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Sun Ra - The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy, 1962)

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Sun Ra and his Arkestra - The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy, 1962) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLjPrlfgdh6M_M-IYkA_mf0CAj9o41sKwS
Recorded in October 10, 1961 Newark, New Jersey
Released by Savoy Records MG-12169, 1962
All songs were written by Sun Ra except 'China Gate'.
(Side A)
A1. Bassism - 4:07
A2. Of Sounds and Something Else - 2:54
A3. What's That? - 2:15
A4. Where is Tomorrow? - 2:50
A5. The Beginning - 6:29
A6. China Gate (Victor Young) - 3:25
(Side B)
B1. New Day - 5:51
B2. Tapestry From An Asteroid - 3:02
B3. Jet Flight - 3:15
B4. Looking Outward - 2:49
B5. Space Jazz Reverie - 4:54
[ Sun Ra and his Arkestra ]
Sun Ra - piano
Bernard McKinney - trombone, euphonium
Marshall Allen - alto saxophone, flute, 'Morrow' (a Japanese shakuhachi with a B♭clarinet mouthpiece)
John Gilmore - tenor saxophone, bass clarinet
Pat Patrick - bass saxophone
Ronnie Boykins - bass
Willie Jones - drums
Leah Ananda - conga
Ricky Murray - vocals on 'China Gate'
Produced by Tom Wilson.

 現在、国内では大手の日本コロンビアからの廉価盤「SAVOY JAZZ 名盤選1100」で一番入手しやすいサン・ラのアルバム。しかもジャケットのアートワークの再現、リマスタリング、簡潔な解説、シリーズ統一1132円(消費税8%前は税込み1100円)という低廉な価格が嬉しい代表作の1作です。サヴォイのマスターテープは1990年代に日本コロンビアが買収し、DENONレーベルから初CD化していましたが、それ以前に日本のキング・レコードがリース契約でリリースしていたサヴォイ盤の丁寧な復刻とは比較にならないくらいずさんなマスターテープの管理とマスタリング、データの不備(作曲クレジットの誤記など日常茶飯)、復刻ジャケットの粗雑さ、と散々当然の批判を浴びました。その後日本コロンビアはDENONのサヴォイ盤を一斉廃盤にして担当者を交替、一からサヴォイ盤の復刻をやり直して面目を保ちました。「SAVOY JAZZ 名盤選1100」は2010年の発売で消費税加算分だけ上がりましたが、それでも正規マスターからの最新リマスタリングで最上の音質のアルバムが廉価盤で国内どこのCDショップでも注文すれば手に入ります。アルバム内容はニューヨーク進出の勝負をかけたサン・ラ第2のデビュー作というべきもので、50年代のシカゴ時代からもっとも尖鋭的な作風を集約し、42分全11曲と十分なヴォリュームのアルバム収録時間にコンパクトな曲を目一杯詰め込んでおり、現在制作年代順に1950年代のサターン盤自主制作アルバムを聴けるリスナーにはサターン盤から本作に移るとハッとするくらい演奏の密度や緊張感が違います。第2のデビュー作というのはニューヨーク巡業後第1作というのもありますが、シカゴ時代のデビュー・アルバム『Jazz by Sun Ra』、当時未発表に終わった『Jazz by Sun Ra, Vol.2; Sound of Joy』のプロデューサー、元インディー・レーベル「Transition」主宰のトム・ウィルソンが先にニューヨークに進出してメジャー各社とフリー・プロデューサー契約を結んでおり、トランジションからデビューさせたセシル・テイラーもウィルソンのプロデュースでメジャー各社から新作を出していました。テイラーはボストン在住で小編成でしたからニューヨークでのアルバム制作を続けていられましたが、大所帯でシカゴ在住のサン・ラはなかなかニューヨーク・デビューのきっかけがつかめませんてした。ウィルソンがジャズのプロデューサーだったのはこの頃までで、翌年以降ウィルソンはフォークとロックのプロデューサーに転身しボブ・ディラン、サイモン&ガーファンクル、フランク・ザッパ&マザーズ、エリック・バードン&ジ・アニマルズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを手がけることになります。
 もっともサン・ラのニューヨーク進出は念願でこそあれ偶然のきっかけによるもので、1961年春にはアーケストラはついにシカゴでの仕事もなくなりメンバーは散り散りになっていました。そこにサン・ラ・アーケストラが宇宙人のバンドを標榜していると聞いたプロモーターがロックンロールのダンスバンドと勘違いしてカナダのモントリオールの有名ナイトクラブ「モカンボ」の仕事を取ってきたのです。アーケストラのメンバーはマーシャル・アレン(アルトサックス)、ジョン・ギルモア(テナーサックス)、ロニー・ボイキンス(ベース)とサン・ラの4人だけになっていましたが脱退していたメンバー3人を呼び戻してモカンボに遠征した7人編成のサン・ラ・アーケストラはいつも通り宇宙ジャズを演奏し、クラブの支配人と押し問答になった挙げ句契約違反で音楽家組合に訴えられる始末になります。モントリオールに着いたのは7月でしたがサン・ラ一行はなんとか9月下旬にはニューヨークにたどり着きました。ここまでずっとバンド専用バスは唯一の自動車免許取得者ボイキンスが運転していたといいます。ニューヨークに着くとメンバー2人がさっそく実家の送金を待って帰郷します。残ったのは5人だけ。サン・ラはすぐにトム・ウィルソンに連絡を取り、ウィルソンは総合プロデューサーをしていたサヴォイ・レコーズの1961年10月10日の録音セッションを都合して、トロンボーン/ユーフォニアム奏者のバーナード・マッキンニーとドラマーのウィリー・ジョーンズがゲスト参加し、作・編曲はシカゴ時代に済んでいたレパートリーから新曲ばかりを選んで『The Futuristic Sounds of Sun Ra』が録音されました。金管楽器こそトロンボーン/ユーフォニアムだけですがドラマーのジョーンズはセロニアス・モンク、エルモ・ホープ、ランディ・ウェストン、何よりチャールズ・ミンガス『Mingus at the Bohemia』1955、『Pithecanthropus Erectus』1956のドラマーで、かつベースのボイキンスが完全に曲を掌握しており、アレン(アルトサックス)、ギルモア(テナーサックス)、パット・パトリック(今回はバスサックス)はアーケストラの中核メンバーですから、サン・ラよりもむしろメンバーたちにとって本作は起死回生の1枚という覚悟だったかもしれません。皮肉なことにナット・キング・コールがヒットさせたヴィクター・ヤング作のポピュラー曲で本作唯一のヴォーカル曲「China Gate」はクラブ・モカンボで演奏を強要された曲でしたがアルバムA面の締めくくりに上手くはまっています。

(Original Savoy "The Futuristic Sounds of Sun Ra" LP Liner Cover & Side A Label)

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 このアルバムは今日でこそ初期サン・ラの名作とされていますが発売当時はサン・ラの自主レーベル、サターンからのアルバム以上に注目されず、初めてアルバム評が現れたのは1984年に『We Are In The Future』と改題されて再発売されてからでした。サターンからの諸作と異なり、サン・ラはこのアルバムではアコースティック・ピアノに徹してオルガンやエレクトリック・ピアノは使用していません。その代わり管楽器メンバーに多彩なパーカッションを兼任させておりアーケストラの宇宙サウンドらしい効果が出ています。クラブ・モカンボの支配人はアーケストラの演奏に慌てて抗議し「宇宙サウンドをやるバンドじゃないのか?」「これがそれだ」という会話になったといいます。クラブ側では宇宙サウンドというのはエレキギターのダンス向けインスト・ロック(スプートニクスみたいな)を期待していたようです。A面はハード・バピッシュな佳曲「Bassism」に始まり、続く「Of Sounds and Something Else」「What's That?」「Where is Tomorrow?」といずれも曲の短さもあって手法はハード・バップ、表現はフリージャズ、という印象を受けます。6分半あまりの長さの「The Beginning」からエキゾチックなヴォーカル曲「China Gate」でアルバムはB面のムードにつながるような、この時点では未発表だった『Sun Ra and His Solar Arkestra Visit Planet Earth』(録音1956~1958)、『The Nubians of Plutonia』(録音1958~1959)で初期の試みがあったアーケストラの宇宙ジャズ路線が暗示されて、B面では『Planet Earth』や『Nubians』よりさらに進めたアレンジメントが聴けます。
 B面屈指の名曲は起伏の激しい「New Day」の余韻を引き継ぐように始まる「Tapestry From An Asteroid」でしょう。このB2があるからB面は残り3曲「Jet Flight」「Looking Outward」「Space Jazz Reverie」も雰囲気が持続する、と言って良いくらい「Tapestry From An Asteroid」は名曲ですが、同曲は当時未発表ですが録音順では前作に当たる『We Travel the Space Ways』1967(録音1956~1961)の推定1960年録音分で2分ほどの初期ヴァージョンが聴けます。ですが『Space Ways~』ではさほどの名曲には聞こえないのは、演奏ともども「New Day」とのメドレー効果が大きいように思えます。それが「Jet Flight」以下の3曲のムード設定にも表れていて「Tapestry From An Asteroid」「Jet Flight」「Looking Outward」「Space Jazz Reverie」とタイトルを並べるとまるでホークウィンドのようなセンスに苦笑しますが、ホークウィンドも構成力に優れたバンドでした。このアルバムのサン・ラはサウンド的、というより音響的にやや保守的で、サターン盤は時には雑なのか心憎いのかわからない異様な音響が飛び出して来ますがそれもアーケストラのジャズにはふさわしいものでした。サターン盤に慣れた耳でこのサヴォイ盤を聴くとピアノの音がどこかいつものサン・ラと違います。おそらくサターン盤の大半はアップライト・ピアノが使用され、アップライト特有のデッドで詰まった音色になっており、平均律的な調律からはいささか怪しいピッチに聴こえます。アップライト・ピアノの使用は価格・耐久性とエレクトリック・ピアノ、オルガンとの併用のための演奏性のためでしょう。グランド・ピアノを主楽器にしていたらエレクトリック・ピアノ、オルガンへと身軽に移るのは難しいと思われます。何よりアップライト・ピアノは家庭用ピアノであるとともに盛り場用の楽器だからです。このアルバムではサン・ラはアコースティック・ピアノに徹し、つまりスタジオにはグランド・ピアノしかなかったと思われますが、そこでニューアークのスタジオの最新機材ときちんとメンテナンスされたグランド・ピアノで録音されたサン・ラ・アーケストラが音響の保守性と引き替えに表現してみせたのはサン・ラのヴォイシング(和声法)自体の特異性でした。ヴォイシングはコード進行とは関係なく和音自体の構成音の選択ですが、アレン=ギルモア=パトリックの3サックスと金管楽器1による4声のハーモニーの独自性を鮮やかに捉えた点で、このアルバムははっきりとサン・ラの音楽が次の段階に踏み込んだことを示す里程標的作品になりました。そして次作からはバンドはニューヨークに移住して作品制作を続けていくのです。

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