すべての宗教は自分自身の幸福より他者の幸福を祈念している、とウサギは言いました。はあ、とカッパ。
つまりおのれの幸福ばかりを願う者は悪しき意味でのエゴイストということだ。そしてこの場合他者とは何だろう。それが家族や恋人、友人のみを指すならエゴイズムの延長に過ぎまい。それはもっと大きなものでなければならない。われわれがつながっている共同体、そのもっとも大きな他者の単位は結局祖国ということになる。右であれ左であれ祖国のために身を挺し、時には殉ずる者は敵味方を越えて最高の敬意で語り継がれられる。国のために働くことは最高の名誉であると考える。世界の秩序は国家単位の法体系を尊守することから生まれ、ゆめゆめ法の正義を疑ってはならない。
なぜなら、とウサギは言いました、われわれの大半の者が法の正義によって人権を護られていると信じて疑わないからだ。正確には疑いたくない。われわれの自由や可能性は国家資格や法規定によって制限されている。われわれが近代化と呼ぶ文化改革がそれで、多くの侵略国家が王制から共和制、民主制に移行することで利権を議会制社会の人民に広く解放した革命的意義は大きい。その代償にわれわれは進んでそれ以上の自由を犠牲にすることになった。誰もが密告者たる資格を持ち、誰もが被疑者足りうる社会の一員となった。つまりそういうことだ、この世界の原理は。
だが君は一種の宗教学から始めた、とドジソン先生は言いました、一般的には宗教は政治的党派より上位にあるとされる。そこを君は民心一般の愛国心と混同している。宗教の多くは共同体の精神的基盤として発生したもので、世界最大の宗派などは国土を持たない放浪民族が、いわば国土の代わりに作り上げた神話体系から生まれている。
それに君は共同体の単位の延長から国家の成立を規定したが、共同体が共同体である最大の理由は人はある程度の単位でまとまらないと生きていけない、ということでもあり、また異なる共同体が接触すれば競合から争いに発展するのは珍しくなく、統廃合以外に平和的解決がないことはしばしばで、私はあえて上品な表現を使っているが早い話が皆殺し、大虐殺で終わる戦争以外の戦争を数える方が難しい。
でもそれが僕たちに何の関係があるんです、とカッパが言いました。ああ、つまり君たちはどこへ逃げても同じってことさ、とドジソン先生は言いました。
アリスが笑いだしました。
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真・NAGISAの国のアリス(39)
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