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映画日記2018年8月13日~15日/「千の顔を持つ男」ロン・チェイニー(1883-1930)主演映画(5)

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 ようやくロン・チェイニーの一代ブレイク作『ノートルダムの傴僂男』にたどり着きました。'12年に短編映画デビューしたチェイニーが長編映画に起用されるようになったのは'16年ですが(ノンクレジット出演作が単発で'14年に1作ありますが)、長編映画の出演作は『ノートルダム~』ですでに60作目を数えます。ならば主演作品としては何作目かも数えられればいいのですが、チェイニーの場合は助演作品に混じって主演作品と見なせる作品は'18年~'20年の間に徐々に製作されているのですが、知名度や役柄(特にエキセントリックな悪人役)の上で体裁上他の俳優の主演作にされている例が多く、ヒロインの方(『大北の生』)や物語の狂言回し的なカップル(『法の外』『ハートの一』『暗中の光』)を主演にクレジットしているばかりか、チェイニー主演映画の決定版というべき『天罰』'20ですらおそらく悪人役を主演クレジットにできないという配慮からチェイニーの復讐相手である外科医と外科医の娘、その恋人をキャスティング上は先にしています。『天罰』は誤診によって両脚を切断した外科医にチェイニーがギャングの親玉になり復讐を企てる話でしたが、結末は外科医がチェイニーをロボトミー手術して復讐心を捨てさせ、チェイニーは密告を恐れたギャング仲間に射殺されるというとんでもないもので、ハリウッド映画は真のメッセージと市民道徳への妥協の二重性がつきまとう目覚ましい例です。チェイニーが悪人役であっても主演のクレジットを得るようになったのは'22年度の作品からで、ここからは復讐者や被抑圧者を演じるチェイニーの役柄自体に複雑な性格が与えられるようになりました。その点では2大代表作『ノートルダムの傴僂男』『オペラの怪人』はチェイニーの演じたさまざまな役の中で必ずしも典型的と言えず、チェイニー映画は先述したような映画の真意と市民性が逆方向に向かおうとしてせめぎ合っているものがほとんどなのですが、『ノートルダム~』の特大ヒットでチェイニーのスター俳優の座、チェイニー主演映画が一流のスタッフと潤沢な予算で企画・製作されるようになったのは慶賀すべきことで、以降急逝する'30年までのチェイニー映画は名作傑作秀作佳作の目白押しになります。日本盤DVDこそ『ノートルダム~』『オペラ~』の2作しか出ていませんが、今回以降のチェイニー映画は輸入盤DVDも原盤保有会社による最上の画質のリマスター盤で観ることができます。特に2017年度にアメリカ国立フィルム登録簿登録作品になった『殴られる彼奴』はハリウッドに招かれたスウェーデンの巨匠ヴィクトル・シェーストレムによる名作中の名作で、当時のアメリカ映画にあってよくここまで妥協の一片もない苛烈な演出ができたなと感嘆する、チェイニー映画の大傑作のひとつです。

●8月13日(月)
『ノートルダムの傴僂男』The Hunchback of Notre Dame (監=ウォーレス・ワースリー、Universal Pictures'23.Sep.2)*102min(Original length, 102min), B/W, Silent; 日本公開大正13年(1924年)10月 : https://youtu.be/yvI-LLSarDw

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[ 解説 ](キネマ旬報近着外国映画紹介より) ヴィクトル・ユーゴー作の『ノートルダム・ド・パリ』を改作映画化したもので、パラマウントの「姿なき男」などを監督したウォーレス・ウォースリーが製作したものである。ユーゴーの描き出した、耳が聞こえず隻眼でしかもこの世のものとは思われぬ怪奇醜悪な容貌を持っているノートルダム寺院の鐘楼守カジモドと呼ばれる傴僂男には、そうした特異の役柄を最も得意とするロン・チャニーが扮し、この他「我が恋せし乙女」出演のパッシー・ルス・ミラー、「メアリー・ゴー・ラウンド」出演のケリー、「焼け爛れし翼」「男子怒れば」等出演のアーネスト・トーレンス、その他レイモンド・ハットン、タリー・マーシャル、グラディス・ブロックウェルなど、粒揃いの俳優を集めている。ユーゴーの原作とはだいぶ異なっているがアメリカ製作映画としては免れ得ざるところというべく兎に角セットといい、規模といい、また内容といい、期待するに足るべき大作品である。
[ あらすじ ](同上) その怪奇醜悪なる外貌の為、人々の嘲笑の的とされているノートルダム寺院の鐘楼守カジモド(ロン・チャニー)は、自然世の中を卑屈な眼で見ることとなり、ただ1人大僧正クロウド(ナイジェル・ド・ブルリエ)の愛情の下に、朝夕鳴り響く鐘を唯一の友として淋しい日を送っていた。クロウドの弟ジェハン(ブランドン・ハースト)は腹黒い男で、ジプシーの踊り子エスメラルダ(パッシー・ルス・ミラー)の色香に迷ってそれをカジモドに誘拐させようとした。ところがおりから通りあわせた禁衛警護の武士フォッビュ(ノーマン・ケリー)がそれを救い、エスメラルダと2人はやがて恋に落ちる。エスメラルダの養父クローパン(アーネスト・トーレンス)はパリ暗黒界の首領で常に威を揮う貴族に強い反感を持っていたが、エスメラルダが人違いから死に処せられそうになったのに激昴し、数千の部下を率いて娘を奪い返さんとして繰り出す。エスメラルダの恩義に感じたカジモドは身を賭して彼女を守ろうとし、ノートルダム寺院にただ1人立てこもって数千の群衆を相手に持ち前の怪力を頼りに孤闘したが、物陰から現れたジェハンのために刺されて、彼を楼上から投げ殺すと共に瀕死に陥る。おりから駆けつけた武士等によって寺院もエスメラルダも救われたが哀れカジモドはエスメラルダとフォッビュの無事な姿を見て、かすかな満足を感じつつ細りゆく力に最後の鐘をつき終えて安らかに死んでいった。

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 製作費125万ドルの超大作にして興行収入350万ドルの特大ヒットになった本作は、15世紀のパリが舞台のヴィクトル・ユーゴーの歴史ロマンス『ノートルダム・ド・パリ』1831の映画化作品で、これが最初の映画化ではなく短編時代にも映画化されているそうで、さらにチェイニー自身が舞台俳優時代の得意演目だったため'22年4月に一旦ドイツの映画会社に企画を持ちかけてチェルシー映画社製作、アラン・クロスランド監督で着手されたと発表されましたが、未完成に終わったらしくフィルムやスチール写真も残っていません。以前にも『狼の心』などでチェイニー作品に関わったアーヴィング・サルバーグがユニヴァーサル社長のカール・レムリに働きかけたのがユニヴァーサルで製作されることになるきっかけだったそうですが、チェルシー映画社のフィルムやスチール写真が現存していないのはユニヴァーサル社が途中で企画を乗っ取る形になったからかもしれません。ユニヴァーサルは本作のヒット性を確信して撮影中から「製作費100万ドルの超大作」を謳いましたからチェイニーも小会社から大会社に企画が移ったのは文句はなかったようです。監督はチェイニー作品で実績のあるウォーレス・ワースリー(『天罰』『ハートの一』他)がパラマウント社から借り出されることになりました。これもチェイニーは了解しましたが、ユニヴァーサル社の製作と決まった時にチェイニー自身の第一希望の監督は同社で『アルプス颪』'19、『悪魔の合鍵』'20、『愚なる妻』'22の大ヒット作があったエーリッヒ・フォン・シュトロハイムだった、という戦慄の走る話があります。しかしシュトロハイムはちょうど第4作『メリー・ゴー・ラウンド』'23製作開始間もなく製作費の濫費を理由に他ならぬサルバーグによってユニヴァーサルを馘首されていたので(『メリー・ゴー・ラウンド』は、チェイニーの『オペラの怪人』の監督になるルパート・ジュリアン監督作として完成・公開されました)、監督は第一候補でワースリー、完成まで漕ぎ着けられなかったらトッド・ブラウニングが引き継ぐ、という体制で着手されたそうです。本作はワースリーが'23年1月~6月まで半年かけて完成させましたが、『オペラの怪人』ではルパート・ジュリアン監督で撮影された後さらに大半のシーンがエドワード・セジウィック監督で撮り直しされ、完成版はセジウィック監督部分が大半なのにルパート・ジュリアン名義になったくらいで、監督よりはユニヴァーサルのこの2作についてはプロデューサーの意向が強い映画でもあるでしょう。
 それにしても超大作だけあってとにかくセットが凝っているだけでなくでかい。ハリウッドのだだっ広い敷地に作ったオープン・セットで1488年のパリを再現し、しかも町中に人があふれているのですから主要人物の芝居も背景はモブの山です。ロングになっても人人人の、百人単位どころか千人単位のエキストラですから、撮影3か月目には監督のワースリーがメガフォンではなく7,000台の無線スピーカー(スピーカー設置費用だけで10万ドル)で演出指示をするまでに規模が拡大したというのも納得する映像です。これを最初にやったのは『国民の創生』'15と『イントレランス』'16のD・W・グリフィスなわけで、この方面ばかりに映画をでかくしていくとグリフィスが自分の首を絞める結果になったのもやむなし、と痛感しますが、現代の観客は悪ずれしていますからたかをくくってしまうものの歴史考証的な正確さはともかく1488年のパリを絵で見せるだけでも大変な努力で、ましてや民衆込みです。この映画を観ると15世紀のパリは貴族と乞食と僧侶しかいないみたいですが、細かい人間ドラマ抜きに言えば本作は15世紀のパリの乞食の暴動を描いた映画で、そこに聾唖者でせむしの鐘つき男がジプシー育ちの優しい美少女に寄せる純愛を絡めているのでチェイニー映画になっているのですが、せむし男が敵味方なく登楼から反撃しまくるのも含めて大衆の蜂起、大暴動を見世物にしているのがこの映画なので、それを政治色なしに見せるために「美女と野獣」をドラマに持ってきた仕上がりです。暴動映画と政治性の関係については話題を避けることにしますが、筆者はあまり褒める人がいないRKO版『ノートルダムの傴僂男』'39も好きで、主演がチャールズ・ロートンとモーリン・オハラ、監督がウィリアム・ディターレのそれはロートンがオハラを売り出そうとヒッチコックに監督させた『岩窟の野獣』'39(これも誰も褒めない映画ですが)の姉妹作のようなものでロートンの怪演を楽しむ作品でしょうが、ロートンもなかなか狂乱した芝居なのですが天衣無縫のエリート名優だけあってどこか豪放なのです。チェイニーの演じるせむし男のような悲しさ、痛ましさはなくて、本作のチェイニーの特殊メイクは顔立ちどころか全身被り物みたいな極端さですが、それでもチェイニーならではの説得力がある。チェイニーは本作の製作発表でこれを最後の「Cripple」(不具者)役映画にしたい、と発言したそうですが、幸か不幸か実際には必ずしもそうなりませんでした。なお本作ほどのヒット作にしてもオリジナルの35mm染色プリントは残っておらず、現存するプリントは'30年代以降の民生用16mmプリントしか残っていないそうです。日本盤DVDはパブリック・ドメイン版しか発売されていないので、近年のアメリカ本国でのレストア版からの日本盤化が望まれます。

●8月14日(火)
『殴られる彼奴』He Who Gets Slapped (監=ヴィクトル・シェストレム、A Mayer, A Metro-Goldwyn Picture'24.Nov.9)*72min, B/W(Original length, 80min), Silent; 日本公開大正15年(1926年)6月 : https://youtu.be/vUyiawFpUWc (trailer) : https://youtu.be/QNGgwWQUB3Y (size incomplete)

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[ 解説 ](キネマ旬報映画データベースより) スウェーデン人監督ヴィクトル・シェーストレムがハリウッド時代に手がけた復讐譚。ハリウッドの映画製作会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤー最初期の作品。ピエロになった科学者を「ノートルダムのせむし男」の怪優ロン・チェイニーが演じる。
[ あらすじ ](同上) 裏切られた科学者は、絶望の果てにサーカスの道化師となる。同じくサーカスに騎手として入ってきた美しい女性の身の上を知った彼の前に、再びあの裏切った男が現れ……。

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 チェイニー出演作は'23年6月公開の『大地震』、9月公開の『ノートルダムの傴僂男』と来て'24年は2月に散佚作品のロマンティック・メロドラマ『妻還る(The Next Corner)』(サム・ウッド監督!)、そして本作で、次いで'25年は3月『魔人』、8月『三人』、10月『故郷の土(The Tower of Lies)』(散佚作品)、11月『オペラの怪人』と続き、'26年からはトッド・ブラウニング監督作で快作を連発しますから短編時代から10年以上になるキャリアが一気に花開いた時期でした。『殴られる彼奴(あいつ)』が特筆大書されるのはロシア作家アンドレイエフ(1871-1919)の戯曲が原作という企画のシリアスさだけではなく、監督が一流中も一流、スウェーデン映画の父の一人に数えられるヴィクトル・シェーストレム(1879-1960)で、1912年からの監督キャリアを誇るヨーロッパ映画界の至宝みたいな芸術派監督です。舞台俳優出身のシェーストレムは主演を兼ねた国際的ヒット作『霊魂の不滅』'21でアメリカでも名を上げて'24年にハリウッドに招かれ、'28年までに8作のサイレント長編を撮りましたが'30年のトーキー作を最後に帰国し、その後3作がありますがサウンド映画の製作に馴染めず監督を引退、演劇界に戻り、晩年には映画会社の顧問をしていたことからシェーストレムを尊敬するイングマール・ベルイマンによって主演映画『野いちご』'57が作られ、78歳で主演した同作が遺作となりました。シェーストレムのハリウッド作品ではリリアン・ギッシュ主演の『真紅の文字』'26、『風』'28が著名で特に『風』はアメリカ国立フィルム登録簿に第4回(1993年度)に登録作品になっており、この登録簿は毎回25作品ずつ選定されていますから第4回まではそのままアメリカ映画ベスト100と言ってよく、シェーストレムがサイレント映画で頂点に達したのがハリウッド時代とされますが、渡米第1作『Name The Man』を自分自身の主演で作ったシェーストレムのハリウッド作品第2作が原作戯曲1914年刊、英訳が'22年刊行で評判を呼んでいた『殴られる彼奴』をチェイニーの主演で映画化したもので、この戯曲は英訳をきっかけに国際的に注目され、本作が日本公開される前から日本でも問題劇として上演されて気難しい正宗白鳥が傑作と激賞し、文芸誌でも合評会が行われ話題の高いものでした。アンドレイエフはゴーリキーの賞賛によって認められ、早くから森鴎外がロシアの現代作家として翻訳紹介した作家ですが、ロシア革命後は晩年は北欧へ亡命して逝去したことから反ブルジョワ気質だけで革命を理解できず、オリジナリティのまったくないチェーホフの亜流というのがソヴィエトでの公式評価でした。逆に党非公認の亡命作家だったからこそハリウッド映画の原作にできた事情もあったでしょう。原作戯曲は知りませんが、本作はパリを舞台にしたサーカス団の話で、作者ヨーロッパ移住後の作品らしいのでおそらく原作通りの設定だろうと思います。本作は日本公開も大きな話題を呼び、公開当時から傑作の誉れ高かったらしいのにキネマ旬報の近着外国映画紹介がないらしく、年間ベストテンにも入っていません。キネマ旬報ベストテンは昭和8年度('33年)までは読者投票、昭和9年からは批評家投票ですが、この時期は治安維持法の施行直前という時代なので、ロシア種というだけでも文芸誌はともかく映画誌では慎重を期す必要があったのかもしれません。また本作ほど徹底的に主人公が嘲笑われ、蔑まされるのはチェイニー映画ですら極限で(チェイニーは命がけで助けたヒロインからも嘲笑われ、平手打ちを食らいます)、本作も復讐劇ですが復讐を達成した時には主人公も瀕死の重傷を負っており、舞台で息絶えたピエロのチェイニーが搬出されるのを他のピエロたちがごまかし、サーカスの舞台が続いて映画は終わります。
 英語版ウィキペディアでは本作を「チェイニー、ノーマ・シアラー(ヒロイン)、ジョン・ギルバート(その恋人役)、そしてシェーストレムにとってもキャリアの重要な転機となった」と評していますが、それも過褒ではなくて、アーヴィング・サルバーグ夫人になり『結婚双紙』'30でアカデミー賞主演女優賞を取るシアラーも、グレタ・ガルボと『肉体と悪魔』'27(クラレンス・ブラウン監督)で共演して'20年代後半最大の二枚目俳優の人気を得るギルバートもMGMのトップスターになるステップはこの作品だったと言えるでしょうし、チェイニーにとっても不具者や犯罪者のキャラクターではなくてここまで苛烈に敗残者の復讐劇を表現するのは俳優としての挑戦だったでしょう。17万ドルの予算で製作された本作は88万ドルの興行収入を上げ、純益は40万ドルだったそうですから収益率も非常に高く、'28年の『キートンのカメラマン』が製作費36万ドル・興行収入79万ドル(キートンのサイレント長編、また純益では全作品中最高)でその年のMGM作品屈指のヒット作とされていますから、『ノートルダム~』のような超大作でこそありませんが一般映画の規模でヒット作を作ったのがサイレント時代いっぱいシェーストレムがMGMで妥協のない映画を作り続ける路を拓いたでしょう。映画評も好評で、わずかに結末の救いのなさだけに難色を示す評もあったそうですが(『風』では結末だけMGM側の指示で改変させられますが)、シェーストレムが再びチェイニーとシアラーを起用した翌'25年の『故郷の土』が散佚作品になっており、これも公開当時大変好評だったと伝えられる作品で、シェーストレム監督のチェイニー映画は本作と同作だけとなるとこれほど惜しまれる散佚作品もありません。また本作も版権の移ったワーナーから1999年にデジタル・レストア化され、2011年には'25年~'30年のMGMのチェイニー映画6作品を収めた『Lon Chaney The Warner Archive Classic Collection』でDVD化されて2015年にも再版され(単品でも発売)、最上の画質と丁寧な新規音楽つきでアメリカ本国ではロングセラーになっているのですから、版権上これが日本盤を出せないわけはないでしょう。サイレント時代の映画というと本当に一部の喜劇映画、ヨーロッパのアート系映画しか日本盤DVDが発売されていないのですが、チェイニーの場合「怪奇映画の俳優」でもあるのがホラーから映画に入った人への間口でもありますし、本作はチャップリンの最高の作品にも匹敵する普遍的にエモーショナルな名作です。本作だけがチェイニーの名作ではありませんが、『ノートルダムの傴僂男』と『オペラの怪人』でチェイニーをご存知の方はせめて本作だけでもご覧いただけたら、と切に思います。

●8月15日(水)
『魔人』The Monster (監=ローランド・ウェスト、Metro-Goldwyn Pictures Corporation'25.Mar.16)*95min(Original length, 86min), B/W, Silent; 日本公開大正14年(1925)9月 : https://youtu.be/0XZXYqmXCdU

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○あらすじ 田舎町ダンバーグで数人の村人が農作業からの帰りに村外れで次々と消息を絶つ事件が起こる。通信教育で探偵術を学んだ雑貨店の店員ジョニー(ジョニー・アーサー)は村外れに建つエドワーズ博士(ハーバート・プライア)経営のサナトリウムが臭いと目をつける。素人探偵気取りのジョニーがサナトリウムを訪れた時、館にはすでにデート中に誘拐された店主のエイモス(ヘイラム・クーリー)と村の美女ベティ(ガートルード・オールムステッド)が捕らえられていた。やがて不気味な3人の従者を従えたジスカ博士(ロン・チェイニー)と名乗る男が、エドワーズ博士の渡欧旅行中にサナトリウムを任されたと言って現れたが……。

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 前作『殴られる彼奴(あいつ)』についてあらすじを補足しておくと、主人公であるパリの科学者ボーモント(チェイニー)は学問と妻マリア(ルース・キング)だけを愛し、パトロンのレグナール男爵(マーク・マクダーモント)だけを知友に長年研究生活に没頭してきましたが、実は男爵が妻と密通していることを知らず、男爵に画期的な人類の発達史学の発見を報告しますが、学会発表の席で男爵の学説の剽窃であると論文を却下してしまいます。出席していた男爵に主人公は哀訴しますが、男爵は主人公が自分の研究の単なる助手だったと言い放ち、主人公は男爵と通じた妻が盗んで男爵がすでに論文を発表していたのを知ります。男爵と妻に「間抜け!道化師!」と平手打ちされ面罵されて、5年後、主人公はサーカス団のピエロになり「殴られる彼奴(あいつ)」という演目で人気を博していました。主人公のピエロが何を言いかけても仲間のピエロに平手打ちされ、最後は数十人のピエロ全員に次々と殴られる自虐芸です。その観客の中にはピエロをあの科学者とは気づかない男爵もいました。サーカス団に娘をショーのスターにしたいという伯爵(タリー・マーシャル)が訪れ、伯爵令嬢(ノーマ・シアラー)が騎馬芸人ベンザノ(ジョン・ギルバート)の相手役を勤めることになります。伯爵令嬢とベンザノは恋に落ちますが、主人公は楽屋裏で伯爵と男爵が借金返済の代償に令嬢を妻に与える、という取引を聞いてしまいます(レストランで外国への片道切符を男爵から渡される主人公の元の妻のカットも挿入されます)。主人公はこれまで見守っていた伯爵令嬢に楽屋で危機を知らせ、取り合わないヒロインに愛しているからこそ助けたいんだ、と訴求しますがヒロインは反射的に主人公を平手打ちします。我に帰った主人公は冗談でしょ、という令嬢にそうそう、忘れてくれと笑い流しますが、伯爵と男爵が現れて今夜のショーが終わったら男爵と結婚式だ、と告げられます。愕然とする令嬢に主人公は何とかする、と送り出し、ショーの始まりとともに伯爵と男爵を楽屋に閉じこめ男爵に自分が何者かを思い出させて結婚はさせない、と立ちふさがりますが、伯爵に仕込み杖で斬りつけられて重傷を負います。2方あるドアの一方から出て鍵をかけた主人公は舞台側のドアにライオンの檻を寄せ、楽屋に戻るとライオンを部屋に放ちます。伯爵と男爵はライオンに噛み殺され、あわやという寸前に飼育係がライオンを檻に戻します。令嬢たちの騎馬ショーがちょうど終わりピエロのショーが始まります。「殴られる彼奴!」と大歓声の中で舞台に立った主人公は最初のピエロからの平手打ちでよろよろと膝を突いて崩れ、血を流す腹部を押さえて倒れます。両側のピエロが慌てて主人公を舞台から下げ、ピエロたちのとっさの芸で舞台は続きます。チェイニー映画は復讐劇か悪党ものか、その両方だったりする場合が多いですが、復讐劇でも『殴られる彼奴』ほど微妙なニュアンスに富んだ、観客の胸をえぐる作品はチェイニー映画でも格別で、献身的に救い出そうとしたヒロインからすらピエロの戯言と反射的に平手打ちを食らうシーンは当時のハリウッド映画がよく監督にこの演出を許可したなと思うくらい痛切な、これもチェイニー映画のテーマである報われない愛を最小限の演出で最大の効果を上げた場面です。『ノートルダム~』や『オペラ~』のようなスケールのでかい怪奇活劇映画ではない分もっともチェイニーの繊細な面が生きた名作で、映画史に消えた夭逝監督トム・フォアマンの『影に怯へて』'22、デンマーク映画界からハリウッドに招かれたサイレント時代の巨匠ベンジャミン・クリステンセン監督による『嘲笑』'27とこの『殴られる彼奴』はヨーロッパの芸術映画の歴史的名作に互して譲らないチェイニー映画の珠玉でしょう。シェーストレムとクリステンセンはもともと北欧の巨匠ですから当然とも言えますが、ハリウッドで撮られたチェイニー映画なのがこの場合重要です。
 その傑作『殴られる彼奴』の次作である本作は、この後トッド・ブラウニングのチェイニー映画の本格的な犯罪怪奇路線の第1作『三人』、そして『オペラの怪人』と続くチェイニー映画の系列では軽い箸休め的なコメディ・ホラーで、監督ローランド・ウェスト(1885-1952)はアメリカ映画史ではホラー映画とフィルム・ノワールのプロトタイプ期の才人とされているようです。本作もMGM配給ですが製作はローランド・ウェスト・プロダクションでウェストは製作も兼ねていますから、やはり自分自身のプロダクションで製作していたトッド・ブラウニングと同等にはMGMからの信頼も篤いヴェテラン監督だったのでしょう。本作でチェイニーが映画に投じするのは開始30分目で、タネを割ってしまえば脳外科医のマッド・サイエンティストであるジスカ博士が脳手術した従者3人を従えてエドワーズ博士を監禁してサナトリウムを乗っ取り、従者に次々と実験用のために通行車から村人を誘拐させていたという話で、本作が映画史家に注目される作品になっているのは誰もが連想する『カリガリ博士』風マッド・サイエンティストものである上に、ジスカ博士の登場が30分目という具合に「ダーク・ハウス」もののホラー・ミステリー映画の早い例であり(パウル・レニのダーク・ハウス・ホラー・ミステリー映画の大ヒット作『猫とカナリア』'27の2年先、ただし短編時代にはかなり先例あり)、素人探偵の探偵ぶりやアクション演出が同時代のロイドやキートンのスラップスティック・コメディをそっくり取り入れていることなど、ジャンルの混淆がはなはだしい珍作になっているからです。これは'21年までのチェイニーならキャスト順では素人探偵役のジョニー・アーサー、ヒロインのガートルード・オールムステッド、準主演のヘイラム・クーリーに続いて4番目かせいぜい3番目、'22年作品でもせいぜい2番目でしょう。チェイニーはクライマックスで退治されてしまいますから95分の映画で実質50分の間しか出ていませんし、その50分も実質的な主役のジョニー・アーサーか準主役のヘイラム・クーリーが視点人物となってジスカ博士の従者たちと格闘したり逃げ回ったりしています。アーサーなどは電線の綱渡り、飛び込んだ窓かららせん階段の手すりの滑り落ちの場面まであります。普通はこの映画に出ずっぱりの素人探偵役に喜劇役者を持ってきて主演とするのが筋でしょうし、アーサーもなかなか達者な演技です。それでも本作のタイトルは『魔人(The Monster)』、タイトル・キャラクター・ロールはチェイニーなのですからあくまでチェイニー映画としての企画なので、本作の場合マッド・サイエンティストの役柄がはまれば別にチェイニーでなくてもいいような役ですが、こういう余興みたいな出演作でも主演クレジットがされるようになったのは『ノートルダム~』や『殴られる彼奴』の大ヒットがいかにチェイニーを人気スターにしたかという証拠でもあって、『カリガリ博士』やダーク・ハウス・ホラーをごった煮にしたパロディのようなコメディ作品としてはかなり面白い本作もチェイニー主演作という1点がなければ映画史に埋もれた珍作止まりで、めったに上映されることもなければましてやDVD化などされることもなかったでしょう。本作が残っているのに同じMGMの同年のチェイニー主演・シェーストレム監督作品『故郷の土』が散佚しているのは歴史の皮肉としか言いようがありませんが、ホラー・コメディ映画のマッド・サイエンティスト役のチェイニーもこれはこれで楽しいもので、映画も佳作と呼ぶに足るものです。'21年以前のチェイニーの助演出演作品すらも現在では例外なくチェイニー出演を目玉に発掘・映像ソフト発売されているのですから、『魔人』より重要な作品が散佚しているとしても本作は本作で今でも観られることを慶賀すべきでしょう。

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