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伊藤比呂美『カノコ殺し』1985

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伊藤比呂美(1955-)は80年代女性詩の最大のスター詩人だった。「草木の塔」1978、「姫」1979の二作で注目を集め、「伊藤比呂美詩集(ぱす)」1980で評価を確立する。1982年の「青梅」は詩書としては異例のヒット作となり、1985年の育児エッセイ「良いおっぱい・悪いおっぱい」は続く「おなか・ほっぺ・おしり」とともにベストセラーかつロングセラーとなる。メディアへの露出も厭わず、妊婦ヌードを披露して話題をよぶ。1985年の詩集「テリトリー論**」は性と死に諧謔を見出だしてきたこの詩人の、それまでの総決算的作品になった。長詩なので、冒頭の二連を紹介する。
*
『カノコ殺し』伊藤比呂美

「そら、脚だ。胎児の大きさを知るには四肢のどこかがいちばんいい。この場合は一五週で正しい」
大きさはほぼ三インチ。もぎとられたもも、ひざ、ふくらはぎ、足、五本のつま先でできている。
「一週間に二回、生きて生まれたことがあります。ここの女性たちがみんな、自分の赤ん坊を中絶する気持を何とかおさめようとしているこのフロアで、赤ん坊の泣き声がしたわけですからね」
というような本を読んでいると妹が
このあいだがきんちょをおろした
と言いました
妹の語彙で
がきんちょをおろした
がきんちょはおろされた
おめでとうございます
カノコはおろされませんでした
ひろみちゃんはやったことがあるか
と妹が言うので
ある
とこたえました
でもがきんちょをおろすというのは
わたしの語彙ではありません
カノコはおろされませんでした

三年前の今頃
飛び降り自殺した友人の「ひろみ」さんの動機は
「男問題」
だったらしいが
「水虫」
でも悩んでいたらしい
それだから「ひろみ」さんは
「水虫」の足指を周到に靴下でかくして
Gパンをはいて
飛び降りて
土の上に
横たわったのです
二十四歳のかなりきれいな女
の死んだ脚が二本に腹部を
わたしは三年たった今でも想像してしまって
見たわけではないのに
死んだ脚が二本に腹部を
死んだ脚が二本に腹部を
滅ぼしておめでとうございます
(詩集「テリトリー論**」)

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