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Channel: 人生は野菜スープ(または毎晩午前0時更新の男)
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偽ムーミン谷のレストラン(80)完

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 最終回。
 どうやらあなたがいちばん真実に近づいたようね、とミムラ夫人はフローレンに微笑みかけました。それも私は知っていたし、こうしてあなたとお会いするのも厳密には今が初めてではなく、もうずっと前からこの時は始まっていたし、私にとってはすべての時間は同一平面上に俯瞰できるものだけれど。でも今は……
 とミムラ夫人は優雅な足どりでゆっくりとフローレンに向かって歩を進めてきました、あなたの位置から観るのが私にとっても起こっている事態の本質がわかりやすい。何もかもが見えてしまうことは、時には本質を見失ってしまう場合もあるから。あなたはこういう時、「わかりかねます」なんてのたまうほどの馬鹿娘ではないわよね?
 フローレンはギクッとしました。まさに今、彼女の喉もとまで出かかっていたのが低脳まるだしの「わかりかねます」だったからです。ですがフローレンには何もかも見透かした風情で忽然と現れたこの中年婦人の方がよほど混乱を深める存在でした。フローレンが誰よりも真実に近づいたと言うなら、この婦人は真実を掌握していると自負し、またそうほのめかしてもいることになります。
 あなたは誰です?とフローレンは尋ねました。ミムラ夫人はもうフローレンのすぐ前に立っていました。見ればわからないあなたじゃないわよね、と夫人。確かに夫人の容貌は、一目でミムラ族の中年女性とわかり、否定語で表現されない以上ミイやミムラたちの直接の血縁者、順当には母親か伯叔母だと名乗っているも同然のことでした。
 あなたはもう膝の上のものも、周りを見もしないほうがいいわ。そう言いながら夫人はエプロンをひろげてフローレンの視界を遮りました。何が起きているんですか?いいから目をつぶって。でもこのお店が……。いいのよ、とフローレンの頭はエプロンごしに押さえつけられました。何もかもが燃えたり、溶けたり、消えている最中なの。あなたも見れば塩の柱になる。
 どのみち最後まであなたを助けることもできないけれど、それでもムーミンは助かるでしょうね。ムーミンがここにいなかったのはそのためで、あなたは今ここで死ぬの。それを私は見届けにきた。
 ミムラ夫人のエプロンに包まれて消えながら、フローレンはでもどうして?と呟きました。それはね、夢で出来ているからよ、谷も、お店も、あなたたちも。
 最終章完。

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