つまりそれまで不可視のバリア、もしくはズレた位相空間からからムーミン一家の様子をうかがっていた断層が一瞬にして合致したので、空気がその一瞬、破裂し、レストラン内の食客たちの鼓膜が張ると、やがてじいんじいんと耳鳴りを残しながら回復していきました。ほとんどの人が、とは言えトロールですが、思わず耳を押さえました。
ムーミンママだけは命にかけても大切なハンドバッグを膝の上で握りしめていました。まれに紛失でもしようものならムーミンママはムーミン谷を大パニックに巻きこむ大狂乱ですが、なにしろ中にはムーミンママ本人が被写体のあらゆる時期に渡る猥褻写真が匿してあるのです。彼らの夫婦関係にどこかすきま風が吹いているのは、ムーミンパパ(元冒険家)がシベリアへの無謀な新婚旅行中の遭難事故で、昏睡している新妻の荷物に何か役に立つものはないかとハンドバッグの中身を知ってしまったからでした。
当然ムーミンママはこのサノバビッチ!と罵り激怒して成田離婚を主張しましたが、どうせ私は孤児院の捨て子さ(事実)、そもそも海難事故で溺死寸前のママを助けた(それも事実)のがわれわれのなれ染めではないか、とムーミンパパが開き直るので、ムーミンママもならばいっそかかあ天下で通す口実ができたようなものでした。
そして沈黙。今度はムーミン一家とスニフとフローレン兄妹、ヘムレンさんとジャコウネズミ博士、トフスランとビフスラン、ヘムル署長とスティンキー、ミムラとミイと35人の兄弟姉妹にあの孤高のスナフキンまでもが腹の探りあいです。ニョロニョロはサンポールを撒かれる前にさっさと姿を消しました。
こういう時こそ出番です。ねぇみんなどうしたの?やあムーミン、と一堂は偽ムーミンのひと言でたちまちなごやかになりました。しめしめ。
第一章完。