オーストリア生まれのユダヤ系ドイツ人映画監督フリッツ・ラング(1890-1976)はゴダールの『軽蔑』1963で本人役で出演したのが最後の映画界での仕事になりましたが、非常に印象に残る役柄でラングというとあの映画のイメージが強い人も多いのではないでしょうか。ラングはまた現役監督時代が当時の映画監督では抜きん出て長かったことでも特筆すべき人で、監督第1作『混血児』1919から最後の監督作『怪人マブゼ博士』1960まで長編映画40作近くを40年あまりに渡って世に送り出してきた人です。ラングの現役時代はサイレント映画からトーキー化、カラー化、ワイドスクリーン化など映画の方式も次々と変わり、20世紀前半の歴史の激動が第二次世界大戦をピークにして観客の嗜好にも大きな変化をもたらした時代でした。ラングはナチス政権成立を機にアメリカに渡ってアメリカ映画の監督になりますが、ドイツ時代同様アメリカ時代でも第一線監督であり続けたしぶとい映画人でした。第1長編『混血児 Halbblut』(1919, Lost)、第2長編『愛のあるじ』Der Herr der Liebe (1919, Lost)は今日フィルムが散佚していますが、第3長編から最終作までのすべての作品は現在でもしばしば上映され、また映像ソフト化されている点でも突出した存在です。サイレント期ラングの同時代人にはチャールズ・チャップリン、カール・テホ・ドライヤー、アベル・ガンスが1889年生まれ、フリードリヒ・W・ムルナウが1888年生まれ、ラオール・ウォルシュが1887年生まれ、ゲオルグ・W・パプストとエリッヒ・フォン・シュトロハイムが1885年生まれ、ラングよりやや若い監督にはエルンスト・ルビッチが1892年生まれ、ジョン・フォード、キング・ヴィダー、ジョセフ・フォン・スタンバーグ、ジャン・ルノワールが1894年生まれという具合に大変な才能が競い合っていた時代で、特にラングの1歳年上がチャップリン、ドライヤー、ガンスというとトーキー以降のラングの現役感が際立って感じられます。ラングは決してサイレント時代の作品『メトロポリス』だけの人ではないのです。なおサイレント時代のフリッツ・ラング監督長編作品は次のようになります。上映時間は現存フィルムの尺数によります。
1. 混血児 Halbblut (独デクラ/1919, Lost)*フィルム現存せず
2. 愛のあるじ Der Herr der Liebe (独ヘリオス/1919, Lost)*フィルム現存せず
3. 蜘蛛 Die Spinnen 第1部:黄金の湖 Der goldene See (独デクラ/1919) 69min
4. ハラキリ Harakiri (独デクラ/1919) 87min
5. 蜘蛛 Die Spinnen 第2部:ダイヤの船 Der Brillantenschiff (独デクラ/1920) 104min
6. 彷徨える影 Das wandernde Bild (独マイ/1920) 67min
7. 一人の女と四人の男 (争う心) Vier um die Frau : Kampfende Herzen (独デクラ・ビオスコープ/1921) 84min
8. 死滅の谷 Der mude Tod (独デクラ・ビオスコープ/1921) 96min
9. ドクトル・マブゼ Dr. Mabuse, der Spieler 第1部 大賭博師・時代の肖像 Der grosse Spieler, ein Bild der zeit. (独デクラ・ビオスコープ=ウーコ/1922) 155min
10. ドクトル・マブゼ Dr. Mabuse, der Spieler 第2部 犯罪地獄・現代人のゲーム Inferno, ein Spiel von Menschen unserer Zeit. (独デクラ・ビオスコープ=ウーコ/1922) 115min
11. ニーベルンゲン ジークフリート Die Nibelungen: Siegfried (独デクラ・ビオスコープ/1924) 143min. (1st part)
12. ニーベルンゲン クリームヒルトの復讐 Die Nibelungen: Kriemhilds Rache (独デクラ・ビオスコープ/1924) 145min. (2nd part)
13. メトロポリス Metropolis (独ウーファ/1927) 124min/150min
14. スピオーネ Spione (独ラング=ウーファ/1928) 150min
15. 月世界の女 Frau im Mond (独ラング=ウーファ/1929) 169min
●5月1日(月)
『蜘蛛 第1部:黄金の湖』Die Spinnen : Der goldene See (独デクラ'19/Re.'99)*69mins, B/W, Color Tintid, Silent with Music : https://youtu.be/N6ElNhMd2bA
●5月2日(火)
『ハラキリ』Harakiri (独デクラ'19/Re.'87)*87mins, B/W, Color Tintid Silent with Music : https://youtu.be/S1elxQb47ew
●5月3日(水)
『蜘蛛 第2部:ダイヤの船』Die Spinnen : Der Brillantenschiff (独デクラ'20/Re.'99)*104mins, B/W, Color Tintid, Silent with Music : https://youtu.be/N6ElNhMd2bA
・『蜘蛛』第2部の今回は前回と話につながりはなく、蜘蛛団に中国系アンダーグラウンド・マフィアが絡みインドやフォークランド諸島まで世界を巡る仏像に仕込まれたダイヤモンド探しで正義の味方ケイブル・ホーグが忙しい。調べてみると『蜘蛛』2作は第1部が単独で『黄金の湖』として日本劇場公開されたものの第2部『ダイヤの船』は公開が見送られたらしい。初期のラング作品は『黄金の湖』以外は『混血児』『愛のあるじ』『ハラキリ』『ダイヤの船』に『彷徨える影』'20、『一人の女と四人の男』'21までが日本劇場未公開で、次の『死滅の谷』'21、『ドクトル・マブゼ』(第1部'21、第2部'22)からは順調に日本劇場公開されたと記録されている。もっとも『ドクトル・マブゼ』は第1部と第2部を合わせて短縮した編集版だったそうだが合わせて4時間半の大作では仕方あるまい。『蜘蛛』の場合は第1部と第2部に間が空いた上に合計2時間53分、しかし第1部と第2部の独立性が強く合わせて短縮版を作るにも不向きだった。この第2部、とにかく登場人物と場面転換が多い。欲張りすぎて観客(視聴者)が置き去りにされるほど映像の情報量が多いのだが、それが面白さと豊さになってはおらず無闇に錯綜して整理のつかないまま映画の進行とともに疲労感ばかりがつのり、しかも今回は1時間44分の長丁場で第1部の1.5倍もある。『黄金の湖』はインカ帝国の古代神殿の巨大セットを舞台に映像も適度に開放感のあるものだったが『ダイヤの船』の仏像探しは地下の洞穴で狭苦しい。蜘蛛団の女ボス、リオ・シャは前作に続いて出てくるが前作の巫女ナエラに相当するヒロインはいないし、見分けのつかない悪党集団はこれでもかと出てくるが同じような活劇シーンがくり返されるばかり。第1部から良い所を引いて悪い所ばかりを増幅させたような具合で、褒めるとしたらレストア修復映像の画質と美しいシーン染色しかなく、4部作が予定されていたシリーズなのに毒ガスに巻かれてリオ・シャも落命してしまう。まあ本作のヒット次第では遺体は替え玉とか実は双子の妹がとか続けようもあるが、1920年2月公開の『カリガリ博士』の大ヒットからドイツ映画の流行は変化して『蜘蛛』のような冒険活劇は流行らなくなる。よって次作は『蜘蛛』とも『ハラキリ』からも予想もつかないような作品になった。第1部はなかなかテンポ良く面白く観られたが、第2部はリオ・シャのキャラクター造型など第1部で済ませてしまったといわんばかりに性格描写がおざなりで独立性にも欠け、当時日本劇場公開が見送られたのも仕方ないという気がする。
(リンクはDVDと同一ではありません)
1. 混血児 Halbblut (独デクラ/1919, Lost)*フィルム現存せず
2. 愛のあるじ Der Herr der Liebe (独ヘリオス/1919, Lost)*フィルム現存せず
3. 蜘蛛 Die Spinnen 第1部:黄金の湖 Der goldene See (独デクラ/1919) 69min
4. ハラキリ Harakiri (独デクラ/1919) 87min
5. 蜘蛛 Die Spinnen 第2部:ダイヤの船 Der Brillantenschiff (独デクラ/1920) 104min
6. 彷徨える影 Das wandernde Bild (独マイ/1920) 67min
7. 一人の女と四人の男 (争う心) Vier um die Frau : Kampfende Herzen (独デクラ・ビオスコープ/1921) 84min
8. 死滅の谷 Der mude Tod (独デクラ・ビオスコープ/1921) 96min
9. ドクトル・マブゼ Dr. Mabuse, der Spieler 第1部 大賭博師・時代の肖像 Der grosse Spieler, ein Bild der zeit. (独デクラ・ビオスコープ=ウーコ/1922) 155min
10. ドクトル・マブゼ Dr. Mabuse, der Spieler 第2部 犯罪地獄・現代人のゲーム Inferno, ein Spiel von Menschen unserer Zeit. (独デクラ・ビオスコープ=ウーコ/1922) 115min
11. ニーベルンゲン ジークフリート Die Nibelungen: Siegfried (独デクラ・ビオスコープ/1924) 143min. (1st part)
12. ニーベルンゲン クリームヒルトの復讐 Die Nibelungen: Kriemhilds Rache (独デクラ・ビオスコープ/1924) 145min. (2nd part)
13. メトロポリス Metropolis (独ウーファ/1927) 124min/150min
14. スピオーネ Spione (独ラング=ウーファ/1928) 150min
15. 月世界の女 Frau im Mond (独ラング=ウーファ/1929) 169min
●5月1日(月)
『蜘蛛 第1部:黄金の湖』Die Spinnen : Der goldene See (独デクラ'19/Re.'99)*69mins, B/W, Color Tintid, Silent with Music : https://youtu.be/N6ElNhMd2bA
●5月2日(火)
『ハラキリ』Harakiri (独デクラ'19/Re.'87)*87mins, B/W, Color Tintid Silent with Music : https://youtu.be/S1elxQb47ew
●5月3日(水)
『蜘蛛 第2部:ダイヤの船』Die Spinnen : Der Brillantenschiff (独デクラ'20/Re.'99)*104mins, B/W, Color Tintid, Silent with Music : https://youtu.be/N6ElNhMd2bA
・『蜘蛛』第2部の今回は前回と話につながりはなく、蜘蛛団に中国系アンダーグラウンド・マフィアが絡みインドやフォークランド諸島まで世界を巡る仏像に仕込まれたダイヤモンド探しで正義の味方ケイブル・ホーグが忙しい。調べてみると『蜘蛛』2作は第1部が単独で『黄金の湖』として日本劇場公開されたものの第2部『ダイヤの船』は公開が見送られたらしい。初期のラング作品は『黄金の湖』以外は『混血児』『愛のあるじ』『ハラキリ』『ダイヤの船』に『彷徨える影』'20、『一人の女と四人の男』'21までが日本劇場未公開で、次の『死滅の谷』'21、『ドクトル・マブゼ』(第1部'21、第2部'22)からは順調に日本劇場公開されたと記録されている。もっとも『ドクトル・マブゼ』は第1部と第2部を合わせて短縮した編集版だったそうだが合わせて4時間半の大作では仕方あるまい。『蜘蛛』の場合は第1部と第2部に間が空いた上に合計2時間53分、しかし第1部と第2部の独立性が強く合わせて短縮版を作るにも不向きだった。この第2部、とにかく登場人物と場面転換が多い。欲張りすぎて観客(視聴者)が置き去りにされるほど映像の情報量が多いのだが、それが面白さと豊さになってはおらず無闇に錯綜して整理のつかないまま映画の進行とともに疲労感ばかりがつのり、しかも今回は1時間44分の長丁場で第1部の1.5倍もある。『黄金の湖』はインカ帝国の古代神殿の巨大セットを舞台に映像も適度に開放感のあるものだったが『ダイヤの船』の仏像探しは地下の洞穴で狭苦しい。蜘蛛団の女ボス、リオ・シャは前作に続いて出てくるが前作の巫女ナエラに相当するヒロインはいないし、見分けのつかない悪党集団はこれでもかと出てくるが同じような活劇シーンがくり返されるばかり。第1部から良い所を引いて悪い所ばかりを増幅させたような具合で、褒めるとしたらレストア修復映像の画質と美しいシーン染色しかなく、4部作が予定されていたシリーズなのに毒ガスに巻かれてリオ・シャも落命してしまう。まあ本作のヒット次第では遺体は替え玉とか実は双子の妹がとか続けようもあるが、1920年2月公開の『カリガリ博士』の大ヒットからドイツ映画の流行は変化して『蜘蛛』のような冒険活劇は流行らなくなる。よって次作は『蜘蛛』とも『ハラキリ』からも予想もつかないような作品になった。第1部はなかなかテンポ良く面白く観られたが、第2部はリオ・シャのキャラクター造型など第1部で済ませてしまったといわんばかりに性格描写がおざなりで独立性にも欠け、当時日本劇場公開が見送られたのも仕方ないという気がする。
(リンクはDVDと同一ではありません)