だが国内ではアルコール依存症の入院治療プログラムはほぼ確立されており、おおむねどこの病院でも基本的には以下に略述するような内容を含んで、それぞれの病院の流儀で実施していると想像される。
特に筆者の入院先は立地的にも日本国内では最大のアルコール治療院とされる久里浜病院と近く、精神病院は多いがアルコール依存症治療院に特化した病院は全国の都道府県でもそう多くはない以上、なおのことアルコール依存症治療については確立された治療方法への標準化が進んでいると思われる。
だが…
入院前に筆者は自分の通院クリニックの主治医や訪問看護師(おふたりとも久里浜病院での研修経験があった)から入院治療の内容について説明を受けた。それで入院についてあらかじめ明確にイメージすることができたかというと、まったくわからなかったと言ってもいい。筆者の理解力や想像力に、そう大きな欠陥があったとは思えない。また説明に不足があったわけではないのは、入院後(中)になるほど、これがそういうことだったと思い当たったことが多々あったことでもわかる。だが入院前には、「それのどこが治療?」としか思えなかった。
現在の精神医学では、一般の精神疾患は、脳生理学に基づく薬物療法と、心理学・精神分析医学に基づく認知療法の二重の方法で行われる。ただし病状が慢性化の域に達した患者には認知療法はほぼ不可能で、同じことは精神疾患としては特殊とされるアルコール依存症にも言えるのではないかという疑問がある。それは二年以内の再入院率90%以上という治療成果(九割が不成功という治療が治療と呼べるのだろうか?)からも浮かんでくる。
残りの紙幅では治療内容に踏み込めないので今回は失敗だが、飲酒問題の再発をスリップと呼ぶがそれを結局防げないとしたら、依存症の原因自体が生活において解消されなければスリップはいつでも起りうるのではないか。この連載の登場患者たちは筆者の知るかぎりスリップ、さもなくば故人ばかりなのだ。