(抱いているのは子犬の死体)
●4月15日(土)
『左側に気をつけろ』(フランス'36)*13mins, B/W
・ジャック・タチの初主演作品がクレマン監督の短編だったとは気にもとめていなかった。50年後にゴダールが『右側に気をつけろ』とタイトルを拝借したので名のみ高い作品。田舎町の素人ボクシングを描いたサイレント風コメディで、最初自転車乗りの郵便配達夫がタチかと思ったくらい町のあんちゃん役のタチが若い。内容は他愛ない。脚本はタチ自身であまりにサイレント喜劇時代のアメリカ映画のギャグそのままで、タチの映画から入った観客にはともかく先にマック・セネット喜劇を観ているとあまりの追従ぶりが痛い。ドキュメンタリー映画のスタッフだったクレマンの手際はすこぶる良く、短編連作による長編ならもっと見応えもあっただろうが、いかんせん13分の短編1編ではタチのキャラクターも描ききれずきつい。
*
『鉄路の闘い』(フランス'46)*82mins, B/W
・フランスは大戦中ドイツ占領下だったのでレジスタンスは親ドイツ政権のフランス人に対する内戦でもあったのが嫌な感じでよくわかる。フランス国鉄職員のレジスタンス組織による鉄道網の妨害(破壊)工作をセミ・ドキュメンタリー的に細かく描いていて、似てる映画があったなと思うと帝政ロシア時代の労働運動鎮圧策略を描いたスパイ映画『ストライキ』(エイゼンシュテイン, '25)だった。スパイ、妨害、破壊(殺戮)が正当化されるのは革命と戦争の時で、これを反革命と反戦に置き換えてもやることは変わらない。レジスタンス組織はフランスの自由のために戦っていたわけだが、手段は人間を作戦の部品にするもので、ことに国鉄網の破壊となると敗軍の将が城を焼くようなむごさがある。映画の意図とは逆に侵略戦争が結局空虚な解決しか生まないか国家紛争の非情さをひしひしと感じさせてくれる「勝った側が正義」の映画にもなっている。映画のクライマックス、これだけの大鉄道事故を再現した戦勝直後の国威発揚アピールもフランス人のしつこい面、ドイツへの恨みつらみを見せつけられたような気がする。映画の底力自体はカンヌ国際映画祭監督賞・国際審査員賞もよかろうと思うが、受賞そのものは政治性を感じずにはいられない。
●4月16日(日)
『海の牙』(フランス'47)*98mins, B/W
・カンヌ国際映画祭冒険探偵映画賞受賞というのは1947年度は『幸福の設計』(ジャック・ベッケル)が恋愛心理映画賞、本作が冒険探偵映画賞、『ジークフェルド・フォーリーズ』(ヴィンセント・ミネリ)がミュージカル映画賞、『十字砲火』(エドワード・ドミトリク)が社会映画賞と4作同時グランプリを出した無茶な年だったので、アメリカ2作・フランス2作というのも国際情勢だなあと感心する。クレマンは『鉄路の闘い』と本作の間の『Le Pere tranquille』'46でもカンヌにノミネート、本作の次作『鉄格子の彼方』でも監督賞を受賞するから長編劇映画デビュー当時の勢いはすごかったのがわかる。同じ後出しジャンケン的反ナチ(ドイツ軍人=ナチではないが)映画でも潜水艦映画の本作は抜群に面白い。始まりは『深夜の告白』みたいで混乱するが敗戦末期に密命を帯びて南米へ航行するUボート、そこへようやく語り手が拉致される冒頭20分まで観ると止まらない。戦艦ものには金字塔『戦艦ポチョムキン』があるが、ことに潜水艦ものにハズレはないというのは本作あたりから定着したのではないか。ここまでも構成のネタバレはしているが、さらに後半こう来るか、とますますスリルが加速する仕掛けがある。メルヴィルのシリアスな『海の沈黙』とは体質が違うとしか言いようがなく、戦争をネタに面白い映画を作ろうという身も蓋もない職人根性は一本筋が通っている。レジスタンス映画とはいえ事実上フランス内戦事情だった前作よりも、ドイツ海軍潜水艦部隊の内輪モメを描いた本作の方が一見勧善懲悪なのに悪役ばかりの自滅劇で愉快痛快なのは当然ではなかろうか。『鉄路の闘い』は観客の歴史・政治的観点が問われるが『海の牙』は別に敗走する潜水艦はドイツ軍でなくてもよい。無責任に真綿で首が締められるドラマを楽しめる。フィルム・ノワールのような枠物語の構成は不要のようでいて第三者のフランス人を巻き込むにはこれしかないと思われるからこれで良いのだろう。主要登場人物十人ほどがどの順でどのような末路を迎えるか、これほど隙もなく意外性にも富むと文句のつけどころがない。狭い潜水艦艦内通路(当然セットだろうが)を1シーン1カットで移動するアンリ・アルカンのカメラには驚嘆する。Uボート敗走劇をネタにあらゆる技巧を試してみたハラハラドキドキ映画だから冒険探偵映画賞というのも妥当かもしれない。
●4月17日(月)
『鉄格子の彼方』(フランス'49)*83mins, B/W
・カンヌ国際映画祭監督賞・主演女優賞、アカデミー外国語映画賞受賞。戦後映画の国際的評価ではクレマンとデ・シーカ(『靴みがき』『自転車泥棒』ともにアカデミー外国語映画賞受賞)が突出していたのではないか。ジャン・ギャバン主演で『望郷』を思わせる本作、ギャバンは執行猶予中の殺人犯という設定で作中では悪事は特にしていない。『望郷』はカスバが舞台だったが本作はジェノヴァが舞台。原作シナリオには『自転車泥棒』の脚本家も噛んでいる。前科者で執行猶予中の貨物船船員(ギャバン)はひどい虫歯でジェノヴァ停泊中に歯医者にかかろうと街に出る。地元の少女の案内で歯科に向かう途中財布を掏られ、取り戻すが歯科で会計しようとして偽札とすり替えられたのが判明。歯科はまたの寄港時までツケにしてもらい、レストランに入ってようやくまともに食事し、無一文で偽札しか持っていないとウェイトレス(イザ・ミランダ)に打ち明ける。ウェイトレスは船員に好意を持ち偽札を承知で受け取り会計を済ませる。店主にはすぐ偽札がバレて警察に出頭する羽目になり、執行猶予中の身なので途方に暮れた主人公をヒロインがかくまう。自分を裏切った愛人殺しの前科を打ち明けるがむしろヒロインは主人公に惹かれる。昼間の少女はヒロインの娘で別れた夫が連れ去りに来るが主人公は追い返し、ヒロインはますます好意を抱くが少女の態度はよそよそしくなる。別れた夫の通報で警察がフランスに主人公の身元を照合する。主人公は出航が迫って別れを告げて引き留めるヒロインを振り切り船に戻るが、同僚にジェノヴァに残っても構わないと言われヒロインのアパートに帰ってくる。少女のために贈り物を買い二人の仲を認めてもらおうとするが少女はかえって打ち解けなくなり、近所中で噂になっていると母に反抗する。少女が登校中の時だけ出入りして納戸を隠れ家にするが何だかんだで警察に捕まりフランスへ強制送還される。「ピエール!」「君のためにはこれでいいんだ」と牽かれていく主人公。こんな単純なサスペンス・ラヴ・ロマンスが似たような設定の戦前のギャバンの『望郷』『霧の波止場』よりほのぼの染みるのは日照りのアルジェ、霧のル・アーブルとはまったく違うジェノヴァの開放感と中年男女の交情に暖かみがあって、すぐさま恋に落ちるのも不自然にも安易にも見えない説得力がある。画面はのんびりしているのにテンポは早く小気味良い。戦前世代とは袂を分かつドライだがくつろいだ感覚が新しい。ギャバンもミランダもどこか間の抜けた中年美男美女ぶりが愉しく陰湿にならない。とすればこれはコメディではないのかとすら思えてくる。
●4月18日(火)
『禁じられた遊び』(フランス'52)*87mins, B/W
●4月15日(土)
『左側に気をつけろ』(フランス'36)*13mins, B/W
・ジャック・タチの初主演作品がクレマン監督の短編だったとは気にもとめていなかった。50年後にゴダールが『右側に気をつけろ』とタイトルを拝借したので名のみ高い作品。田舎町の素人ボクシングを描いたサイレント風コメディで、最初自転車乗りの郵便配達夫がタチかと思ったくらい町のあんちゃん役のタチが若い。内容は他愛ない。脚本はタチ自身であまりにサイレント喜劇時代のアメリカ映画のギャグそのままで、タチの映画から入った観客にはともかく先にマック・セネット喜劇を観ているとあまりの追従ぶりが痛い。ドキュメンタリー映画のスタッフだったクレマンの手際はすこぶる良く、短編連作による長編ならもっと見応えもあっただろうが、いかんせん13分の短編1編ではタチのキャラクターも描ききれずきつい。
*
『鉄路の闘い』(フランス'46)*82mins, B/W
・フランスは大戦中ドイツ占領下だったのでレジスタンスは親ドイツ政権のフランス人に対する内戦でもあったのが嫌な感じでよくわかる。フランス国鉄職員のレジスタンス組織による鉄道網の妨害(破壊)工作をセミ・ドキュメンタリー的に細かく描いていて、似てる映画があったなと思うと帝政ロシア時代の労働運動鎮圧策略を描いたスパイ映画『ストライキ』(エイゼンシュテイン, '25)だった。スパイ、妨害、破壊(殺戮)が正当化されるのは革命と戦争の時で、これを反革命と反戦に置き換えてもやることは変わらない。レジスタンス組織はフランスの自由のために戦っていたわけだが、手段は人間を作戦の部品にするもので、ことに国鉄網の破壊となると敗軍の将が城を焼くようなむごさがある。映画の意図とは逆に侵略戦争が結局空虚な解決しか生まないか国家紛争の非情さをひしひしと感じさせてくれる「勝った側が正義」の映画にもなっている。映画のクライマックス、これだけの大鉄道事故を再現した戦勝直後の国威発揚アピールもフランス人のしつこい面、ドイツへの恨みつらみを見せつけられたような気がする。映画の底力自体はカンヌ国際映画祭監督賞・国際審査員賞もよかろうと思うが、受賞そのものは政治性を感じずにはいられない。
●4月16日(日)
『海の牙』(フランス'47)*98mins, B/W
・カンヌ国際映画祭冒険探偵映画賞受賞というのは1947年度は『幸福の設計』(ジャック・ベッケル)が恋愛心理映画賞、本作が冒険探偵映画賞、『ジークフェルド・フォーリーズ』(ヴィンセント・ミネリ)がミュージカル映画賞、『十字砲火』(エドワード・ドミトリク)が社会映画賞と4作同時グランプリを出した無茶な年だったので、アメリカ2作・フランス2作というのも国際情勢だなあと感心する。クレマンは『鉄路の闘い』と本作の間の『Le Pere tranquille』'46でもカンヌにノミネート、本作の次作『鉄格子の彼方』でも監督賞を受賞するから長編劇映画デビュー当時の勢いはすごかったのがわかる。同じ後出しジャンケン的反ナチ(ドイツ軍人=ナチではないが)映画でも潜水艦映画の本作は抜群に面白い。始まりは『深夜の告白』みたいで混乱するが敗戦末期に密命を帯びて南米へ航行するUボート、そこへようやく語り手が拉致される冒頭20分まで観ると止まらない。戦艦ものには金字塔『戦艦ポチョムキン』があるが、ことに潜水艦ものにハズレはないというのは本作あたりから定着したのではないか。ここまでも構成のネタバレはしているが、さらに後半こう来るか、とますますスリルが加速する仕掛けがある。メルヴィルのシリアスな『海の沈黙』とは体質が違うとしか言いようがなく、戦争をネタに面白い映画を作ろうという身も蓋もない職人根性は一本筋が通っている。レジスタンス映画とはいえ事実上フランス内戦事情だった前作よりも、ドイツ海軍潜水艦部隊の内輪モメを描いた本作の方が一見勧善懲悪なのに悪役ばかりの自滅劇で愉快痛快なのは当然ではなかろうか。『鉄路の闘い』は観客の歴史・政治的観点が問われるが『海の牙』は別に敗走する潜水艦はドイツ軍でなくてもよい。無責任に真綿で首が締められるドラマを楽しめる。フィルム・ノワールのような枠物語の構成は不要のようでいて第三者のフランス人を巻き込むにはこれしかないと思われるからこれで良いのだろう。主要登場人物十人ほどがどの順でどのような末路を迎えるか、これほど隙もなく意外性にも富むと文句のつけどころがない。狭い潜水艦艦内通路(当然セットだろうが)を1シーン1カットで移動するアンリ・アルカンのカメラには驚嘆する。Uボート敗走劇をネタにあらゆる技巧を試してみたハラハラドキドキ映画だから冒険探偵映画賞というのも妥当かもしれない。
●4月17日(月)
『鉄格子の彼方』(フランス'49)*83mins, B/W
・カンヌ国際映画祭監督賞・主演女優賞、アカデミー外国語映画賞受賞。戦後映画の国際的評価ではクレマンとデ・シーカ(『靴みがき』『自転車泥棒』ともにアカデミー外国語映画賞受賞)が突出していたのではないか。ジャン・ギャバン主演で『望郷』を思わせる本作、ギャバンは執行猶予中の殺人犯という設定で作中では悪事は特にしていない。『望郷』はカスバが舞台だったが本作はジェノヴァが舞台。原作シナリオには『自転車泥棒』の脚本家も噛んでいる。前科者で執行猶予中の貨物船船員(ギャバン)はひどい虫歯でジェノヴァ停泊中に歯医者にかかろうと街に出る。地元の少女の案内で歯科に向かう途中財布を掏られ、取り戻すが歯科で会計しようとして偽札とすり替えられたのが判明。歯科はまたの寄港時までツケにしてもらい、レストランに入ってようやくまともに食事し、無一文で偽札しか持っていないとウェイトレス(イザ・ミランダ)に打ち明ける。ウェイトレスは船員に好意を持ち偽札を承知で受け取り会計を済ませる。店主にはすぐ偽札がバレて警察に出頭する羽目になり、執行猶予中の身なので途方に暮れた主人公をヒロインがかくまう。自分を裏切った愛人殺しの前科を打ち明けるがむしろヒロインは主人公に惹かれる。昼間の少女はヒロインの娘で別れた夫が連れ去りに来るが主人公は追い返し、ヒロインはますます好意を抱くが少女の態度はよそよそしくなる。別れた夫の通報で警察がフランスに主人公の身元を照合する。主人公は出航が迫って別れを告げて引き留めるヒロインを振り切り船に戻るが、同僚にジェノヴァに残っても構わないと言われヒロインのアパートに帰ってくる。少女のために贈り物を買い二人の仲を認めてもらおうとするが少女はかえって打ち解けなくなり、近所中で噂になっていると母に反抗する。少女が登校中の時だけ出入りして納戸を隠れ家にするが何だかんだで警察に捕まりフランスへ強制送還される。「ピエール!」「君のためにはこれでいいんだ」と牽かれていく主人公。こんな単純なサスペンス・ラヴ・ロマンスが似たような設定の戦前のギャバンの『望郷』『霧の波止場』よりほのぼの染みるのは日照りのアルジェ、霧のル・アーブルとはまったく違うジェノヴァの開放感と中年男女の交情に暖かみがあって、すぐさま恋に落ちるのも不自然にも安易にも見えない説得力がある。画面はのんびりしているのにテンポは早く小気味良い。戦前世代とは袂を分かつドライだがくつろいだ感覚が新しい。ギャバンもミランダもどこか間の抜けた中年美男美女ぶりが愉しく陰湿にならない。とすればこれはコメディではないのかとすら思えてくる。
●4月18日(火)
『禁じられた遊び』(フランス'52)*87mins, B/W