Recorded in Chicago, 1956.
Released; Warwick Records W2002, 1960
(Side A)
A1. So In Love (Cole Porter) - 6:24
A2. Chiconga (Andrew Hill) - 4:20
A3. Body And Soul (Green-Heyman-Sauer-Eyton) - 4:20
(Side B)
B1. Old Devil Moon (Lane-Harburg) - 5:20
B2. Spring Is Here (Rogers-Hart) - 5:23
B3. Penthouse Party (Andrew Hill) - 2:47
B4. That's All (Haymes-Brandt) - 3:20
[ Personnel ]
Andrew Hill - piano
Malachi Favors - bass
James Slaughter - drums
アンドリュー・ヒル(1931～2007)というと『Black Fire』1964を始めとする60年代ブルー・ノート・レーベルの諸作が思い浮かび、またブルー・ノート専属契約直前の参加作(ローランド・カーク『Domino』1962、ウォルト・ディッカーソン『To My Queen』1962)が思い浮かぶが(70年代以降の諸作はカーク盤やディッカーソン盤より後回しになる)、ヒルにはニューヨーク進出前に出身地シカゴで幻のデビュー作を録音していた。それが80年代にアナログ盤(オリジナル・ジャケット)で、2001年には初CD化(新装ジャケット)で再発売され、ようやく知られるようになった『So In Love』で、録音は1956年だがオリジナル盤の発売は1960年だったらしい。もっともワーウィック社自体が1959年創業のレコード会社で、最大のヒットはジョニー＆ザ・ハリケーンズというポップスの会社だから、ジャズのアルバム発売に専門担当者がいたとは思えない。ヒルのトリオが録音していた音源をワーウィック社が買い取ってアルバム発売しただけだろう。
普通こういう場合、ヒル側のテープはあくまでデモテープで、きちんと最新録音をして発売するものだと思う。だがワーウィック社はジャズのピアノ・トリオのアルバムが出せれば十分だったので、デモテープをそのまま出してしまった。しかも4年も前の録音だから、まだ20代のヒルたちは絶対不服だったと思うが、ワーウィック社が買うというから売ってしまったのだろう。その背景には、ヒルたちは4年の間にアメリカ第3位の大都市シカゴの、無数のマイナー・レーベルにこのデモテープを持参して回ったはずだが、どこからも契約の話は出なかったと考えられる。やっとアルバムを出してくれるレーベルが見つかったが新録音しなくていい、デモテープをそのまま出すと言う。もうそれでいいや、そのうちシカゴを出てやるぞ、と思いながらなけなしのギャラをもらう。デモテープの制作費はもともとヒルたちの自腹だったし、ワーウィック側は新録音してもいいよ、そのかわり制作費はアーティスト負担だよ(インディーズ・レーベルの場合は当時も現代もそれが普通)、今さらそんな予算はないのでヒルたちもそんならデモテープのままでいいっス、と諦めたのかもしれない。ジャズの世界はそれほど貧乏くさいのだ。
アンドリュー・ヒルは少し年長のビル・エヴァンスとセシル・テイラー(ともに1929年生まれ)が最初のアルバム(ともに1956年9月録音)を出したのとスタートは一緒で、エヴァンスとテイラーが作風を確立した最初の傑作をものしたのが1959～60年だから、『Black Fire』(63年11月録音)で再デビューしたヒルがすでに独自のスタイルを完成させていたのは、年齢的には順当になる。それはエヴァンスともテイラーとも違った、類例を思いつかないような演奏だった。ヒルの再デビュー時にはすでにヒルより若手のマッコイ・タイナー(1938～)やハービー・ハンコック(1940～)がデビューしていたが、タイナーやハンコックはバド・パウエルやセロニアス・モンク、レニー・トリスターノらモダン・ジャズのバップ・ピアノを丹念に学び、最新スタイルのエヴァンスとテイラーを上手く折衷して応用のきくスタイルを作り上げていた。器用なスタイルは、タイナーはコルトレーンの、ハンコックはマイルスのバンドメンバーだから、というのもあった。ヒルは固定メンバーのバンドに加入せず、自分のバンドも持たず、他のアーティストのアルバムへの参加も少なく(生涯に8枚)、管入り編成のアルバムを作っても管に主導権は取られずヒルの音楽を貫き通した。エヴァンスなどは管入り編成の場合は管楽器奏者に音楽性を合わせていたし、テイラーは限られた管楽器奏者としか共演しなかった。
ヒルの場合困惑するのが、『So in Love』から『Black Fire』までの7年間がすっぽり抜けていることで、再発盤が出るまで誰もが『Black Fire』以前のアルバムの存在など想像しなかったほど再デビュー作は鮮烈で独創性にあふれ、ブルー・ノートは半年間でヒルのアルバムを5枚制作したほどだった。ブルー・ノートがこれほど短期に大量の録音契約を交わした鍵盤奏者はモンク、ハービー・ニコルス、ジミー・スミス(オルガン)以来だった。デビュー作と再デビューまでの空白には、ローランド・カーク『Domino』(62年9月6日シカゴ録音)、ウォルト・ディッカーソン『To My Queen』(62年9月21日ニュー・ジャージー録音)、ジミー・ウッズ『Conflict』(63年5月25・26日ロサンゼルス録音)の3枚の参加作しかなく、どれも各アーティストの名作だが具体的な関連性はない。ローランド・カークはワンホーン・カルテットで、当時のカークのレギュラー・バンドだったという説があるが他に録音はなく、メンバーが給料制だったとは思えないから厳密には常連指名メンバーだった程度だろう。この3枚もすでに『Black Fire』直前と言えて、ロケーションもレーベルもばらばらだから62年にはヒルは各地のレーベルに売り込みが奏し、サイドマン起用されるようになったと考えられる。すると売り込み用には『So in Love』を使ったかもしれないのだ。
アンドリュー・ヒルはブルー・ノート移籍後、在籍中は他のアーティストでもブルー・ノート作品にしか参加しなかった。ブルー・ノートからの全アルバムを上げる。
[ Andrew Hill Discography on Blue Note ]
1963.9:Joe Henderson/Our Thing (issued 1964.5)
1963.10:Hank Mobley/No Room for Squares (issued 1964.6)
1963.11: Black Fire (issued 1964.3)
1963.12: Smokestack (issued 1966.8)
1964.1: Judgment! (issued 1964.9)
1964.3: Point of Departure (issued 1965.4)
1964.6: Andrew!!! (issued 1968.4)
1965.2: Pax (issued 2006.6)
1965.4:Bobby Hutcherson/Dialogue (issued 1965.9)
1965.10: Compulsion!!!!! (issued 1967.2)
1966.3: Change (issued 2007.6)
1968.4: Grass Roots (issued 1969)
1968.10: Dance with Death (issued 1980)
1969.5: Lift Every Voice (issued 1970)
1969.11: Passing Ships (issued 2003.10)
1965-70: One for One (issued 1975, 2LP)
1967-70: Mosaic Select 16: Andrew Hill (issued 2005, 3CD)
1989: Eternal Spirit (issued 1989)
1990: But Not Farewell (issued 1991)
2005: Time Lines (issued 2006)
ヒルの逝去は2007年4月だから、66年録音の『Change』が生前未発表になったわけだ。晩年は制作再開したブルー・ノートに復帰して円熟した境地を見せ、生涯無理のない現役を貫いた。しかしブルー・ノートは録音と発売時期が行き当たりばったりで、そういうところはサヴォイやプレスティッジと変わらない。まだしもパシフィックやコンテンポラリー、リヴァーサイドは録音したものは順番に発売していた。だが比較的大手でもヴァーヴやアトランティック、インパルスあたりですら録音順と発売順は場当たり的だったりする。ジャズとはいかにいい加減かを示す一面でもある。ヒルの場合も21世紀になって発掘された未発表アルバムが『Change』『Passing Ships』、さらにアルバム6枚分(うち1枚は75年発売の2LP『One For One』で既出、同LPのもう1枚は2006年単独CD化の『Pax』)の3枚組CD『Mosaic Select』があり、2000年と2001年の再発CD版『Grass Roots』『Lift Every Voice』には別メンバーによるアルバム全曲の未発表別ヴァージョンがカップリングされている。後追いでは実感がないが、実は順当に発売されたアルバムは氷山の一角だったと、発掘が進むにつれ判明した。
ブルー・ノートとヒルの関係はは65年以降、明らかにおかしい。この時期にまず発売されたのはタイミング遅れの旧録音で制作順と発売順も混乱を招く『Smokestack』『Compulsion!!!!! 』『Andrew!!! 』で、順調に発売されたのは『Grass Roots』と『Lift Every Voice』だけ、しかもこの2枚は別メンバーで録音し直した労作だった。66年唯一の録音『Change』は未発表になり、67年の未完成アルバム3枚分も未発表(『Mosaic Select』収録)、68年は『Grass Roots』発表、『Dance with Death』未発表、69年『Left Every Voice』発表、『Mosaic Select』収録の未完成アルバム1枚分未発表、『Passing Ships』未発表、70年は『Mosaic Select』収録の未完成アルバム1枚未発表で、さらに『Mosaic Select』には制作途中で中止になった69年と70年の未発表半端録音が合計アルバム1枚分収録されている。ブルー・ノートはジャズ界の良心と呼ばれ、インディーズではリハーサルでも未発表セッションでもちゃんとギャラを払った唯一のレーベルと言われるが(実際はパシフィック、コンテンポラリー、リヴァーサイドなどもそうしていたから唯一ではないが、サヴォイやプレスティッジ始め踏み倒しインディーズが多かったのも事実)、10枚録音して2枚しか発売しないとは明らかにおかしい。リヴァーサイドが借金を申し込んできたビル・エヴァンスに、借金は断ったがスケジュールにないソロ・ピアノの録音を組んで発表未定だが(死後発表になった)借金申し込み分のギャラを払った美談があるが、それと同じなのだろうか。しかしギャラは出てもアルバムは出ないのでは、普通アーティストはうんざりしてしまい、創作意欲は減退してしまうだろう。
アンドリュー・ヒルについてはあと数枚ご紹介できるから、今回はこういう特異なキャリアの60年代ジャズ・ピアニストがいた、という概説にとどめる。『So in Love』デモテープ説は今回発表年度を調べて(ジャズは録音年度しか載っていないことが多いのだ)、ワーウィック社の創業年度を調べて、初めて思いついた。このデビュー作については、25歳の青年ピアニストが1956年に録音したものという条件つきでなかなかのアルバムになっている。同郷シカゴのドンで42歳のサン・ラがデビュー作『ジャズ・バイ・サン・ラ(サン・ソング)』を発表したのと同年、エヴァンスやテイラーのデビュー作と同年と思うと一番若いヒルが手法的には一番オーソドックスだが、感覚は瑞々しい。選曲センスが光るスタンダード5曲・オリジナル2曲というのもバランスがいい。オリジナル曲ではスタンダード曲とまったく異なる曲想なのもいいアクセントになっている。ニューヨークでもロサンゼルスでもない、シカゴ・ジャズらしい黒さが全編に感じられるので、『ソー・イン・ラヴ』や『ボディ・アンド・ソウル』といった大スタンダードも新鮮に聴ける。ラテン・リズムで始まるタイトル曲の6/8のワルツタイム・チェンジは1956年にあっては相当斬新で、これをジャズマンが普通にこなせるようになるには60年代初頭まで待たなくてはならなかった。ドラムス(すごい名前だが、検索してもミュージシャンには見当たらない。同姓同名のFacebook登録がやたら多いのは、これは19世紀のメキシコ戦線で名高い南軍戦人の名前に由来するらしい)は他で見かけないプレイヤーだが、控えめながらセンスの良さでアルバムに貢献している。ヒルのオリジナルA2ではコンガとヴォイスも入るが、サン・ラやデトロイトの巨人ユゼフ・ラティーフが当時やっていたほどエキゾチシズムはくどくない。また、後にアート・アンサンブル・オブ・シカゴのメンバーになるマラカイ・フェイヴァースのベースがやはり後年の大成を予感させるプレイで光る。
B3のオリジナル『Penthouse Party』はタイトルからしてハービー・ニコルス『House Party Starting』を連想させるが、ニコルスの10インチ盤2枚は1955年、12インチ盤(別内容)は1956年にブルー・ノートから出ていて、タイトルは後からでもつけられるからニコルス曲に由来するのかもしれないが、他の曲でもテーマとアドリブの境がなく同時進行させるようなニコルスに似たアプローチも目立つ。ブルー・ノートにアピールしたのもそこかもしれない。エヴァンスと似たスタンダード曲の処理も多いが、またエヴァンスのデビュー作は発売前だから影響ではない。ヒルは60年代にはフリー・ジャズ寄りのピアニストとされたが60年代のアルバムもセシル・テイラーとはまったく違っていたわけで、同年録音のデビュー作同士を較べるとヒルとエヴァンスはかなり似ているが(エヴァンスの方が鮮烈だが)、やはりテイラーとは全然似ていない。だが60年代のヒルはエヴァンスとも全然似ていないのだ。ますます『So in Love』から『Black Fire』への飛躍が気になるが、ここではデビュー作『So in Love』きりのチャーミングな新人ピアニストを楽しみたい。