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Channel: 人生は野菜スープ(または毎晩午前0時更新の男)
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偽ムーミン谷のレストラン(71)

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最終章。
ウェイターは依然マイクを持ったまま、服装も燕尾服のままで壁ぎわに立っていました。さきほどまで歌姫が立っていた壁の隠し舞台には無人のまま照明が照りつけていました。それは客席に居合わせたムーミン谷の人びとが自分以外のみんなはいったいこの場をどうしているのか、ひととおりさぐりあってもまだもて余すほどに長い沈黙でした。あまりに長く続くので、その沈黙はまるでひとりとして異議のない完全な同意によって保たれており、これを破るのにも全員の完全な同意を得なければ違反者はムーミン谷沖のどこかに深くあるという伝説のウロボロスの祠穴に沈められて、未来永劫ムーミン谷の呪いを肩代りする怨霊となるのを覚悟しなければならないと思われました。
公共心以前にムーミン谷には共同体意識自体が皆無であり、秩序が未知と無秩序への恐怖から成り立っているならムーミン谷の住民は生まれながらの魑魅魍魎ですから原則的には恐怖が存在する余地はありません。ムーミン谷では知り得ないことを詮索するのは専門家に任せていましたし、ヘムレンさんとジャコウネズミ博士が知り得ないことは、博士たちが知り得た大半のことも含めて、生活の上ではどうでもいいことでした―生活しないことも含めてです。ムーミン谷では死とはいなくなること、行方不明になることと同義でしたから、死への恐怖は生まれようがありませんでした。闇への恐怖も飢餓への恐怖もなかったから文明はムーミン谷の発生から発展も退化もしないのです。
天敵というものがいなかったからだ、と指摘することは容易です。確かにムーミン谷は河川にも海岸・山渓にも恵まれていますがコヨーテやハイエナ、バッファローもおらず、ワニやサメもいません。ですが、
・ワニ「がぶかぶ」
・ムーミン「うわああ」
となってもワニの腹が裂かれればムーミンは無傷で救出され、ワニはこっぴどく叱られて川に戻されるだけでしょう。トロールが相手では天敵になる動物がいないのです。
では疫病ならどうか、おそらくトロールはすべての感染症に免疫を持つと思われます。つまりトロールの本体は霊体であり、肉体と見えるものは死体と変りありません。だから彼らはどのようにも蘇生することができるでしょう。
それではみなさま、とウェイターは舞台に向って体を斜めにし、当店がお送りする次の出し物をお楽しみください。
うんざりした拍手。

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