(Unofficial Not on Label "Interstellar Fillmore" CD Front Cover)
Date : 29/04/1970
Venue : Fillmore West, San Francisco, California
Duration : 127:40 min
(Tracklist) :
CD1 : 60:32
1. Grantchester Meadows (Roger Waters) - 7:00
2. Astronomy Domine (Syd Barrett) - 10:19
3. Cymbaline (Waters) - 11:27
4. Amazing Pudding (aka Atom Heart Mother) (Waters, Wright, Mason, Gilmour) - 20:23
5. The Embryo (Waters) - 11:23
CD2 : 67:08
1. Green Is The Colour (Waters) - 4:35
2. Careful With That Axe, Eugene (Waters, Wright, Mason, Gilmour) - 11:26
3. Set The Controls For The Heart Of The Sun (Waters) - 12:47
4. A Saucerful Of Secrets (Waters, Wright, Mason, Gilmour) - 22:46
5. Interstellar Overdrive (Barrett, Waters, Wright, Mason, Gilmour) - 15:34
[ Pink Floyd ]
David Gilmour - guitar, vocals
Roger Waters - bass, acoustic guitar, percussion, vocals
Richard Wright - keyboards, percussion, vocals
Nick Mason - drums, percussion
ピンク・フロイド1970年ツアー前半の名演と定評があるのがこの4月29日フィルモア・ウェストのコンサートになる。コンプリートで全10曲130分にも及ぼうという長時間演奏で、10分台の演奏が6曲、20分台の演奏が2曲、10分未満の曲はフォーク調のアコースティック・バラード2曲しかない。前回取り上げた1970年ツアー劈頭のコンサートでは、
Croydon 1970
Live At Fairfield Hall, Croydon, Surrey, UK 18th January 1970
(Disc 1)
1. Careful With That Axe, Eugene - 10:58
2. The Embryo - 9:38
3. Main Theme From "More" - 14:02
4. Biding My Time - 5:59
5. Astronomy Domine - 9:02
TOTAL TIME (52:12)
(Disc 2)
1. The Violent Sequence - 15:32
2. Set The Controls For The Heart Of The Sun - 14:05
3. The Amazing Pudding (aka Atom Heart Mother) - 24:34
4. A Saucerful Of Secrets - 16:54
という具合だった。今回は即興性の強いインストルメンタル「Main Theme From "More"」「The Violent Sequence」を削り、その分馴染みの深いデビュー作の代表的ロング・インストルメンタル曲「Interstellar Overdrive」とセカンド・アルバムのタイトル曲「A Saucerful Of Secrets」を以前よりいっそう大胆なアレンジで長尺化した。この2曲だけでもアナログLPなら悠に1枚分の長さになる。
即興のみならず緊密なアレンジの面でも「Amazing Pudding」(完成後に「Atom Heart Mother」と改題)はオーケストラとの共演なしの時点でバンドのみのアレンジを固めており、「The Embryo」では後の大曲「Echoes」に発展吸収される、海鳥が鳴くようなエフェクト的ギター・リックがほぼ完成している。フィルモア・ウェストのスタッフがバンド公認で記録録音していたと思われるミキサー卓での、適度にモニター用に拾われたオーディエンスからのリアクションもミックスした極上音質で、このまま公式アルバム化に堪えうる素晴らしい演奏が聴ける。70年1月~72年11月までがピンク・フロイドのライヴ史でもっともクリエイティヴな時期だったのだが(アルバム『The Dark Side Of the Moon』は72年2月から全編ライヴ先行演奏、72年12月に録音され73年3月に発売された)、70年1月のクロイドンから4月のフィルモア・ウェストまでの3か月でピンク・フロイドの演奏は驚異的に完成度を高めている。コンサート前半はロジャー・ウォーターズの歌うバラード「Grantchester Meadows」がプロローグで、テープ録音の小鳥のさえずりのSEがこの曲では全編にかぶさり、SEが持続したまま本格的なオープニング曲「Astronomy Domine」になだれ込む。この曲はデビュー・アルバムではシド・バレットとウォーターズのツイン・ヴォーカルだが、バレット脱退後はデイヴ・ギルモアとウォーターズのデュエットで、ギルモアとウォーターズは声質が似ていて紛らわしいのだが今回のライヴでは「Grantchester Meadows」「Careful With That Axes~」「Set The Control~」がウォーターズ、「Cymbaline」「The Embryo」「Green Is The Colour」がギルモア、「Astronomy~」がデュエット、「Amazing Pudding」「A Saucerful Of~」「Interstellar~」がインストルメンタル曲になっている。粗っぽいのがウォーターズ、もっと濡れた声がギルモアと思えばだいたい判別できる。
(Unofficial Not on Label incomplete "Fillmore West 1970" CD Front Cover)
フロイドのステージがサウンドもヴィジュアルも大がかりになったのも1970年のアメリカ・ツアーからで、映像を観るとロジャー・ウォーターズの後ろにおおきな銅鑼(チャイニーズ・シンバル)がぶら下げてある。直径1メートルもあろうかという銅鑼をがんがん叩くのが「~Eugene」や「A Saucerful~」インプロ部での名物で、サウンドだけでもその効果は伝わってくる。また、ミキシング・エンジニアを始めとする音響スタッフの協力で大会場ではサラウンド・サウンド・システムが行われた。現在でいう5.1サラウンドと似た方式を人力でやっていたので、インプロ部分の長大化はサラウンド・セッティングのための時間稼ぎの面もあったかもしれない。最長ヴァージョンで30分を超えたこともある「A Saucerful Of Secrets」のようにはっきり3パートに曲が分かれ、つなぎの部分はほぼ定型リズムのないインプロになる(この曲全体が定型リズムとは別の発想からできており、オン・リズムになるのはパート3終結部だけで、それがタンジェリン・ドリームやアシュ・ラ・テンペルの直接のヒントになったが)フリーなタイプの曲では人力サラウンド・システムは曲の長大化をうながした。
一方SEが重要な役目を果たす「Cymbaline」では劇伴のようにきっちりとサラウンド・システムを機能させている。この曲はアルバム『More』では4分50秒だからコンサートでは倍以上の長さになったのだが、アレンジ自体がやや重く、テンポを落としてもいるが、曲の中間部はあらかじめテープ録音してある寸劇になる。女性の取り乱した声と、ドアを開けては次のドアへ、また次のドアへと靴音が響くのがサラウンド音響で会場中に鳴り響くようになっている。ちなみに「Cymbaline」は日本では特に人気のある曲で四人囃子が初期からレパートリーにしており、アルバム化されたものでは8・8ロック・ディのだるま食堂のヴァージョンもある。さすかに演劇パートまでは再現していないが、71年の初来日公演でも演奏されている(不完全ヴァージョン音源しか聴いたことがないが)。「Cymbaline」は演出より曲そのものが初期フロイドの湿っぽい部分があって良いが、この大胆なSE使用が後の『The Dark Side Of The Moon』や『The Wall』のSE活用法(アルバム全編がSEによってトータライズされているのはこの2作だろう)につながっていくことになる。
(Unofficial Not on Label "Fillmore Encore" CD Front & Inner Cover)
後にロン・ギーシンのコーラス隊とオーケストラ・アレンジを加えて「Atom Heart Mother」となる「Amazing Pudding」は4人編成ならではのアレンジで、こういうものがオフィシャルで出ないからフロイドのリスナーはブートに走るのだが、ウォーターズとギルモアの目の黒い(?)うちは出ないのだろう。「The Embryo」は3分のアシッド・フォーク調のしょぼいスタジオ・ヴァージョンがデモ・テープに聴こえるダイナミックなヘヴィ・サイケ・アレンジでギルモアのギターが冴えまくる。70年10月に発売される『Atom Heart Mother』はフロイド初の全英No.1の名作で日本でも人気が高いが、サウンドはこの4月のライヴよりもおとなしく、むしろこのフィルモア・ウェストのコンサートは『Atom Heart Mother』を飛び越して71年11月発売の次々作『Meddle』のダイナミズムをすでに実現している。「The Embryo」のライヴ・アレンジのロング・ヴァージョンがオフィシャルには存在しないのもフロイドのリスナーがブートに走る理由になっている。ムーディ・ブルース、キング・クリムゾン、EL&P、イエス、ジェネシスだって多かれ(クリムゾン)少なかれ(ジェネシス)発掘ライヴを出しているのだが、フロイドは『The Wall』ツアー以外は後期アルバムのリマスター・デラックス・エディションにブートでは出回り済みの発掘ライヴをようやく添えている程度で、アルバム制作前のプロトタイプ演奏やライヴ用拡大アレンジ版レア曲を出さないままでいる。
このコンサートはおそらく2部制で、曲の重複はないから客の入れ替えはなかったろうが、たぶん少し休憩を挟んで後半の「Green Is The Colour」が始まる。ウォーターズ作のフォーク曲だがヴォーカルはギルモアで、マイクのセッティングがまずいのか所々ヴォーカルがオフになるが雰囲気は悪くない。リスナーも温まっている。しかも後半2曲目以降は「Careful With That Axe, Eugene」(11:26)、「Set The Controls For The Heart Of The Sun」(12:47)、「A Saucerful Of Secrets」(22:46)、アンコールに「Interstellar Overdrive」(15:34)と初期フロイドのグレイテスト・ヒッツというべき代表曲のライヴ用ロング・ヴァージョンがたたみかけるように演奏される。元々長かった「Interstellar Overdrive」も1.5倍の長さになったが、他3曲はスタジオ・ヴァージョンからきっちり2倍の長さになっている。フィルモア・ウェストの観客の評判はアメリカ西海岸のロックのトレンドを左右する影響力がある、とフロイドも認識しており、要するに本気でアメリカの観客をつかむ気迫で臨んだコンサートなのだ。60年代のうちにヨーロッパではメイン・アクトの座に就く中堅バンドになった。だが本格的に世界的な大物バンドになるにはアメリカでの成功が必要な時期にさしかかっていた。2015年時点でフロイドの『The Dark Side Of The Moon』(4500万枚)はマイケル・ジャクソン『Thriller』(1億1000万枚)、AC/DC『Back In Black』(4900万枚)に次ぐレコード史上第3位のメガセールス・アルバムになっているがこれは全米アルバムチャート1位、トップ200チャートイン連続741週間(13年以上)の実績あってのことだった。
(Unofficial Not on Label "Fillmore Encore" CD Liner Cover)
すでに『Meddle』以降の鋭利なサウンドをライヴでは実践していたフロイドが、70年秋のアルバムはA面がオーケストラとの共演に改作されたアルバム・タイトル曲、B面では各メンバーが1曲ずつあえて牧歌的な楽曲を持ち寄った『Atom Heart Mother』にまとめたのは、イギリス本国での成功をまず固めておきたかったのが大きいだろう。オーケストラとの共演作品がロックバンドのステイタスだった時代でもある。現代音楽家のロン・ギーシンのアレンジは優れたもので、日本でのフロイド人気を決定づけたのもドラマチックなタイトル曲による。ただしフロイドのメンバーもギーシンも「Atom Heart Mother」を嫌って失敗作と見なしており、かつてのボックス・セット『Shine On』では未収録にされ、また各種ベスト・アルバムにも『Atom Heart~』からは1度も選曲されなかった。イギリス本国のNo.1以外でもヨーロッパでのセールスは軒並み良く、アメリカでも過去最高の55位まで上がりプラチナムに輝いている。次作『Meddle』は全米70位と順位では落ちたが、売り上げはダブル・プラチナムで、さらに次の『Obscured by Clouds』は地味で低予算、制作期間も短いサントラ盤にもかかわらず全米46位でゴールド・ディスクに輝き、チャートインは逃したがシングル「Free Four」のラジオ・オンエアは好調だった。そして次に『The Dark Side Of The Moon』が1年間に渡る全曲ライヴ先行演奏を経て発表される。
フィルモア・ウェストのコンサート後半の「Green Is The Colour」、「Careful With That Axe, Eugene」、「Set The Controls For The Heart Of The Sun」、「A Saucerful Of Secrets」、「Interstellar Overdrive」は前半の「Astronomy Domine」、「Cymbaline」、「Atom Heart Mother」、「The Embryo」とともに71年秋のコンサートまで残るのだが、『Meddle』発表後の72年2月に『The Dark Side Of The Moon』全曲ライヴ先行演奏が始まると『Meddle』からの「One Of These Days」「Echoes」に「~Eugene」か「Set The Control~」くらいしか残らなくなってしまう。厳しく見て71年11月までがロック実験室としてのフロイド、または『The Dark Side~』のプロトタイプ演奏が聴ける72年11月までがメンバーの力関係の点でもバンドらしいフロイドだった。もっとも押しも押されぬ大物バンドになってからのフロイドも一筋縄ではいかないのだが、ともあれ『The Dark Side~』以前のフロイドのアルバムは物足りない、今ひとつ狙いがわからないという人でも強引に納得させるだけのライヴ音源の筆頭にこのフィルモア・ウェスト・コンサートは上がる。オフィシャルなスタジオ盤よりこちらがいい、という人がいてもおかしくない。