腕や脚も使えない状態に慣れてきて、ようやくアンパンマンは重心の移動をによってからだを少しずつ動かす要領をつかめてきました。ベッドといえども完全な平面ではなく、床面と平行ではないので、重心を移すにつれクッション部には均等ではない、傾斜した凹みができます。最初のうちアンパンマンのからだは左右に小さく揺れているだけでしたが、そのうち揺れも大きくなり、アンパンマンは左右に揺れるリズムを振り子をイメージしながらとらえることに集中しました。揺れ幅が最大の時に可能な限り弾みをつけて全体重の重心を移せば、ベッドの端まで転がることもでき、うまく転がり落ちることができるならばベッドの脇にすとん、と立てるかもしれない。横転したならしたで、ベッドよりは堅い木の床の方が転がるには容易でしょう。万が一、本来頭部だった方を下にして落ちてしまった場合ですが、頭部を認識できないのは自分が袋詰めのような状態でスマキになっている、と考えられます。幸か不幸か念入りな拘束のおかげで、直接頭部をぶつけたり、首を痛めたりする事態は避けられるだろう、とアンパンマンは踏んでいました。
ハヒー、とんでもないことに鳴っているゾ、とばいきんまんは監視カメラ映像のモニターに釘づけになっていました。なになーに、とドキンちゃんが割り込んでくると、モニターを一瞥するやばいきんまんをぶっ飛ばしました。何ヒワイな物を見てんのよ!違うのだドキンちゃん、これはアンパンマンの部屋なのだ。
アンパンマンもあんなもので遊ぶヘンタイだったわけね。いや、そうじゃなくて、あれがアンパンマンの現在の姿なのだ。えーっ?だってあれって……。そうなのだ、乳頭、平たく言えば乳首だが、どっちにしてもあまり変わらんな。とにかくあの巨大な乳頭はアンパンマンが変身したものなのだ。
セミは幼虫から直接成虫に成長しますので不完全変態、一方蝶をはじめほとんどの昆虫は幼虫からサナギを経て成虫になりますので、これを完全変態と呼びます。しかしアンパンマンは虫ではなく、菓子パンから突然の巨大乳頭に変化するのは昆虫の成長と同日の談では語れないことなのも明らかです。アンパンマンとばいきんまんは一種のギヴ・アンド・テイクの関係でした。ところがアンパンマンが一個の巨大な乳頭と化した現在(なぜ乳頭、という疑問は後のことでした)、ばいきんまんは何を指標にして、悪事を働けばいいのでしょうか?
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魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(26)
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