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『ロイドの要心無用』 Safety Last! (ハル・ローチ・プロダクション=パテ'23)*73min, B/W, Silent : https://youtu.be/V-XZWZVVhvQ
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○一旗揚げようとして、デパートで働く青年ハロルド。ある日、彼が手紙に書いたありもしない成功談を真に受けた田舎の恋人が、突然ハロルドに会いにやってきた!恋人の手前、手っ取り早く大金を稼ぎたいと焦った彼は、高額の報酬を目当てに、ビルの壁に登ってデパートの宣伝をするという危険な挑戦をするハメに。
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本作は70分を超える映画ですがサイレントで挿入字幕が全編で10枚程度しかありません。これは前回指摘し忘れていたことで、当時ドイツやフランスで無字幕映画の試みがありましたが、それらは芸術映画として作られ物語性は稀薄で、無字幕と言っても設定・状況説明などで10枚程度は字幕が入るものでした。ロイドは単純な喜劇とはいえ物語に起伏のある劇映画で字幕を10枚程度しか使わない。それでいて映像で簡潔に理解できるように工夫しているので観客はちゃんと理解ができます。本作の冒頭はロイドが絞首刑になる場面かと見せかけてカメラが引くと単なる上京するロイドの駅の見送りとわかる。これは初長編『ロイドの水兵』でもロイド初登場の場面で使った手で、カンバスに絵筆が走り筆先に難しい表情で顔を近づけるロイドのアップから始まりますが、カメラが引くと絵を描いているのはお年寄りの日曜画家でロイドは失礼な態度で絵を眺め回しているだけ、というのがわかる。そしてロイドはその風景画に指先で勝手にお日様を描いて去ってしまいます。ヒマを持て余している金持ちの坊ちゃんというのが『水兵』でのロイドの役柄です。『ロイドの水兵』のリメイクとも言えるのが本作の次作の『ロイドの巨人征服』ですが、『水兵』では東南アジアの小国で世間知らずのロイドが恋人誘拐を救出して男を上げる話で、このでたらめな国ではロイドが行く先々でトラブルばかりが起こる、それでスタッフ・キャストのみんなでわいわいと乗って撮影しているうちに2巻(約20分強)の短編の予定が撮影分だけで4巻(約50分弱)になっていたのでそのまま長編として公開したら大ヒットしてしまった、という瓢箪から駒みたいな作品でした。次の『豪勇ロイド』では長くなるならやりたい放題やろうとやはり短編の予算で始めて、チーム全員が乗りに乗ってアイディアを出し合いチャップリンの『キッド』以外に前例のない異例の5巻(約60分弱)の長編になり、予算を引いた純益だけで100万ドル以上の興行収入の特大ヒットになった。これは『キッド』が興行収入100万ドルに対して製作費と宣伝費で50万ドルかかっていたのとは純益がまるで違うわけで、しかも『キッド』の収益はチャップリンと配給会社だけに回るのにロイド作品ではスタッフ・キャストが公平に支払われた、と、次の6巻の長編『ドクター・ジャック』ではようやく最初から長編用の脚本と長編に見合ったセットとスタッフ・キャストで製作され、『豪勇ロイド』を上回る年間ベストテン上位に入るほどの興行収入を上げましたが、映画の構成は前半・後半と異なる短編2作のアイディアを結びつけて長編にしたようなものになっていました。短編の中にどんどんアイディアをぶち込んで長編にした(なった)前2作からは進展もしましたが、長編映画としての構成には課題が残っていたということです。しかしロイド作品のギャグの特徴はチャップリンやキートンのように伏線→ギャグ、伏線→ギャグの爆発的ドラマ構造ではなく、小ギャグが次の小ギャグを呼び次のギャグを呼ぶ、とギャグ単位では小さいですが流れるようにギャグが続いてゆく快適な流露感にあり、ロイドはスタッフ・キャストみんなにギャグひとつにつきギャラのボーナスを支払っていたそうですが、前3作(さらに以前の短編時代)からつちかってきたノウハウが本格的に生かされたのが本作『要心無用』で、ようやくヒロインとのロマンスとサラリーマン喜劇を長編らしい長編の構成で、小ギャグの連続という長所はそのままに大成功作品をものしたのです。本作も製作費12万1,000ドルに対して興行収入150万ドル、利益率12.4倍という特大ヒットになり、これは一般の劇映画の製作費が数十万ドル~100万ドルに接近しつつあった当時に興行収入は100万ドルを超えるのは困難だったのに比べると驚くべき業績でした。今日キートンの最高傑作のひとつとされる『キートン将軍』'26は製作費41万5232ドルに対して興行収入47万4264ドルで、キートン作品は通常この1/3前後の予算で作られ興行収入は50万ドル~70万ドルでしたが、畢生の力作の興行的失敗(赤字の場合はもちろん、大資本を投下する映画では利益率は最低でも2倍を要求されます)がキートンの自作自演監督=俳優としての地位を、やがて監督権の剥奪に追いやられることにつながってしまいます。ロイドは最高傑作が最高の興行的成功作のひとつでもあった幸運な映画人で、本作はまたヒロイン女優のミルドレッド・デイヴィス(1901-1969)がロイドと婚約し、結婚して実質的引退に入る最後の作品でもありました。その辺りも本作はロイド入魂の気合が感じられます。第1回(1924年/大正13年)キネマ旬報ベストテン「娯楽的に優れたる映画」第3位の本作、キネマ旬報にはこう紹介されています。「『ロイドの水兵』『豪勇ロイド』等次のロイド作品は『医師ジャック』であるが、その次の作品たる此『要心無用』の方が先に輸入された。『豪勇ロイド』の原作者ハル・ローチ、サム・テイラーの両氏とティム・ウィーラン氏が原作を合作し、前2名作品同様フレッド・ニューメイヤー氏が監督したものである。例の通りミルドレッド・デイヴィス嬢、ノア・ヤング氏等ロイド喜劇になくてはならぬ人々が共演している。ハル・ローチ氏の提供、アソシエイテッド・エキジビタース社の発売である事は毎もの通り。尚本誌第140号の田村君の『私の見た新映画』に本映画の事が出ている。」
●6月5日(火)
『ロイドの巨人征服』 Why Worry? (ハル・ローチ・プロダクション=パテ'23)*63min, Tinted B/W, Silent : https://youtu.be/IrIwT7QR0qA
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○自分は病気だと思い込んでいる若き億万長者ハロルドが、南の国パラディソへ静養に出かける。付き添うのはひそかに彼を慕う美しい看護婦。ところがパラディソは政府転覆を狙う無法者たちが暗躍する危険な国だった!偶然、巨人のような大男と仲良くなったハロルドは、なりゆきで無法者たちをやっつけることに……。
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キネマ旬報の紹介は「『要心無用』に次いだハロルド・ロイドの喜劇で、サム・テイラー原作、フレッド・ミューメイヤーとテイラーの監督である。この作品からロイドの対手役は新進のジョビナ・ラルストンに変更された。」と短いですが、ジョビナ・ラルストン(1899-1967)は本作から長編第10作『田吾作ロイド一番槍』'27まで6作のヒロインを勤めるロイド長編最多作品ヒロインです。また本作のジョン・アーセン(1890-1938)はギネスブックにも載っているノルウェー出身のサイレント時代の俳優で、実際の身長は2メートル19センチだったのが公式な記録ですが堂々とした体格なので裕に2メートル半くらいには見えます。普通の体格の大人の男を片手で軽々持ち上げるくらいです。ラルストンはトーキー初期に引退しましたが、ロイド作品が代表作の他はウィリアム・A・ウェルマンの『つばさ』'27で田舎町に住む主人公たちが恋する都会出身の優雅な美女役でメイン・ヒロインのクララ・ボウに次ぐ女優キャスト2番目にビリングされており、同作の出演を機に『つばさ』の主人公のひとり(名家令息の方)を演じたリチャード・アーレンと役柄通りに最初の結婚をしています(のち離婚、再婚)。ロイド作品の明朗素朴なキャラクターからは『つばさ』の都会的な美女のイメージに結びつかず、今回調べるまで(先月『つばさ』を観直していろいろ調べて感想文を書いたのに!)『つばさ』の副ヒロインがロイド映画のジョビナ・ラルストンと同一人物とはこれまでまったく気がつかず、このまま墓場まで無知を持っていくところでした。さて本作は、製作費22万626ドルと判明していますが興行収入はデータがないので前作『要心無用』の150万ドルは下回ったのではないかと思われます。製作費では10万ドルあまり『要心無用』より予算をかけていますが、キートン作品でも50万ドル~75万ドルの興行収入だったそうですからロイドならこの予算でも収益率2倍以上は業績を上げているでしょう。また製作費の中には、本作はエキストラの数が膨大(アナーキストの軍隊が出てきます)なのもありますがロイド個人へのギャラの高騰というのもありはしないかと思われるので、ハリウッド映画には予算の半分が主演スターのギャラという例も増えていくのです。本作はロイドがハル・ローチ・プロダクションで作った最後の映画になりますが形の上ではプロデューサーはローチなのでロイドへのギャラは製作費に計上されることになる。ジョビナ・ラルストンはハル・ローチ・プロダクションの「ちびっ子ギャング(Our Gang)」出演からロイド作品のヒロインに抜擢された女優で、日本の田舎のおばあちゃんには前ヒロインでロイド夫人になったミルドレッド・デイヴィスと区別がつかないのではないかと思いますが、これもメイクや衣装までわざと似せているのでしょう。本作も流れるようなギャグに次ぐギャグが冴えたロイド作品ですが、ラルストンにやや生硬さが感じられるのと(デイヴィスは短編時代からの相手役で実際にロマンスに発展したくらいでしたから、比較するとどうしてもラルストンが不利です)、ジョン・アーセンという強烈な巨人俳優の起用が本作の決定的な強みでアーセンの存在感を十分に生かしており、言い方は悪いですが一種の身体的異常役者で際者的になりがちなところを、善良で優しく誠実な性格に描いて不快な印象はまったく与えないのは本作の良い点ですが、あまりに先にアーセンありきの企画内容ではないか、という感じもしてきます。つまり本作はロイドがアーセンの存在感に呑まれているので、映画のセンスはロイド作品ならではですしロイドもいつも通り体を張った好演なのですが――ちなみにロイドは初長編『ロイドの水兵』の前作で最後の短編『ロイドの落胆無用』('21年10月公開)製作中に装置に仕掛けた火薬の爆発事故で左手の人差し指と親指を失い、以降の作品は(『要心無用』さえも!)すべて義指をつけて演じられています――ロイド以外の青年コメディ俳優でもできたのではないか、この題材ならむしろロイドの指揮、主演俳優はキートンを借りてきたら(この時期では絶対あり得ない組み合わせですが)、本作のロイドが演じたキャラクターは『海底王キートン』'24や『拳闘王キートン』'26のキートンのキャラクターと似ていて、キートンの方がこういうキャラクターはうまいだけに、そういう贅沢な不満や欲も出てくるのです。とあれ、本作は前後作が名作中の名作だけに割を食っていますが、筒井康隆氏が名著『不良少年の映画史』(昭和54年・文藝春秋社)で一章を割いて絶賛されている通り、ロイド作品中必見の1作には違いありません。
●6月6日(水)
『猛進ロイド』 Girl Shy (ハロルド・ロイド・プロダクション=パテ'24)*77min, Tinted B/W, Silent : https://youtu.be/WXtmzlkK5_0
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○田舎町に住むハロルドは、女性恐怖症でどもってしまう青年。昼は仕立て屋で見習いとして働き、夜は想像の女性体験を基に本を書き、売れっ子作家を夢見ていた。ある日曜日、彼は自分の自信作を出版社に持ち込むため、都会行きの汽車に乗る。そこで名家のお嬢様メアリーと出会ったハロルドは、初めて恋に落ち……。
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日本公開時のキネマ旬報では、本作は「ロイド喜劇のあらゆる長所を打って一丸にしたロイド喜劇傑作中の傑作といっても過言であるまい。八巻という喜劇にしては空前の長編を些かのゆるみもなく観客を引張って行くところ、いつもながらフレッド・ニューメイヤーとサム・テイラーの頭の良さに感服の他はない。『恋愛の秘訣』の各章に現される各種の女性の解剖も痛快皮肉を極むれば、後半の馳せ付けの技巧も、下手な連続や活劇に優ることしばしば。殊に電車の使い方は感嘆の他なし。最後に、笛を吹いて新婚旅行の汽笛を思わせ以心伝心に抱擁するところなどは全編を生かしている。あの“Yes”という字幕に何ともいわれぬ妙味がある。ロイドのヘラヘラ笑いといって嫌っていた人も必ず本映画を見れば好きになるに違いない。ジョビナ・ラルストンは『巨人征服』の時より大分慣れてきた。」本作はキネマ旬報ベストテン第2回(1925年/大正14年)の「娯楽的に優れたる映画」第5位で、同1位はラオール・ウォルシュの『バグダッドの盗賊』、8位に『荒武者キートン』が入っていますが(「芸術的に優れたる映画」は第1位『嘆きのピエロ』、第2位『キイン』、第3位『救ひを求むる人々』の年でした)、本作は製作費もこれまで最高の40万ドルでしたが興行収入155万ドルの特大ヒット作になりました。製作費が増えたのは本作がハロルド・ロイド・プロダクション作品でもスタッフは監督や脚本家、俳優(ジョビナ・ラルストン)を含めてハル・ローチ・プロダクションの専属スタッフ・キャストを使っているため、前作までのローチ・プロダクション作品のように自社スタッフは給料制とはいかずローチ・プロダクションを通してギャラが発生している上にローチ・プロダクション作品のように自社スタジオを持っておらずスタジオ代もかかり、また本作で一気に8巻の大作になったため『ロイドの巨人征服』からほぼ倍の製作費になったと思われます。特に監督のニューメイヤーは初長編以来ずっと、脚本家上がりで共同脚本のまとめ役の共同監督テイラーは『要心無用』以来のコンビでローチ・プロダクションの主力監督ですし、主演女優のラルストンもスター待遇となると旧友でおたがい恩義のあるロイドとローチの間柄ですから、ローチ・プロダクション作品『要心無用』の製作費12万1,000ドルと本作の製作費40万ドルの差額はほとんどローチ・プロダクションへの人件費だったのでしょう。しかし払っただけはきっちり儲けているわけで、本作の興行収入は配給会社分を差し引けばまるごとロイド・プロダクションの収入になったので、ロイド個人にとっては興行収入は同じ150万ドルでも(本作は155万ドルですが)『要心無用』と本作『猛進ロイド』では内訳はまったく違ってきます。本作が徹底的に手を抜かない、座った岩すら沼に棲む大亀で夢中の会話中に沼の中、といったデート中だからこそ効く適切な小ギャグが満載で、さらにクライマックスでヒロインの結婚を止めんと壊れかけの自動車、馬、バス、路面電車の屋根の上、落ちそうになってぶら下がるアンテナ、追いついてきた叔父さんの自動車、自動車を止めた白バイ拝借、さらに白バイが突っ込んだ溝の道路工事中の資材運搬用馬車、馬車が壊れて馬と、片っ端から乗り継ぐ果てしない馳せ参じギャグはひとつ一つは小ギャグなのですが累積効果はとんでもない破壊力があり、これは完結した大ギャグを入念に配置するチャップリンやキートンとは異なり、しかしロイドのやり方も突きつめればどれだけ爆発的なものになるかの最良の見本です。ちなみに他にも数作ロイド作品を出している国内メーカーI社の本作のDVDは60分の短縮版で小犬のギャグ、亀のギャグ、最後の果てしない馳せ参じギャグが全部ストーリーと無関係とばかりにカットされたヴァージョンで画質も悪く日本盤オリジナルの音楽も陳腐、しかも天地左右が切れたマスタリングで台無しで、断固60分はお避けください。ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン版以外では日本・中国向けの台湾のメディアディスク版DVD(音楽に難あり)、ユニバーサル版と同等の画質(レストア染色版)と音楽で全長版が収録されているコスミック出版の書籍扱い10枚組廉価版(1,800円)ボックス『爆笑コメディ劇場』(他にロイドのトーキー長編1作、キートンのサイレント長編3作、マルクス兄弟長編2作、チャップリン短編集3枚分収録)がお勧めです。