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映画日記2018年6月1日~3日/喜劇王ハロルド・ロイド(1893-1971)長編コレクション(1)

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 アメリカ映画サイレント時代の三大喜劇王は'60年代~'70年代までにはチャールズ(チャーリー)・チャップリン(1889-1977)、ハロルド・ロイド、バスター・キートン(1895-1966)という評価が定着しましたが、最初にサイレント時代の喜劇映画史を概括したのは映画脚本家としても『アフリカの女王』'51(ジョン・ヒューストン)、『狩人の夜』'55(チャールズ・ロートン)の脚本を手がけ、歿後刊行の唯一の長編小説『家族の中の死』'57で小説家としても文学史に名を残すジャーナリスト、ジェームズ・エイジー(1909-1955)の1949年発表の映画エッセイ「喜劇の黄金時代(Comedy's Greatest Era)」で、映画批評家としても卓越していたエイジーは短編サイレント喜劇の起源からさまざまな製作者、監督、喜劇俳優を位置づけて、同エッセイはその他の映画史家によってさらに肉づけされることになります。エイジーのエッセイではこの3人にハリー・ラングドン(1884-1944)を加えて四大喜劇王としていますが、ラングドンはアメリカの喜劇映画の祖でチャップリンを発掘したキーストン社のマック・セネット(1880-1960)をしのぐ成功を収めたハル・ローチ・プロダクションのハル・ローチ(1892-1992)が自社最大のスターであるロイドが独立した後に売り出した喜劇俳優で、フランク・キャプラを担当監督に20年代半ば~トーキー初期まで活動しましたが、ローチ・プロダクションではローレル&ハーディーやちびっ子ギャングの方が大きな成功を収めたので、ラングドンを三大喜劇俳優と並ぶ存在としたのはエイジーの嗜好が強く働いているため、ラングドンを含む「四大喜劇王」説は定着しませんでした。
 そこで'50年代~'70年代にも存在感があり、たびたびリヴァイヴァル公開された三大喜劇王に声価は定まったのですが、ポピュラリティや芸術的評価でも突出する自作自演(製作・監督・脚本・主演)のチャップリンを別格として、やはり監督・脚本・主演を兼ねていたキートンについての評伝や研究書、またサイレント喜劇全般についての概括では、キートンの才能と業績につまびらかな解説と評価が行われながら、サイレント時代~トーキー時代を通して観客動員数や興行成績はロイドが喜劇俳優では最高の人気を誇り、チャップリンがロイドに次ぎ、キートンは平均点喜劇俳優の中では上位クラスで興行成績にもムラがあり必ずしも安定した人気を維持してはいなかった、とされます。ロイドはローチ・プロダクション在籍中でも実質的にはプロデューサーで独立後は自己のプロダクションを運営し、監督や脚本には専業監督、専業脚本家を立てましたが作品内容の全権はプロデューサーであるロイドが握っていたので、製作権は所属プロダクションのプロデューサーに握られていたキートンよりも企画や内容はロイド自身の意向に沿ったもので、その点でもチャップリンに匹敵する主演俳優兼ワンマン・プロデューサーでした(キートンはサイレント末期~トーキー初期のMGM時代には監督権や脚本権も奪われてしまいました)。ただし監督を兼ねていた時代のキートン作品は公開当時ヒットしなかった作品、興行成績では赤字になった商業的失敗作でも天才的な奇想と閃き、驚異的な演出の冴えがあり、正統的な映画監督・プロデューサーだったチャップリンやロイドにはない大胆な発想の飛躍がありました。それはトーキー時代にサイレント時代の人気喜劇俳優に取って替わったマルクス兄弟の不条理で狂気に満ちた感覚と並ぶもので、そうした強みからキートンはやはり大監督であるチャップリンと競う高い評価を得ているのですが、同時代にはもっとも大衆的に共感を集めて最高の人気を誇ったハロルド・ロイドがかえって顧みられなくなっているという評価の逆転も起こりました。しかしロイドの映画は今観ても抜群に面白いもので、DVDでは2008年に発売された素晴らしいレストア版9枚組ボックス・セット『ハロルド・ロイド・コレクション』(ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン)で長短29作を一気に観ることができます。とりわけ長編になってからの16作はアメリカ喜劇映画の最高峰としてチャップリンやキートンの諸作と並ぶ古典的風格があります。そこでひさしぶりに観直して楽しむことにしました(ロイド作品は正規ライセンスの同ボックス以外の日本盤DVDはパブリック・ドメイン・プリントによる画質の悪い短縮版が大半で注意が必要です)。なお作品紹介は9枚組ボックス『ハロルド・ロイド・コレクション』の簡潔なあらすじを転用させていただきました。

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●6月1日(金)
『ロイドの水兵』 Sailor Made Man (ハル・ローチ・プロダクション=パテ'21)*47min, B/W, Silent : https://youtu.be/g7NP7DFv8-k

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○本国公開1921年12月25日、監督=フレッド・ニューメイヤー、共演=ミルドレッド・デイヴィス
○社長令嬢に一目惚れした金持ちのお坊ちゃま。社長から自分の体で働く男でないとだめだと言われ、なりゆきで海軍に入隊してしまう。6か月後水兵となった彼は船の上で任務に励んでいた。一方、社長令嬢は仲間とともに楽しい船旅の真っ最中。2人は異国の町で再会するが、国王に気に入られた彼女が誘拐されて……。

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 ハロルド・ロイドの映画デビューはトーマス・エジソン・モーション・ピクチャー・カンパニーに入社した1912年、全出演作品は213本に上るそうで、うち本作から始まる長編がサイレント時代に11作、トーキー後に7作(『ハロルド・ロイド・コレクション』には引退作『ロイドのエヂプト博士』'38と1作きりの復帰作、プレストン・スタージェス監督の『ハロルド・ディドルボックの罪(The Sin of Harold Diddlebock)』の最後のトーキー2作は未収録になっています)で、長編時代以降には短編出演は「ちびっ子ギャング(Our Gang)」シリーズの1編にゲスト出演があるだけとされますから、本作『ロイドの水兵』までに194編の中短編に出演(ほとんど短編)していることになります。ロイドが入社した頃のエジソン映画社は盛りを過ぎており、エジソン・カンパニーから分裂したアメリカン・バイオグラフ・カンパニーが新鋭監督D・W・グリフィス(1909年監督デビュー)や喜劇部門のマック・セネットらの活躍で業績を伸ばしていました。アメリカ映画はまだ短編時代(1巻=1,000フィート前後、約10分前後を単位として、1巻~2巻が短編)で、中編(3巻)は1910年代から稀に作られるようになり、長編(4巻以上)が市場を賑わせるようになったのは1913年以降になります。ロイドはエジソン社とユニヴァーサル・スタジオを掛け持ちしており、ユニヴァーサル社で友人となったハル・ローチとともに早くも1913年に独立、翌'14年にやはりエジソン社から独立してキーストン・スタジオを主宰していたマック・セネットがアメリカ公演で人気を博したイギリスの喜劇一座から引き抜いて映画デビューさせたチャップリンの大ブレイク('14年だけで短編34編、うち第13作目から20編はチャップリン自身の監督・脚本。またセネット監督の長編1作に出演)を模倣し'15年~'16年は放浪者キャラクター「ロンサム・リューク」のシリーズに主演しましたが、'17年には丸眼鏡に庶民的な青年役の「眼鏡の青年」キャラクターに転じて、作品ごとに配役は異なりますがこれから容貌やキャラクターは後年まで一貫した、そそっかしい好青年のロイドに統一されます。そうしてたどってみるとロイドはアメリカ映画が商業ベースに乗った最初期からの映画人と言えて、映画デビューはチャップリンよりも早く、またチャップリンがキーストン社とは1年契約、続く3年間も1年半はエッサネイ社、1年半はミューチュアル社と高い契約金とワンマン製作体制を求めて短期で移籍し、'18年にチャップリン自身の映画社であるファースト・ナショナル社を創設('23年に当時最高の映画監督グリフィス、最高の人気を誇った俳優ダグラス・フェアバンクス、女優メアリー・ピックフォードとともに経営権を四等分したユナイテッド・アーティスツ社に統合)して自作の全権を握るようになったのに対して、ロイドが友人ハル・ローチと組んだローチ・プロダクションは気の合うスタッフばかりが集まった会社だったのでロイドは10年あまりを同社の看板スターとして過ごし、事実上出演作品の指揮権はすべてロイドに任されていましたが、プロデューサーのローチや監督のフレッド・ニューメイヤー、また脚本家の顔を立てたブレイン・ストーミング式の製作体制でチームの強みを生かした映画作りを選びます。これはローチ・プロダクションから独立したハロルド・ロイド・プロダクション~ロイド・コーポレーションになっても変わらず、上意下達式のワンマン映画人のチャップリン、マネジメントのプロダクションのプロデューサー(ジョゼフ・M・スケンク)の雇われ俳優兼監督(大会社MGMに移籍後は監督権も剥奪)でしばしばプロデューサーと軋轢を起こしたバスター・キートンよりも円滑かつ合理的で、収益率も高い方法でした。こうしたロイドの円満でスタッフや共演者を尊ぶ姿勢が、チーム全体でアイディアを持ち寄り、結果的にチャップリンやキートンよりも大衆的な娯楽性の高い、明快でオープンな作風に結びついたのはロイド作品を観る上で看過できないことで、チャップリンやキートンでは監督・主演を兼ねた本人たちの個性が映画全編を覆っているのに対して、ロイドの映画は当時の映画観客の嗜好に応えるべくして全力を尽くした作品とも言えて、時代を経てロイド作品に相対的な評価の低下が起こったのはそうした性格からでもあり、それでもなおロイドの映画が輝いているのはチャップリンやキートンとは逆に、映画が作者の強い個性に全面的に依存して作られたものではないから、とも言えるのです。
 ロイドの最初の長編である本作は偶然の産物で、アメリカ映画が長編時代に入っても喜劇映画の長編化は遅れており、マック・セネットが'14年11月に舞台喜劇の人気女優マリー・ドレスラー(1868-1934、ウォーレス・ビアリー共演、ジョージ・W・ヒル監督・製作のMGM作品『惨劇の波止場(Min and Bill)』'30で62歳でアカデミー賞主演女優賞受賞)の長編映画初出演=主演作品で6巻の『醜女の深情け(Tillie's Punctured Romance)』(ドレスラー46歳)をいち早く発表していましたが、同作はデビュー年の同年のみキーストン社に在籍のチャップリンが結婚詐欺師役で準主演しているのが唯一の取り柄と言えるもので以来長編喜劇らしい長編喜劇は続かず、チャップリン自社のファースト・ナショナル社の第1作「犬の生活」'18、第2作「担へ銃」'18、続く「サンニイ・サイド」'19もまだ3巻で、製作に丸1年をかけた'21年2月公開の『キッド』で初めてチャップリンは自身の監督・脚本・主演による6巻の長編を作りますが、次の長編は2巻ものの短編2編を挟んでやはり製作期間1年をかけた4巻の『偽牧師』'23.1になり、監督・脚本に専念したエドナ・パーヴィアンス主演のシリアスなメロドラマ作品『巴里の女性』'23.10を挟んでチャップリン主演の長編第3作は'25年8月公開の『黄金狂時代』(9巻)、次が'28年1月公開の『サーカス』(7巻)で、次はサイレント長編最終作になりトーキー時代になっていたのにサイレントで押し通した'31年2月公開の『街の灯』でした。次作『モダン・タイムズ』'36以降はトーキーですから長編時代にはチャップリンはいかに寡作になっていたかがわかります。他方キートンは'20年10月公開の長編『馬鹿息子』(7巻)がありますがこれはMGM作品で舞台喜劇の映画化にキートンが主演しただけで監督・スタッフもMGMの仕込みであり、キートン喜劇とは言えません。キートンが監督も兼ねてレギュラー・スタッフと短編喜劇から長編喜劇に移ったのは'23年9月公開の『滑稽恋愛三代記』(6巻)からで、以降プロダクションごとMGMに移籍し監督権を奪われて俳優専業にされるまでの'28年までにキートン監督・主演の長編は足かけ6年で10作を数えます。映画史家トム・ダーディスによる評伝『バスター・キートン』'79(翻訳'87年リブロポート刊、飯村隆彦訳)では「アメリカ人の監督として、古い2巻もの喜劇を初めて完全に捨てたのはハロルド・ロイドだった」と、『醜女の深情け』や『キッド』を先例として上げながらも指摘されています。セネットはもちろんチャップリンでさえも長編第1作を機に長編路線に完全に転換はできなかった、とした上でダーディスは前記の指摘をし、「とはいえ、それはほとんど偶然の結果である。(『ロイドの水兵』の製作時に、)彼はスタッフが4巻分に及ぶフィルムを撮影してしまったことに気づいた。その中には「カットするには惜しいほどよくできた」ものが含まれていた。不安はあったが、映画はその4巻のまま上映され、結果的にはかなりの成功を収めた」。記録によると当初2巻ものの短編として平均的な7万7,000ドルの製作費で作られた本作は48万5,000ドル以上の収益を上げた大ヒット作になりました。「『豪勇ロイド』でも同様のことが起こった」とダーディスは書いています。よって続きは『豪勇ロイド』に送ります。なお本作は日本公開前に「キネマ旬報」で「喜劇界に於いて人気といい実力といいチャップリン氏の塁を磨さんとするハロルド・ロイド氏が2、3巻物から進んで始めてフィーチュアー物らしい喜劇を製作した第1回の作品である。相手役は例の通り、最近婚約を報じられたミルドレッド・ハリス嬢である。筆者は試写を見たが蓋し大傑作の賛辞をおしまぬ」と絶賛され紹介された評判作だったのをつけ加えておきます。

●6月2日(土)
『豪勇ロイド』 Grandma's Boy (ハル・ローチ・プロダクション=パテ'22)*56min, B/W, Silent : https://youtu.be/SWe0NlnwE6I

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○本国公開1922年9月3日、監督=フレッド・ニューメイヤー、共演=ミルドレッド・デイヴィス
○のどかな田舎町で祖母に育てられた青年ハロルドは、良く言えばおとなしくて謙虚、悪く言えば臆病な意気地なし。子供の頃からいじめっ子のライバルには勝てず、愛する女性も横取りされそうになっている。そんな彼が、ある日ひょんなことから保安官代理に任命され、町の無法者たちを捕まえる任務を与えられる。

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 ロイドは晩年近い'69年に本作『豪勇ロイド』を回想し、「それはとてもいいテーマを持っていたので、どんどん膨らんでいった――ぼくらはそれが膨らむにまかせていた。そしてとうとう5巻の長さになってしまったのだ」と述べています(グーディス前掲書)。本作のポスターにやたらと「5」の数字が強調されているのは5巻の長さの長編喜劇映画がいかに驚異的な大作だったか(『醜女の深情け』や『キッド』は一般的には例外的作品と見られていたか)を物語っています。「ロイドはこの作品の製作中、スタッフに対して「徹底的にやろうじゃないか」と言っていたのだ。こうして一段と長い作品が、しかも大成功のうちにつくられた」(ダーディス)。『豪勇ロイド』の製作費は前作より多い9万4,000ドルでしたが、全米とカナダを合わせて110万ドルの興行収入を上げる特大ヒット作になりました。「もっとも、ロイド自身が「本当の長編」と呼ぶものは、1922年の『ドクター・ジャック』以後にようやく一貫して製作されるようになる」とダーディスは書いています。念のため強調するとダーディスの文章は長編評伝『バスター・キートン』から引用しているので、同書ではキートンのキャリアを追いながら同時代のスラップスティック喜劇映画の趨勢の中にキートンを位置づけているのですが、やはりどうしてもキートンのライヴァルたちの動向にも一定の妥当な評価を下さなければならない。すると一番人気と商業的成功はロイド、安定した評価とマイペースなワンマン製作ではチャップリン、そうなると喜劇俳優・監督として天才でありながらも安定したキャリアを送ったとはとても言えず、監督権を奪われて会社企画の作品に嫌々出演を続けるうちに重度のアルコール中毒症になり、大会社MGMをクビになった後はフランス、イギリス、メキシコで1本ずつ主演作があり、カメオ出演的に名物男の往年の喜劇スターとして細々と出演作を選ばず顔を出しながら、再評価の高まりにも喜んだ様子もなく余生を送ったキートンという図式が浮かんで来るのです。ハリウッド映画でも喜劇映画は比較的低予算でしたが本来映画はちょっとした町の年間予算、大作ともなればヨーロッパの小国の国家予算にも匹敵する巨大な浪費ビジネスで、チャップリンとロイドも芸にかけては子供時代から修行を積んだ天才で、それはキートンや後のマルクス兄弟などもほとんどが芸人の家系か貧しくして子供時代から芸人になったかなのですが、芸人としてのみならず創作家としても卓越した才を持つのは困難でマルクス兄弟は映画人としてはあくまで喜劇俳優でしたし(個人芸やアドリブの過剰攻撃で映画を乗っ取っていますが)、生い立ちや性格形成からもチャップリンとロイドは努力型の芸人で芸の脆さも知り抜いた分経済観念も現実的で堅実でしたが、子役時代から芸人暮らしに慣れていたキートンは典型的な宵越しの金は持たないタイプだったようです。チャップリンとロイドはいずれ来るリヴァイヴァル公開のリクエストのためにプロデューサーである自分自身が版権を持つ最良の状態のオリジナル・プリントを保管していましたが、キートンの監督作品はプロデューサーが版権を売ってしまった上にプリント原盤も四散しており、なるべく初公開時の内容に復原しようと研究家が世界各国の別ヴァージョン・プリントから欠損部分を補う努力を続けていますが未だに全長編の決定版と言えるものにはたどり着かないようです。
 今回数年ぶりに観直すと、ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン版DVDは以前観て感激したほど劇的な画質の向上はまだこの辺の長編初期ではそれほどでもないな、と思ってしまいました。最初は画質の向上と観たことのないシーンの連続に驚いたものです。画質はもともとハロルド・ロイド財団がロイドの遺品から管理している現存する最上のプリントやオリジナル・ネガから起こしたものですし、ロイドの認めた全長版でもあります。9枚組DVD『ハロルド・ロイド・コレクション』から作品ごとに分売されていないのが難点ですが、ユニバーサル・ジャパン版以外の日本版DVDの大半は民間上映レンタル用16mmプリントを原盤にして適当にピアノ伴奏をつけたもので、音楽については目をつぶるにしても本編映像自体があちこちをカットした短縮版で、催し物などで上映して大勢で楽しむためならばともかく、DVDする価値はないものです。ロイド作品はチャップリン、キートンと同様'70年代にニュープリントで代表作のリヴァイヴァル公開があり、連動してNHKや民放でも短編や長編の放映が行われましたが、'80年代のホームヴィデオ普及時に再びニュープリント以前のパブリック・ドメイン版プリントを使うメーカーがあったために、チャップリンの初期短編時代作品、ロイドとキートンについては全長版を復原したニュープリントが存在する作品までも再び粗悪な短縮版が出回ることになってしまい、2008年のユニバーサル・ジャパン版公式決定版DVD発売以後にも短縮版DVDを販売しているメーカーがあります。ロイドの映画は流れるようにひとつ一つのシーンにドミノ倒しのように連続するギャグがあり、よくもまあ自宅から出てガールフレンドの家に着くだけのシークエンスにギャグまたギャグの連続を盛りこんだものだと、ギャグひとつなら割と平凡なものでもそれが次々と新たなギャグに連なっていくのがロイドの作品の特徴で、チャップリン作品のエモーショナルなメリハリやキートン作品のダイナミックな一難去ってまた一難とは違うロイドの洒落っ気なのですが、短縮版は先の例で言えば家を出るショットの後にいきなりガールフレンドの家に着くショットをつないでしまうような編集をしていて、そこまでひどい短縮でなくてもシークエンスの途中に切れ目があればギャグが9連発されるシークエンスを前半4つのギャグで次のシーンに移ってしまう編集がされています。本作も他社からホームヴィデオ時代と同じ原盤を使ったDVDが発売されていて10分近い短縮版になっており、同社ではロイド作品中もっとも有名な長編第4作『ロイドの要心無用』'23をやはり10分近く短い短縮版のまま、やはり代表的名作の長編第6作『猛進ロイド』'24にいたっては20分近い短縮版でDVD化しています。喜劇映画からギャグをカットしてストーリーだけは残すカットは「短縮」どころではないと思いますが、トーキー以降はともかくサイレント時代のロイド映画の感想文が難しいのはストーリーだけならDVDパッケージの紹介文で済んでいて、内容は視覚的に面白いギャグまたギャグの連続でつけ入る隙がなく、これに感想を書こうとすれば片っ端から作中に盛りだくさんなギャグを書き連ねていくしかない、という性質によります。チャップリンやキートンのように求心的なテーマを持たない、またはテーマ自体はギャグの器に過ぎないという恐るべき明快な割り切りがロイド映画にはあり、なるほどこれは批評的分析どころかなまじっかな感想文すら寄せつけないところがある。『ロイドの水兵』のタイトルには1行「Plot - "The Boy" Loves "The Girl".」(「プロット――主人公の青年がヒロインに恋をする」)と出てきます。しかしこれは感想文ですから、次の『ドクター・ジャック』で3作まとめて感想文らしい感想文に挑んでみようと思います。

●6月3日(日)
『ドクター・ジャック』 Dr. Jack (ハル・ローチ・プロダクション=パテ'22)*60min, B/W, Silent : https://youtu.be/PBsu6luYThI

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○本国公開1922年12月23日、監督=フレッド・ニューメイヤー、共演=ミルドレッド・デイヴィス
○田舎町で人助けに奔走するドクター・ジャック。彼はどんな病気でもトンチの利いた方法で治してしまう頼りになる医者だ。そんな彼が裕福なお嬢様の治療を担当することに。報酬目当ての医者に病人扱いされ屋敷に閉じ込められて暮らすお嬢様を元気にするためドクター・ジャックはとっておきの治療を行うことにする。

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 長編第3作は前2作と違って本格的な6巻ものの長編を作る目算で作られ、製作費11万3,440ドルに対して興行収入は純益だけ(製作費を差し引いた額)で127万5,423ドルですから、『ロイドの水兵』の製作費7万7,000ドル・興行収入48万5,285ドル(大ヒット)、『豪勇ロイド』の製作費9万4,412ドル・興行収入110万ドル(特大ヒット)をさらに上回り、1922年のヒット映画のトップ10内上位にランクされました。次作『要心無用』'23が製作費12万1,000ドル・興行収入150万ドルですから、チャップリンの第1長編『キッド』'21が製作費25万ドル・公開時の興行収入約100万ドル(2017年までに全世界で545万ドル)、第2長編『偽牧師』'23が製作費不詳・公開時の興行収入(純益)28万0,171ドルで、興行収入の記録があるキートンの第2長編『荒武者キートン』'23が製作費不詳・興行収入53万7,844ドルでキートン作品中の最大ヒット作のひとつとされているのと並べると、サイレント喜劇映画が短編時代から長編時代に進んで年間2作ペースで純益100万ドルを超えるヒット作を発表するスターダムに就いたロイドが、寡作なチャップリン、興行収入で倍ほどの差を空けたキートンと較べて時代の寵児だったのがわかるような記録ですが、何か取っかかりになるようなことはないかあれこれ文献を当たっているうちに、一体感想文を書いているのか調べものをしているのかわからないような始末になってきてしまいました。しかしこんな風に製作費・興行収入から三者を比較してみたことはなかったので、アカデミー賞の発足は1929年で第1回の対象は'27年・'28年度作品だったのですが(映画界はすでにトーキー時代を迎えており、サイレント作品が対象になったのも第1回きりになりました)、もし5年早かったら長編第4作『要心無用』でロイドとの結婚を機に引退したヒロイン女優ミルドレッド・デイヴィスか、第5作『ロイドの巨人征服』以降レギュラー・ヒロイン女優となったジョビナ・ラルストンあたりは主演ないし助演女優賞を与えられていたかもしれません。ロイドは'52年にアカデミー名誉賞を与えられましたがサイレント喜劇の映画人では第1回のチャップリン(ウォルト・ディズニーと同時受賞)、第10回('37年)のマック・セネット以来で、ちなみにキートンの受賞は'59年でしたが、'35年に受賞したD・W・グリフィスが『苦悶』'31を最後に監督依頼がなく逝去する'48年まで遂に監督復帰できなかったように、第1回のチャップリンも免罪符のように以降の新作を本賞にノミネートしない口実になったので、アカデミー賞はあくまで業界内での番付表みたいなものですから年功序列みたいなものでもあれば不穏分子を懐柔したり従属させたりするためにも使われます。喜劇映画はしょせんはノヴェルティですからもしブーム最盛期で看過できないのなら、なるべく万人に無難なものにほどほどの賞を与えて済ませるのが安全、となるとロイド作品に小さな賞を与える、というのは大いにあり得たでしょう。
 年代順にロイド作品を観直すのは今回が初めてなので、初期3作を観ると当初はいつもの2巻か3巻ものを撮るつもりだったという『ロイドの水兵』は基本プロットは1本でなるほど短編の予定だったと納得がいき、自由に長くなるままに撮ったという『豪勇ロイド』は入れ子構造になっていて付加されたのはそうした二重構造の部分だったとわかり、実はあまり上手くいっていない印象を受けます。しかし『豪勇ロイド』が前作より魅力的になっているのはロイドが金持ち世間知らずのお坊ちゃんキャラクターの『水兵』より優しく臆病、しかし勇気をふるうと大胆という主人公のキャラクターがロイドには合っていて、平均的な身長で体は細身のロイドの身体能力が鍛え抜かれたとんでもないものという外見との意外性を生かした作りになっていて、そのきっかけのために祖父は南北戦争の英雄だったというお祖母ちゃんの話(ロイド二役)が追加されているわけです。設定やアイディアは悪くないが構成がまずく、作中作として挿入される南北戦争の祖父の武勇伝(祖母の話)が現在進行形のロイドの無法者退治を遮るかたちになっているのが惜しまれます。これが最初から6巻ものの長編にする構想で撮った『ドクター・ジャック』ではどう改善されたかと言うと、プロローグ部分で病弱扱いされているヒロインと頑固者の旧弊な主治医が描かれると映画前半は田舎医者ロイドの名医ぶりが町の人々との交流を通して描かれ、後半は仲介者の弁護士を通してヒロインに紹介されたロイドがいかにして旧弊な主治医の誤診をあばきヒロインを助けるかという話になります。これは前半と後半が割れていますが等分な時間配分のせいでそうなっているので、前半の調子をメインに平行してヒロインとの交流を挟んでオチにヒロインとのハッピーエンドをもってくる程度にするか、前半部分はほんの前振り程度にしてヒロインとの出会いをもっと早めて後半の話をメインにするかに絞った方が長編として首尾が整ったでしょう。前半の調子はオムニバス映画的な小エピソードの羅列なのに後半は急にメロドラマ的な展開になるので、本作の前半後半の等分な構成は難があるように感じられるのです。サイレント時代の映画では観客は話法の不統一はむしろ趣向として楽しんでいたので、サイレント育ちでとりわけ軽妙なロイド喜劇を愛好していた松竹蒲田の斎藤寅次郎や清水宏、小津安二郎の大学生喜劇『若き日』'29や『落第はしたけれど』'30などは構成の緩さに面白みがあり、そうした日本の映画監督はトーキー以後に喜劇ではないドラマ作品を作ってもエピソードの累積的な独特の話法を生むことになり、一方アメリカではトーキー以後はサイレント的なエピソード的話法より集中的な話法が求められた、とも言えると思います。ロイドの代名詞的代表作『要心無用』が次の第4作で、サイレント的な即興的自由さと綿密に計算されたプロットとギャグの配分で早くも金字塔的作品に到達したのは『ドクター・ジャック』からの大きな飛躍への意欲が感じられ、それは『要心無用』を最後にロイドと結婚引退するヒロイン、ミルドレッドへのはなむけだったとも思えるのです。

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