クラウス・シュルツェ Klaus Schulze - X (Brain, 1978) Full Album
Recorded at Panne-Paulsen Studios, Frankfurt, Germany, 1978
Released by Brain Records / Metronome Musik GmbH Brain 0080 023, September 1978
Produced and Composed by Klaus Schulze
[ Sechs Musikalische Biographien ]
(Side 1)
A1. Friedrich Nietzsche : https://youtu.be/rUw6OZSOszs - 24:50
A2. Georg Trakl (on original release (5:25 in length) : https://youtu.be/fyPixnZggpU - 26:04
(Side 2)
B1. Frank Herbert : https://youtu.be/fk4ACnse4ss - 10:51
B2. Friedemann Bach : https://youtu.be/TWRRQ-ehMiw - 18:00
(Side 3)
C1. Ludwig II. von Bayern : https://youtu.be/HOz2PdjLSeM - 28:39
(Side 4)
D1. Heinrich von Kleist : https://youtu.be/_K7JUTH18hc - 29:32
(SPV CD Reissue Bonus Track)
Bt1. Objet d'Louis : https://youtu.be/7DT1w2oPEGI - 21:32
[ Personnel ]
Klaus Schulze - electronics, percussion (on "Friedemann Bach" and "Heinrich von Kleist")
Harald Grosskopf - drum kit
Wolfgang Tiepold - cello (on "Heinrich von Kleist"), conductor (on "Ludwig II. von Bayern" and "Objet d'Louis")
B. Dragic - solo violin (on "Friedemann Bach")
Small string orchestra from Orchester des Hessischen Rundfunks (on "Ludwig II. von Bayern")
Large string orchestra of young Belgian musicians (on "Objet d'Louis")
*
(Original 2LP Brain "X" Liner Cover, Side 1 Label & Gatefold sleeve with 16-page booklet)
クラウス・シュルツェの第10作目のアルバムは第2作『サイボーグ』'73以来の2枚組LPで、『サイボーグ』が各面1曲ずつの全4曲でトータル98分だったのに対し、本作は「Sechs Musikalische Biographien(六つの音楽的伝記)」として6人の近~現代の歴史的人物、主に芸術家の名前を曲ごとに冠したトータル2時間近い大作になりました。人物をアルバム収録曲順に上げると、フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900、ドイツの哲学者・詩人)、ゲオルグ・トラークル(1887-1914、ドイツの詩人)、フランク・ハーバート(1920-1986、アメリカのSF小説家)、フリードマン・バッハ(1710-1784、ヨハン・セバスチャン・バッハの長男、ドイツの教会音楽家)、バイエルン王ルートヴィヒII世(1845-1886、ドイツ小国バイエルン国王)、ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811、ドイツの貴族劇作家・小説家)が並んでいます。SPV盤CDボーナス・トラックの「Objet d'Louis」はC1「バイエルン国王ルートヴィヒII世」のライヴ・ヴァージョンで1978年にベルギー公演時に収録されたもの。A2「ゲオルグ・トラークル」はオリジナルLPでは冒頭の5分25秒でフェイド・アウト収録されていましたが、SPV盤CDでは26分4秒の全編が収録されました。ニーチェ、トラークル、ハーバート、大バッハの長男(ハレのバッハ、またはドレスデンのバッハと呼ばれます)、ルートヴィヒII世、クライストと並べるとハーバートだけは場違いですがハーバートは大作『デューン 砂の惑星』'65がヒッピーのバイブルになり、'85年の第6作まで『デューン』シリーズをライフ・ワークにしたSF小説家で、本作『X』の次作にはシュルツェは第11作『デューン (Dune)』'79を発表するくらいですから相当入れこんでいたのでしょう。『デューン』も本作の作風を継いだ傑作になります。ルートヴィヒII世は20歳で即位するや憧れのヴァーグナーを国賓に招き入れて贅沢の限りをつくさせ、結局周囲の当初からの猛反対でヴァーグナーのパトロンになっていたのは1864年~1865年の間だけでしたが経済観念も常識もない芸術マニアで存命中から狂王の悪名を轟かせた王で、病跡学的にも慢性化した精神疾患を患っていたようです。領地の湖で溺死しているのを発見されて自殺とも事故死とも言われますが事実は定かではなく、歿後から頻繁に小説や詩、演劇、映画、音楽の題材になってきた人物です。ハーバートもおそらくシュルツェはその系譜に置いているのでしょうが、この人選はロマン派を軸にドイツの芸術史を担ってきた選択で、円満に人生をまっとうしたのはフリードマン・バッハとフランク・ハーバートくらいでクライストとトラークルは自殺者、ルートヴィヒII世とニーチェは狂死者です。大バッハではなくフリードマン・バッハ、初期のロマン派で恋愛スキャンダルから名誉の自殺を遂げた誇り高いクライスト、象徴主義から出てドイツ表現主義の祖となったマイナー詩人のトラークル(この詩人は生業は薬剤師でしたが、第1次大戦に看護兵として徴兵され、前線部隊配属のトラークルひとりで一夜の戦闘数千人の負傷兵を看護する戦禍から精神錯乱を起こし、入院中に服毒自殺しました)を上げているのはシュルツェらしい趣味と教養を感じさせるものです。
本作は10作目だから『X』とタイトルも単刀直入ですが、シュルツェ自身これまでの集大成と言えるアルバムを作ろうと取り組んだのがありありと伝わる力作で、第6作『ムーンドーン』以来のドラムスのハラルド・グロスコフとの共同作業もピークに達した観のある精緻で迫力のあるダイナミックなリズムは『ボディ・ラヴ』2部作で試みたベース・パート、『ミラージュ』で成功した細分化シークエンス・フレーズのリズム楽器用法のすべてを総合して、複雑きわまりないポリリズムの中にも強い推進力のあるビートを実現しています。また「ルートヴィヒII世」ではヴィヴァルディの「協奏曲第11番・ニ短調」の第3楽章をモチーフにしており、「ルートヴィヒII世」と「フリードマン・バッハ」では弦楽オーケストラによる演奏をループ・パターンにしたアンサンブルがベーシック・トラックになっており、シュルツェの初アルバム『イルリヒト』以来の大胆なオーケストラ・アンサンブルとの競演になっていますが手法はよりダイナミックでリズムを強調したものです。「フリードマン・バッハ」と「ハインリヒ・フォン・クライスト」ではシュルツェ自身によるパーカッション・プレイも重ねられ、「ハインリヒ・フォン・クライスト」では「ルートヴィヒII世」のオーケストラ指揮者がチェロのロング・ソロを取り、「フリードマン・バッハ」ではヴァイオリンのロング・ソロが聴かれます。『イルリヒト』のオーケストラ・アンサンブルとの競演は第2作『サイボーグ』ではより電気的な変調を施されて生楽器の音色はほとんど聴き分けられず、初期の2作ではその無機的な音色を生かした音楽でしたが、本作は弦楽オーケストラが弦楽オーケストラらしく、フィーチャーされたヴァイオリンやチェロのソロが生楽器の音色でエレクトロニクス・サウンドと渡りあう生々しいサウンドが生かされた、シュルツェのアルバムではゲスト・ヴォーカル、レギュラー・ドラマー以外のミュージシャンを初めてフィーチャーしたアルバムかつドイツ・ロマン派~表現主義音楽の系譜に連なる、エレクトロニクスとインプロヴィゼーションによって現代クラシック音楽と対等なアルバムを制作する意欲の溢れた作品になっています。残念なのは今回ご紹介したSPV盤CDで、リンクを引いたのもそこからの音源ですが、'90年代の従来版CDはマスター・テープの劣化を補うためシュルツェ自身がメロトロン等をオーヴァーダビングしフェイド・インやフェイド・アウトのタイミングも早い(フェイド・イン~アウトする劣化マスター・テープでは曲頭・曲尾のヒスノイズも高まるため)、曲の長さもやや短くなったヴァージョンでした。2006年のSPV盤CDではオーヴァーダビング以前のオリジナル・マスターを使用してリマスタリングを行い、その際に「ゲオルグ・トラークル」の全長版やボーナス・トラックのライヴ音源も発掘されましたが、オーヴァーダビングではなくリマスタリングでヒスノイズを除去し、その際低下した音圧を上げたため全体がブーストされた音質になる、という別の音質トラブルが発生したのです。結局最良のヴァージョンはアナログLP初回プレスのままになってしまった本作ですが、SPV盤CDは初回プレスのみのストックになり、この4月に再リリースされたばかりで、再リリース盤ではリマスタリングの失敗が直されているかどうかはまだ確認していません。試聴できる機会がない限り本作はCDなら一応シュルツェ自身による改訂版(旧来版中古CD、『ムーンドーン』も同様のオーヴァーダビングとフェイド・イン~アウトの短縮があります)、アナログ試聴環境があれば中古盤LPで聴く方が良いとされています。筆者はオーヴァーダビングと知らずLPと旧来版CDを聴いていて特に違和感もありませんでしたから、安価に出回っている中古の旧来版CD、LP通り「ゲオルグ・トラークル」が5分半弱で収録されている版をお勧めします。
Recorded at Panne-Paulsen Studios, Frankfurt, Germany, 1978
Released by Brain Records / Metronome Musik GmbH Brain 0080 023, September 1978
Produced and Composed by Klaus Schulze
[ Sechs Musikalische Biographien ]
(Side 1)
A1. Friedrich Nietzsche : https://youtu.be/rUw6OZSOszs - 24:50
A2. Georg Trakl (on original release (5:25 in length) : https://youtu.be/fyPixnZggpU - 26:04
(Side 2)
B1. Frank Herbert : https://youtu.be/fk4ACnse4ss - 10:51
B2. Friedemann Bach : https://youtu.be/TWRRQ-ehMiw - 18:00
(Side 3)
C1. Ludwig II. von Bayern : https://youtu.be/HOz2PdjLSeM - 28:39
(Side 4)
D1. Heinrich von Kleist : https://youtu.be/_K7JUTH18hc - 29:32
(SPV CD Reissue Bonus Track)
Bt1. Objet d'Louis : https://youtu.be/7DT1w2oPEGI - 21:32
[ Personnel ]
Klaus Schulze - electronics, percussion (on "Friedemann Bach" and "Heinrich von Kleist")
Harald Grosskopf - drum kit
Wolfgang Tiepold - cello (on "Heinrich von Kleist"), conductor (on "Ludwig II. von Bayern" and "Objet d'Louis")
B. Dragic - solo violin (on "Friedemann Bach")
Small string orchestra from Orchester des Hessischen Rundfunks (on "Ludwig II. von Bayern")
Large string orchestra of young Belgian musicians (on "Objet d'Louis")
*
(Original 2LP Brain "X" Liner Cover, Side 1 Label & Gatefold sleeve with 16-page booklet)
クラウス・シュルツェの第10作目のアルバムは第2作『サイボーグ』'73以来の2枚組LPで、『サイボーグ』が各面1曲ずつの全4曲でトータル98分だったのに対し、本作は「Sechs Musikalische Biographien(六つの音楽的伝記)」として6人の近~現代の歴史的人物、主に芸術家の名前を曲ごとに冠したトータル2時間近い大作になりました。人物をアルバム収録曲順に上げると、フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900、ドイツの哲学者・詩人)、ゲオルグ・トラークル(1887-1914、ドイツの詩人)、フランク・ハーバート(1920-1986、アメリカのSF小説家)、フリードマン・バッハ(1710-1784、ヨハン・セバスチャン・バッハの長男、ドイツの教会音楽家)、バイエルン王ルートヴィヒII世(1845-1886、ドイツ小国バイエルン国王)、ハインリヒ・フォン・クライスト(1777-1811、ドイツの貴族劇作家・小説家)が並んでいます。SPV盤CDボーナス・トラックの「Objet d'Louis」はC1「バイエルン国王ルートヴィヒII世」のライヴ・ヴァージョンで1978年にベルギー公演時に収録されたもの。A2「ゲオルグ・トラークル」はオリジナルLPでは冒頭の5分25秒でフェイド・アウト収録されていましたが、SPV盤CDでは26分4秒の全編が収録されました。ニーチェ、トラークル、ハーバート、大バッハの長男(ハレのバッハ、またはドレスデンのバッハと呼ばれます)、ルートヴィヒII世、クライストと並べるとハーバートだけは場違いですがハーバートは大作『デューン 砂の惑星』'65がヒッピーのバイブルになり、'85年の第6作まで『デューン』シリーズをライフ・ワークにしたSF小説家で、本作『X』の次作にはシュルツェは第11作『デューン (Dune)』'79を発表するくらいですから相当入れこんでいたのでしょう。『デューン』も本作の作風を継いだ傑作になります。ルートヴィヒII世は20歳で即位するや憧れのヴァーグナーを国賓に招き入れて贅沢の限りをつくさせ、結局周囲の当初からの猛反対でヴァーグナーのパトロンになっていたのは1864年~1865年の間だけでしたが経済観念も常識もない芸術マニアで存命中から狂王の悪名を轟かせた王で、病跡学的にも慢性化した精神疾患を患っていたようです。領地の湖で溺死しているのを発見されて自殺とも事故死とも言われますが事実は定かではなく、歿後から頻繁に小説や詩、演劇、映画、音楽の題材になってきた人物です。ハーバートもおそらくシュルツェはその系譜に置いているのでしょうが、この人選はロマン派を軸にドイツの芸術史を担ってきた選択で、円満に人生をまっとうしたのはフリードマン・バッハとフランク・ハーバートくらいでクライストとトラークルは自殺者、ルートヴィヒII世とニーチェは狂死者です。大バッハではなくフリードマン・バッハ、初期のロマン派で恋愛スキャンダルから名誉の自殺を遂げた誇り高いクライスト、象徴主義から出てドイツ表現主義の祖となったマイナー詩人のトラークル(この詩人は生業は薬剤師でしたが、第1次大戦に看護兵として徴兵され、前線部隊配属のトラークルひとりで一夜の戦闘数千人の負傷兵を看護する戦禍から精神錯乱を起こし、入院中に服毒自殺しました)を上げているのはシュルツェらしい趣味と教養を感じさせるものです。
本作は10作目だから『X』とタイトルも単刀直入ですが、シュルツェ自身これまでの集大成と言えるアルバムを作ろうと取り組んだのがありありと伝わる力作で、第6作『ムーンドーン』以来のドラムスのハラルド・グロスコフとの共同作業もピークに達した観のある精緻で迫力のあるダイナミックなリズムは『ボディ・ラヴ』2部作で試みたベース・パート、『ミラージュ』で成功した細分化シークエンス・フレーズのリズム楽器用法のすべてを総合して、複雑きわまりないポリリズムの中にも強い推進力のあるビートを実現しています。また「ルートヴィヒII世」ではヴィヴァルディの「協奏曲第11番・ニ短調」の第3楽章をモチーフにしており、「ルートヴィヒII世」と「フリードマン・バッハ」では弦楽オーケストラによる演奏をループ・パターンにしたアンサンブルがベーシック・トラックになっており、シュルツェの初アルバム『イルリヒト』以来の大胆なオーケストラ・アンサンブルとの競演になっていますが手法はよりダイナミックでリズムを強調したものです。「フリードマン・バッハ」と「ハインリヒ・フォン・クライスト」ではシュルツェ自身によるパーカッション・プレイも重ねられ、「ハインリヒ・フォン・クライスト」では「ルートヴィヒII世」のオーケストラ指揮者がチェロのロング・ソロを取り、「フリードマン・バッハ」ではヴァイオリンのロング・ソロが聴かれます。『イルリヒト』のオーケストラ・アンサンブルとの競演は第2作『サイボーグ』ではより電気的な変調を施されて生楽器の音色はほとんど聴き分けられず、初期の2作ではその無機的な音色を生かした音楽でしたが、本作は弦楽オーケストラが弦楽オーケストラらしく、フィーチャーされたヴァイオリンやチェロのソロが生楽器の音色でエレクトロニクス・サウンドと渡りあう生々しいサウンドが生かされた、シュルツェのアルバムではゲスト・ヴォーカル、レギュラー・ドラマー以外のミュージシャンを初めてフィーチャーしたアルバムかつドイツ・ロマン派~表現主義音楽の系譜に連なる、エレクトロニクスとインプロヴィゼーションによって現代クラシック音楽と対等なアルバムを制作する意欲の溢れた作品になっています。残念なのは今回ご紹介したSPV盤CDで、リンクを引いたのもそこからの音源ですが、'90年代の従来版CDはマスター・テープの劣化を補うためシュルツェ自身がメロトロン等をオーヴァーダビングしフェイド・インやフェイド・アウトのタイミングも早い(フェイド・イン~アウトする劣化マスター・テープでは曲頭・曲尾のヒスノイズも高まるため)、曲の長さもやや短くなったヴァージョンでした。2006年のSPV盤CDではオーヴァーダビング以前のオリジナル・マスターを使用してリマスタリングを行い、その際に「ゲオルグ・トラークル」の全長版やボーナス・トラックのライヴ音源も発掘されましたが、オーヴァーダビングではなくリマスタリングでヒスノイズを除去し、その際低下した音圧を上げたため全体がブーストされた音質になる、という別の音質トラブルが発生したのです。結局最良のヴァージョンはアナログLP初回プレスのままになってしまった本作ですが、SPV盤CDは初回プレスのみのストックになり、この4月に再リリースされたばかりで、再リリース盤ではリマスタリングの失敗が直されているかどうかはまだ確認していません。試聴できる機会がない限り本作はCDなら一応シュルツェ自身による改訂版(旧来版中古CD、『ムーンドーン』も同様のオーヴァーダビングとフェイド・イン~アウトの短縮があります)、アナログ試聴環境があれば中古盤LPで聴く方が良いとされています。筆者はオーヴァーダビングと知らずLPと旧来版CDを聴いていて特に違和感もありませんでしたから、安価に出回っている中古の旧来版CD、LP通り「ゲオルグ・トラークル」が5分半弱で収録されている版をお勧めします。