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映画日記2018年6月7日~9日/喜劇王ハロルド・ロイド(1893-1971)長編コレクション(3)

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 同じ映画監督なり俳優なりの作品を年代順に続けて観ていくと(この映画日記はそういうセレクトばかりですが、毎日1本映画を観るにはこういう選び方の方が、次に何を観ようか迷わずに済んで、便利で楽なのです)いろいろ印象がかぶって単品で観るより良く見えることもあれば、何だか同じような映画ばかり観ているようで飽きてくる、というのもあるわけです。寡作家の映画監督や多作出演俳優からのセレクション鑑賞の場合いろいろヴァリエーションに富んでいて趣向を楽しめるのですが、ハロルド・ロイドのように短期集中型のスター俳優兼自作プロデューサーの場合はちょっと特殊で、実際には俳優は現役時代の短い人の方が大半ですがそれは成功の度合いにも比例している場合がほとんどなので、ロイドは大成功を収めて比較的若く勇退引退したために作風の変遷はなおさら少なく、その分キャリアは凝縮されているとも、微妙なところで作品ごとにカラーが異なるとも言えます。そうしたことを思わせるのが、今回の'25年度のアメリカ映画最大のヒット作になった代表作で映画のノヴェライズ(映画を原作にした小説版)まで刊行された(画像参照)興行収入260万ドルの超特大ヒット作『ロイドの人気者』を含む'24年~'26年の3作で、感想文からそのあたりのニュアンスを汲んでいただけると幸いです。なお作品紹介は9枚組ボックス『ハロルド・ロイド・コレクション』の簡潔なあらすじを転用させていただきました。

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●6月7日(木)
『ロイドの初恋』 Hot Water (ハロルド・ロイド・プロダクション=パテ'24)*60min, B/W, Silent : https://youtu.be/bC7oqHV2kpE

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○本国公開1924年10月26日、監督=サム・テイラー&フレッド・ニューメイヤー、共演=ジョビナ・ラルストン
○独身を謳歌していた男が年貢の納め時とばかりに結婚。ところがせっかくの新婚生活も災難続き。ある日妻から抱えきれないほどの買い物を頼まれ、やっとの思いで帰宅した男を待っていたのはクセ者揃いの妻の家族だった。そして妻と二人だけのドライブに出かけるはずが、家族みんなを乗せて出かけることになり……。

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 本作も室内は暖色のセピア、夜の屋外は深いブルーと鮮やかな染色版が楽しめます。まずヤカンから蒸気が猛々と吹き出しているタイトルバック「Harold Lloyd / Hot Water」。本作からはニューメイヤー&テイラーではなくテイラー&ニューメイヤーの監督序列になり、キャストと配役もいつもの「The Boy」「The Girl」でなく人名の役名が。映画はまず字幕から「フケのようにふりつもるさまざまな助言」「しかしその解消法はまだ見つかっていない」。結婚式の始まろうとしている教会。「花婿はまだか?」字幕「しかしその頃花婿は指輪も持たずに別の教会に向かって走っていた」。介添え人「独身貴族を謳歌していた君がなぜ結婚を?」「結婚くらいでは僕の自由は束縛されない」。教会へ着きジョビナ・ラルストンと手を取り合うロイド。つまり挙式予定の婚約者の結婚式をいわゆる「どたキャン」して恋人ラルストンと挙式した模様。次のシーンではさっそく主婦然としたジョビナに一度で読み切れないほど細かい字幕の買い物リストを渡されたロイド。生きた七面鳥をバスに乗せて厄介続き。ロイドの家にはジョビナの実家の家族が集まっていて「義母は厳しい家主と交通警官を合わせたような神経質な人」「義兄チャーリーは一日を怠けて過ごしたいために毎朝4時に起床」「義弟ボビー少年は誰の手にも負えないわんぱく息子」。前が見えないほどの荷物を抱えて玄関に入り妻と抱擁しあうロイド、吹き矢が額に当たり「ボビーが来ているね?」肘掛け椅子の後ろから煙草の煙「チャーリーも?」うなずくジョビナ、「お義母さんも?」。ボビー少年のいたずらで数点の陶芸品や家具が壊された頃、自家用車が納品されてきます。ピカピカの新車に喜ぶジョビナ。「あと59回の支払いでわが家の車だよ。二人で乗ってみようか」すると勝手にすでに後部座席に乗り込んでいる義母、義兄、義弟。近所中の隣人が出てきて記念写真を撮り、ロイドはやむなく義母たちも乗せてドライブに出かけます。やがてロイドの運転に口出ししてきた義母が隣席について勝手に横からハンドルに手出しし、交通違反と運転トラブルの連続に。遂には路面電車に衝突し車は大破、懐中時計が割れたと怒る義兄、ロイドをにらみつける義母、泣きはらすボビー少年とジョビナ。「何もかも壊れて帰宅したが/沈黙は保たれたままだった」。写真を撮ってくれた隣人が今朝の写真を届けてくれて腐るロイド。隣人からなぐさめにポケットウィスキーを飲ませてもらい、俄然強気になるロイド。義兄はジョビナに義母が出る禁酒講演会の新聞記事を見せ、義母は疲れて昼寝を寝過ごして講演会の出席を取りやめます。夕食の席では大皿からの取り分けでしくじり、どうやらロイドが一杯ひっかけていると感づいた義母はロイドに説教しようとするのでロイドは先手を打って手のひらにこぼした胡椒を義母に吹きつけ、義母はくしゃみで話が続けられなくなる。ロイドは何とか義母や義兄たちを帰宅させようとするが、なかなか上手くいかない。義母を休ませようとこっそりクロロホルムを嗅がせて眠らせたロイドは、その後で新聞のニュースを読んで、警察官の義兄が担当している女性連続クロロホルム殺害犯の嫌疑が自分にかかりはしないかと心配になりますが、夢遊病の癖があって起き出してきた義母に驚かされる。義母はハッと鏡に気づいて「この家はお化け屋敷よ!」と言い出し、ロイドが駄目押しでシーツをかぶった姿に義兄と義弟ボビー少年ともども慌てて去って行きます。不審者と勘違いしたジョビナがプレートでロイドを背後からどやしつけ、きょとんと顔を見合わせる二人がプレートを見ると「Home Sweet Home」の文字。二人は笑って抱き合います。前3作『要心無用』『巨人征服』『猛進ロイド』と較べると明らかに小品ですが、製作費未発表ながら興行収入135万ドルの大ヒット作になりました。
 本作は同年3月公開の特大ヒット作『猛進ロイド』に続く、ハル・ローチ・プロダクションから独立したハロルド・ロイド・プロダクション第2作ですが、スタッフ・キャストはローチ・プロダクション時代からの面子をローチ・プロダクションから借りて製作しており、ローチ・プロダクション時代でもプロデューサーは社長のローチ名義ですが製作指揮のほぼ全権を主演俳優であるロイドが兼ねており、ロイドの映画は主演俳優で製作指揮者であるロイドが監督や脚本家より上に立っていたのはこれまでも述べてきた通りです。これは主演俳優の芸が作風を決定する短編時代からのサイレント喜劇ではごく普通のことでした。ロイドの場合はともにハル・ローチ・プロダクションを設立してローチが社長、ロイドが主演俳優という盟友関係だったためロイドは監督名義まで欲しがりませんでしたが、チャップリンは完全に製作・監督・脚本・主演までワンマン体制を敷き、キートンはジョゼフ・M・スケンクのマネジメントかつプロデュース下で監督兼主演俳優を務めていたので企画・題材やスタッフ、共演俳優はスケンクの決定に従い、スケンクに大手MGM社に売り飛ばされてからはMGM社はキートンから監督権まで取り上げてしまいます。完全主義者のチャップリンは長編に移行すると2~3年に1作の寡作に陥りましたがロイドは豊富なブレインを抱えて年間2作の製作ペースで全盛期を築き上げました。初長編『ロイドの水兵』は本国での大ヒットばかりか日本でも好評で、キネマ旬報では当時すでに「喜劇界に於いて人気といい実力といいチャップリン氏の塁を磨さんとするハロルド・ロイド氏が2、3巻物から進んで始めてフィーチュアー物らしい喜劇を製作した第1回の作品である。相手役は例の通り、最近婚約を報じられたミルドレッド・ハリス嬢である。筆者は試写を見たが蓋し大傑作の賛辞をおしまぬ。」と絶讃されています。ロイドは前作『猛進ロイド』をロイド初の「Character Picture」とし、それまでの自分の「Gag Pictures」と区別していますが、これはサイレント喜劇はスラップスティック、つまりドタバタ喜劇であって喜劇的アクションが本体であり一般の劇映画、つまり登場人物たちのおりなすドラマ作品ではない、という世評に喜劇映画もキャラクター(登場人物)を描く方法で作れる、と応えたもので、具体的には次作『ロイドの人気者』が'25年9月に、キートンの『キートンの西部成金』が同年11月に封切られた後、これは同年6月封切りのチャップリンの畢生の名作『黄金狂時代』が呼び水になったサイレント喜劇のドラマ性の強調への変化ではないか、という新聞評が年末回顧的に広まったため、ロイドとしては『黄金狂時代』の影響ではなく自分の独自の考えに基づいて「Character Pictures」と「Gag Pictures」の作風を使い分けている、と主張したかったものと思われます。トム・ダーディスの詳細な評伝『バスター・キートン』'79(翻訳'87・リブロポート刊)はキートンのみならず喜劇映画全般の推移を扱っているのでこうした事情が紹介されていますが、ダーディスも興行収入にムラのあるキートンの場合は意識的に観客の共感しやすい内容に作風を変化させてみたのが『西部成金』ではないかと推定した上で、チャップリンからの『ロイドの人気者』への影響は考えづらいとしており、ダーディスの指摘は前年'24年の『猛進ロイド』にすでにロマンティック・コメディのいち早い達成があり、ロイドの場合はチーム製作であることもあって作風の変遷に計画性が高いことから、一種気まぐれな天才(チャップリンのような周到な天才と比較して)だったキートンよりも方法意識は明瞭に計算されたものだった、と考えられるのです。もっともダーディスは『西部成金』のキートンを『人気者』のロイドより共感できるキャラクターを演じて成功している、としているのですが(筆者も同感、ただし作品自体の出来はそれだけに左右されてはいないと思います)、本作『ロイドの初恋』(邦題はまずく、原題「Hot Water」は「我慢の限界」あたりが適切でしょう)については6巻ものの長編映画をまとめ上げる手口も板についたと安定感が認められる一方、七面鳥をバスに乗せて起きた騒動がじっくり描いて見所にしようとしている割に、もともとギャグ自体は小粒でギャグの連続性で見せるロイドの手法が今回はあまりに平凡なギャグの羅列で裏目に出てしまったとか、『豪勇ロイド』や『ドクター・ジャック』にもあった欠点ですが、ロイドが義母をクロロホルムで眠らせたため新聞のニュースで連続クロロホルム事件の嫌疑が自分にかかるのではと怯える伏線が、義母をお化け騒動で怖がらせて帰宅させようという方に行ってしまい、嫌疑がかかる心配の方は都合良く話を端折っているのも気になりますが(『となりのトトロ』で沼に落ちていたサンダルがメイちゃんのではないと判るとそれで済まされてしまうのと同じで、映画では許容範囲とも言えますが)力作『猛進ロイド』の後で軽いものを作りたくなったのだろうとも思えます。また『豪勇ロイド』『ドクター・ジャック』の頃からは各段に話法も洗練されており、本作は60分の短編コメディと思えば一気に観せてあっという間に終わる好編には違いありません。年間2作ともなれば力作と小品が交互に来るのもまあ順当ではないでしょうか。

●6月8日(金)
『ロイドの人気者』 The Freshman (ハロルド・ロイド・プロダクション=パテ'25)*76min, B/W, Silent : https://youtu.be/4mH6N-Tbddc

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○本国公開1925年9月30日、監督=サム・テイラー&フレッド・ニューメイヤー、共演=ジョビナ・ラルストン
○テート大学に入学し、憧れの大学生活に夢をふくらませる新入生のハロルド。田舎者まるだしでドジばかり踏む彼は、入学早々からかいの的にされ、学校中の笑い者に。アメフト部に入るものの、雑用係がやっとの有様だ。そんな状況を気づかぬは本人ばかり。ハロルド自身は大学の人気者になれたと勘違いして……。

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 製作費30万1,681ドル、興行収入(アメリカ国内)超特大クラスの260万ドルを記録。同年3月公開のキートンの『セブン・チャンス』は興行収入59万8288ドルで、平均製作費20万ドル+フィルム代・宣伝費15万ドルのキートンの作品群はこれまで『滑稽恋愛三代記』'23.9が興行収入44万8606ドル、『荒武者キートン』'23.11が興行収入53万7844ドル、『探偵学入門』'24.4が興行収入44万8337ドル、『海底王キートン』'24.10が興行収入68万406ドルでした。チャップリン'25年6月公開の畢生の名作で2年ぶりの主演作『黄金狂時代』が製作費92万3,000ドル、興行収入(アメリカ・カナダ合わせ)250万ドルですから、本作『ロイドの大学生』にいたるロイド作品の爆発的連続特大ヒットと純益率の高さが知れようというもので、評伝『バスター・キートン』の著者トム・ダーディスによればサイレント喜劇はチャップリンがNo.1で、芸術的評価も抜群だったもののロイド作品の連続大ヒットには及ばず(チャップリン作品はその後1世紀を経て累積的には天文学的収益を上げますが)、キートンは「その他大勢」のトップクラスだったというのもうなずけます。今日サイレント喜劇の三大喜劇王と言っても当時はそれほど差がついていたということです。本作が手をつけた大学スポーツものは、キートンが『キートンの大学生』'27であらゆる運動部かけもちという趣向、マルクス兄弟が『ご冗談でショ』'32で徹底的ないんちきフットボールをやりますが、ロイドの本作はクライマックスのフットボール試合は最初だけギャグ混じりながら、すぐに超人的な活躍をするロイドに豹変してまともな真剣試合になり馬鹿にされていたロイドの名誉挽回になります。このあたりの、ひねらずにストレートに見せる場面は無理にひねらないのもロイドらしい感覚でしょう。本作はまず、風になびくペナントに「Harold Lloyd」「IN」「The Freshman」とタイトルが出て、クレジットに続く序文タイトルは「少年時代の夢は誰でも/議会や教会に行くより/右タックルの守備に就くことだった」と家の自室で大きく「T」と胸に刺繍のあるセーター姿でひとりタックルのマイムに興じるロイドが映ります。次の場面は大学のキャンパス、「ペギーはどこにでもいる普通の女の子」学生食堂のテーブルでアルバイト求人誌でウェイトレスの仕事を調べるペギー(ジョビナ・ラルストン)。隣に座るロイドが覗きこみ、店の名前をペギーと交互に読み上げます。「ダーリン」「愛しき人」「あなたの一番」「ハニー」「最愛のあなた」後ろの席の老婦人がにっこり笑って二人の肩に手を置き「恋をするのって素敵なことね」きょとんとするジョビナとロイド。それから新入生の入学式になり、上級生にかつがれて代表のスピーチをすることになった新入生ロイド。「僕はここにいます」沈黙。「……皆さんもここにいます」とロイド。上級生がロイドのセーターの背中に押し込んでいた子猫に別の猫が気づいてロイドの背中から潜り込み、セーターの前に回り込んでてんやわんやになるロイド。「スピーディーと呼んでください」笑いと喝采。学生寮に部屋を借りたロイド、部屋の掃除のアルバイトで現れたジョビナと顔を合わせたロイドは「落ち着いた良い部屋だね」。ジョビナが去ると学生新聞にさっそく自分の記事を見つけ大喜びで切り抜きをするロイド。「スピーディー、早くもアイスクリームの早食いの実力を発揮」。自分が話題になっているだけでもご機嫌。翌日フットボール部の体験入部にやる気まんまんで訪れたロイド、ところが使い物にならないとタックルの練習台になり、全員のタックルの相手を務めてフラフラになりながらそれでもチームの練習に貢献したと嬉しげなロイドにコーチ「チームに入れないとは言いづらいな」キャプテン「雑用係ならどうですか」。ボロボロの姿で学生寮の踊り場でジョビナに「チームの一員になったよ!」あまりのロイドの姿に心配顔のジョビナ。大学では秋の恒例の大パーティーが催され、ロイドからの招待状に浮かない顔のジョビナ。ロイドはパーティー用の服が間に合わず、仮縫いまで進んだところで待ちきれずパーティーへ。中年の洋裁師もついてきて、踊るたびにほころびる服を直しながらのダンスで洋裁師もフラフラに。ロイドは花形の上級生の女性と踊り、ふとロビーに出てみると質素な普段着のジョビナが花束を持って受け付けに。ジョビナがパーティー用ドレスを持っていないので来なかったと気づいたロイドはジョビナを抱きしめるがまたパーティー会場に引き戻され、今度はついにスーツ全身がバラバラに。ロビーに引き上げたロイドに「勘違いするな。お前はみんなの笑い者なんだよ!」と上級生。パーティー会場では「おいらをスピーディーと呼んでくれ(笑)」とロイドの物真似に大爆笑の渦。「僕は認められたかっただけなんだ」と萎れるロイドに「あなたの本気を見せてやるのよ!」と激励するジョビナ。フットボール試合当日。チームにさっそく怪我人が出て補欠選手が出るがまた怪我人で欠員。「僕を出してください!」とロイド。そして、先に書いたように最初はギャグ混じりですがすぐにロイドが超人的な身体能力を発揮してストレートにチームを勝利に導きます。後のマルクス兄弟の『ご冗談でショ』が徹頭徹尾いんちきフットボールで悪夢のような試合展開になるのと較べるとロイドらしい常識性と、ストレートな場面はことさらひねらずストレートに描いて観客の気分をスカッとさせる娯楽性がよく出ています。
 キネマ旬報ベストテン第3回(1926年/大正15年=昭和元年、この回から前年までの「芸術的に優秀なる作品」「娯楽的に優秀なる作品」を廃止、外国映画は一括)で第9位の本作(同年1位~5位は『黄金狂時代』『最後の人』『ステラ・ダラス』『海野獣』『鉄路の白薔薇』)は、ロイド最盛期の代表作として『要心無用』『猛進ロイド』とともにおそらく3作上げるとすれば本作か『田吾作ロイド一番槍』'27になるであろう作品で、本作公開の'25年のアメリカのサイレント喜劇は何と言ってもチャップリンの集大成的大傑作『黄金狂時代』があり、当時、また後世の現在キートンやロイドの肩を持つとしてもアメリカのサイレント喜劇から1本となれば『黄金狂時代』が君臨しているので、喜劇に限らずサイレント映画に今日にも観客がいるのは『黄金狂時代』を頂点とするチャップリンの諸作が映画はサウンドつきでカラーなのは当たり前という時代でも恰好の入口になっているから、とも言えます。B/Wだろうとサイレントだろうとチャップリンの映画は現代の観客にも娯楽性が高く強い訴求力があり、チャップリンは後に自分のナレーションと音楽をダビングした再編集サウンド版『黄金狂時代』を作って以降はそれが決定版になり、また「犬の生活」「担え銃」『偽牧師』の3作をオムニバス長編に編集したサウンド版『チャップリン・レヴュー』やサウンド版『キッド』を製作して、チャップリン自身の音楽監修版で観られる、という有利が働いているのも大きいですが、やはりそれだけチャップリン絶頂期の名作は時代を超えるだけの力があると認めないではいられません。チャップリン映画はホームレスの視点から人間性と人間社会を描く、という辛辣な喜劇で、チャップリン自身が旅芸人上がりから巨万の富を築いた成り上がり者という矛盾を徹底したエゴイズムで描きつくすパワーがあり、それは子供時代から貧乏と飢えと社会的劣等感にまみれたチャップリンの社会に対する強烈な憎悪が、怒りがみなもとになっていました。見せかけの上では社会的弱者や不幸な女性や子供への同情、というものであってもそれはチャップリンの個人的な怒りが原動力になったエゴイスティックなものです。しかしそのエゴのあり方自体がチャップリンを時代を超えた映画作家にしていて、徹底的に鍛え上げられ天才的な身体能力に支えられたパントマイム芸を絶対の武器につけたチャップリンの巨大な創造性は、抜群の才人で芸人のロイドにも天性の天才肌の芸人キートンにも及ばないスケールを誇っていましたし、今後もそうで、グリフィスやエイゼンシュテインら映画の父と呼べるようなサイレント期の映画監督の傑作でもチャップリン映画のポピュラリティと現代性にはかなわないのです。先に触れたように『黄金狂時代』の影響でロイドの作品が情緒を重視した作風になったとは言えず、『ロイドの人気者』は『黄金狂時代』公開より1年以上前の前々作『猛進ロイド』を継ぐキャラクター・ドラマ喜劇ですが、『猛進ロイド』の細やかな情感からは大学生、フットボールと明快な青春映画のお膳立てに沿っているため、十分満足のいく喜劇映画の名作ではあるけれど味わいは『要心無用』や『猛進ロイド』より大味になっている。またロイドの評価が相対的にキートンより低くなっているのもキートンの作品がしばしばあまりに主人公に過酷で、現実性を欠いているほど異常なシチュエーションに置かれ、主人公もまたそうした世界の状況に淡々と、または命がけで立ち向かう人物であることと較べると、ロイドの描く世界と人物は現実の延長線上でごく常識的で、むしろ平凡すぎたり俗人でありすぎたりすることが多い。そうした主人公がクライマックスでスーパーマンになるのがロイド喜劇の面白さですが、悪戦苦闘の『要心無用』、恋のパワーで爆発してやはり悪戦苦闘する『猛進ロイド』に較べると、見栄とうぬぼれが原動力になっている本作『ロイドの大学生』の主人公はあまり共感も同情もできないキャラクターであるばかりかフットボール試合で圧勝、というのもあっけなさすぎます。『要心無用』や『猛進ロイド』のあきれ半分同情半分で見守る気分にさせられる主人公に較べて本作の主人公は観客からも嘲笑の対象であるようなキャラクターになっている。これは喜劇映画の娯楽性を削いではいませんし、大学進学率が伸び始めた当時のアメリカ人観客には興味津々の舞台設定だったかもしれませんが、映画の底の浅さになって後世の観客には白々しく見えるのも否めません。そういう面ではロイド作品の長所短所をともによく表したのが最大ヒット作である本作のように思えます。

●6月9日(土)
『ロイドの福の神』 For Heaven's Sake (ハロルド・ロイド・コーポレーション=パラマウント'26)*55min, B/W, Silent : https://youtu.be/MuotlAszaiQ

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○本国公開1926年4月5日、監督=サム・テイラー、共演=ジョビナ・ラルストン
○お金ならうなるほどある富豪のハロルド・マナー。ある日彼は貧民街でコーヒーの無料配布をしていた宣教師のスタンドをうっかり燃やしてしまい弁償のつもりで1000ドルの小切手を渡す。ところが宣教師の娘はハロルドが慈善事業への熱意から寄付したと勘違い、そのお金で彼の名前をつけた伝道所を開いたので……。

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 ロイド作品は本作で脚本家出身のサム・テイラーの単独監督になり、キートン作品にも関わるクライド・ブルックマンが脚本に加わります。また役名はロイドがアップタウン・ボーイ、ジョビナ・ラルストンがダウンタウン・ガールとふたたび抽象名詞に戻ります。『猛進ロイド』以降ロイドは作品を「character pictures」と「Gag Pictures」に分けますが、本作は『ロイドの初恋』ともども「Gag Picture」に分けられます。本作も製作費未公開ですが、前作『ロイドの人気者』と並ぶ興行収入260万ドルの超特大ヒット作になり、ロイド人気の強さを見せつけました。本作のロイドは傲慢身勝手な大富豪の坊ちゃんで、これは『ロイドの水兵』『ロイドの巨人征服』以来のキャラクターですが、ギャグ作品(ドタバタ喜劇)というよりキャラクター作品(ドラマ喜劇)と見る方が明らかに適切で、大富豪で実業家のロイドが開発計画でぶらりと訪ねた貧民街で牧師さんのコーヒー無料スタンドに通りかかる、すると立ち話している男の煙草のポイ捨てがスタンドの脚に引っかかった新聞紙に火をつけて燃えだします。ロイドはそばにあったバケツを灯油入れ方とは知らずに水で消火するつもりで撒いてスタンドを全焼させてしまう。折りしもスタンドでは牧師さんが常連の日雇い労働者たちに貧民街に新設したい伝道所設立基金の話題をしていて、スタンド代の弁償のつもりですぐさま牧師さんに5,000ドルの小切手を渡してきたロイドは、次に街を訪れた時「ハロルド・マナー伝道所」の看板の建物に当惑して「売名行為みたいで迷惑だ。看板を外してくれ」と中に入りますが、美しい牧師の娘(ジョビナ・ラルストン)に迎えられ、篤く感謝されてほだされてしまい、足しげく伝道所に通うようになり、やがて積極的に近辺のビリヤード場や賭場に出入りして労働者たちを伝道所の礼拝出席に勧誘し、伝道所に通う貧民街の人々と親しくなって自分の伝道所だという気持にもなってきます。ロイドはジョビナと恋に落ちて求婚し、挙式の準備をしますが、結婚式当日に自分の会社の重役たちに差し向けられた男たちに拉致されてしまう……と、冒頭から前半では富豪の坊ちゃんと貧民街の人々のギャップをギャグにしようとそれなりにいろいろ描かれているのですが、ギャップの指摘と羅列にとどまっていてギャグにまでいたっておらず、構成としてはロイド自身の意図通りギャグ映画なのですが、内容はキャラクターを描いてストーリーを運ぶ喜劇ムードの人情ドラマ映画になっている。もちろんロイド映画ですから、前半は頓知を効かせて盛り場を狙って労働者たちを伝道所の礼拝に勧誘して回り、拉致された後はアクションに次ぐアクションで挿入字幕もなく、拘束を抜け出すやどんどん目指せ伝道所の結婚式の馳せ参じアクションになるのですが、大富豪ロイドが庶民ルールのビリヤードや賭場で労働者たちを負かして伝道所に誘うのがそんなわけないだろと説得力に欠けます。日本で言えば麻雀や囲碁将棋というところですが場数が違う労働者たちの強さは日本でもアメリカでも変わらないでしょうし、お坊ちゃんのたしなみで勝てるレベルではないでしょう。また『猛進ロイド』や『ロイドの人気者』はキャラクター映画と言うだけあって、ギャグ映画では長編全編で10枚前後の挿入字幕がキャラクター映画ではその倍くらいには増えていました。それでも20枚弱ですからドラマとしての長編サイレント映画としては群を抜いて少ないとも言えます。キートン作品ではもっと多く(キートン作品は映像だけでも十分なのに字幕で笑いをとろうという脚本の拙さが目立つのが難点で、これは設定が突拍子もない場合が多いため字幕説明が必要でもありやむを得ない面もあります)、チャップリンも最小限の字幕で済ませる監督ですが、ロイドほど少なくはありません。本作はギャグ映画よりは多く、キャラクター映画としては少ないくらいの字幕数です。
 前作までハル・ローチ・プロダクション以来のフランス資本の映画会社パテ映画社に配給を委託していたロイド作品は、本作から生粋のアメリカの大手映画会社パラマウントに配給を移しました。パラマウントはパテ社よりもさらに配給網が広く宣伝力も大きかったと思われますが、その分パラマウント社への分配分もパテ社より大きかったのではないかと思われます。次作『田吾作ロイド一番槍』'27は知名度は低いものの批評家・観客評価ともロイドの最高傑作として『要心無用』『猛進ロイド』『人気者』以上のロイド作品でも1、2を争う名作とされる作品ですが、製作費・興行収入未公開かつジョビナ・ラルストンの最後のロイド映画ヒロイン作品で以降レギュラー・ヒロイン制はなくなります。次がロイドの最後のサイレント作品になった『ロイドのスピーディー』'28でやはり製作費・興行収入未公開、しかし設定は違いますがスピーディーは『ロイドの人気者』の主人公ロイドのニックネームですから続編を暗示して観客にアピールを狙ったのは明らかでしょう。次の『危険大歓迎』'29はサイレント版とトーキー版が作られ試写の結果トーキー版が公開され、ロイドの初トーキー作品になります。本作はおっとりした人情軽喜劇映画にクライマックスだけ派手な目指せ教会の結婚式、とアクション要素が入ってくるだけで、拉致され結婚式に現れないロイドに正装した労働者たちが「あいつは俺たちや牧師さん、お嬢さんをだましてからかっていやがったんだ!」と怒り、それから祝儀のお金で飲みに行った労働者たちが怒りをぶつけにロイド邸に押しかけてガードマンたちに拘束されたロイドを発見、「僕は拉致されたんだ!」とロイドから知り乱闘中にロイドが脱出、一目散に結婚式場の伝道所を目指す、という段取りですがエンディングはすんなりとハッピーエンドで、大富豪ロイドと労働者たちの共感という具合に社会的な視野までの広がりはありませんし、そこまで描かないのがロイドの限界でもあり、描けないことは描かないロイドの率直さとも言えます。盛り場を回って礼拝に勧誘した労働者たちと親しくなる過程で礼拝中に伝道所で起きたスリ事件をロイドが警察の介入とスマートに対応してスマートに解決する、という事件があり、労働者たちがロイドを信頼するようになる様子が描かれる具合に一応押さえるべきところは押さえているのですが、その事件にしてもギャグに乏しく、やはりロイド作品はギャグの豊富さが見どころと見るには、名作傑作秀作佳作とされる作品からはやや落ちる作品と言わざるを得ません。初長編『ロイドの水兵』から『豪勇ロイド』『ドクター・ジャック』の初期3長編は構成はぎこちなく流れはムラがありましたがあふれるようなギャグがありました。本作はずっと構成はスムーズで練れた映画ですがアイディア、端的に言えばギャグの不足が物足りない。古き良き楽観的なムードのアメリカ映画として観れば、特にスクリーン鑑賞ならば染色(Tinted)B/W映像の美しさを堪能するだけでも楽しめると思いますし、実際公開当時には興行収入260万ドルの超特大ヒット作です。本作あたりでは、観客はロイド映画をほんわかした人情コメディ映画としてゆるーく楽しんでいたとしか思えません。

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