(初のヴァンパイア役に扮したチェイニー)
『真夜中のロンドン』London After Midnight (監=トッド・ブラウニング、Metro-Goldwyn-Mayer'27.Dec.3)*45min(Original length, 65min), B/W, Silent; 日本未公開 : https://youtu.be/EwNG1oDLiSk
それもチェイニーが有能できびきびした敏腕捜査官バークと「ビーヴァー・ハットの男」と呼ばれるグロテスクなヴァンパイアの二役を演じており、観客にはチェイニーは犯罪者役という先入観があるからで、それが映画の謎解きミステリー的なストーリー展開について観客をミスディレクションする効果になっている、なかなか知能犯的なプロット上の仕掛けがあり、これは敏腕捜査官役とヴァンパイア役を一人二役できる主演俳優がいなくてはできない手口です。切り返しカットで捜査官とヴァンパイアは別人とはっきり描いていますから映像はフェアですが、なぜルシールに危機が迫ったタイミングで捜査官が初めてルシールの恋人に催眠術をかけて眠らせたかはその場面では一切説明なしに映画は現在形で進んでいきますし、クライマックスですべての謎が解き明かされて大団円となる、その大団円では説明なしに描かれてきた登場人物たちの謎の行動の意味も明らかになります。いくら何でも強引だろうとか難癖はつけられますが、ミステリーものにはこのくらい強引な策謀や真相はありなので、本作を観た後でようやくわかることですから書いてもいいと思いますが本作はブラウニング流の『カリガリ博士』'19だった、ということです。公開当時の映画評は賛否両論だったそうですが観客には大評判でMGMのチェイニー作品でも指折りの大ヒット作となるも、前述の通り焼失してしまった作品ですが、スライド・ショー版でおおむね作品内容は知ることはでき、オジー・オズボーンの元祖のようなチェイニーのヴァンパイア姿はスチール写真だけでも楽しめるものです。掲載したポスターは世界で唯一現存するオリジナル・ポスターとされ、2014年に映画ポスターとしては最高額の47万8,000ドルで落札され、それまで'97年に『ミイラ再生』'32のオリジナル・ポスターが記録した落札価格45万3,000ドルを更新しました。ブラウニングは本作を『怪物団(フリークス)』'32の世評・興行的大失敗で監督を干されていた中、『古城の妖鬼 (Mark of the Vampire)』'35としてリメイクしています。さて問題は、のちに『魔人ドラキュラ』'31を大ヒットさせるブラウニングですが、実は本作は吸血鬼映画の見かけはとっていますしメイクやコスチュームも本格的ですが、結末の真相まで観ると実は怪奇ムードの謎解きミステリーで吸血鬼映画と言えるかは疑問になってきます。合理的結末がつく点で『カリガリ博士』ではあっても本物の吸血鬼映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』'22とは趣向が違い、それもこの映画のトリックなのが最後までご覧になって初めてわかります。ただしそれでも本作がサイレント映画でももっとも焼失が惜しまれる作品とされ、苦心してスライド・ショー版が作成され、史上最高の金額でポスターが競売された映画になったのは、本作がアメリカ初の本格的吸血鬼映画として名高いからで、合理的な謎解きの結末までは本作は観客を吸血鬼の謎と怪奇で引っ張っていくのです。スライド・ショー版でもそのスリルと怪奇ムードは十分に伝わってきます。
●8月23日(木)
『笑え、道化師よ、笑え』Laugh, Clown, Laugh (監=ハーバード・ブレノン、Metro-Goldwyn-Mayer'28.Apr.14)*73min(Original length, 73min), B/W, Silent; 日本未公開 : https://youtu.be/skq5bkOueAs (trailer) : https://youtu.be/XtDjiAqz7Lg (preview) : https://youtu.be/EsV-UECVCAM (fragment)
サルバーグのMGMのチェイニー映画の製作方針は、トッド・ブラウニング監督によるスリラー作品とさまざまなヴェテラン監督によるドラマ作品を交互に公開し、マンネリを避けチェイニーのさまざまな面を見せるとともに堅実なスリラー映画の観客を満足させ、それまでのチェイニー映画では引き立て役にとどまったヒロインに魅力的な新人女優を配した、明快なものでした。ユニヴァーサルの2大特大ヒット作のチェイニー映画『ノートルダムの傴僂男』『オペラの怪人』でも女優に見せ場があるかというとそれほど印象には残りませんが、MGM作品になると『殴られる彼奴』のノーマ・シアラー、『三人』('25年版)のメエ・ウェスト、『ミスター・ウー』のルネ・アドレー、『知られぬ人』のジョーン・クロフォード、『嘲笑』のバーバラ・ベッドフォードという具合に実力のある魅力的な新人女優が華を添えるようになります。本作では14歳の新人女優ロレッタ・ヤング(1913-2000)初のメジャー映画出演作で、ヤングはオーソン・ウェルズの『ナチス追跡』'46の翌年の『ミネソタの娘』'47(H・C・ポッター監督)でアカデミー賞主演女優賞を受賞後、長寿番組になったテレビ番組「ロレッタ・ヤング・ショー」'53-'61が日本でも放映されて長い人気を誇った女優で、ロレッタ・ヤングは晩年のインタビューで本作を振り返り、チェイニーは親切で丁寧な演技指導をしてくれ、また監督ブレノンのセクハラから守ってくれた、と答えています。マーヴィン・ルロイに見出されて子役デビュー、と書かれた経歴が多いロレッタ・ヤングの本格的なデビュー作なのも本作の価値を高めており、15歳~18歳を演じる本作のヤングは他の女優では代わりがきかない素晴らしい存在感と演技で、チェイニーの悲恋映画の最高峰と言うべきこの作品をみずみずしい感動的な佳作に押し上げています。こういうメロドラマ作品は見所を集めたあらすじをまとめてしまうと感想文の余地はないようなものですが、ヤングの恋人の伯爵役のニルス・アスターはサイレント時代の優男俳優なら誰でも勤まるようなものですが、弟ティトの養女への愛を察してティトを突き放したり励ましたりする相棒の兄・シモン役のバーナード・シーゲルは微妙な役柄をデリケートに演じていて、養女への愛に苦しんで鬱になった主人公にクライマックスのリハーサル中に「笑え、道化師、笑え!」と本作のタイトルの檄を飛ばすのもこの相棒の兄で、我に帰った主人公はリハーサルに熱中するうちに無人の客席に満員の客を幻覚して、狂躁的な状態に陥り倒立綱渡りのローラーから転落するのです。同じピエロ芸人役でも『殴られる彼奴』とはまったく違った純粋なメロドラマ作品ですが、ここでもチェイニー映画の「報われない愛」のテーマが一貫しているため、犯罪スリラー作品でなくても十分にチェイニーらしい映画になっているのは言うまでもありません。
●8月24日(金)
『三人』The Unholy Three (監=ジャック・コンウェイ、Metro-Goldwyn-Mayer'30.Jul.12)*71min(Original length, 72min), B/W; 日本未公開 : https://youtu.be/zT-3-v2iZ5s
ただし一般映画と言ってもチェイニー映画がどれほどエキセントリックなものかは今回24作に渡って観直してきた通りで、チェイニーが善良な心を持っていても人間性の暗黒面に直面したキャラクターを演じてきたのは遺作となった犯罪スリラーの本作からも明らかです。'20年の『天罰』を実質的な初主演作として、それまでの悪役俳優チェイニーは常に善悪の葛藤に苦しむ役柄、または純粋に悪の権化としても社会に疎外された孤独な悪を演じてきました。チェイニーの演じていたような人間性の暗黒面はアメリカ映画では唯一グリフィス門下生のエーリッヒ・フォン・シュトロハイムが描いていただけで、ヨーロッパ映画の内省的な作風の監督すらヴィクトル・シェーストロムやフリッツ・ラング、E・A・デュポン、カール・Th・ドライヤー、ルイ・デリュック、G・W・パプストら少数の監督しか描いていなかったので、アメリカ映画には'30年代初頭のギャング映画で初めて自覚され、すぐに映画コードの制定によって抑圧され、'40年代にようやく犯罪スリラーのブームとして広まったものでした。チェイニーが『ノートルダムの傴僂男』の監督にシュトロハイムを第1希望したものの実現せず、かえってハリウッドに招かれたシェーストロムがみずから主演した第1作に続いて第2作でチェイニー主演の『殴られる彼奴(あいつ)』'24を撮ったのは偶然ではなく、シェーストロムのテーマを演じることができる俳優はまずロン・チェイニー、そして『真紅の文字』『風』で起用するグリフィス映画女優のリリアン・ギッシュだったということです。チェイニー映画はチェイニーという俳優を得ることで'20年代のアメリカ映画には描けないものを描くことができた、それはやはりグリフィス門下生のトッド・ブラウニングがシュトロハイム映画にチェイニーのキャラクターを折衷したような人間性の恐怖ドラマをチェイニー映画の新路線に打ち出して安定した商業的成功まで勝ち得てみせました。プロデューサーのサルバーグがチェイニーのサウンド・トーキー第1作に、MGMのチェイニー映画のブラウニング監督作第1作『三人』のトーキー版リメイクを選んだのは、その仕上がりがほとんどブラウニング版を踏襲していることからも、チェイニーの体調不良を考慮して撮影を急いだ形跡があります。5年前の自社映画のリメイクですからプロダクション・ノートも残っていて、多少アレンジして結末の表現を変えるとしてもセット、演出、照明、カメラ・アングルなどかなりの部分が'25年版を踏襲しています。いつもは原案も兼ねるブラウニング監督作でもこの作品は別の作者の原作で、シナリオもブラウニング版とは別の脚本家が書いていますが、結末が少し違う以外はトーキー作品だから台詞が増えたというだけで、サイレント版の字幕は台詞に織りこまれています。チェイニーの声がフランク・シナトラを思わせる張りのある良い声で、チェイニー以外にサイレント版と同じキャストは小人トウィードルディー役のハリー・アールズ(1902-1985)ですが、この俳優は本当の小人芸人なので'25年版の時実年齢23歳、本作では28歳です。普段は変声期前の子供のような声、赤ん坊に変装すると本当に赤ん坊の声を出すのでびっくりさせられるのもトーキー作品ならではで、また老婆に変装した時のチェイニーは声も老婆声で演じ分けています。ダビング技術がハリウッド映画に導入されるのは'32年公開作品以降なので本作は光学式録音フィルムによる音声同時録音撮影です。ジャック・コンウェイ(1887-1952)監督作品で一番ヒットして有名なのはディケンズの『二都物語』原作のロナルド・コールマン主演作『嵐の三色旗』'35、次いでウォーレス・ビアリー主演の傑作『奇傑パンチョ』'34ですが、『奇傑パンチョ』はハワード・ホークス監督作品がホークスがMGMと揉めたため第2班監督を勤めたコンウェイ監督作名義になったものでした。本作は日本盤DVDは発売されていないため、サイレントのブラウニング版を観てから字幕なしのトーキー作品であるコンウェイ版を観る方がわかりやすいでしょう。サルバーグの指示であえて変えなかったと思えるくらいブラウニング版と同じなのですが、コンウェイ版の本作は非常になめらかな演出で、言われなくてはサイレント映画のリメイクとは思えないほど練れています。これはブラウニング版がもともと音声があればそのままトーキー作品になるほどサイレント臭くなかったことでもあり、タイトル字幕ごとに区切りのあるサイレント版をタイトル字幕の区切り抜きのトーキー版にスマートにリメイクしたコンウェイの手腕でもあり、サイレント期のコンウェイ監督作のチェイニー映画『紐育の丑満時』'28が後半欠損で研究者にしか観る機会のない作品になっているのが残念です。仲間割れして小人が見世物小屋にいた頃から三人組で飼ってきたゴリラに怪力男を襲わせる('25年版のご紹介の時書き落としましたが)というくだりは同じですが(このゴリラの着ぐるみ俳優は'25年版ではノンクレジットで本物かと思いましたが、この'30年版ではゴリラ役俳優もクレジットされているものの、迫真のゴリラです)、チェイニーが善良な店長ヘクトールを救うため法廷に立つ以降の結末はより劇的に、納得のいくものになっており、懲役5年になったチェイニーがロージーとヘクトールの幸せを願って押送車から快活に別れを告げるエンディングも突っ込みたくなるサイレント版より洗練した終わり方です。セット類や演出も流用し即製した作品かもしれませんが本作は本作で過不足ない満足いく映画で、ラスト・ショットのチェイニーの晴ればれとした笑顔も後味が良く、『魔人ドラキュラ』の主演は健康上の理由でルゴーシに譲ることになったにせよせめてあと数年、あと数作、チェイニーのトーキー出演作を観たかっただけの作品には十分になっています。リメイク作品が遺作となったことでアンコール作品、カーテンコール作品の印象もある本作ですが、逝去の半年前にかろうじて完成されたされた遺作もまた興行収入100万ドル弱のヒット実績を残したのです。チェイニー晩年5年間の最盛期が『三人』で始まりリメイク版『三人』で幕を引いたのもまた、感慨を誘うではありませんか。
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それもチェイニーが有能できびきびした敏腕捜査官バークと「ビーヴァー・ハットの男」と呼ばれるグロテスクなヴァンパイアの二役を演じており、観客にはチェイニーは犯罪者役という先入観があるからで、それが映画の謎解きミステリー的なストーリー展開について観客をミスディレクションする効果になっている、なかなか知能犯的なプロット上の仕掛けがあり、これは敏腕捜査官役とヴァンパイア役を一人二役できる主演俳優がいなくてはできない手口です。切り返しカットで捜査官とヴァンパイアは別人とはっきり描いていますから映像はフェアですが、なぜルシールに危機が迫ったタイミングで捜査官が初めてルシールの恋人に催眠術をかけて眠らせたかはその場面では一切説明なしに映画は現在形で進んでいきますし、クライマックスですべての謎が解き明かされて大団円となる、その大団円では説明なしに描かれてきた登場人物たちの謎の行動の意味も明らかになります。いくら何でも強引だろうとか難癖はつけられますが、ミステリーものにはこのくらい強引な策謀や真相はありなので、本作を観た後でようやくわかることですから書いてもいいと思いますが本作はブラウニング流の『カリガリ博士』'19だった、ということです。公開当時の映画評は賛否両論だったそうですが観客には大評判でMGMのチェイニー作品でも指折りの大ヒット作となるも、前述の通り焼失してしまった作品ですが、スライド・ショー版でおおむね作品内容は知ることはでき、オジー・オズボーンの元祖のようなチェイニーのヴァンパイア姿はスチール写真だけでも楽しめるものです。掲載したポスターは世界で唯一現存するオリジナル・ポスターとされ、2014年に映画ポスターとしては最高額の47万8,000ドルで落札され、それまで'97年に『ミイラ再生』'32のオリジナル・ポスターが記録した落札価格45万3,000ドルを更新しました。ブラウニングは本作を『怪物団(フリークス)』'32の世評・興行的大失敗で監督を干されていた中、『古城の妖鬼 (Mark of the Vampire)』'35としてリメイクしています。さて問題は、のちに『魔人ドラキュラ』'31を大ヒットさせるブラウニングですが、実は本作は吸血鬼映画の見かけはとっていますしメイクやコスチュームも本格的ですが、結末の真相まで観ると実は怪奇ムードの謎解きミステリーで吸血鬼映画と言えるかは疑問になってきます。合理的結末がつく点で『カリガリ博士』ではあっても本物の吸血鬼映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』'22とは趣向が違い、それもこの映画のトリックなのが最後までご覧になって初めてわかります。ただしそれでも本作がサイレント映画でももっとも焼失が惜しまれる作品とされ、苦心してスライド・ショー版が作成され、史上最高の金額でポスターが競売された映画になったのは、本作がアメリカ初の本格的吸血鬼映画として名高いからで、合理的な謎解きの結末までは本作は観客を吸血鬼の謎と怪奇で引っ張っていくのです。スライド・ショー版でもそのスリルと怪奇ムードは十分に伝わってきます。
●8月23日(木)
『笑え、道化師よ、笑え』Laugh, Clown, Laugh (監=ハーバード・ブレノン、Metro-Goldwyn-Mayer'28.Apr.14)*73min(Original length, 73min), B/W, Silent; 日本未公開 : https://youtu.be/skq5bkOueAs (trailer) : https://youtu.be/XtDjiAqz7Lg (preview) : https://youtu.be/EsV-UECVCAM (fragment)
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●8月24日(金)
『三人』The Unholy Three (監=ジャック・コンウェイ、Metro-Goldwyn-Mayer'30.Jul.12)*71min(Original length, 72min), B/W; 日本未公開 : https://youtu.be/zT-3-v2iZ5s
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ただし一般映画と言ってもチェイニー映画がどれほどエキセントリックなものかは今回24作に渡って観直してきた通りで、チェイニーが善良な心を持っていても人間性の暗黒面に直面したキャラクターを演じてきたのは遺作となった犯罪スリラーの本作からも明らかです。'20年の『天罰』を実質的な初主演作として、それまでの悪役俳優チェイニーは常に善悪の葛藤に苦しむ役柄、または純粋に悪の権化としても社会に疎外された孤独な悪を演じてきました。チェイニーの演じていたような人間性の暗黒面はアメリカ映画では唯一グリフィス門下生のエーリッヒ・フォン・シュトロハイムが描いていただけで、ヨーロッパ映画の内省的な作風の監督すらヴィクトル・シェーストロムやフリッツ・ラング、E・A・デュポン、カール・Th・ドライヤー、ルイ・デリュック、G・W・パプストら少数の監督しか描いていなかったので、アメリカ映画には'30年代初頭のギャング映画で初めて自覚され、すぐに映画コードの制定によって抑圧され、'40年代にようやく犯罪スリラーのブームとして広まったものでした。チェイニーが『ノートルダムの傴僂男』の監督にシュトロハイムを第1希望したものの実現せず、かえってハリウッドに招かれたシェーストロムがみずから主演した第1作に続いて第2作でチェイニー主演の『殴られる彼奴(あいつ)』'24を撮ったのは偶然ではなく、シェーストロムのテーマを演じることができる俳優はまずロン・チェイニー、そして『真紅の文字』『風』で起用するグリフィス映画女優のリリアン・ギッシュだったということです。チェイニー映画はチェイニーという俳優を得ることで'20年代のアメリカ映画には描けないものを描くことができた、それはやはりグリフィス門下生のトッド・ブラウニングがシュトロハイム映画にチェイニーのキャラクターを折衷したような人間性の恐怖ドラマをチェイニー映画の新路線に打ち出して安定した商業的成功まで勝ち得てみせました。プロデューサーのサルバーグがチェイニーのサウンド・トーキー第1作に、MGMのチェイニー映画のブラウニング監督作第1作『三人』のトーキー版リメイクを選んだのは、その仕上がりがほとんどブラウニング版を踏襲していることからも、チェイニーの体調不良を考慮して撮影を急いだ形跡があります。5年前の自社映画のリメイクですからプロダクション・ノートも残っていて、多少アレンジして結末の表現を変えるとしてもセット、演出、照明、カメラ・アングルなどかなりの部分が'25年版を踏襲しています。いつもは原案も兼ねるブラウニング監督作でもこの作品は別の作者の原作で、シナリオもブラウニング版とは別の脚本家が書いていますが、結末が少し違う以外はトーキー作品だから台詞が増えたというだけで、サイレント版の字幕は台詞に織りこまれています。チェイニーの声がフランク・シナトラを思わせる張りのある良い声で、チェイニー以外にサイレント版と同じキャストは小人トウィードルディー役のハリー・アールズ(1902-1985)ですが、この俳優は本当の小人芸人なので'25年版の時実年齢23歳、本作では28歳です。普段は変声期前の子供のような声、赤ん坊に変装すると本当に赤ん坊の声を出すのでびっくりさせられるのもトーキー作品ならではで、また老婆に変装した時のチェイニーは声も老婆声で演じ分けています。ダビング技術がハリウッド映画に導入されるのは'32年公開作品以降なので本作は光学式録音フィルムによる音声同時録音撮影です。ジャック・コンウェイ(1887-1952)監督作品で一番ヒットして有名なのはディケンズの『二都物語』原作のロナルド・コールマン主演作『嵐の三色旗』'35、次いでウォーレス・ビアリー主演の傑作『奇傑パンチョ』'34ですが、『奇傑パンチョ』はハワード・ホークス監督作品がホークスがMGMと揉めたため第2班監督を勤めたコンウェイ監督作名義になったものでした。本作は日本盤DVDは発売されていないため、サイレントのブラウニング版を観てから字幕なしのトーキー作品であるコンウェイ版を観る方がわかりやすいでしょう。サルバーグの指示であえて変えなかったと思えるくらいブラウニング版と同じなのですが、コンウェイ版の本作は非常になめらかな演出で、言われなくてはサイレント映画のリメイクとは思えないほど練れています。これはブラウニング版がもともと音声があればそのままトーキー作品になるほどサイレント臭くなかったことでもあり、タイトル字幕ごとに区切りのあるサイレント版をタイトル字幕の区切り抜きのトーキー版にスマートにリメイクしたコンウェイの手腕でもあり、サイレント期のコンウェイ監督作のチェイニー映画『紐育の丑満時』'28が後半欠損で研究者にしか観る機会のない作品になっているのが残念です。仲間割れして小人が見世物小屋にいた頃から三人組で飼ってきたゴリラに怪力男を襲わせる('25年版のご紹介の時書き落としましたが)というくだりは同じですが(このゴリラの着ぐるみ俳優は'25年版ではノンクレジットで本物かと思いましたが、この'30年版ではゴリラ役俳優もクレジットされているものの、迫真のゴリラです)、チェイニーが善良な店長ヘクトールを救うため法廷に立つ以降の結末はより劇的に、納得のいくものになっており、懲役5年になったチェイニーがロージーとヘクトールの幸せを願って押送車から快活に別れを告げるエンディングも突っ込みたくなるサイレント版より洗練した終わり方です。セット類や演出も流用し即製した作品かもしれませんが本作は本作で過不足ない満足いく映画で、ラスト・ショットのチェイニーの晴ればれとした笑顔も後味が良く、『魔人ドラキュラ』の主演は健康上の理由でルゴーシに譲ることになったにせよせめてあと数年、あと数作、チェイニーのトーキー出演作を観たかっただけの作品には十分になっています。リメイク作品が遺作となったことでアンコール作品、カーテンコール作品の印象もある本作ですが、逝去の半年前にかろうじて完成されたされた遺作もまた興行収入100万ドル弱のヒット実績を残したのです。チェイニー晩年5年間の最盛期が『三人』で始まりリメイク版『三人』で幕を引いたのもまた、感慨を誘うではありませんか。