撮ガジェット趣向でエンタテインメントにまとめたものになっている。また本郷・原・水島監督のように自作脚本にこだわらないのも良い結果になっています。またムトウ監督は2004年以降現在までテレビ版シリーズを手がけている最長期テレビ版メイン監督なので、劇場版長編はムトウ監督3作以降2作単位・各作単位で持ち回り制になりますが、シンエイ動画スタッフの人材の厚さも感じられます。またムトウ監督作3作のエンタテインメント路線が以降のしんちゃん映画の主流になったとも言えそうです。なお各作品内容の紹介文はDVDボックスの作品紹介を引用させていただきました。
●4月13日(土)
『映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ3分ポッキリ大進撃』(監督=ムトウユージ、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2005.4.16)*92min, Color Animation
◎時空調整員"ミライマン"から「3分後の未来に行ってその怪獣を倒さないと現実に怪獣が現れる!」と知らされ、地球防衛という大役を任されたしんのすけたち。ミライマンの力で変身できるようになるが、倒しても倒しても現れるうえに、どんどん強くなっていく怪獣たちに野原一家は疲弊していく……。
ある夜、しんのすけ(矢島晶子)は春日部に謎の巨大怪獣が現れ、野原家を跡形もなく壊していく夢を、ソフビ怪獣・シリマルダシを抱きながら見ます。今度はアクション仮面のソフビ人形に持ち替えて寝直したしんのすけはアクション仮面(玄田哲章)と力を合わせて怪人軍団を倒してミミ子(小桜エツ子)を助け出し、アクション仮面から正義の心得を教わる夢を見ます。朝、いつも通りに野原一家の朝食は騒がしく、しんのすけは幼稚園のお迎えのバスに乗り遅れてしまい、みさえ(ならはしみき)は慌てて自転車でしんのすけを幼稚園に送ります。帰宅したみさえは朝食にカップラーメンを用意しますが、疲れてそのままうたた寝をしてしまいます。そこに、掛け軸の裏から光を放ちながら宙を舞う物体が現れます。発光体はカップ麺の匂いにつられ、そばに転がっていた怪獣シリマルダシ人形に憑りついてカップ麺をすすります。起き出したみさえは仰天し、怪獣人形に憑りついた物体は仕方なくみさえに、未来からやって来た時空調整員・ミライマン(村井国夫)と自己紹介します。本来は野原家に来る予定ではなく、空腹に負けてカップ麺の匂いに誘われ来てしまったとミライマンは後悔します。帰宅したしんのすけ、ひろし(藤原啓治)ともども野原一家はミライマンに掛け軸の裏を通じて3分後の世界へ連れて行かれます。そこは東京タワー近くのビルの屋上に通じており、東京タワー上空には繭のようなものが浮かび、怪獣が街を襲っています。ミライマンは時空の乱れが原因で怪獣が次々に出現しており、3分後の未来へ行って怪獣を倒さないと危機が現実になってしまうと告げ、一家に協力を依頼します。一家は怪獣退治のために、ミライマンが宿っているシリマルダシの人形を媒介にミライマンの力と正義の心で自由自在に変身する能力を得て怪獣に立ち向かっていきます。しかしやがて、自分たちが世界を守っているのだと有頂天になったひろしとみさえは怪獣退治に没頭して生活習慣は怠惰になり、しんのすけが両親に代わってひまわり(こおろぎさとみ)の面倒をみる羽目になります。そんなある日の朝、いつものようにしんのすけを迎えにやってきた幼稚園の先生たちは野原家の様子がおかしい事に気づき、ひまわりを背負って登園して来たしんのすけから事情を訊きだそうとします。その時、春日部のデパートが一部崩壊し、風間くん(真柴摩利)のママが巻き込まれて負傷した知らせが入ってきます。同時に東京タワー上空には暗雲が立ちこめ、3分後の世界にいるはずの怪獣の繭が現れます。もしやと思い家に急いで帰ったしんのすけは傷ついたひろしとみさえの姿を見て、3分以内では倒せないほどの強力な怪獣が現れ、その戦いのせいで現在の世界に被害が出てしまったと知ります。直後にさらに強力な怪獣が出現、もう勝てないと諦めるひろしとみさえに、しんのすけが「ひま(ひまわり)が女子大生になったら素敵なおにいさまって友だちに紹介してもらう」ために立ち上がります。
――ストーリーを追えばシンプルに見えますが、本作の見どころは無茶なくらいのスピード感にあるので、野原一家が交代しながら変身して怪獣と戦うシチュエーションが最初は丁寧に、次第に徐々に省略化されて、遂には戦闘シーンの細切れになるほど無数の怪獣と野原一家が交替で戦う(しんのすけ、ひまわり、シロも変身して戦う)のは怪獣特撮もの、ヒーローもののパロディがこれでもかと盛りこまれ、エンディングクレジットは本作に登場する怪獣図鑑になっています。冒頭からしばらくはみさえ視点で進行し、最初に美少女戦士プリティミサエスに変身して登場しひろしとしんのすけ、ひまわりをあ然とさせるのはみさえなので、美少女戦士は声優も福圓美里さんに変えてある凝り方です。変身手段は本人の想像力によるとなっているのでひろしが変身する野原ひろしマンは2段階変身程度ですし、しんのすけは2頭身のウルトラマン風コスチューム姿、ひまわりやシロは巨大化(シロは多少ドーベルマン体型)するだけですが、みさえは変身願望豊かな主婦なので悩殺戦士セクシーミサエックス、人魚姫戦士マーメイドミサエリアスとヴァリエーション豊富なのもギャグなら、繭から発生するエネルギー体の具現化という怪獣たちも特撮マニアの中年男が酒場で冗談で考えたようなどこかの特撮もので登場したのを姿形・ネーミングとも駄洒落でミックスしたような怪獣が連発され、当時一発芸で当てたギター侍(波田陽区)もギター侍の姿形そのまま(声やネタ「切腹!」も本人)巨大怪獣として登場し、またテレビリポーター役で坂井真紀が本人役出演し怪獣登場と野原一家の戦いを報道する、ラスボス戦ではやはり巨大な偽しんのすけマンが登場する、としんちゃん映画ならではの楽しい趣向があります。一方、怪獣退治に夢中になってみさえは家事を、ひろしは休職して仕事や赤ん坊のひまわりの世話まで放り出し、怪獣退治以外はスナック菓子やカップ麺だけ食べて3分後の世界が開く床の間がある部屋でゴロゴロして野原家がゴミ屋敷になっていく過程はギャグでは済まない毒が効いており、よしなが先生(高田由美)や園長先生(納谷六朗)がひまわりを背負って登園してきたしんのすけに事情を訊き、しんのすけがとーちゃんもかーちゃんも怪獣退治ばかりしてるんだゾ、と訴えても「そういうゲームにはまってるの?」としか理解してもらえない。ミライマンと脳波で会話し変身できるのは「到着時に座標を固定してしまった」野原一家だけで、しかも一旦固定してしまった以上ミライマンはこの時空座標に出現する怪獣の繭を倒し切らないと別の時空座標に移れず、怪獣の繭を倒し切らなければそのまま世界は滅亡することになっています。作中で経過する日数はほぼ2週間程度だと思われますが、日常のホームコメディと荒唐無稽でガジェット的なSF風設定を両立させてアクションとギャグを満載できる要素がたっぷりあり、しかも冒頭以降野原一家がほぼ家の中だけで過ごしているだけで進行するドラマはしんちゃん映画でも先にも後にもない設定で、一見ありふれた特撮怪獣もの・ヒーローもののパロディから始まったような発想でありながら脚本・演出手腕で実はとんでもない実験的手法がさり気なく長編アニメのコメディ映画のエンタテインメント作品にすっきりまとまっている。歴代監督のシリーズ作品の蓄積から良い所だけを巧みに抽出したような作品に見えて実際は本作は相当高いハードルを据えて軽々と飛び越えてしまった会心作であり、ムトウ監督の力量を示してあまりある作品です。
●4月14日(日)
『映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ踊れ!アミーゴ!』(監督=ムトウユージ、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2006.4.15)*92min, Color Animation
◎"そっくり人間"が現れるという噂が広がっていたある日、迷子になったしんのすけに、いつになく優しいみさえが近づいてくる。果たしてそっくり人間の謎と陰謀とは一体!?"ホンモノの家族"と春日部を守るため、おケツに渾身の力を込めるしんのすけ。今、情熱のダンス・バトルが始まる!
ムトウ監督は「どうせなら子どもも大人も怖がるものを」という意図は成功しており、ムトウ監督がテレビ版しんちゃんのメイン監督になってからは「ネネちゃんと殴られウサギ」や「呪いの人形」シリーズなど番外編的な異色の恐怖シリーズが話題作になっていました。テレビ版は短編ですからわかりやすくオカルト的な恐怖ものですが、しんちゃん世界のあのコメディ絵柄で描かれるホラーものは絵柄がコミカルなだけに話はますますブラックで怖く、これもこれまでのしんちゃん映画では本郷みつる監督の傑作『ヘンダーランドの大冒険』'96や、あとには今のところ第23作『オラの引っ越し物語~サボテン大襲撃~』2015、前作の歴代シリーズ1位の大ヒットを受けた第24作『爆睡!ユメミーワールド大突撃』2016くらいしかないホラー路線です。テレビアニメ「学校の怪談」が2000年、やはりテレビアニメ「妖怪ウォッチ」が2014年ですから2006年の本作はその中間にあり、子どもの間での日常ホラーの流行の周期性を見るようです。国際捜査組織SRI(これはもちろん特撮シリーズ「怪奇大作戦」のSRI=Science Research Instituteをもじったギャグです)のジャッキーが「最初に事件が起こったのはアメリカ・カリフォルニア州のサンタモナカ。次はメキシコ、カナダ……春日部シティは6番目の町」と説明するように、この先はネタバレになりますが、アミーガスズキの「世界サンバ化」計画はサンバ大会が開催予定の町を開催に先立って次々とクローン人間に代えて誘拐し、強制労働としてサンバを猛特訓させるというもので、最後はしんのすけとジャッキーを相手にしたサンバ対決で敗北してサンバは楽しく踊るものだ、アミーガスズキの正体のサンバをこよなく愛するジャッキーの父アミーゴスズキ(池田秀一)が改心して事件は解決しますが、ムトウ監督の3作では前作の『3分ポッキリ~』が会心作、次作の『ケツだけ爆弾』が抜群の秀作で本作が水準作にとどまると思えるのは、恐怖演出や脚本構成が冴えわたる前半2/3とクローン人間の正体とアミーガスズキの世界サンバ化計画が明らかになるクライマックスの後半1/3が伏線こそそれなりに張ってあり後半も十分面白いのですが、世界中でサンバ大会を開いて先立って町の住人を全員クローン人間に入れ替え住人たちを秘密工場の強制労働でサンバを猛特訓させる、というのがどうしても木に竹を継いだような、本来別の映画になるようなアイディアを強引につないだような拍子抜けの感じがぬぐえない。春日部中の住人を洗脳するプロットは『オトナ帝国~』以来ですし、映画館に迷いこんだ春日部の住人を映画の世界に取りこんでしまうのは『夕陽のカスカベボーイズ』でありましたが、どちらも洗脳または誘拐する手段や過程に見当たった解決がありました。本作の場合クローン人間による町ごとの人間の誘拐とその目的が「強制労働によるサンバの猛特訓」というのが組み合わせとして無理があり、解決手段も悪役の改心ではありますがクライマックス以前にクローン人間による町の乗っ取りはSRIによるクローン人間分解液の開発で解決しており、SFホラー設定のホラー展開と「サンバ」の結びつきがどうしても弱く見えるので、見終わったあと面白かったけど散漫な印象が残る。しかし本作は前作『3分ポッキリ』以上のヒット作になっており、当時筆者は児童・幼児の子育て中だったので覚えていますが、第11作『栄光のヤキニクロード』2003あたりからは保育園や小学校でしんちゃん映画は新作ごとに子どもたちの間で口コミで話題になり、教職員からも子どもたちが観ているからとよく観られて話題にされており、子ども同士が友だちの家族が誘いあって観に行くファミリー映画に定着しており、本作も観客を大いに楽しませた作品には違いありません。また次作『歌うケツだけ爆弾!』はムトウ監督時代のしんちゃん映画で随一の秀作になりますから、本作はホラー作品としての趣向だけで満足できる異色作でしょう。
●4月15日(月)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ歌うケツだけ爆弾!』(監督=ムトウユージ、シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2007.4.21)*103min, Color Animation
◎爆弾がシロのお尻にくっついちゃった!たいして気にも留めない野原一家だったが、それはケツだけ星人が地球に落としていった爆弾であった!その爆弾の回収に動き出す宇宙監視センター"UNTI(ウンツィ)"や美人テロ集団"ひなげし歌劇団"から追われるシロ。果たして、しんのすけはシロを救うことができるのか!?
シンプルな設定とプロットのために本作では野原家とヒーロー(またはヒロイン)対敵役という対立ではなく、またひろしとみさえは事情が事情だけにシロ奪還を諦めていますし、UNTIは地球保安のためですから悪意の組織ではなく、ひなげし歌劇団は爆弾を入手して世界征服の座に就くためとわかりやすい悪役ですが女性ばかりの過激テロ集団とコミカルな邪魔者ですが、しんのすけにとってはシロを自分から引き離そうとする相手なのでどちらも敵役で、三つ巴の抗争はしんちゃん映画では初めての趣向になります。ちなみにケツだけ星人は冒頭以外本編には絡んできません。本作がしんちゃん映画では初の100分を超える大作になったのはお駒夫人がミュージカル場面で世界征服の野望を歌う場面が多いからですが、内容はシビアな本作をコミカルでカラフルにもし、適度な息抜きにもなっているのはひなげし歌劇団の登場があるからですし、また最後まで爆弾(シロ)争奪に執着するお駒夫人は絶体絶命の結末から映画をハッピーエンドにする意外な重要な役割を果たすので、シンプルな設定とプロットの賑やかしのためにひなげし歌劇団を絡めたな、と見ていると人物配置の見事な生かし方に終わりまで観てハッとすることになります。ひろしやみさえも傍観者ばかりでなく冷徹であることを誇る傲慢で嫌なUNTIのボスの長官・時雨院時常にちゃんと結末で一泡吹かす見せ場がありますし、傲慢な長官役の京本政樹氏も役に徹して実に嫌な人物を演じています。地球保安組織のUNTI隊員たちも実はしんのすけやシロ、野原一家をいたわる心優しい職員たちなのが随所で描写されているのでハッピーエンドをともに喜び、きちんと野原一家を春日部まで送ってくれます。ムトウ監督は本作のあと劇場版の監督はせずテレビ版しんちゃんのメイン監督に専念しますが、ムトウ監督の3作が以降の劇場版シリーズの作風や好調を支えた功績は大きく、実際は次作以降数作しんちゃん映画はやや興行収入が低下しマンネリ化も囁かれますが、2010年代後半にはシリーズ歴代興行収入を塗り替えるヒット作が連続するほど回復しますし、マンネリ化が囁かれた時期の作品も内容の低下はないのでシリーズの人気自体やタイミングもあるでしょう。DVDボックス収録の24作を観直し、その後のやはり好調な2作(ひろし役は森川智之氏に交代)も観た印象からの感想(今年4月19日公開の第27作『新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』はまだ未見ですが)ではそう思います。
●4月13日(土)
『映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶブリブリ3分ポッキリ大進撃』(監督=ムトウユージ、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2005.4.16)*92min, Color Animation
◎時空調整員"ミライマン"から「3分後の未来に行ってその怪獣を倒さないと現実に怪獣が現れる!」と知らされ、地球防衛という大役を任されたしんのすけたち。ミライマンの力で変身できるようになるが、倒しても倒しても現れるうえに、どんどん強くなっていく怪獣たちに野原一家は疲弊していく……。
ある夜、しんのすけ(矢島晶子)は春日部に謎の巨大怪獣が現れ、野原家を跡形もなく壊していく夢を、ソフビ怪獣・シリマルダシを抱きながら見ます。今度はアクション仮面のソフビ人形に持ち替えて寝直したしんのすけはアクション仮面(玄田哲章)と力を合わせて怪人軍団を倒してミミ子(小桜エツ子)を助け出し、アクション仮面から正義の心得を教わる夢を見ます。朝、いつも通りに野原一家の朝食は騒がしく、しんのすけは幼稚園のお迎えのバスに乗り遅れてしまい、みさえ(ならはしみき)は慌てて自転車でしんのすけを幼稚園に送ります。帰宅したみさえは朝食にカップラーメンを用意しますが、疲れてそのままうたた寝をしてしまいます。そこに、掛け軸の裏から光を放ちながら宙を舞う物体が現れます。発光体はカップ麺の匂いにつられ、そばに転がっていた怪獣シリマルダシ人形に憑りついてカップ麺をすすります。起き出したみさえは仰天し、怪獣人形に憑りついた物体は仕方なくみさえに、未来からやって来た時空調整員・ミライマン(村井国夫)と自己紹介します。本来は野原家に来る予定ではなく、空腹に負けてカップ麺の匂いに誘われ来てしまったとミライマンは後悔します。帰宅したしんのすけ、ひろし(藤原啓治)ともども野原一家はミライマンに掛け軸の裏を通じて3分後の世界へ連れて行かれます。そこは東京タワー近くのビルの屋上に通じており、東京タワー上空には繭のようなものが浮かび、怪獣が街を襲っています。ミライマンは時空の乱れが原因で怪獣が次々に出現しており、3分後の未来へ行って怪獣を倒さないと危機が現実になってしまうと告げ、一家に協力を依頼します。一家は怪獣退治のために、ミライマンが宿っているシリマルダシの人形を媒介にミライマンの力と正義の心で自由自在に変身する能力を得て怪獣に立ち向かっていきます。しかしやがて、自分たちが世界を守っているのだと有頂天になったひろしとみさえは怪獣退治に没頭して生活習慣は怠惰になり、しんのすけが両親に代わってひまわり(こおろぎさとみ)の面倒をみる羽目になります。そんなある日の朝、いつものようにしんのすけを迎えにやってきた幼稚園の先生たちは野原家の様子がおかしい事に気づき、ひまわりを背負って登園して来たしんのすけから事情を訊きだそうとします。その時、春日部のデパートが一部崩壊し、風間くん(真柴摩利)のママが巻き込まれて負傷した知らせが入ってきます。同時に東京タワー上空には暗雲が立ちこめ、3分後の世界にいるはずの怪獣の繭が現れます。もしやと思い家に急いで帰ったしんのすけは傷ついたひろしとみさえの姿を見て、3分以内では倒せないほどの強力な怪獣が現れ、その戦いのせいで現在の世界に被害が出てしまったと知ります。直後にさらに強力な怪獣が出現、もう勝てないと諦めるひろしとみさえに、しんのすけが「ひま(ひまわり)が女子大生になったら素敵なおにいさまって友だちに紹介してもらう」ために立ち上がります。
――ストーリーを追えばシンプルに見えますが、本作の見どころは無茶なくらいのスピード感にあるので、野原一家が交代しながら変身して怪獣と戦うシチュエーションが最初は丁寧に、次第に徐々に省略化されて、遂には戦闘シーンの細切れになるほど無数の怪獣と野原一家が交替で戦う(しんのすけ、ひまわり、シロも変身して戦う)のは怪獣特撮もの、ヒーローもののパロディがこれでもかと盛りこまれ、エンディングクレジットは本作に登場する怪獣図鑑になっています。冒頭からしばらくはみさえ視点で進行し、最初に美少女戦士プリティミサエスに変身して登場しひろしとしんのすけ、ひまわりをあ然とさせるのはみさえなので、美少女戦士は声優も福圓美里さんに変えてある凝り方です。変身手段は本人の想像力によるとなっているのでひろしが変身する野原ひろしマンは2段階変身程度ですし、しんのすけは2頭身のウルトラマン風コスチューム姿、ひまわりやシロは巨大化(シロは多少ドーベルマン体型)するだけですが、みさえは変身願望豊かな主婦なので悩殺戦士セクシーミサエックス、人魚姫戦士マーメイドミサエリアスとヴァリエーション豊富なのもギャグなら、繭から発生するエネルギー体の具現化という怪獣たちも特撮マニアの中年男が酒場で冗談で考えたようなどこかの特撮もので登場したのを姿形・ネーミングとも駄洒落でミックスしたような怪獣が連発され、当時一発芸で当てたギター侍(波田陽区)もギター侍の姿形そのまま(声やネタ「切腹!」も本人)巨大怪獣として登場し、またテレビリポーター役で坂井真紀が本人役出演し怪獣登場と野原一家の戦いを報道する、ラスボス戦ではやはり巨大な偽しんのすけマンが登場する、としんちゃん映画ならではの楽しい趣向があります。一方、怪獣退治に夢中になってみさえは家事を、ひろしは休職して仕事や赤ん坊のひまわりの世話まで放り出し、怪獣退治以外はスナック菓子やカップ麺だけ食べて3分後の世界が開く床の間がある部屋でゴロゴロして野原家がゴミ屋敷になっていく過程はギャグでは済まない毒が効いており、よしなが先生(高田由美)や園長先生(納谷六朗)がひまわりを背負って登園してきたしんのすけに事情を訊き、しんのすけがとーちゃんもかーちゃんも怪獣退治ばかりしてるんだゾ、と訴えても「そういうゲームにはまってるの?」としか理解してもらえない。ミライマンと脳波で会話し変身できるのは「到着時に座標を固定してしまった」野原一家だけで、しかも一旦固定してしまった以上ミライマンはこの時空座標に出現する怪獣の繭を倒し切らないと別の時空座標に移れず、怪獣の繭を倒し切らなければそのまま世界は滅亡することになっています。作中で経過する日数はほぼ2週間程度だと思われますが、日常のホームコメディと荒唐無稽でガジェット的なSF風設定を両立させてアクションとギャグを満載できる要素がたっぷりあり、しかも冒頭以降野原一家がほぼ家の中だけで過ごしているだけで進行するドラマはしんちゃん映画でも先にも後にもない設定で、一見ありふれた特撮怪獣もの・ヒーローもののパロディから始まったような発想でありながら脚本・演出手腕で実はとんでもない実験的手法がさり気なく長編アニメのコメディ映画のエンタテインメント作品にすっきりまとまっている。歴代監督のシリーズ作品の蓄積から良い所だけを巧みに抽出したような作品に見えて実際は本作は相当高いハードルを据えて軽々と飛び越えてしまった会心作であり、ムトウ監督の力量を示してあまりある作品です。
●4月14日(日)
『映画クレヨンしんちゃん 伝説を呼ぶ踊れ!アミーゴ!』(監督=ムトウユージ、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2006.4.15)*92min, Color Animation
◎"そっくり人間"が現れるという噂が広がっていたある日、迷子になったしんのすけに、いつになく優しいみさえが近づいてくる。果たしてそっくり人間の謎と陰謀とは一体!?"ホンモノの家族"と春日部を守るため、おケツに渾身の力を込めるしんのすけ。今、情熱のダンス・バトルが始まる!
ムトウ監督は「どうせなら子どもも大人も怖がるものを」という意図は成功しており、ムトウ監督がテレビ版しんちゃんのメイン監督になってからは「ネネちゃんと殴られウサギ」や「呪いの人形」シリーズなど番外編的な異色の恐怖シリーズが話題作になっていました。テレビ版は短編ですからわかりやすくオカルト的な恐怖ものですが、しんちゃん世界のあのコメディ絵柄で描かれるホラーものは絵柄がコミカルなだけに話はますますブラックで怖く、これもこれまでのしんちゃん映画では本郷みつる監督の傑作『ヘンダーランドの大冒険』'96や、あとには今のところ第23作『オラの引っ越し物語~サボテン大襲撃~』2015、前作の歴代シリーズ1位の大ヒットを受けた第24作『爆睡!ユメミーワールド大突撃』2016くらいしかないホラー路線です。テレビアニメ「学校の怪談」が2000年、やはりテレビアニメ「妖怪ウォッチ」が2014年ですから2006年の本作はその中間にあり、子どもの間での日常ホラーの流行の周期性を見るようです。国際捜査組織SRI(これはもちろん特撮シリーズ「怪奇大作戦」のSRI=Science Research Instituteをもじったギャグです)のジャッキーが「最初に事件が起こったのはアメリカ・カリフォルニア州のサンタモナカ。次はメキシコ、カナダ……春日部シティは6番目の町」と説明するように、この先はネタバレになりますが、アミーガスズキの「世界サンバ化」計画はサンバ大会が開催予定の町を開催に先立って次々とクローン人間に代えて誘拐し、強制労働としてサンバを猛特訓させるというもので、最後はしんのすけとジャッキーを相手にしたサンバ対決で敗北してサンバは楽しく踊るものだ、アミーガスズキの正体のサンバをこよなく愛するジャッキーの父アミーゴスズキ(池田秀一)が改心して事件は解決しますが、ムトウ監督の3作では前作の『3分ポッキリ~』が会心作、次作の『ケツだけ爆弾』が抜群の秀作で本作が水準作にとどまると思えるのは、恐怖演出や脚本構成が冴えわたる前半2/3とクローン人間の正体とアミーガスズキの世界サンバ化計画が明らかになるクライマックスの後半1/3が伏線こそそれなりに張ってあり後半も十分面白いのですが、世界中でサンバ大会を開いて先立って町の住人を全員クローン人間に入れ替え住人たちを秘密工場の強制労働でサンバを猛特訓させる、というのがどうしても木に竹を継いだような、本来別の映画になるようなアイディアを強引につないだような拍子抜けの感じがぬぐえない。春日部中の住人を洗脳するプロットは『オトナ帝国~』以来ですし、映画館に迷いこんだ春日部の住人を映画の世界に取りこんでしまうのは『夕陽のカスカベボーイズ』でありましたが、どちらも洗脳または誘拐する手段や過程に見当たった解決がありました。本作の場合クローン人間による町ごとの人間の誘拐とその目的が「強制労働によるサンバの猛特訓」というのが組み合わせとして無理があり、解決手段も悪役の改心ではありますがクライマックス以前にクローン人間による町の乗っ取りはSRIによるクローン人間分解液の開発で解決しており、SFホラー設定のホラー展開と「サンバ」の結びつきがどうしても弱く見えるので、見終わったあと面白かったけど散漫な印象が残る。しかし本作は前作『3分ポッキリ』以上のヒット作になっており、当時筆者は児童・幼児の子育て中だったので覚えていますが、第11作『栄光のヤキニクロード』2003あたりからは保育園や小学校でしんちゃん映画は新作ごとに子どもたちの間で口コミで話題になり、教職員からも子どもたちが観ているからとよく観られて話題にされており、子ども同士が友だちの家族が誘いあって観に行くファミリー映画に定着しており、本作も観客を大いに楽しませた作品には違いありません。また次作『歌うケツだけ爆弾!』はムトウ監督時代のしんちゃん映画で随一の秀作になりますから、本作はホラー作品としての趣向だけで満足できる異色作でしょう。
●4月15日(月)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ歌うケツだけ爆弾!』(監督=ムトウユージ、シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2007.4.21)*103min, Color Animation
◎爆弾がシロのお尻にくっついちゃった!たいして気にも留めない野原一家だったが、それはケツだけ星人が地球に落としていった爆弾であった!その爆弾の回収に動き出す宇宙監視センター"UNTI(ウンツィ)"や美人テロ集団"ひなげし歌劇団"から追われるシロ。果たして、しんのすけはシロを救うことができるのか!?
シンプルな設定とプロットのために本作では野原家とヒーロー(またはヒロイン)対敵役という対立ではなく、またひろしとみさえは事情が事情だけにシロ奪還を諦めていますし、UNTIは地球保安のためですから悪意の組織ではなく、ひなげし歌劇団は爆弾を入手して世界征服の座に就くためとわかりやすい悪役ですが女性ばかりの過激テロ集団とコミカルな邪魔者ですが、しんのすけにとってはシロを自分から引き離そうとする相手なのでどちらも敵役で、三つ巴の抗争はしんちゃん映画では初めての趣向になります。ちなみにケツだけ星人は冒頭以外本編には絡んできません。本作がしんちゃん映画では初の100分を超える大作になったのはお駒夫人がミュージカル場面で世界征服の野望を歌う場面が多いからですが、内容はシビアな本作をコミカルでカラフルにもし、適度な息抜きにもなっているのはひなげし歌劇団の登場があるからですし、また最後まで爆弾(シロ)争奪に執着するお駒夫人は絶体絶命の結末から映画をハッピーエンドにする意外な重要な役割を果たすので、シンプルな設定とプロットの賑やかしのためにひなげし歌劇団を絡めたな、と見ていると人物配置の見事な生かし方に終わりまで観てハッとすることになります。ひろしやみさえも傍観者ばかりでなく冷徹であることを誇る傲慢で嫌なUNTIのボスの長官・時雨院時常にちゃんと結末で一泡吹かす見せ場がありますし、傲慢な長官役の京本政樹氏も役に徹して実に嫌な人物を演じています。地球保安組織のUNTI隊員たちも実はしんのすけやシロ、野原一家をいたわる心優しい職員たちなのが随所で描写されているのでハッピーエンドをともに喜び、きちんと野原一家を春日部まで送ってくれます。ムトウ監督は本作のあと劇場版の監督はせずテレビ版しんちゃんのメイン監督に専念しますが、ムトウ監督の3作が以降の劇場版シリーズの作風や好調を支えた功績は大きく、実際は次作以降数作しんちゃん映画はやや興行収入が低下しマンネリ化も囁かれますが、2010年代後半にはシリーズ歴代興行収入を塗り替えるヒット作が連続するほど回復しますし、マンネリ化が囁かれた時期の作品も内容の低下はないのでシリーズの人気自体やタイミングもあるでしょう。DVDボックス収録の24作を観直し、その後のやはり好調な2作(ひろし役は森川智之氏に交代)も観た印象からの感想(今年4月19日公開の第27作『新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』はまだ未見ですが)ではそう思います。