前回に続いてサイレント時代のフリッツ・ラング(1890-1976)監督作品の第2回です。この時代のものは完全な初公開時のオリジナル・プリントが残っていることがまずめったになく、トーキー時代(1928年以降)には上映される機会もないまま破棄されさり放置されたりして散佚作品と見なされていました。徹底的な調査から不完全版ながらプリントが発見されレストア修復されて放映・市販ソフト用に再び流通するようになったのは'70年代~'80年代からであり、今でも毎年のように旧作がレストアされていますが、まだ主要な映画史上の作品が網羅されつくされているとは言えません。第1作と第2作が未だに未発見とはいえ、1919年の第3作以降の全作品が残されているラングは幸運な映画監督と言えるでしょう。サイレント時代の映画監督には(トーキー初期もですが)、現存作品は数本しかないどころか1本も完全なプリントの存在しない不運な監督もいるのです。
●5月4日(木)
『彷徨える影』Das wandernde Bild (独マイ'20)*67mins, B/W, Color Tintid, Silent with Music : https://youtu.be/KgojfUY276w
●5月5日(金)
『一人の女と四人の男 (争う心)』Vier um die Frau : Kampfende Herzen (独デクラ・ビオスコープ'21)*84mins, B/W, Color Tintid, Silent with Music (参考リンク=再映画化作品) : https://youtu.be/FST7qCyXtCk
・これも凝った構成で、原作戯曲はあるが本作以降戦前ドイツでの最終作でトーキー版続編『怪人マブゼ博士』'33までコンビを組んだ女流作家・脚本家テア・フォン・ハルボウのシナリオによる初のフリッツ・ラング作品。業界一の美人妻を持つと冷やかされている株式業者が盗品密売商に偽宝石のブローチをつかまされる。密売商は町の高級ホテルに滞在しに来た男にも指輪の依頼を受けていて、その男を見かけた株式業者の知人は男の動向をマークする。実はその男は株式業者夫人の元の恋人の双子の兄弟で、株式業者夫人から兄の行方を聞き出そうと贈り物の指輪を用意していたのだった。株式業者知人は背後関係(夫は妻の元恋人の存在を知らない)を探って夫人を脅迫し、さらに元恋人の男も偶然町に戻ってきて双子と取り違えられて話は揉める。結局事実を知った夫は脅迫者の知人を射殺し、双子の弟が宝石窃盗と知人殺害で逮捕されそうになり、兄の元恋人が罪を被ろうとするが夫人は夫への愛を誓い「いつまでも待つわ」と夫を自首に送り出す、と一回読んで理解できる人はいないのではないかと思える下手な紹介に嫌気がさすが、人物関係が見えてくるまでがこの映画も長い。『蜘蛛 第2部:ダイヤの船』は悪役と善玉の区別をつけるのがやっと、『彷徨える影』よりさらに入り組んだ人間関係を理解する頃には映画は中盤までさしかかっている、という具合で、後にラングはサスペンス/スリラー映画をどっさり撮るからこういう陰謀ものは最初から好きだったのがわかって感心する。本作などはアメリカ映画でもフランス映画でも色気や洒落っ気が出てきそうな、本来ならシチュエーション・コメディめいた設定と筋書きなのにそういうユーモアや情感はほとんどない。謎めいた人間関係がもつれにもつれる様をひもといていくだけが興味で、他は当時の富裕階級の最新ファッションが見所といった所。これは『ドクトル・マブゼ』'22で明らかになるが、個人よりも都市を描こうという指向が本作あたりから芽生えてくる。艶っぽい話の割にまるで艶っぽくないのはラングの意図では成功かもしれないが、魅力的な映画になったかどうかは判別が難しい。'87年ブリュッセルのF・W・ムルナウ財団による『ハラキリ』『彷徨える影』と本作の3作のリストア修復染色ヴァージョンはリストアの威力で美しい画質が楽しめるが、ラングと双璧をなすサイレント時代のドイツ映画監督ムルナウの諸作と比較すると贅沢な不満ながらラングのサイレント時代の作品にはアイディアは豊富だが詩情は乏しく感じられる。次作で一気に飛躍する予兆はここまでの作品からは感じられないから、『死滅の谷』がいかに画期的作品だったのかがうかがえる。
●5月6日(土)
『死滅の谷』Der mude Tod (独デクラ・ビオスコープ'21)*96mins, B/W, Silent with Music : https://youtu.be/538F2FNm4p8
(リンクはDVDと同一ではありません)
●5月4日(木)
『彷徨える影』Das wandernde Bild (独マイ'20)*67mins, B/W, Color Tintid, Silent with Music : https://youtu.be/KgojfUY276w
●5月5日(金)
『一人の女と四人の男 (争う心)』Vier um die Frau : Kampfende Herzen (独デクラ・ビオスコープ'21)*84mins, B/W, Color Tintid, Silent with Music (参考リンク=再映画化作品) : https://youtu.be/FST7qCyXtCk
・これも凝った構成で、原作戯曲はあるが本作以降戦前ドイツでの最終作でトーキー版続編『怪人マブゼ博士』'33までコンビを組んだ女流作家・脚本家テア・フォン・ハルボウのシナリオによる初のフリッツ・ラング作品。業界一の美人妻を持つと冷やかされている株式業者が盗品密売商に偽宝石のブローチをつかまされる。密売商は町の高級ホテルに滞在しに来た男にも指輪の依頼を受けていて、その男を見かけた株式業者の知人は男の動向をマークする。実はその男は株式業者夫人の元の恋人の双子の兄弟で、株式業者夫人から兄の行方を聞き出そうと贈り物の指輪を用意していたのだった。株式業者知人は背後関係(夫は妻の元恋人の存在を知らない)を探って夫人を脅迫し、さらに元恋人の男も偶然町に戻ってきて双子と取り違えられて話は揉める。結局事実を知った夫は脅迫者の知人を射殺し、双子の弟が宝石窃盗と知人殺害で逮捕されそうになり、兄の元恋人が罪を被ろうとするが夫人は夫への愛を誓い「いつまでも待つわ」と夫を自首に送り出す、と一回読んで理解できる人はいないのではないかと思える下手な紹介に嫌気がさすが、人物関係が見えてくるまでがこの映画も長い。『蜘蛛 第2部:ダイヤの船』は悪役と善玉の区別をつけるのがやっと、『彷徨える影』よりさらに入り組んだ人間関係を理解する頃には映画は中盤までさしかかっている、という具合で、後にラングはサスペンス/スリラー映画をどっさり撮るからこういう陰謀ものは最初から好きだったのがわかって感心する。本作などはアメリカ映画でもフランス映画でも色気や洒落っ気が出てきそうな、本来ならシチュエーション・コメディめいた設定と筋書きなのにそういうユーモアや情感はほとんどない。謎めいた人間関係がもつれにもつれる様をひもといていくだけが興味で、他は当時の富裕階級の最新ファッションが見所といった所。これは『ドクトル・マブゼ』'22で明らかになるが、個人よりも都市を描こうという指向が本作あたりから芽生えてくる。艶っぽい話の割にまるで艶っぽくないのはラングの意図では成功かもしれないが、魅力的な映画になったかどうかは判別が難しい。'87年ブリュッセルのF・W・ムルナウ財団による『ハラキリ』『彷徨える影』と本作の3作のリストア修復染色ヴァージョンはリストアの威力で美しい画質が楽しめるが、ラングと双璧をなすサイレント時代のドイツ映画監督ムルナウの諸作と比較すると贅沢な不満ながらラングのサイレント時代の作品にはアイディアは豊富だが詩情は乏しく感じられる。次作で一気に飛躍する予兆はここまでの作品からは感じられないから、『死滅の谷』がいかに画期的作品だったのかがうかがえる。
●5月6日(土)
『死滅の谷』Der mude Tod (独デクラ・ビオスコープ'21)*96mins, B/W, Silent with Music : https://youtu.be/538F2FNm4p8
(リンクはDVDと同一ではありません)