フローレンは無言で一歩前に近づいてきました。彼らの背丈はほぼ同じですが、偽ムーミンは腰かけていますから、立ったまま無言でいるフローレンからの威圧感は相当なものでした。彼女が自信ありげにおれを偽ムーミンと呼ぶのは、彼女自身がそう気づいたのか、それとも秘密を知っている二人のどちらか、ムーミン本人か図書館司書が洩らしたのか。どちらも考えられないことだ。では?
ちょっとくらいヒントをよこせよムーミン、少なくともこの女のことはお前が一番よく知っているはずなんだろ、と偽ムーミンは思考を巡らせましたが、この事態はムーミンには偽ムーミンを通して届いているはずなのに、ムーミンからのリアクションはまったくないのです。彼らは二人ともインプットはあってもアウトプットはない状態のため、偽ムーミンが探りを入れてもムーミンただ今拘束中という感覚が確かめられるだけです。使えない奴、と偽ムーミンは腹を立てましたがこういう仕掛けにしたのは偽ムーミン自身なので、不測の事態を呪うしかありませんでした。
そうだ、と偽ムーミンは立ち上がりました、スナフキンに訊いてみようよ。これはいい提案だと思ったのですが、フローレンはふん、と鼻で笑うと偽ムーミンの引いていた椅子に腰をおろしました。
無駄よ、見て判らないの?ん、とスナフキンを見るとまん丸の黒ぶち眼鏡に赤っ鼻と口ひげ、さらにタキシードを着けさせられて、いかれた踊りを嫌々やらされているようでした。あんなところに声かけられると思う?確かにそれは難しい、と偽ムーミンも思わざるを得ません。でもぼくだって説明できないよ、きみが席を外していた間、というのはいつからなのかも知らないんだから。
だったら体から訊き出すまでよ、とフローレンは手袋を外しました。