ついに長編12作目にしてハロルド・ロイド作品もトーキーの時代に踏み込みました。これは新しい娯楽に飢えていた観客にはめでたいことでしたが、サイレント作品で素晴らしい映画作りをしてきたロイドにとっては時代の趨勢へ屈したかたちでもありました。外的なマイナス面を言えば観客が求めるトーキー映画はトーキー上映設備のある映画館でないと上映できないため配給会社の発言権が強まる。その上に初期のトーキー作品はサイレント作品よりも技術的な理由から製作費が高くつきましたし、その回収のためにもこれまで以上に大きな宣伝を打たねばならず、なおのこと配給会社に頼って配給会社に高い収益の分配率を取られる結果になりました。チャップリンがいよいよ寡作になり、ロイドすら製作ペースが落ち、キートンが独立プロの俳優兼監督から大手映画社専属のいち俳優の座にされたのもトーキーの出現に重なるサイレント末期~トーキー時代のことでした。'29年にほぼ完全にアメリカ映画界はトーキー化する中、キートンは'29年4月公開の『キートンの結婚狂』までサイレント作品に止まり、チャップリンは'31年2月公開の『街の灯』までサイレント作品(音楽とわずかな効果音だけつけたサウンド版)にとどまりましたが、ロイドはサイレント作品として一旦完成した'29年度の新作『危険大歓迎』を試写会で客の出入り時に上映した借り物のトーキー短編への反響を見てトーキー作品に改作することを決定し、再編集と追加撮影、音声のダビングによってトーキー第1作として10月に公開、製作費も97万9,828ドルに高騰しましたが、興行収入300ドルの大ヒット作になります。同年の興行収入ベスト3は音楽&ショー・ダンス映画『サニイ・サイド・アップ』と『ブロードウェイ・メロディー』(アカデミー賞作品賞受賞作)が300万ドル、第3位がラオール・ウォルシュの人情劇『やぶ睨みの世界』で270万ドルですから、ノー・スター作品で企画色が強く監督も映画会社専属のこれらの方が製作費が安くつき、大ヒットしたロイド作品と数字では並びながら純益はずっと高かったのがうかがえます。
またチャップリンがトーキーに対応する手法の考案までトーキー作品を製作せず、監督権を失ったキートンが強制され、自己プロデュースを貫いたロイドさえも手こずったのは、台詞の間合いの必要からサイレント時代には簡潔に済んだカット割りが台詞の長さ分間延びするのを避けられなくなったことで、サイレントからトーキーに改作する製作過程を経た『危険大歓迎』はロイド長編最長の115分に上り、続く『足が第一』『ロイドの活動狂』ではテンポの良い90分前後の長さに仕上げるためハイライト部分、クライマックス部分はサウンド(効果音、音楽)はあっても台詞を排したシーンにする工夫で乗り切っていくことになります。つまりドラマ部分はトーキー、ハイライトやクライマックス部分はサウンド版サイレントという折衷が図られて、意図的にこの手法でロイドは引退作『ロイドのエヂプト博士』'38までを乗り切り、一方そうした配慮を得られなかったキートンは作品を重ねるごとにジリ貧状態に陥って'33年の『キートンの麦酒王』で大手MGMの契約を破棄され、'34年にフランス、'36年にイギリス、またロイドに1作きりの復帰作でプレストン・スタージェス監督の『ハロルド・ディドルボックの罪(The Sin of Harold Diddlebock)』'47があるように、戦後'46年にメキシコで主演作がありますが、いずれも製作国のみの公開で終わりました。ロイドは自己プロデュースを貫いただけに面目を保つに値するトーキー作品を製作し続けて人気を保ったうちに引退しましたが、トーキー作品から観れば十分面白く観られるものの、サイレント時代の長編作品を観てしまうとロイドのトーキー作品は全体的にはサイレント時代の作品の焼き直しという観が否めず、それでもヒットしたのはロイドの人気の根強さ、作品の質の安定に加えトーキーがまだ観客にとって新鮮なもので、ロイドの肉声が聞けるのを観客が喜んで迎えたからに他ならないでしょう。なお今回も作品紹介は、9枚組ボックス『ハロルド・ロイド・コレクション』の簡潔なあらすじを転用させていただきました。
●6月12日(火)
『危険大歓迎』Welcome Danger (ハロルド・ロイド・コーポレーション=パラマウント'29)*115min, B/W : https://youtu.be/SZz7Ftya570
○本国公開1929年10月12日、監督=クライド・ブルックマン、共演=バーバラ・ケント
○警察署長だった亡き父の功績を買われ、植物学者のブレッドソーがサンフランシスコ第3分署に雇われることに。その頃サンフランシスコの中華街では正体不明のボス、ドラゴンが支配する麻薬組織が暗躍していた。彼は最新の捜査手法の指紋採取を利用すると、ドラゴンの正体を暴くべく危険な捜査を開始する……。
冒頭に例によってハロルド・ロイド財団スーザン・ロイド監修・2002年のクレジットに続いてUCLA所蔵フィルムとクレジットが出るロイドの初トーキー作品になった本作は、115分とロイド作品最長の尺になりましたが、本作は当初前2作『田吾作ロイド一本槍』『ロイドのスピーディー』のテッド・ワイルドの監督で撮影が開始され、ワイルドの病気によりクライド・ブルックマンの監督に交替したそうです。ブルックマンはキートンの初長編『滑稽恋愛三代記』'23から初期5作の長編の脚本と1作の原作、『キートン将軍』'26ではキートンと共同監督を勤め、ロイド作品にも『ロイドの人気者』'25以降ブレインとなっていた脚本家出身の監督で、俳優・監督の分業化・専門化が進んだトーキー以後もキートン作品、ロイド作品を担当していくことになります。パラマウントのTMタイトルからタイトル、クレジットが終わると、ファースト・ショットはサイレント映画以来の伝統で突進してくる汽車。園芸新聞に顔を突っこんで見入るロイド、カメラが引くと他人の新聞、といういつものロイドの手口で始まり、汽車の発車待ちにいったん降りたロイドは通路を通る道すがら他人のチェスをチェックメイトしたり、ぐする赤ん坊の鼻をつまんで泣きやませたり、マッチがつかない男の手助けしたりといった調子。一方ヒロインのビリー(バーバラ・ケント)は駅構内の自動写真ボックスで写真を撮りますがつかえて出てこないのであきらめます。次に入ったロイドは出てきた写真が見知らぬ女との2ショットなので驚きますが、気に入って持ち歩くことにします。ロイドが戻ると汽車は故障修理のため出発が遅れていて、ロイドがぶらぶらしているうちに発車してしまいます。ロイドが仕方なく歩き出すと自家用車を修理している煤だらけのバーバラに出会います。旧知のバーバラにロイドは「美人だろう」と先ほどの写真を見せます。バーバラは気づきますが知らないふりをします。サンフランシスコに向かうバーバラにロイドは同乗させてもらうことにしますが車の調子はやはり悪く、テントを張って休み休み食事休憩をしながら修理を続けますが、汚れを落として現れたバーバラを写真の美女と気づいたロイドは慌てて逃げ出し、バーバラに追いかけられてそれまでの乱暴な態度を謝ります。次のカット、牛に自動車を牽かせて駅に着いたロイドはバーバラの見送りで汽車に乗りこみ別れを惜しみます。ここまでで映画は30分かかっています。サンフランシスコの警察署、「ドラゴンに対する警察の不手際に/市民から不満の声」。そこにロイドが到着し、署長室に乗りこみます。そこで植物学者の知識を生かして指紋照合術に取り組んだロイドはがぜん張り切って指紋採取を始め、署内をくまなく指紋採取して大混乱に陥れます。今回のロイドもまたとんちんかんな世間知らずというキャラクターということになります。町の有力者ソーンが訪ねて来た時に来客簿に残した指紋を警官たちはロイドをかつごうと中華街の裏のボス、ドラゴンの指紋と言って渡し、ロイドは署長にソーンと引き合わされるとこっそり帽子のつばに触らせて指紋採取し、中華街に赴く途中、弟の足の怪我の治療のためにサンフランシスコに到着していたバーバラと再会します。警邏中の警官クランシーに目的を告げたロイドはどの店を覗いても乱闘中の中華街をひょいひょい調べて回り、売り物ではないという珍しい品種の花の株を無理やりお金を渡して買い取り、バーバラとバーバラの弟を見舞いに行きます。そこでバーバラの弟の担当老医師カウはロイドの持っていた花の株に驚愕し、誰にも口外しないこと、と念を押してロイドから花の株を預かります。ロイドはバーバラを口説こうとしますが、ラジオのニュースで先ほどのカウ先生がギャングに誘拐され安否は絶望的、と知りバーバラは「弟の足はどうなるの!」と取り乱します。ここまでで映画は1時間かかっています。中華街に着いたロイドはクランシーからカウ先生の誘拐以来大混乱で多数の死者が出ているのをロイドに知らせます。どの店を覗いても死者だらけでお化け屋敷状態の中華街をロイドはおっかなびっくり調べ、生存者を発見するごとに死体、というギャグのくり返しが続き、心配したクランシーとの鉢合わせから合流した二人は倉庫の捜索中に勘違いから大慌てになり(このシークエンスでは真っ暗な画面に台詞だけが流れる、という手法が多用されます)、やがて倉庫に閉じ込められてしまったのに気づきます。あちこち真っ暗な倉庫の中で誘拐されたカウ先生の診療用具を見つけたロイドはクランシーと倉庫奥の隠れ家にたどり着きます。ここまでで映画は1時間半かかっています。隠れ家の男たちをおびき出してのしたロイドたちは縛られているカウ先生を発見しますが、カウ先生を担いだクランシーはロイドが出口を探っているうちにふたたびさらわれてしまいます。ロイドは悪党たちのアジト内に潜入し、カウ先生とクランシーを殺そうとしている悪党たちを混乱に陥れてクランシーともどもカウ先生を救出しようとして、すんでのところでまた医師をさらわれてしまいます。警察署に着いたロイドはドラゴンの指紋を追って中華街でカウ先生を救出に行ったと報告しますが、あれはソーンの指紋でお前を担いだんだと嘲笑されてしまいます。ロイドは現場から奪ってきた花の株と、格闘した時にロイドの額についた指紋からドラゴンをソーンと知りますが、署長を始め誰も信じてくれません。ロイドは単身ソーンの邸宅に乗りこんで対決し、カウ先生の居場所を訊きだそうとして追い詰めますが、いま一歩のところでソーンが呼んだ警官隊に邪魔され、ロイドはソーンを拉致して書斎のプレス機で頭を挟んでカウ先生の所在は書斎の戸棚の中と吐かせ、突入した警官隊にカウ先生は「こいつがソーンだ」と証言、動かぬ証拠にソーンはようやく引っ立てられてロイドは署長に陳謝され、バーバラがロイドを出迎えて、二人は愛を誓いあいます。
日本公開時のキネマ旬報に「『スピーディー』に次ぐハロルド・ロイド氏の主演映画で『田吾作ロイド1番槍』『スピーディー』の原作者レックス・ニール氏とフェリックス・アドラー氏、クライド・ブラックマン氏が合作でストーリーを組み立てたものをロイド氏の片腕として『田吾作ロイド1番槍』や『スピーディー』の監督に常つたテッド・ワイルド氏が『キートン将軍』『無理矢理仰天黒手組』のクライド・ブラックマン氏と共同監督したもので主演者のほかに『都会の哀愁』『暇の時』のバーバラ・ケント嬢、ノア・ヤング氏、チャールズ・ミドルトン氏、ウィリアム・ウォーリング氏が出演している。カメラは『スピーディー』『田吾作ロイド1番槍』等のウォーター・ランディン氏とヘンリー・コーラー氏が担任。」と紹介された本作は製作費97万9,828ドル、興行収入300ドルの大ヒット作になりました。しかし製作費が高くついたため純益では同程度の興行収入のヒット作に及ばなかったのは前書きに書いた通りです。また、キネマ旬報の記載からはパラマウント社からは本作がテッド・ワイルドとクライド・ブルックマンの共同監督というインフォメーションが日本のパラマウント支社に送られてきていた事情がわかります。内容を追った際に時間経過を書いた通り本作は30分ずつ4部の構成を持っており、これはサイレント作品として完成されたものをトーキー化したため起こったテンポの低下と見るべきで、ダビング不可能な場面は真っ暗闇で台詞だけのやり取りで補うなど苦肉の策がうかがえますが、それを自然な流れにしているのはロイド作品の製作チームのセンスの良さとプロデューサーのロイドのトーキー作品把握の確かな機敏さを感じます。キートン作品ではキートンが監督権を奪われてしまっていたため、キートン以外の人物の台詞の洪水のようなトーキー作品になってしまったのです。それでも本作はサイレント時代の作品から続けて観てくると、台詞のための間をとるべくショットの長さが長く、カット割りのテンポが遅くなり、映画全体がサイレント作品のロイド映画よりも間延びしたものになっている。本作はロイドのトーキー作品第1作として鳴り物入りで公開され、それは1本の映画を作るのに予定より1.5倍以上は手間と予算がかかったのを回収するためでもあったでしょうし、カラー・パンフレットやカラー・ポストカードが入場者特典として作られたそうですが、幾分は作品の冗漫な出来を観客に気づかせず、2時間近い大作をたっぷり楽しんだ気にさせるための特典つき上映だったとも思え、製作過程を考えればサイレント作品として完成したものをよくぞここまで自然なトーキー作品に仕立て直したと思いますが(本作はサイレント版のままのプリントも現存していますがサイレント版は試写のみで公式には未公開なので上映機会は少なく、筆者は未見です)、トーキー作品としての本領は最初からトーキー作品として製作された次作『足が第一』から、と見る方が良いでしょう。単独に観れば十分面白い映画ですが、サイレント作品からのギャップをもっとも感じさせるのも本作で、興行収入は300万ドルのロイド作品最大の数字になったのは期待値も大きかったためと思われるだけに皮肉にも感じられます。
●6月13日(水)
『ロイドの足が第一』Feet First (ハロルド・ロイド・コーポレーション=パラマウント'30)*91min, B/W : https://youtu.be/rvmA3Tmpze8
○本国公開1930年12月8日、監督=クライド・ブルックマン、共演=バーバラ・ケント
○ハワイの靴屋で働くうだつの上がらないハロルド。ある日、令嬢バーバラに一目惚れし、彼女と釣り合う男になろうと一念発起。自己啓発セミナーで自信をつけて、セレブの集まるパーティーに潜り込む。そこで運良くバーバラと再会したハロルドだが、皮革業で成功した実業家のフリをしてしまったから大変!なりゆき上、アメリカ本土に帰るバーバラに同行することになり、チケットもないのにロサンゼルス行きの船に乗船、波乱尽くしの旅に出る……。
今回は最初からクライド・ブルックマン監督のトーキー作品として製作、やはりハロルド・ロイド財団スーザン・ロイド監修・2002年のクレジットに続いてUCLA所蔵フィルムとクレジットが出ます。映画はパラマウントのTMタイトルからタイトル、クレジットが終わると、新聞広告「ホノルル中がターナーを履いて歩く」を切り抜いた社長が「世界中がターナーの靴を履いて歩くのでなければならん!」と店長に檄を飛ばし、続いて女性の脚に「この靴は4Aと申しまして、当店の最高級品で……」とぎこちなく靴を脱がせ履かせしていると店長が「何をしとる!」カメラが引くとロイドの相手は脚だけのマネキンなのが映り、「販売の練習を……」「いいから店頭に立て!」と本作もいつもの調子ではじまります。接客でひとしきりロイドの奮闘ぶりが描かれた後、街に出たロイドは急停車したトラックにぶつかりそうになって靴が脱げた令嬢バーバラ(バーバラ・ケント)に手を貸し一目惚れ、尊敬する老人エンディコットの励ましで皮革業の文化的重要性を説くスピーチを特訓し、店の顧客リストから上流階級のパーティーに潜り込む計画を立てて皮革業者ジョーンズを名乗り、バーバラと再会します。バーバラはロイドを覚えていて良いムードになりますが、バーバラから週末には本土に帰国すると聞いて考えこみます。バーバラの父はロイドの勤める店の社長タナーですがロイドに面識はないので何とか実業家と信じこませ、パーティーを何とか切り抜けます。映画はここまでで30分です。ロイドは自信をつけて仕事に身が入りますがバーバラの母タナー夫人が女性客になり、バーバラの出現に動揺したロイドはタナー夫人に滅茶苦茶な接客をして怒らせてしまいます。ロイドはバーバラの見送りに港を訪れ、タナー夫人にどこかで……と不審がられますがロイドを実業家と思っているタナー社長とバーバラはロイドを偶然アメリカ本土に帰国する船に乗り合わせたと喜んで歓迎し、言い出せないまま船は出航しロイドは密航者になってしまいます。どうにか夜間はデッキに隠れて眠ったロイドはデッキで朝食をとるバーバラに「朝食は取らない主義なんだ」と注文しないのをごまかし、バーバラに冗談混じりに朝食をつまみ食いしますが、朝食後自分の記事が載った新聞が売られているのに気づいて買い占め、海中に投じようとしますが海風でデッキ中に散らかってしまい回収にひと苦労し、さらに船内をくまなく探してすでに乗客の手に渡っている分を奇策に次ぐ奇策で回収します。ここまでで映画は1時間です。晩餐会にタキシード着用と知ったロイドは船酔いで晩餐会に出ないタキシードの客に食あたりの冗談を話して代わりに出ようと持ちかけたり、更衣室で着替えをしている男二人と三角交換でタキシードをごまかしたりしてタキシードを入手しますが、デッキのシートでくるまって寝ている最中を船員たちに見つかり密航者としてマークされます。タナー夫人はロイドが店員と確信し、タナー社長はロイドと交換した葉巻が花火で爆発したので仰天します。ロイドはバーバラと話しに行きますがタナー社長は明日ロサンゼルスで靴の大口取引があり入札が間に合わないとお冠り、ロイドは船上からの貨物便の飛行機に小麦袋に入って乗りこみますが到着した袋は高層ビルの引き上げ台に乗せられ、袋から出たロイドは横転しそうな台から窓枠の幌につかまり、幌が破れる寸前に窓枠につかまりますが狭い格子窓で入れず、上の階に登って窓を破りますが窓枠ごとひっくり返り、とっさにつかんだ消防ホースが延びきるまで落ちたところでホースが放水を始めてぐるぐる回転し、ホースが切断されて台に落ち、窓から入ろうとした部屋のゴリラの剥製に総毛立ってひっくり返り、台を釣るロープを伝ってようやく屋上まで登り、ふらふらの状態でハッと気づいて縁から屋上の出入り口に走りますが作業員たちのボクシングの話題でパンチの実演をくらって足にロープが巻きついたまま転落し、ロープは作業員のうち一人の男の足に巻きついていたので地上ぎりぎりで止まり、助けを呼ぶ大声を上げるロイドのまわりに人だかりができます。入札に間に合ったロイドは本土の店の店長に昇進し、バーバラと語り合いながら歩いていてペンキの缶を蹴ってしまい、ふたりともペンキまみれになるオチで映画は終わります。
日本公開時のキネマ旬報に「『危険大歓迎』に次ぐハロルド・ロイド氏の主演映画で、ストーリーは『田吾作ロイド一番槍』『スピーデイ』の原作者の1人ジョン・W・グレイ氏とアル・コーン氏及びクライド・ブラックマンが執筆し、それに基き『危険大歓迎』の共同原作者たるフェリックス・アドラー氏とレックス・ニール氏とが脚色し、ポール・ジェラード・スミス氏が台詞をつけ、『危険大歓迎』の共同監督者クライド・ブラックマン氏が監督したもの。主演者を助けて『危険大歓迎』のバーバラ・ケント嬢、ノア・ヤング氏、ロバート・マクウェード氏、リリアン・レイトン嬢その他が出演。キャメラは『危険大歓迎』『田吾作ロイド一番槍』と同じくウォルター・ランディン氏とヘンリー・コーラー氏との担任。」と紹介された本作は製作費64万7,353ドル、興行収入未発表ですが次作『ロイドの活動狂』が制作費67万5,353ドル、アメリカだけで興行収入(純益)143万9,000ドル以上ですから相応のヒット作になったと思われます。本作は『危険大歓迎』の反省を生かして30分ずつ4部の構成だった(サイレントだったら4部構成でももっと引き締まったがトーキーでは冗漫になった)のを30分ずつ3部の構成にし、これは次作『ロイドの活動狂』でも踏襲される通りトーキー作品でテンポの良い、締まった展開にするための工夫で成功しています。しかし本作の内容はいまいち焼き直し観があり、恋のために見栄を張って身分をごまかす前半2部はこれまでのロイド作品で既視感だらけですし、ハワイという設定も単に船に密航する羽目になるのとロサンゼルスの市場の入札に間に合わなくなる、という距離をつくるだけで、ハワイではなくどこか別の遠隔地でもいいような作りです。第1部ハワイ編、第2部密航編、第3部でクライマックスがロサンゼルス到着編で、ズタ袋に入って船からの貨物飛行機に潜り込んだロイドは気づくと高層ビルの貨物台に乗せられてビル壁の中腹にいる、というところから、悲鳴や効果音、他の人物の台詞は入りますが内容的にはサウンド版程度で、代表作『要心無用』のクライマックスのビル登りのトーキー版リメイクになる。さすがに特殊効果や合成技術も使っていますが、それでもスタントなしにビル壁の転落すれすれの体を張ったギャグをこなしていて、ギャグも『要心無用』とは似ていても重ならないような工夫があり、ゴリラの剥製に総毛立つカットなど文字通りロイドの髪が逆立つというマンガ的表現を映像化していて当時の観客にはさぞかし受けたと思われます。しかし「入札のため貨物に紛れてロサンゼルスに飛ぶ」となぜか「高層ビルの貨物運搬台で高所に運ばれている」は飛躍もはなはだしく突飛すぎる展開なので、本作を『要心無用』のリメイクのためのリメイクにとどめています。それでもこのビル登りはロイドのトレード・マークなので本作の見応えはそこにあり、『要心無用』の斬新さには及びませんが本作を先に観ればこのビル登りは現代映画のようなトリック撮影ではない(『要心無用』に較べれば一部使われていますが)だけに圧巻でしょうが、時計の針をつかんだら文字盤が剥がれてぶら下がって危機一髪の『要心無用』ほどの鮮烈なイメージは生んでいない、というのはロイド映画に対する後世の観客の欲目で、本作公開時の観客は『要心無用』のトーキー版の再現(本作の原題『Feet First』はロイドが靴屋を演じる内容に即すとともに、『要心無用』の原題『Safty Last!』に引っかけてあるでしょう)に喜んだと思われ、おそらくそれに不満だったのは他ならぬロイド本人だったと思われ、その積み重ねがロイドに引退を決意させたと思われるのです。
●6月14日(木)
『ロイドの活動狂』Movie Crazy (ハロルド・ロイド・コーポレーション=パラマウント'32)*96min, B/W : https://youtu.be/Z-iEomzHDtQ
○本国公開1932年9月23日、監督=クライド・ブルックマン、共演=コンスタンス・カミングス
○カンザスに住むハロルド・ホールの夢は映画俳優になること。ちょっとした手違いで映画会社のオーディションを受けることになった彼は一路ハリウッドへ。だが彼にあるのは演技の才能ではなくトラブルを引き起こす才能。撮影を滅茶苦茶にして主演男優を叩きのめしてしまうが、そんな彼に思わぬチャンスが訪れる。
本作もやはりハロルド・ロイド財団スーザン・ロイド監修・2002年のクレジットに続いてUCLA所蔵フィルムとクレジットが出ますが、クレジット・タイトルの画調から所蔵年度は前2作より古いようです。映画はパラマウントのTMタイトルからタイトル、クレジットが終わると家の中で演技の練習をするロイドが両親に顰蹙を買っている場面から始まり、ジャネット・ゲイナー版『スター誕生』みたいな雰囲気(あちらはカラーですが)になりますが、『スター誕生』は'37年作品ですからこっちが先ですし設定としてはありふれたものでしょう。さて、プラネット・フィルム・カンパニーの撮影所の俳優応募にやってきたロイドは撮影見学中に通行人のエキストラに呼ばれてしくじり、積まれたバケツの山はひっくり返るわ鶏小屋の鶏は逃げ出すわで大騒ぎを起こし、通りかかった恰幅のいい男と風で飛んだ帽子を取り違えて踏み抜き、プラネット社に着くとその局長がさっきの男と気づいて逃げ出しますがスタッフに連れられて一応テストの約束は済ませて出てきます。外は突然のどしゃ降りで排水溝の格子に片足の靴を取られたロイドは流れる靴を追いかけて、オープンカーに乗ろうとしてドアが開かず四苦八苦している女優のメアリー(コンスタンス・カミングス)を手助けしようとしてオープンカーの幌を組み立てようとして壊してしまい、責任は取ると傘をさしかけて運転し警官とケンカし、どうにかメアリーを家まで送ります。ここまでで映画は30分です。メアリーは窓からどしゃ降りの中往生しているロイドに雨宿りさせ、ロイドがいる最中に二枚目スター俳優のヴァンスが酔って「俺はもう駄目だ」と愚痴るのを慰める一方、生真面目で礼儀正しいのにトラブルメイカーのロイドを気に入り「ハリウッドに50人の美女がいてもあなたみたいに変な人は1人だけよ」と励まします。翌日ロイドはさんざん駄目出しされながらスクリーン・テストを受けて匙を投げられ、ロイドはエキストラをした時のスペイン系主演女優に好意的な声をかけられますが素面のヴァンスとばったり会い「メアリーに近づくな」と脅されます。ロイドはスペイン女優に花束を贈ろうとしますが花束だらけだからと受け取ってもらえず、メアリーの家に行き花束を贈ろうとしますがメアリーは「お下がりなんか結構よ!」と激怒し、ロイドは思わずメアリーにキスしてしまいます。ロイドはスペイン女優にメアリーからもらったピンをあげてしまっていたので返してもらおうとしますが、車に乗らないと返さないと言われスペイン女優の車に乗るものの誘惑されそうになっただけでピンは返してもらえません。困ったロイドはオーディション仲間からピンをピーナッツ屋台に投げていたと聞き、屋台で探し出してメアリーに取り返してきたと自信満々に報告しますが、メアリーはスペイン女優の車にロイドが乗るのを見た、二度と来ないでと言い渡します。ここまでで映画は1時間目です。メアリーは詫びに来たロイドの来訪に女中に「話すことは何もありません」と伝言を書いて女中に渡させますが、ロイドは伝言を見ず裏面が映画界のパーティーの招待状だったのでパーティーに出て失敗続きで客たちの怒りを買い、メアリーから招待されたと答えますがちょうどヴァンスとともに到着したメアリーに呼んでいないとはっきり言われてつまみ出されます。ロイドは招待状と思っていたのが絶交状と気づいて去り、メアリーに別れを告げにきますが待機中の撮影セット内でヴァンスに叩きのめされつづらの中で気を失います。撮影が始まりメアリーは失神中、周りは悪党だらけというクライマックスの撮影で銃声で飛び起きたロイドは失神したメアリーを見るや悪党どもを叩きのめし、ロイドに殴りかかってくるヴァンスと対決し、仕掛けだらけのセットの中で最後は壁が割れて水びたしになりながらヴァンスを倒して茫然とするスタッフのひとりにつまみ出されて映画のセットだったと気づいて去ろうとし、メアリーが追おうとしますが、撮影見学に来ていた老会社社長がメアリーを呼びとめてロイドを絶賛し、契約していないのならすぐに正式契約しようと言いメアリーはロイドにチャンスよ、とうながしますが、ロイドは撮影だと知らずにやったと正直に話してしまいます。演技じゃなかったのかと老社長が去り、ロイドはカンザスに帰るよとメアリーに告げますが、あなたみたいに心配な人は放っておけないからずっと私だけのそばにいて、とメアリーに引き止められます。するとすぐにまた老社長から呼び出しがあり、演技であろうとなかろうとあれほど面白いものはなかった、契約しようと申し出されます。老社長は局長にロイドとの契約を命じて去り、ロイドはまた局長と帽子を取り違えそうになり、メアリーと出て行きドアを閉めると曇りガラス戸が観葉植物の鉢に当たって大破してしまいます。ハート型に割れたガラス戸からロイドとメアリーが局長にあいさつして映画は終わります。
日本公開時のキネマ旬報に「『足が第一』に次ぐパロイド・ロイド主演喜劇で、例によってクライド・ブラックマンが監督したもの。原作はアグネス・クリスティン・ジョンストンがトイド喜劇専属のジョン・W・グレイ及びフェルックス・オルダーと共同して書卸し、『失われた抱擁』『赤新聞』とヴィンセント・トーレンスが脚色して台詞をつけ、監督ブラックマンが同じく専属のレックス・ニール及びフランク・デイリと共同して撮影台本を作った。カメラも専属のウォルター・ランディンがクランクしている。助演者は『犯罪者の掟』『ラスト・パレイド』のコンスタンス・カミングス、『新聞街の殺人』『天才の妻』のケネス・トンプソンを始め、シドニー・ジャーヴィス、エディ・フェザーストン、ロバート・マクウェード、ルイズ・クロッサー・ヘイル等である。」と紹介された本作は製作費67万5,353ドル、アメリカだけで興行収入(純益)143万9,000ドル以上の大ヒット作となり、批評はトーキー以降の前2作以上の好評を博しました。本作は『危険大歓迎』『足が第一』のバーバラ・ケントからコンスタンス・カミングスにヒロインが変わっていてカミングスの起用は本作きりですが、感情表現の幅が広い良い女優で、映画界ものでもありますが『猛進ロイド』以降のロマンティック・コメディ路線をトーキー作品では初めて踏襲した作品で、ロイド自身の分類で「Gag Pictures」と「Character Pictures」に分けるならサイレント末期の『田吾作ロイド一番槍』がキャラクター映画で、『ロイドのスピーディー』、トーキーになって『危険大歓迎』『足が第一』の3作ギャグ映画が続いて、ひさしぶりのキャラクター映画で、それが本作を情感とギャグの調和のとれたトーキー作品中の秀作にしています。大きく分けると本作も30分ずつの3部構成ですが、それぞれの部が前半・後半に分かれて前半部、中盤部、後半部ともに展開があり、パーティー場面が中だるみしていて本作の弱点になっていますが、これが後半部の前半で後半のほぼサイレント的な大格闘のクライマックスの前振りになりますから構成上やむを得ない弱点とも言えるでしょう。クライマックスの格闘は大胆に思い切ったサイレント趣向の内容と演出ですが、ひたすら無言の格闘であることが本作ではちゃんと筋が通っているので浮き上がってはいません。これも適宜台詞を入れようとして冗長になっていた『危険大歓迎』、いきなり『要心無用』から取ってつけたサイレント的大クライマックスになっていた『足が第一』から進んで、ロイド映画の長所を生かしてすんなりトーキー作品に消化した仕上がりで、やはりそれは『猛進ロイド』『ロイドの人気者』『田吾作ロイド一番槍』路線のキャラクター映画=ロマンティック・コメディ作品がトーキーでは馴染んだ、ということでしょう。最初からトーキーでその路線を試さなかったのは、ロイドとしてはギャグ作品でまず勝負してトーキーの成果を試したかったというのもあるでしょうし、トーキーのロマンティック・コメディでは喜劇畑のロイドよりドラマ作品の俳優に利がある、とあえて控えていたのかもしれません。また本作が成功作になってもこの路線はギャグ映画路線より類似したようなパターンのくり返しになる恐れが強く、本作以降毎回ヒロインを変えるのも1作毎に変化をつけたかったからでしょう。サイレント時代最盛期に年間2作の長編を発表していたのがトーキー以降は2年に1作ペースになったのも安定した大家であるとともにロイド自身が引退までのゆるやかな下降を望んでいたように思え、トーキー以降かえって年間2作ペースの主演作が作られ消耗品のように'33年には契約を切られてしまうキートンとの対照ともども時代の変化を痛感させられるのです。
またチャップリンがトーキーに対応する手法の考案までトーキー作品を製作せず、監督権を失ったキートンが強制され、自己プロデュースを貫いたロイドさえも手こずったのは、台詞の間合いの必要からサイレント時代には簡潔に済んだカット割りが台詞の長さ分間延びするのを避けられなくなったことで、サイレントからトーキーに改作する製作過程を経た『危険大歓迎』はロイド長編最長の115分に上り、続く『足が第一』『ロイドの活動狂』ではテンポの良い90分前後の長さに仕上げるためハイライト部分、クライマックス部分はサウンド(効果音、音楽)はあっても台詞を排したシーンにする工夫で乗り切っていくことになります。つまりドラマ部分はトーキー、ハイライトやクライマックス部分はサウンド版サイレントという折衷が図られて、意図的にこの手法でロイドは引退作『ロイドのエヂプト博士』'38までを乗り切り、一方そうした配慮を得られなかったキートンは作品を重ねるごとにジリ貧状態に陥って'33年の『キートンの麦酒王』で大手MGMの契約を破棄され、'34年にフランス、'36年にイギリス、またロイドに1作きりの復帰作でプレストン・スタージェス監督の『ハロルド・ディドルボックの罪(The Sin of Harold Diddlebock)』'47があるように、戦後'46年にメキシコで主演作がありますが、いずれも製作国のみの公開で終わりました。ロイドは自己プロデュースを貫いただけに面目を保つに値するトーキー作品を製作し続けて人気を保ったうちに引退しましたが、トーキー作品から観れば十分面白く観られるものの、サイレント時代の長編作品を観てしまうとロイドのトーキー作品は全体的にはサイレント時代の作品の焼き直しという観が否めず、それでもヒットしたのはロイドの人気の根強さ、作品の質の安定に加えトーキーがまだ観客にとって新鮮なもので、ロイドの肉声が聞けるのを観客が喜んで迎えたからに他ならないでしょう。なお今回も作品紹介は、9枚組ボックス『ハロルド・ロイド・コレクション』の簡潔なあらすじを転用させていただきました。
●6月12日(火)
『危険大歓迎』Welcome Danger (ハロルド・ロイド・コーポレーション=パラマウント'29)*115min, B/W : https://youtu.be/SZz7Ftya570
○本国公開1929年10月12日、監督=クライド・ブルックマン、共演=バーバラ・ケント
○警察署長だった亡き父の功績を買われ、植物学者のブレッドソーがサンフランシスコ第3分署に雇われることに。その頃サンフランシスコの中華街では正体不明のボス、ドラゴンが支配する麻薬組織が暗躍していた。彼は最新の捜査手法の指紋採取を利用すると、ドラゴンの正体を暴くべく危険な捜査を開始する……。
冒頭に例によってハロルド・ロイド財団スーザン・ロイド監修・2002年のクレジットに続いてUCLA所蔵フィルムとクレジットが出るロイドの初トーキー作品になった本作は、115分とロイド作品最長の尺になりましたが、本作は当初前2作『田吾作ロイド一本槍』『ロイドのスピーディー』のテッド・ワイルドの監督で撮影が開始され、ワイルドの病気によりクライド・ブルックマンの監督に交替したそうです。ブルックマンはキートンの初長編『滑稽恋愛三代記』'23から初期5作の長編の脚本と1作の原作、『キートン将軍』'26ではキートンと共同監督を勤め、ロイド作品にも『ロイドの人気者』'25以降ブレインとなっていた脚本家出身の監督で、俳優・監督の分業化・専門化が進んだトーキー以後もキートン作品、ロイド作品を担当していくことになります。パラマウントのTMタイトルからタイトル、クレジットが終わると、ファースト・ショットはサイレント映画以来の伝統で突進してくる汽車。園芸新聞に顔を突っこんで見入るロイド、カメラが引くと他人の新聞、といういつものロイドの手口で始まり、汽車の発車待ちにいったん降りたロイドは通路を通る道すがら他人のチェスをチェックメイトしたり、ぐする赤ん坊の鼻をつまんで泣きやませたり、マッチがつかない男の手助けしたりといった調子。一方ヒロインのビリー(バーバラ・ケント)は駅構内の自動写真ボックスで写真を撮りますがつかえて出てこないのであきらめます。次に入ったロイドは出てきた写真が見知らぬ女との2ショットなので驚きますが、気に入って持ち歩くことにします。ロイドが戻ると汽車は故障修理のため出発が遅れていて、ロイドがぶらぶらしているうちに発車してしまいます。ロイドが仕方なく歩き出すと自家用車を修理している煤だらけのバーバラに出会います。旧知のバーバラにロイドは「美人だろう」と先ほどの写真を見せます。バーバラは気づきますが知らないふりをします。サンフランシスコに向かうバーバラにロイドは同乗させてもらうことにしますが車の調子はやはり悪く、テントを張って休み休み食事休憩をしながら修理を続けますが、汚れを落として現れたバーバラを写真の美女と気づいたロイドは慌てて逃げ出し、バーバラに追いかけられてそれまでの乱暴な態度を謝ります。次のカット、牛に自動車を牽かせて駅に着いたロイドはバーバラの見送りで汽車に乗りこみ別れを惜しみます。ここまでで映画は30分かかっています。サンフランシスコの警察署、「ドラゴンに対する警察の不手際に/市民から不満の声」。そこにロイドが到着し、署長室に乗りこみます。そこで植物学者の知識を生かして指紋照合術に取り組んだロイドはがぜん張り切って指紋採取を始め、署内をくまなく指紋採取して大混乱に陥れます。今回のロイドもまたとんちんかんな世間知らずというキャラクターということになります。町の有力者ソーンが訪ねて来た時に来客簿に残した指紋を警官たちはロイドをかつごうと中華街の裏のボス、ドラゴンの指紋と言って渡し、ロイドは署長にソーンと引き合わされるとこっそり帽子のつばに触らせて指紋採取し、中華街に赴く途中、弟の足の怪我の治療のためにサンフランシスコに到着していたバーバラと再会します。警邏中の警官クランシーに目的を告げたロイドはどの店を覗いても乱闘中の中華街をひょいひょい調べて回り、売り物ではないという珍しい品種の花の株を無理やりお金を渡して買い取り、バーバラとバーバラの弟を見舞いに行きます。そこでバーバラの弟の担当老医師カウはロイドの持っていた花の株に驚愕し、誰にも口外しないこと、と念を押してロイドから花の株を預かります。ロイドはバーバラを口説こうとしますが、ラジオのニュースで先ほどのカウ先生がギャングに誘拐され安否は絶望的、と知りバーバラは「弟の足はどうなるの!」と取り乱します。ここまでで映画は1時間かかっています。中華街に着いたロイドはクランシーからカウ先生の誘拐以来大混乱で多数の死者が出ているのをロイドに知らせます。どの店を覗いても死者だらけでお化け屋敷状態の中華街をロイドはおっかなびっくり調べ、生存者を発見するごとに死体、というギャグのくり返しが続き、心配したクランシーとの鉢合わせから合流した二人は倉庫の捜索中に勘違いから大慌てになり(このシークエンスでは真っ暗な画面に台詞だけが流れる、という手法が多用されます)、やがて倉庫に閉じ込められてしまったのに気づきます。あちこち真っ暗な倉庫の中で誘拐されたカウ先生の診療用具を見つけたロイドはクランシーと倉庫奥の隠れ家にたどり着きます。ここまでで映画は1時間半かかっています。隠れ家の男たちをおびき出してのしたロイドたちは縛られているカウ先生を発見しますが、カウ先生を担いだクランシーはロイドが出口を探っているうちにふたたびさらわれてしまいます。ロイドは悪党たちのアジト内に潜入し、カウ先生とクランシーを殺そうとしている悪党たちを混乱に陥れてクランシーともどもカウ先生を救出しようとして、すんでのところでまた医師をさらわれてしまいます。警察署に着いたロイドはドラゴンの指紋を追って中華街でカウ先生を救出に行ったと報告しますが、あれはソーンの指紋でお前を担いだんだと嘲笑されてしまいます。ロイドは現場から奪ってきた花の株と、格闘した時にロイドの額についた指紋からドラゴンをソーンと知りますが、署長を始め誰も信じてくれません。ロイドは単身ソーンの邸宅に乗りこんで対決し、カウ先生の居場所を訊きだそうとして追い詰めますが、いま一歩のところでソーンが呼んだ警官隊に邪魔され、ロイドはソーンを拉致して書斎のプレス機で頭を挟んでカウ先生の所在は書斎の戸棚の中と吐かせ、突入した警官隊にカウ先生は「こいつがソーンだ」と証言、動かぬ証拠にソーンはようやく引っ立てられてロイドは署長に陳謝され、バーバラがロイドを出迎えて、二人は愛を誓いあいます。
日本公開時のキネマ旬報に「『スピーディー』に次ぐハロルド・ロイド氏の主演映画で『田吾作ロイド1番槍』『スピーディー』の原作者レックス・ニール氏とフェリックス・アドラー氏、クライド・ブラックマン氏が合作でストーリーを組み立てたものをロイド氏の片腕として『田吾作ロイド1番槍』や『スピーディー』の監督に常つたテッド・ワイルド氏が『キートン将軍』『無理矢理仰天黒手組』のクライド・ブラックマン氏と共同監督したもので主演者のほかに『都会の哀愁』『暇の時』のバーバラ・ケント嬢、ノア・ヤング氏、チャールズ・ミドルトン氏、ウィリアム・ウォーリング氏が出演している。カメラは『スピーディー』『田吾作ロイド1番槍』等のウォーター・ランディン氏とヘンリー・コーラー氏が担任。」と紹介された本作は製作費97万9,828ドル、興行収入300ドルの大ヒット作になりました。しかし製作費が高くついたため純益では同程度の興行収入のヒット作に及ばなかったのは前書きに書いた通りです。また、キネマ旬報の記載からはパラマウント社からは本作がテッド・ワイルドとクライド・ブルックマンの共同監督というインフォメーションが日本のパラマウント支社に送られてきていた事情がわかります。内容を追った際に時間経過を書いた通り本作は30分ずつ4部の構成を持っており、これはサイレント作品として完成されたものをトーキー化したため起こったテンポの低下と見るべきで、ダビング不可能な場面は真っ暗闇で台詞だけのやり取りで補うなど苦肉の策がうかがえますが、それを自然な流れにしているのはロイド作品の製作チームのセンスの良さとプロデューサーのロイドのトーキー作品把握の確かな機敏さを感じます。キートン作品ではキートンが監督権を奪われてしまっていたため、キートン以外の人物の台詞の洪水のようなトーキー作品になってしまったのです。それでも本作はサイレント時代の作品から続けて観てくると、台詞のための間をとるべくショットの長さが長く、カット割りのテンポが遅くなり、映画全体がサイレント作品のロイド映画よりも間延びしたものになっている。本作はロイドのトーキー作品第1作として鳴り物入りで公開され、それは1本の映画を作るのに予定より1.5倍以上は手間と予算がかかったのを回収するためでもあったでしょうし、カラー・パンフレットやカラー・ポストカードが入場者特典として作られたそうですが、幾分は作品の冗漫な出来を観客に気づかせず、2時間近い大作をたっぷり楽しんだ気にさせるための特典つき上映だったとも思え、製作過程を考えればサイレント作品として完成したものをよくぞここまで自然なトーキー作品に仕立て直したと思いますが(本作はサイレント版のままのプリントも現存していますがサイレント版は試写のみで公式には未公開なので上映機会は少なく、筆者は未見です)、トーキー作品としての本領は最初からトーキー作品として製作された次作『足が第一』から、と見る方が良いでしょう。単独に観れば十分面白い映画ですが、サイレント作品からのギャップをもっとも感じさせるのも本作で、興行収入は300万ドルのロイド作品最大の数字になったのは期待値も大きかったためと思われるだけに皮肉にも感じられます。
●6月13日(水)
『ロイドの足が第一』Feet First (ハロルド・ロイド・コーポレーション=パラマウント'30)*91min, B/W : https://youtu.be/rvmA3Tmpze8
○本国公開1930年12月8日、監督=クライド・ブルックマン、共演=バーバラ・ケント
○ハワイの靴屋で働くうだつの上がらないハロルド。ある日、令嬢バーバラに一目惚れし、彼女と釣り合う男になろうと一念発起。自己啓発セミナーで自信をつけて、セレブの集まるパーティーに潜り込む。そこで運良くバーバラと再会したハロルドだが、皮革業で成功した実業家のフリをしてしまったから大変!なりゆき上、アメリカ本土に帰るバーバラに同行することになり、チケットもないのにロサンゼルス行きの船に乗船、波乱尽くしの旅に出る……。
今回は最初からクライド・ブルックマン監督のトーキー作品として製作、やはりハロルド・ロイド財団スーザン・ロイド監修・2002年のクレジットに続いてUCLA所蔵フィルムとクレジットが出ます。映画はパラマウントのTMタイトルからタイトル、クレジットが終わると、新聞広告「ホノルル中がターナーを履いて歩く」を切り抜いた社長が「世界中がターナーの靴を履いて歩くのでなければならん!」と店長に檄を飛ばし、続いて女性の脚に「この靴は4Aと申しまして、当店の最高級品で……」とぎこちなく靴を脱がせ履かせしていると店長が「何をしとる!」カメラが引くとロイドの相手は脚だけのマネキンなのが映り、「販売の練習を……」「いいから店頭に立て!」と本作もいつもの調子ではじまります。接客でひとしきりロイドの奮闘ぶりが描かれた後、街に出たロイドは急停車したトラックにぶつかりそうになって靴が脱げた令嬢バーバラ(バーバラ・ケント)に手を貸し一目惚れ、尊敬する老人エンディコットの励ましで皮革業の文化的重要性を説くスピーチを特訓し、店の顧客リストから上流階級のパーティーに潜り込む計画を立てて皮革業者ジョーンズを名乗り、バーバラと再会します。バーバラはロイドを覚えていて良いムードになりますが、バーバラから週末には本土に帰国すると聞いて考えこみます。バーバラの父はロイドの勤める店の社長タナーですがロイドに面識はないので何とか実業家と信じこませ、パーティーを何とか切り抜けます。映画はここまでで30分です。ロイドは自信をつけて仕事に身が入りますがバーバラの母タナー夫人が女性客になり、バーバラの出現に動揺したロイドはタナー夫人に滅茶苦茶な接客をして怒らせてしまいます。ロイドはバーバラの見送りに港を訪れ、タナー夫人にどこかで……と不審がられますがロイドを実業家と思っているタナー社長とバーバラはロイドを偶然アメリカ本土に帰国する船に乗り合わせたと喜んで歓迎し、言い出せないまま船は出航しロイドは密航者になってしまいます。どうにか夜間はデッキに隠れて眠ったロイドはデッキで朝食をとるバーバラに「朝食は取らない主義なんだ」と注文しないのをごまかし、バーバラに冗談混じりに朝食をつまみ食いしますが、朝食後自分の記事が載った新聞が売られているのに気づいて買い占め、海中に投じようとしますが海風でデッキ中に散らかってしまい回収にひと苦労し、さらに船内をくまなく探してすでに乗客の手に渡っている分を奇策に次ぐ奇策で回収します。ここまでで映画は1時間です。晩餐会にタキシード着用と知ったロイドは船酔いで晩餐会に出ないタキシードの客に食あたりの冗談を話して代わりに出ようと持ちかけたり、更衣室で着替えをしている男二人と三角交換でタキシードをごまかしたりしてタキシードを入手しますが、デッキのシートでくるまって寝ている最中を船員たちに見つかり密航者としてマークされます。タナー夫人はロイドが店員と確信し、タナー社長はロイドと交換した葉巻が花火で爆発したので仰天します。ロイドはバーバラと話しに行きますがタナー社長は明日ロサンゼルスで靴の大口取引があり入札が間に合わないとお冠り、ロイドは船上からの貨物便の飛行機に小麦袋に入って乗りこみますが到着した袋は高層ビルの引き上げ台に乗せられ、袋から出たロイドは横転しそうな台から窓枠の幌につかまり、幌が破れる寸前に窓枠につかまりますが狭い格子窓で入れず、上の階に登って窓を破りますが窓枠ごとひっくり返り、とっさにつかんだ消防ホースが延びきるまで落ちたところでホースが放水を始めてぐるぐる回転し、ホースが切断されて台に落ち、窓から入ろうとした部屋のゴリラの剥製に総毛立ってひっくり返り、台を釣るロープを伝ってようやく屋上まで登り、ふらふらの状態でハッと気づいて縁から屋上の出入り口に走りますが作業員たちのボクシングの話題でパンチの実演をくらって足にロープが巻きついたまま転落し、ロープは作業員のうち一人の男の足に巻きついていたので地上ぎりぎりで止まり、助けを呼ぶ大声を上げるロイドのまわりに人だかりができます。入札に間に合ったロイドは本土の店の店長に昇進し、バーバラと語り合いながら歩いていてペンキの缶を蹴ってしまい、ふたりともペンキまみれになるオチで映画は終わります。
日本公開時のキネマ旬報に「『危険大歓迎』に次ぐハロルド・ロイド氏の主演映画で、ストーリーは『田吾作ロイド一番槍』『スピーデイ』の原作者の1人ジョン・W・グレイ氏とアル・コーン氏及びクライド・ブラックマンが執筆し、それに基き『危険大歓迎』の共同原作者たるフェリックス・アドラー氏とレックス・ニール氏とが脚色し、ポール・ジェラード・スミス氏が台詞をつけ、『危険大歓迎』の共同監督者クライド・ブラックマン氏が監督したもの。主演者を助けて『危険大歓迎』のバーバラ・ケント嬢、ノア・ヤング氏、ロバート・マクウェード氏、リリアン・レイトン嬢その他が出演。キャメラは『危険大歓迎』『田吾作ロイド一番槍』と同じくウォルター・ランディン氏とヘンリー・コーラー氏との担任。」と紹介された本作は製作費64万7,353ドル、興行収入未発表ですが次作『ロイドの活動狂』が制作費67万5,353ドル、アメリカだけで興行収入(純益)143万9,000ドル以上ですから相応のヒット作になったと思われます。本作は『危険大歓迎』の反省を生かして30分ずつ4部の構成だった(サイレントだったら4部構成でももっと引き締まったがトーキーでは冗漫になった)のを30分ずつ3部の構成にし、これは次作『ロイドの活動狂』でも踏襲される通りトーキー作品でテンポの良い、締まった展開にするための工夫で成功しています。しかし本作の内容はいまいち焼き直し観があり、恋のために見栄を張って身分をごまかす前半2部はこれまでのロイド作品で既視感だらけですし、ハワイという設定も単に船に密航する羽目になるのとロサンゼルスの市場の入札に間に合わなくなる、という距離をつくるだけで、ハワイではなくどこか別の遠隔地でもいいような作りです。第1部ハワイ編、第2部密航編、第3部でクライマックスがロサンゼルス到着編で、ズタ袋に入って船からの貨物飛行機に潜り込んだロイドは気づくと高層ビルの貨物台に乗せられてビル壁の中腹にいる、というところから、悲鳴や効果音、他の人物の台詞は入りますが内容的にはサウンド版程度で、代表作『要心無用』のクライマックスのビル登りのトーキー版リメイクになる。さすがに特殊効果や合成技術も使っていますが、それでもスタントなしにビル壁の転落すれすれの体を張ったギャグをこなしていて、ギャグも『要心無用』とは似ていても重ならないような工夫があり、ゴリラの剥製に総毛立つカットなど文字通りロイドの髪が逆立つというマンガ的表現を映像化していて当時の観客にはさぞかし受けたと思われます。しかし「入札のため貨物に紛れてロサンゼルスに飛ぶ」となぜか「高層ビルの貨物運搬台で高所に運ばれている」は飛躍もはなはだしく突飛すぎる展開なので、本作を『要心無用』のリメイクのためのリメイクにとどめています。それでもこのビル登りはロイドのトレード・マークなので本作の見応えはそこにあり、『要心無用』の斬新さには及びませんが本作を先に観ればこのビル登りは現代映画のようなトリック撮影ではない(『要心無用』に較べれば一部使われていますが)だけに圧巻でしょうが、時計の針をつかんだら文字盤が剥がれてぶら下がって危機一髪の『要心無用』ほどの鮮烈なイメージは生んでいない、というのはロイド映画に対する後世の観客の欲目で、本作公開時の観客は『要心無用』のトーキー版の再現(本作の原題『Feet First』はロイドが靴屋を演じる内容に即すとともに、『要心無用』の原題『Safty Last!』に引っかけてあるでしょう)に喜んだと思われ、おそらくそれに不満だったのは他ならぬロイド本人だったと思われ、その積み重ねがロイドに引退を決意させたと思われるのです。
●6月14日(木)
『ロイドの活動狂』Movie Crazy (ハロルド・ロイド・コーポレーション=パラマウント'32)*96min, B/W : https://youtu.be/Z-iEomzHDtQ
○本国公開1932年9月23日、監督=クライド・ブルックマン、共演=コンスタンス・カミングス
○カンザスに住むハロルド・ホールの夢は映画俳優になること。ちょっとした手違いで映画会社のオーディションを受けることになった彼は一路ハリウッドへ。だが彼にあるのは演技の才能ではなくトラブルを引き起こす才能。撮影を滅茶苦茶にして主演男優を叩きのめしてしまうが、そんな彼に思わぬチャンスが訪れる。
本作もやはりハロルド・ロイド財団スーザン・ロイド監修・2002年のクレジットに続いてUCLA所蔵フィルムとクレジットが出ますが、クレジット・タイトルの画調から所蔵年度は前2作より古いようです。映画はパラマウントのTMタイトルからタイトル、クレジットが終わると家の中で演技の練習をするロイドが両親に顰蹙を買っている場面から始まり、ジャネット・ゲイナー版『スター誕生』みたいな雰囲気(あちらはカラーですが)になりますが、『スター誕生』は'37年作品ですからこっちが先ですし設定としてはありふれたものでしょう。さて、プラネット・フィルム・カンパニーの撮影所の俳優応募にやってきたロイドは撮影見学中に通行人のエキストラに呼ばれてしくじり、積まれたバケツの山はひっくり返るわ鶏小屋の鶏は逃げ出すわで大騒ぎを起こし、通りかかった恰幅のいい男と風で飛んだ帽子を取り違えて踏み抜き、プラネット社に着くとその局長がさっきの男と気づいて逃げ出しますがスタッフに連れられて一応テストの約束は済ませて出てきます。外は突然のどしゃ降りで排水溝の格子に片足の靴を取られたロイドは流れる靴を追いかけて、オープンカーに乗ろうとしてドアが開かず四苦八苦している女優のメアリー(コンスタンス・カミングス)を手助けしようとしてオープンカーの幌を組み立てようとして壊してしまい、責任は取ると傘をさしかけて運転し警官とケンカし、どうにかメアリーを家まで送ります。ここまでで映画は30分です。メアリーは窓からどしゃ降りの中往生しているロイドに雨宿りさせ、ロイドがいる最中に二枚目スター俳優のヴァンスが酔って「俺はもう駄目だ」と愚痴るのを慰める一方、生真面目で礼儀正しいのにトラブルメイカーのロイドを気に入り「ハリウッドに50人の美女がいてもあなたみたいに変な人は1人だけよ」と励まします。翌日ロイドはさんざん駄目出しされながらスクリーン・テストを受けて匙を投げられ、ロイドはエキストラをした時のスペイン系主演女優に好意的な声をかけられますが素面のヴァンスとばったり会い「メアリーに近づくな」と脅されます。ロイドはスペイン女優に花束を贈ろうとしますが花束だらけだからと受け取ってもらえず、メアリーの家に行き花束を贈ろうとしますがメアリーは「お下がりなんか結構よ!」と激怒し、ロイドは思わずメアリーにキスしてしまいます。ロイドはスペイン女優にメアリーからもらったピンをあげてしまっていたので返してもらおうとしますが、車に乗らないと返さないと言われスペイン女優の車に乗るものの誘惑されそうになっただけでピンは返してもらえません。困ったロイドはオーディション仲間からピンをピーナッツ屋台に投げていたと聞き、屋台で探し出してメアリーに取り返してきたと自信満々に報告しますが、メアリーはスペイン女優の車にロイドが乗るのを見た、二度と来ないでと言い渡します。ここまでで映画は1時間目です。メアリーは詫びに来たロイドの来訪に女中に「話すことは何もありません」と伝言を書いて女中に渡させますが、ロイドは伝言を見ず裏面が映画界のパーティーの招待状だったのでパーティーに出て失敗続きで客たちの怒りを買い、メアリーから招待されたと答えますがちょうどヴァンスとともに到着したメアリーに呼んでいないとはっきり言われてつまみ出されます。ロイドは招待状と思っていたのが絶交状と気づいて去り、メアリーに別れを告げにきますが待機中の撮影セット内でヴァンスに叩きのめされつづらの中で気を失います。撮影が始まりメアリーは失神中、周りは悪党だらけというクライマックスの撮影で銃声で飛び起きたロイドは失神したメアリーを見るや悪党どもを叩きのめし、ロイドに殴りかかってくるヴァンスと対決し、仕掛けだらけのセットの中で最後は壁が割れて水びたしになりながらヴァンスを倒して茫然とするスタッフのひとりにつまみ出されて映画のセットだったと気づいて去ろうとし、メアリーが追おうとしますが、撮影見学に来ていた老会社社長がメアリーを呼びとめてロイドを絶賛し、契約していないのならすぐに正式契約しようと言いメアリーはロイドにチャンスよ、とうながしますが、ロイドは撮影だと知らずにやったと正直に話してしまいます。演技じゃなかったのかと老社長が去り、ロイドはカンザスに帰るよとメアリーに告げますが、あなたみたいに心配な人は放っておけないからずっと私だけのそばにいて、とメアリーに引き止められます。するとすぐにまた老社長から呼び出しがあり、演技であろうとなかろうとあれほど面白いものはなかった、契約しようと申し出されます。老社長は局長にロイドとの契約を命じて去り、ロイドはまた局長と帽子を取り違えそうになり、メアリーと出て行きドアを閉めると曇りガラス戸が観葉植物の鉢に当たって大破してしまいます。ハート型に割れたガラス戸からロイドとメアリーが局長にあいさつして映画は終わります。
日本公開時のキネマ旬報に「『足が第一』に次ぐパロイド・ロイド主演喜劇で、例によってクライド・ブラックマンが監督したもの。原作はアグネス・クリスティン・ジョンストンがトイド喜劇専属のジョン・W・グレイ及びフェルックス・オルダーと共同して書卸し、『失われた抱擁』『赤新聞』とヴィンセント・トーレンスが脚色して台詞をつけ、監督ブラックマンが同じく専属のレックス・ニール及びフランク・デイリと共同して撮影台本を作った。カメラも専属のウォルター・ランディンがクランクしている。助演者は『犯罪者の掟』『ラスト・パレイド』のコンスタンス・カミングス、『新聞街の殺人』『天才の妻』のケネス・トンプソンを始め、シドニー・ジャーヴィス、エディ・フェザーストン、ロバート・マクウェード、ルイズ・クロッサー・ヘイル等である。」と紹介された本作は製作費67万5,353ドル、アメリカだけで興行収入(純益)143万9,000ドル以上の大ヒット作となり、批評はトーキー以降の前2作以上の好評を博しました。本作は『危険大歓迎』『足が第一』のバーバラ・ケントからコンスタンス・カミングスにヒロインが変わっていてカミングスの起用は本作きりですが、感情表現の幅が広い良い女優で、映画界ものでもありますが『猛進ロイド』以降のロマンティック・コメディ路線をトーキー作品では初めて踏襲した作品で、ロイド自身の分類で「Gag Pictures」と「Character Pictures」に分けるならサイレント末期の『田吾作ロイド一番槍』がキャラクター映画で、『ロイドのスピーディー』、トーキーになって『危険大歓迎』『足が第一』の3作ギャグ映画が続いて、ひさしぶりのキャラクター映画で、それが本作を情感とギャグの調和のとれたトーキー作品中の秀作にしています。大きく分けると本作も30分ずつの3部構成ですが、それぞれの部が前半・後半に分かれて前半部、中盤部、後半部ともに展開があり、パーティー場面が中だるみしていて本作の弱点になっていますが、これが後半部の前半で後半のほぼサイレント的な大格闘のクライマックスの前振りになりますから構成上やむを得ない弱点とも言えるでしょう。クライマックスの格闘は大胆に思い切ったサイレント趣向の内容と演出ですが、ひたすら無言の格闘であることが本作ではちゃんと筋が通っているので浮き上がってはいません。これも適宜台詞を入れようとして冗長になっていた『危険大歓迎』、いきなり『要心無用』から取ってつけたサイレント的大クライマックスになっていた『足が第一』から進んで、ロイド映画の長所を生かしてすんなりトーキー作品に消化した仕上がりで、やはりそれは『猛進ロイド』『ロイドの人気者』『田吾作ロイド一番槍』路線のキャラクター映画=ロマンティック・コメディ作品がトーキーでは馴染んだ、ということでしょう。最初からトーキーでその路線を試さなかったのは、ロイドとしてはギャグ作品でまず勝負してトーキーの成果を試したかったというのもあるでしょうし、トーキーのロマンティック・コメディでは喜劇畑のロイドよりドラマ作品の俳優に利がある、とあえて控えていたのかもしれません。また本作が成功作になってもこの路線はギャグ映画路線より類似したようなパターンのくり返しになる恐れが強く、本作以降毎回ヒロインを変えるのも1作毎に変化をつけたかったからでしょう。サイレント時代最盛期に年間2作の長編を発表していたのがトーキー以降は2年に1作ペースになったのも安定した大家であるとともにロイド自身が引退までのゆるやかな下降を望んでいたように思え、トーキー以降かえって年間2作ペースの主演作が作られ消耗品のように'33年には契約を切られてしまうキートンとの対照ともども時代の変化を痛感させられるのです。