偽ムーミン谷のレストラン(47)
ムーミンパパの無駄話と食前の飲み物の追加注文で、すでに運ばれていたスープからすっかり気がそれていたのは、偽ムーミンには偶然の幸いでした。熱い状態でのそれは、おさびし山の岩をも溶かし、海水浴場にまけばあらゆる水中生物の息の根をとめる猛毒だったのです。それはかつて水爆実験の余波でよみがえった巨大で凶暴な古代生物すら数分で白骨化させました。これを俗に、・毒を持って毒を制すといいます。それほどの猛毒が冷める...
View Article偽ムーミン谷のレストラン(48)
ん?もう一度言ってくれないか、とスノークは言いました。どうもお前はお嬢さんぶって話すから聞き取りづらい時が多いな。本当のお嬢さまは威圧的なほど明晰に話すぞ。だからといって威圧的に話せとはいわないが。トイレに行ってくる、とムーミンパパ。あら、あなた早いわね。うむ、なにしろ黒ビールなど久しぶりだからな。気をつけて行ってらしてね。あのなあ、トイレに行くだけなのだぞ。あら、ミイがいないわ、とミムラねえさん。...
View Articleアンドレ・ジッド(9)ジッドのジャンル意識
1926年の『贋金つかい』と創作日記『贋金つかいの日記』から、アンドレ・ジッド(1869~1951)はかつての自己の創作を詩的散文、レシ(物語)、ソチ(風刺作品)に分類します。それは『贋金つかい』こそ自己にとって最初で最後になるだろうロマン(長編小説)という意気込みからこそでした。若林真個人全訳『アンドレ・ジッド代表作選』は平成12年に刊行された全五巻の創作のみの全集ですが、前記のようなジッド自身の...
View Article偽ムーミン谷のレストラン(49)
残飯をあさる生活といってもスナフキンの場合は、もしありつけさえすればかなりマシな残飯が得られました。いや、かなりどころではなかったのです。もちろんスナフキンはゴミ捨て場から食品を拾う行為に最初は抵抗がありましたが、まず疑問だったのはゴミ捨て場であるはずの場所に、・作ったばかりの料理がそのまま捨ててあったことです。ひょっとしたらこれは、おれのようなホームレスに毒を盛るための罠なのではないか、とスナフキ...
View Articleアンドレ・ジッド(10)『贋金つかい』『贋金つかいの日記』
1926年の『贋金つかい』と創作日記『贋金つかいの日記』は57歳、作家デビュー35年になるアンドレ・ジッド(1869~1951)が、自分にとって最初で最後になるだろうロマン(長編小説)という意気込みから全力をそそいだ作品でした。これが自己の唯一のロマンであることを強調すべく著者は詩的散文、レシ(中短編物語)、ソチ(風刺的作品)に過去の自作を分類することにもなります。そこで『贋金つかい』とはどんな作品...
View Article偽ムーミン谷のレストラン(50)
手際がいいな、とジャコウネズミ博士は感心してヘムル署長とスティンキーの前に並んだ前菜を眺めやりました。われわれなんぞはまだ食前酒すら頼んでおらんよ。まあそれは先生方は学者だがわれわれはおまわりと泥棒だからね。うむ、では同じものを注文するのは失礼に当るまいね?でもそうするしかないじゃない、とミムラねえさんは弟妹たちのブーイングをはねのけました。私たちが全員好き勝手なものを頼んだらどうなるか、同じテーブ...
View Articleアンドレ・ジッド(11)『贋金つかい』『贋金つかいの日記』(続)
1926年の『贋金つかい』と創作日記『贋金つかいの日記』は、アンドレ・ジッド(1869~1951)にとって創作の代表作であり、同時代の反響・影響ばかりか現代小説もジッドの提示した文学観の延長にあります。横光利一、川端康成、石川淳らは直接ジッド全盛期の影響下にありましたが、21世紀の現時点での日本文学の傑作と目される村上春樹『海辺のカフカ』、町田康『告白』、阿部和重『シンセミア』のいずれも『贋金つかい...
View Article偽ムーミン谷のレストラン(51)
第六章。ムーミン谷近代美術館所蔵映画全目録。『愛と死をみつめて』『赫い髪の女』『赤いハンカチ』『秋津温泉』『網走番外地』『天城越え』『嵐を呼ぶ十八人』『ある殺し屋』『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』『伊豆の踊子』『一心太助』『刺青』『いれずみ判官』『浮雲』『右門捕物帖』『駅前旅館』『おとうと』『解散式』『陽炎座』『貸し間あり』『花芯の刺青・熟れた壺』『関東無宿』『喜劇あゝ軍歌』『喜...
View Articleアル中病棟入院記236
(人物名はすべて仮名です)・5月16日(日)晴れ「いまNHKのど自慢が始まった所なのがデイルームから聞えてくる。今日はおおむね平穏に過ぎそうだ。朝の会でも特別な連絡事項なし、三田さんは昨日から帰宅外泊しているし、金子は相変らず消息不明で憶測ばかりが飛びかっているし、尾崎、大芝、池田、三上、古田、中里さんら、ほぼ半数が帰宅外泊か午前中から夕方までの外出をしているので、昼食は閑散としたものになった。メニ...
View Articleアンドレ・ジッド(12)ジッドとジャンル意識(続)
今回は、アンドレ・ジッド(1869~1951)の小説以外の著作年表を作成しました。次回で解説します。 1891年(22歳)『ブルターニュの旅より』紀行 1898年(29歳)『フィロクテテス』戯曲 1901年(32歳)『カンドオル王』戯曲 1903年(34歳)『サユウル』戯曲、『プレテクスト』文学論集 1905年(36歳)『ワイルド論』『エレディア論』批評 1906年(36歳)『アミンタス』紀行...
View Article偽ムーミン谷のレストラン(52)
まもなくスナフキンは黒い丘のほうへ急ぎました。牧場の後ろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は北斗七星の下に、ぼんやり普段よりもつらなって見えました。スナフキンは、もう露の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼっていきました。まっ暗な草や、いろいろなかたちに見えるやぶのしげみの間を、その小さな道がひと筋、白く星あかりに照らしだされていたのです。草むらには、ぴかぴか青びかりする小さな虫もいて、...
View Articleアンドレ・ジッド(13)ジッドとジャンル意識(続)
前回は、アンドレ・ジッド(1869~1951)の小説以外の著作年表を掲載しただけで紙幅が尽きました。未完成戯曲は省略し、没後にはリルケ、クルティウス、ヴァレリーとの往復書簡が刊行されました。注目はやはりヴァレリーで、ジッドより二歳年下ながらマラルメ門下でも、後にはフランス文壇でも最大のライヴァルでした。ジッドは日記にヴァレリーの訃報を記し、あいつは生涯おれの精確な批判者だった、と心情を吐露しています...
View Article偽ムーミン谷のレストラン(53)
ところで、とムーミンパパは小首をかしげました、今はどのくらい経ったのだろう?なんだかあっという間だったような気もするし、いつまで経っても進んでいないような気がするぞ。当り前だろこのカバ、とムーミンママは優しくほほえみました。ムーミン族の妻は無限の忍耐力があるのです。ケンタウルス座のひとつやふたつ滅んでも彼女は表情ひとつ変えないでしょう。もちろんそんなすごい能力が天性はおろか一朝一夕にできるわけがなく...
View Article偽ムーミン谷のレストラン(54)
わーったわ、とミムラねえさんは妥協案を思いつきました。35人の兄弟姉妹全員が同じテーブルで食べる以上、みんながてんでバラバラの料理を注文するというのは面倒なばかりか注文、または受注ミスのリスクすらともないかねません。誰しも公けの場でのトラブルは避けたいものです。そうでしょ?うん。ではこうしましょう、料理は二通り、ひとつは男料理コースね。もうひとつはとうぜん女料理コースとします。でも男だから男料理、女...
View Article本日休業
二週間ほど前に、年に一度の誕生日くらい前後は休もう、今年は満50歳とキリもいいし、と「更新お休みします」というような題で断り書きを載せ、四、五日は旧記事の再録を載せた。一応毎晩深夜日付変更とともに更新というのがこのブログ唯一の取り柄なので、休みと言っても何か載せないと看板に偽りありになってしまう。そんなわけでその時は計画休みだったのだが、今夜は不調による臨時休みでございます。と言いながら言い訳だけは...
View Article偽ムーミン谷のレストラン(55)
さてこうして、とヘムル署長は乾杯の音頭を取り最初のひと口をすすると、型に寄せたテーブルの仲間に言いました、現在のムーミン谷でもっとも賤しい稼業の四人が揃ったわけだ。ジョッキに口をつけていた他の三人も次々最初のひと口を飲み込むと、ずるいぞ署長、それは私が先に言うつもりだったのに、とジャコウネズミ博士。私もだ、とヘムレンさん。いややっぱりそれはあっしですよ、とスティンキー。いや泥棒のきみではただのジョー...
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