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映画日記2018年7月29日~31日/マルクス兄弟の長編喜劇(4)

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 この映画日記には初めて観る映画のことは書かず(テレビ放映映画などもけっこう観ていますし、中古盤や輸入盤で購入して――2駅以内にレンタル店が1軒もなく、また観たい映画はたいがいレンタル店に置いていないか、交通費より買った方が安くつく映画ばかりなので――そうして今まで未見だった映画も平行して観ていますが)、わざわざ感想文を書くからには原則的に以前観ていずれまた観直したいと思っていた映画を、監督別や俳優別、テーマ別にまとめて観直して書いています。昨年監督別に全作品を観るのをやってみた時は、フリッツ・ラングやイングマール・ベルイマンほどの多作家は当然としてアントニオーニやキューブリックら寡作家の監督ですら未見の作品を輸入盤で購入したり動画サイトで視聴したりと初見の作品もありましたし、俳優別となるとボックス・セットで出ている俳優がやはり便利でした。マルクス兄弟映画は学生時代にひと通り観た上で衛星放送の普及後は放映頻度も増えてVHSテープ録画で観直し、DVD普及後はあっけないくらい簡単に入手できるようになったので、『吾輩はカモである』『オペラは踊る』『けだもの組合』『マルクス一番乗り』『マルクス捕物帖』(この順)の5作は何度観直したことか。特に『吾輩はカモである』は68分と尺の短さもあって、他のマルクス兄弟映画全部を観た回数の合計よりも観直した回数が多いと思います。『カモ』を基準としてしまうと他のマルクス兄弟映画はどうしても薄味なので、粗野な『ココナッツ』『けだもの組合』の初期2作、感慨深いチーム解散記念作『マルクス捕物帖』が次点かな、マクロード(監督)=ペレルマン(脚本)の2作『いんちき商売』『御冗談でショ』も『マルクス捕物帖』が入るなら落とせないな、となるとMGM時代の5作が不満をまぬがれません。しかしマルクス兄弟のMGM映画には大メジャー会社相応の大味な華があり、また'86年10月~11月にマルクス兄弟のMGM映画全5作の上映があり、映画館も大きな常設館だったので(新宿東映ホール1)、スクリーンで新作同然のニュープリント上映を観てしまうとどうしても点が甘くなります。しかしマルクス兄弟の映画は思い出した頃に1本、せいぜい2本という具合に観るのが良いと今回こりごりしました。同じ俳優、異なる監督と言ってもマルクス兄弟はあまりにくどい芸風のコメディ・チームなので作品ごとにキャラクターを変えることがないので、サイレント時代のチャップリンやロイド、キートンほどにも作風に幅がない。チャップリン、ロイド、キートンらが作品ごとに人間味のあるキャラクターを演じ分けているのに対して、マルクス兄弟は作品ごとに設定や配役は変わってもグルーチョはグルーチョですし、チコはチコ、ハーポはハーポです。その意味でも淀川長治氏がマルクス兄弟映画を「舞台劇」と脇に除けたのは正鵠を得ていて、映画でありながらマルクス兄弟の存在感は舞台俳優(タレント)の次元に属するものでした。マルクス兄弟はマルクス兄弟映画よりも大きい存在であり、唯一映画自体がマルクス兄弟より巨大で強力になり得たのが『吾輩はカモである』だったのだと思います。今回はマルクス兄弟映画11作を連続して観る、という愚挙をいたしてしまいましたが、おかげさまでマルクス兄弟映画とのつきあい方にようやく悟りが開けました。特に感想文。マルクス兄弟映画は観ればそれで十分で、わざわざ感想文を書くほど苦痛で虚しいことはありません。ああ『ルーム・サーヴィス』と『ラヴ・ハッピー』まで含めないで良かった、と思う次第です。

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●7月29日(日)
『マルクスの二挺拳銃』Go West (監督エドワード・バゼル、MGM'40)*80min, B/W; 本国公開1940年12月6日

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○あらすじ(DVDジャケット解説より) 西部劇ファンも必見!マルクス三兄弟による抱腹絶倒ウエスタン喜劇!定番のシュールな笑いとパロディで西部を舞台に三兄弟が大暴れ。 西部開拓はなやかりし時代、ペテン師のS・クェンティン・クェイル(グルーチョ・マルクス)は同じくいかさま師のパネルロ兄弟(ハーポ・マルクス、チコ・マルクス)は、共に金鉱を探して西部へ向かう列車の出発駅で、たまたま出会った。お互いにペテンにかけようとするのだが、この時はクェンティン金を奪われてしまう。その後西部についた三人だったが金鉱など見つからず、ひょんな事でパルネロ兄弟が鉄道建設予定地の権利書を手に入れてしまった事から、何故かクェンティンを巻き込んだ列車による大追跡劇が幕を開ける……!

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 本作の日本封切りは戦時作品で未公開になっていたMGM時代の作品3作のうち他の2作より一足早い昭和25年('50年)8月5日で、ジョージ・アーチェインバウド監督、リチャード・ディックス主演の保安官もの西部劇『硝煙のカンサス(The Kansas)』'43との2本立て公開だったそうです。こんなの観る機会ないよなあと思って検索してみたらコスミック出版の10枚組1,500円のDVDボックス『西部劇 パーフェクトコレクション 復讐の二連銃』2015に収録されて3年も前から持っていることが判明しました。この集はフランク・キャプラ原作のウィリアム・ウェルマン『女群西部へ!』'51とバッド・ベティカー『最後の酋長』'53が収録されているので買ったので、他にもランドルフ・スコット主演作、ジョエル・マクリー主演作、グレン・フォードとジーン・ティアニー主演作、モーリン・オハラ主演作、グレゴリー・ペック主演作、オーディ・マーフィ主演作など黄金時代西部劇てんこ盛りなのですが(画質も字幕もばっちりです)、リチャード・ディックス主演の『硝煙のカンサス』などという地味そうなものは見逃していたのです。しかし保安官西部劇『硝煙のカンサス』と西部劇コメディ『マルクスの二挺拳銃』の2本立て、どちらも戦時中の旧作というのが堂々と商業公開されていたのですから昭和25年の日本人は今よりよほど映画を観ていたのが伝わってくるようです。ただしキネマ旬報は本作についてごく簡単な解説だけで紹介を終えていますので、当時のキネマ旬報の解説紹介と、現行の映画サイトallcinema.com掲載の解説を引くことにしましょう。
[ 解説 ](キネマ旬報より) 西部を舞台にした土地証文をめぐる騒動を描くコメディで、マルクス兄弟シリーズ第10作。脚本はアーヴィング・ブレッチャーが執筆。製作はジャック・カミングス、監督はエドワード・バゼル、撮影はレナード・スミス、音楽はジョージ・ストール、編集はブランシェ・シーウェルが担当。出演はグルーチョ・マルクス、ハーポ・マルクス、チコ・マルクス、ジョン・キャロルなど。
[ 解説 ](allcinema.comより)  題名から判る通り、マルクス兄弟がウエスタンに挑戦した作品。全体に、定番的パロディがすんなり収まっているという程度の印象が、計算し尽くされたクライマックスの汽車追跡のドタバタですっかり覆される。冒頭、鉄道の券売所でいんちきセールスマンのグルーチョを小悪党の兄弟のチコとハーポがまんまとハメる、糸をつけた10ドル札のトリック・ギャグも優秀。お釣りをだまし取って一財産作ってしまうワケだ。西部へ赴いた三人は、鉄道敷設予定地の土地証書をめぐっての騒動に巻き込まれ、例のごとく、若きカップルを助けるのだが、まずはお決まりのサルーンでの細かい笑いのあれこれ。証書を二人組に奪われて追う途中、インディアン部落に投宿するのだが、そこでのやりとりもまずまず笑わせる。そして、ハーポのハープ演奏となるが、これもいつもと趣向を変えて、機織の糸でつまびくのだった。で、馬車で逃げる二人組を列車で追っかけとあいなる。息をもつかさぬというのはまさにこのシークエンスを言うのだ。機関手を殴って、汽車の運転を代わるチコとハーポ。次の駅で若い男女を拾うはずがどうやって止めたらいいか分からない。釜の火を水で消せばとハーポが汲んだのは実はオイルで、これまた大爆走。そして分岐をいじられて同じ軌道をぐるぐると、農家を頭にひっかけてメリーゴーラウンド状で回ったり、それで遅れを取ったら、今度は客の荷物から客車から燃えるものはすべて釜に放り込み、ポップコーンが雪のように弾けたり、ありとあらゆる動きのギャグが有機的に連鎖していくのは爽快だ。
 ――後者の解説でほとんど本作の鑑賞は尽きている感じですが、グルーチョの役名がS・クェンティン・クェール、ハーポが"ラスティ"・パネロ、チコがジョー・パネロといかにもうさんくさい名前で、マルクス兄弟に助けられる主人公を演じるジョン・キャロルの役名がテリー・ターナーと健全な好青年を絵に描いたような名前なのがいかにもです。本作は'86年のマルクス兄弟MGM作品リヴァイヴァル上映でも目玉作品扱いで、2週間替わりで『マルクス一番乗り』『マルクスの二挺拳銃』の2本立て、『オペラは踊る』と『マルクス兄弟珍サーカス』の2本立て、『マルクス兄弟デパート騒動』と『マルクスの二挺拳銃』の2本立てで、前売りで通しの3回券だと当日券で2回観るのとほぼ同額だったので前売り券の3回券を買って2本立てを3回観に行ったので『マルクスの二挺拳銃』はスクリーンで2回観たことになります。その後レンタル・ヴィデオ店で借りて観直したりもしましたが、テレビ神奈川(現tvk)は現在は見る影もありませんが'70年代~'90年代は音楽番組と映画放映に力を入れていて、音楽番組も大変なものでしたが映画も日本未公開当時からエドワード・ヤンの『海辺の一日』『恐怖分子』、ジャック・ドワイヨンの『ラ・ピラート』をゴールデン・タイムに堂々放映し、さらにレンタル・ヴィデオにもないような珍しい'50年代~'70年代外国映画の日本語吹き替え短縮編集版をガンガン放映する、というクラクラするような番組編成で、『吾輩はカモである』も地上波地方局なのに平然と字幕放映していたのを覚えています。あれはオリジナルが短いので1時間半枠でノーカット(ただしCM入る)でやっていましたし、当時レンタル・ヴィデオで100分ヴァージョンしか出ていなかったアントニオーニの『情事』を140分ヴァージョンで放映していたのにも驚いた記憶があります。ただし1時間半枠で日本語吹き替え短縮編集版の場合はCMカットを差し引くと実質一律70分(!)にカットされており、これにまつわる覚え書きを始めるとキリがないくらいとんでもない編集ヴァージョンがあったのですが、なんと日本語吹き替え短縮編集版の『マルクスの二挺拳銃』というのもあったのです。これが80分の映画を70分に短縮ですから短縮具合こそ極端ではありませんでしたが、台詞の日本語吹き替えのみならずBGMや効果音まで盛大に盛ってあるというサウンドトラックまるごとの差し替え版で、こういう日本語吹き替え版もあるのかと目から鱗が落ちました。あくまでオリジナルも保存されているという条件ですが、映画の歴史には作品の再編集・吹き替え版などはいくらでも例のあることで、テレビというメディアに乗せるにはそれがはなはだしくなるのも映画ならではの運命ですし、そうした改編版を観ることで気づかされることもあります。'40年(昭和15年)に作られた本作は'70年代にテレビというメディアで家庭内視聴されると音声が乏しすぎる。BGMも何もなく無音状態が続く場面が多く、効果音ですら控え目すぎて、映画館ならともかく集中力の乏しい状態で視聴される家庭ではテレビに注意を惹きつけられません。1時間半枠吹き替え70分短縮編集版ではベルイマンの日本未公開作品『狼の時刻』『恥』『情熱の島』も定番でしたが、ベルイマンの映画は顔のアップと台詞だらけでしたし、他に面白い例では『イージー・ライダー』『砂丘』『断絶』などがあり、これらは数か所のエピソード(シークエンス)まるごとカットで70分に圧縮してもあまり全体的な印象は変わらないばかりか『イージー・ライダー』などはピーター・フォンダとデニス・ホッパーの吹き替えを山田康雄と山谷初男が担当してオリジナルよりインパクトがありました。オリジナルが120分ある『ニノチカ』はロマンス部分のシークエンスが全部カットされてただのソヴィエトのエリート女性大使の亡命映画になっていましたし、オリジナルが105分の『秘密の儀式』はエンドマークもなく突然終わってしまうのでどうなっているのかと不思議でしたが、シネクラブの上映会でオリジナルを観る機会があって映画70分目でそのままちょん切ったのがテレビ放映版で、オリジナルはさらにその後まだまだ30分あまり続いてどんでん返しがあったので唖然といたしました。映画の世界では編集権の所在がはっきりせず、そもそもオリジナルすら各国上映版では異なる場合すら少なくなく、製作本国版ですら(製作本国だからこそ)便宜上恣意的なヴァリアントが複数出回ることが多く、いわゆるディレクターズ・カットと称されるものも本来の意味でのオリジナルとは異なる場合すらあります。話題がまったく感想文から逸れてしまいましたが、本作を現行DVDでご覧になった方々は、運さえ悪ければそのうちテレビ放映用日本語吹き替え70分短縮編集版を観て呆れ返る楽しみがあり、ではどちらが真のマルクス兄弟映画かと言うと、案外滅茶苦茶なサントラ差し替え版だってマルクス兄弟映画はマルクス兄弟映画じゃないかという気がしてくるのです。

●7月30日(月)
『マルクス兄弟デパート騒動』The Big Store (監督チャールズ・F・ライスナー、MGM'41)*83min, B/W; 本国公開1941年6月20日

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○あらすじ(DVDジャケット解説より) デタラメなギャグに印象的な音楽シーンを加えた傑作ミュージカル喜劇!テナー歌手のロマンティックな歌やハープの三重奏などの見所満載!シケた私立探偵のフライホール(グルーチョ・マルクス)と助手のワッキー(ハーポ・マルクス)は、名門デパートの前社長夫人フェルプスから、甥でありデパートのオーナーであるトミー(トニー・マーティン)の命が狙われているという相談を受ける。早速デパートに乗り込んだ二人に、トミーのボディーガード、ラベルリ(チコ・マルクス)も加わり、三人のでたらめな珍捜査が開始される……。

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 マルクス兄弟映画のどん底とも言えるMGM最終作の本作は、本邦ではまだ未公開だった前々作『マルクス兄弟珍サーカス』'39とともに2本立てで昭和26年('51年)3月20日に公開されました。『珍サーカス』『二挺拳銃』は他にさしたる著名作もないエドワード・バゼルが監督で、『珍サーカス』はマーヴィン・ルロイのプロデュース、『二挺拳銃』はクライマックスの蒸気機関車のギャグで持っていたようなもので、『二挺拳銃』に関してはノン・クレジットでバスター・キートンがギャグマンとしてアイディアを提供したのが判明していますし、実際サイレント時代のキートン映画のギャグのヴァリエーションのようなギャグが続出するのでそれなりに面白いのですが、キートンらしいメカニカルな発想のギャグがマルクス兄弟の芸風に合っていたかというと疑問があります。また'35年の『オペラは踊る』、'37年の『マルクス一番乗り』と2年ごとに進められてきた製作ペースが'39年の『珍サーカス』、'40年の『二挺拳銃』、'41年の本作と年1作になった分映画の長さも質も安普請になってきたのは否めず、本作の監督チャールズ・F・ライスナーはチャップリン映画のスタッフ兼端役役者としてチャップリンが自作のプロデュースに乗り出して独立した『犬の生活』'18以降映画界入りした人で、キートンのキートン・プロ最終作『キートンの蒸気船』'28の名義上の監督になっています(実際の原案・脚本・監督はキートンでした)。『蒸気船』がキートン・プロ最終作であり、本作『マルクス兄弟デパート騒動』がマルクス兄弟のMGM最終作であることを思うと、何だかもう製作会社が投げやりになっている最後っ屁に名目だけ駆り出されてくる人という運命がついて回ったような気がしてきます。例によって日本公開時のキネマ旬報の解説・あらすじ紹介を引いてみます。
[ 解説 ] 現在ロウ・インコーポレーションの副社長であるルイス・K・シドニー製作になる1941年作品。ナット・ペリン(「凸凹ハリウッドの巻」)の原案から、シド・クラー、レイ・ゴールデン及びハル・フィンバーグ(「ごくらく珍爆弾」)の三人が脚色し、「凸凹ハレムの巻」のチャールズ・F・ライスナーが監督に当たった。チャールズ・ロートン・ジュニアが撮影、「夢のひととき」のジョジー・ストールが音楽を担当する。「二挺拳銃」につぐマルクス兄弟を中心に、「迷路」のトニー・マーティン、「姉妹と水兵」のヴァーニア・グレイらが共演する。
[ あらすじ ] 私立探偵ウォルフ(グルーチョ)は助手のワッキイ(ハルポ)とオフィスを経営していた。或日大デパートの所有者の一人マーサ・ヘルプス(マーガレット・デュモン)が青年歌手トミイ(トニー・マーティン)を伴れて、最近暴漢に襲われるからと調査を依頼して来た。デパートにはワッキイの兄ラヴェリー(チコ)が警備員として働いていたが、彼とトミイの恋人の売子ジョーン(ヴァージニア・グレイ)が協力を申出た。デパートの支配人グローヴァ(ダグラス・ダンブリル)は、トミーを追出し、マーサを籠絡してデパートを乗っ取ろうとしていたが、ウォルフはマーサに恋してしまったので、ここに男2人のさや当てからさまざまの珍騒動が起った。トミーはデパートの権利を売り払って歌の道に精進しようとしたがそれを知ったグローヴァは彼を暗殺しようと図り、ついに悪漢一味と善玉との大活劇がデパートを舞台にくりひろげられることになった。かくてグローヴァは逮捕され、権利を売り払ったトミーは歌手としての道を進むことになった。
 ――とまあ、「ウォルフはマーサに恋してしまったので」とありますがグルーチョがマーガレット・デュモンを口説く時は財産目当てか他に魂胆がある場合なので、本作は『マルクス一番乗り』以来4作ぶりのマーガレット・デュモン出演作であることに価値があります。後は新人時代のトニー・マーティンの歌唱シーンがさすがにのち大成するだけある金の卵ぶりで、三面鏡に姿を映してハーポがハープの一人三重奏をするシーン、もちろんチコのお調子者ぶりとピアノ演奏、デュモン相手がやはり一番乗り乗りのグルーチョの色男芝居と見所はあるのですが、デュモンをめぐってデパート乗っ取りを企む一味とのせりあいも大して盛り上がらず、マーティンの恋人の美人店員役のヴァージニア・グレイも映画のプロット上ビジネス対決とラヴ・ロマンスの並行進行のため取って付けたような出演場面で、クライマックスはフィルム速度とワイヤー・アクションを併用したデパート内でのローラー・スケートでの追いかけあいです。このクライマックスのアクションがただでさえ乏しい見所を散漫に羅列したような構成の映画を一気にぶち壊しにしており、マルクス兄弟贔屓の観客ですら駄目だこりゃ、と興ざめすることおびただしく、ますますライスナーが『キートンの蒸気船』では名目だけの監督だったのを痛感させるような出来に始終しているのが本作で、マルクス兄弟は言わずもがなマーガレット・デュモンとトニー・マーティンという千両役者もいるのですから配役だけなら『オペラは踊る』『マルクス一番乗り』の三番煎じ、MGMでは5作めですから五番煎じですが、それなりの映画にはなっても良さそうなものを、たぶん『珍サーカス』『二挺拳銃』『デパート騒動』と3年連続出演すればチコの借金も完済できたのでしょう。MGMとの契約延長はマルクス兄弟の方から断ったそうですが、もう本当に与えられた仕事をこなすだけのマルクス兄弟が本作では本当にやる気なさそうで、ハーポですら生彩を欠いているのですから尋常ではありません。サム・ウッドが監督しても大差なかったと思われる本作は、しかしMGM式のやり方ではマルクス兄弟映画は回を重ねるごとに行き詰まるのを証明する作品にもなり、そしてマルクス兄弟は無事に休業生活に入ったのです。

●7月31日(火)
『マルクス捕物帖』A Night In Casablanca (監督アーチー・L・メイヨー、ユナイテッド・アーティスツ'46)*85min, B/W; 本国公開1946年5月10日

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○あらすじ(DVDジャケット解説より) 名作映画「カサブランカ」のパロディー!? マルクス兄弟がカサブランカを舞台に大暴れ!お約束ギャグ満載!マルクス兄弟のナンセンス・ギャグの集大成!ナチスの影が消えやらぬ戦後のカサブランカのホテルで三人の支配人が次々に変死し、しかも殺人の可能性が高かった。そこでなりてのない支配人にロナルド・コーンブロウ(グルーチョ・マルクス)が雇われる。自分の身が危ないにも関わらず全く用心しないコーンブロウを守ろうと、ホテルに宿泊していた伯爵を名乗る怪しい人物の侍僕を務めるラスティ(ハーポ・マルクス)と、ホテル周辺で怪しげな遊覧会社を経営するコルバッチオ(チコ・マルクス)が、ボディーガードを買って出た……!

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 日本未公開だった戦時中のMGM作品3作よりも戦後いち早く、まだ新作扱いで昭和23年('48年)10月5日に日本封切りされたマルクス兄弟引退記念作。ただし兄弟チームとしての引退で、グルーチョは本作翌年すぐに主演第1作『悩まし女王』'47に出演、同作は日本公開されましたが'52年までに出演した続く2作の主演作は日本未公開で本国でもヒットせず、グルーチョはラジオ、テレビのパーソナリティに転向して成功します。ハーポは主演作『Love Happy』'49で最後の輝きを見せ、同作はグルーチョとチコもゲスト出演したカーテンコール的作品になり、また無名時代のマリリン・モンローの端役出演でも知られることになりました(ジョン・ヒューストンの『アスファルト・ジャングル』'50と同じような、ワンポイント出演の「やたらセクシーな秘書」役で、グルーチョは自分がオーディションで選んだと後々まで自慢しています)。本作のキネマ旬報の紹介がやはり戦後公開の『珍サーカス』『二挺拳銃』や『デパート騒動』より丁寧なのは、MGMの3作が10年前の旧作だったのに対して、本作が戦後'46年の新作だったからでしょう。以下、キネマ旬報記事からご紹介します。
[ 解説 ]「我輩はカモである」「オペラの夜」と同じくマルクス三兄弟が主演する喜劇で、「愛の弾丸」のジョセフ・フイールズがローランド・キビーと協力して脚本を書きおろし、「夜霧の港」のアーチー・L・メイヨが監督したもの。助演は「情熱の航路」のチャールズ・ドレイク「脱出」のダン・シーモア、西部劇女優のロイス・コリア、マルクス喜劇におなじみのシグ・ルーマン等である。
[ あらすじ ] 戦争は終わっても、カサブランカにはナチの残党が暗躍しているといううわさがとりどりである。それかあらぬか、豪華なホテル・カサブランカでは、支配人が三人続けてざまに奇怪な死をとげた。そこで誰もなり手のない支配人に就任したのが他ならぬロナルド・コーンブロウ(グルーチョ・マルクス)という人物。彼と一緒にラスティ(ハーポ・マルクス)とコーバッチオ(チコ・マルクス)なる奇物が現われたが、ラスティはホテルの雑用夫として働く一方、プフェファマン伯爵(シグ・ルーマン)と名のるいわくありげなヘゲの客の侍僕を勤め、コーバッチオは黄らくた商会という遊覧会社を経営して遊覧客をもっぱらカモっている。ホテルの歌手ビートリス(リゼット・ヴァレア)が伯爵と親しげなもの奇怪であるが、国籍不詳のクルト(フレデリック・ジャーマン)とエミール(ハーロ・ミラー)も臭い人物である。このホテルにナチがフランスから略奪した財宝がかくしてあるらしく、三人の支配人の死がこれに関連していると、フランス空軍の飛行将校だったピエール(チャールズ・ドレイク)と婚約者のアネット(ロイス・コリア)は主張したが、総督カルウ(ルイス・ラッセル)も警察長官ブリザール(ダン・シーモア)も信じない。ロナルドがビートリスにだまされて有頂天となったのにつけ込み、伯爵一味がホテル乗っ取りを企んでいるのを、ラスティは立ち聞きし、ロナルドの代わりに支配人となりコーバッチオを用心棒にする。伯爵は三人がカジノの賭博台にインチキをしたと総督と長官に告げて三人を牢に投げ込ませ、例の財宝をトランクに詰めて南米へ飛行機で逃げる準備を始める。伯爵がビートリスを置いてきぼりにする計画を知った彼女は、脱獄して来た三人に何もかも打ち明ける。そこで三人はピエールとアネットと共に伯爵を追跡する。今は伯爵こそ曲者と悟った総督と警察庁官も猛烈に追跡してついに悪漢一味を捕えた。伯爵はナチの指導者の一人であった。ピエールとアネットは結婚し、カサブランカにも平和が訪れた。
 ――以上の通り、原題が『A Night In Casablanca』でワーナーの『カサブランカ』のパロディを謳い、ワーナーから訴訟沙汰になったと言われる割には『カサブランカ』とは似ていない、強いて言えば映像的にフィルム・ノワール風なのと、ナチ・スパイもの(『カサブランカ』はスパイものではなく反ナチ運動家亡命に絡むロマンス映画ですが)なのが似せている程度でしょうか。本作は廃墟同然の街角でビルに手をついてにやにやいつもの笑顔を浮かべているハーポが警官にからかい半分の不審尋問をされる場合から始まります。「ビルを支えているつもりか?」にやにやとうなずくハーポ。警官が馬鹿にして笑い、ハーポも笑ってビルから手を離すとビルが崩れ落ちる、という大ギャグ(このギャグは後にジェリー・ルイス喜劇の監督になるフランク・タシュリンによる)から本作はMGMのマルクス兄弟映画よりいいぞ、という期待を抱かせるのですが、後はパラマウント時代(映画デビュー当時すでに平均年齢40歳超)の作風のマルクス兄弟が定年間近になって窓際仕事をやっているようなユルい出来で、ユナイテッド・アーティスツ配給とは言えマルクス兄弟たち自身が企画し立ち上げた独立プロ作品ですから予算もしょぼかったのでしょう、中堅ヴェテラン監督のアーチー・メイヨにとっても本作が引退作になったようですが、終戦直後でまだメジャー会社すら人員・体制が立て直っていない時期に、スケジュールが空いてしまっていたスタッフとキャストをかき集めて作ったような映画で、マルクス兄弟映画の難点は映画全体のスタッフ、キャストの一体感に著しく乏しい点で、映画のサウンド・トーキー化は各セクションの分業化と効率化を嫌でも促進させ、サイレント時代のようにワンマン監督、または気の合ったチームが入念に、または即興的に撮影を練り上げていくようにはいかなくなったので、マルクス兄弟のオリジナル舞台劇そのままの映画化である『ココナッツ』『けだもの組合』の初期2作、映画オリジナルのマルクス兄弟映画に挑んだノーマン・N・マクロード監督&S・J・ペレルマン脚本コンビの『いんちき商売』『御冗談でショ』の苦心の2作、そして後にも先にもなく唯一、映画監督のパワーがマルクス兄弟の全力と拮抗した金字塔『吾輩はカモである』と、パラマウント時代の5作には映画としてはいびつで、だからこそ野卑な活力みなぎる映画になっていたのですが、MGMでの『オペラは踊る』は映画に収まるマルクス兄弟作品の型を作って次の『マルクス一番乗り』でも同じ型が使えるのを確かめることになり、その2作までは対をなす成功作だったとしても続く3作はジリ貧になっていくMGM方式としか言いようのないものでした。チーム解散記念作『マルクス捕物帖』は実年齢50代の半ばを過ぎて、ピン芸ならまだしもチーム芸ではよれよれの、切れの悪いこと嘆かわしくなるようなマルクス兄弟映画ですが、退職金稼ぎのホマチ仕事のような作品であってもマルクス兄弟が自分たちで企画して製作した映画は本作が初めてで、もうグルーチョ、チコ、ハーポの枯れた掛け合いをしみじみ味わうしかないような、しかも本人たちの企画となるとこれなのは結局マルクス兄弟は映画の喜劇チームではなくて何か別の存在だたんだな、と思わされます。ノスタルジアでしかなくても本作が好意的に受け入れられたのは、日本公開された翌年に本国では、誰もが夢見ていたハーポ主演映画『Love Happy』が引退興行のさらにアンコールのように本作同様本人たちの企画・製作で公開されたことでも推察されます(日本では未公開に終わりましたが)。本作『マルクス捕物帖』は『オペラ』『一番乗り』はもとより映画としてはMGMの残り3作よりも気の抜けた、風呂の中で洩れた屁のような出来かもしれません。ですがマルクス兄弟映画をひと通り観ると、この気の抜けた仕上がりもまたマルクス兄弟らしいと感慨を抱かせるのです。

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