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映画日記2016年11月21日~25日・木下惠介と黒澤明(前)

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 手持ちの木下惠介(1912-1998)の映画DVDを数えてみたら第1作『花咲く港』'43~第8作『不死鳥』'47までの8作と、第11作『破戒』'48、第15作『カルメン故郷に歸る』'51、第17作『日本の悲劇』'53の計11作を持っていました。第19作『二十四の瞳』'54で国民的作品を達成する直前までの初期作品群になります。木下惠介というと同年デビューで新人監督賞の「山中貞雄賞」を分け合い、以降批評家からは好ライヴァル視され、同年に歿した(平成10年=1998年、黒澤9月6日歿、木下12月30日歿)黒澤明(1910-1998)と比較されていたのも、木下が『二十四の瞳』、黒澤が『七人の侍』で各々デビュー以来の大ヒットを物して巨匠の風格を確立した昭和29年(1954年)まです。ちょうど手持ちの木下作品のDVDは『日本の悲劇』'53までですし、木下作品を優先に対応する発表順、年代の黒澤作品ともども観較べてみることにしました。初期木下作品は黒澤作品より知名度に乏しいので内容紹介をやや詳しくしました。

11月21日(月)木下・黒澤各第1作(監督デビュー作)

木下惠介(1912-1998)『花咲く港』(松竹'43)*82mins, B/W
・南国の島に身元詐称して乗り込んできた二人のペテン師(ぬけぬけとした小澤栄太郎、気弱な上原謙が好演)。「お国のために」インチキ会社を設立し資金を集めてドロンするつもりだったが、純朴な島民の熱意(笠智衆、水戸光子、東山千栄子ら)と真珠湾捷報に打たれて真剣に軍艦造船所事業に尽力することになる。詐欺師ですら愛国心に目覚めるという戦中の国策戦争賛美的要素が今日観ると逆に皮肉になっている。登場人物たちの性格造型が類型的ながらも多彩で、紆余曲折するプロットを巧妙にあやつり、感情表現がストレートなのも日本映画では目新しかったに違いない。自作シナリオと練れた演出、新鮮な表現を備えた第1作で、大きな将来性を感じさせる。

黒澤明(1910-1998)『姿三四郎』(東宝'43)*79mins, B/W
・木下に較べれば生硬、それを美点にする説得力がある。有名な5回の試合のヴァリエーションの痛快感と卓越した自作シナリオ。日本映画で最高に面白い1本には違いない。藤田進、大河内伝次郎、月形龍之介、轟由起子も役柄そのものに見える好演なのは演出の手柄。ただし人物の類型化でも木下作品ほど複雑な関係性は与えず、人間関係の図式化を好む嗜好がすでにある。作品の完成度は木下よりも上だが、第2作の題材が懸念されるタイプの個性に見える。


11月22日(火)木下・黒澤各第2作

木下惠介『生きてゐる孫六』(松竹'43)*89mins, B/W
・信長・信玄合戦時以来300年霊場として開墾がタブーになっている薄が原。一方名刀孫六の真偽をめぐって知り合った軍人と名人鍛冶師、流出した孫六を探す医大生と孫六所有の名家の母(吉川満子)との確執、令嬢とのロマンスから、霊場のタブーは解決され農地開墾されることになる。これも前作ほどには意表を突く滑稽な設定ではないが、複数の人間関係が連鎖して収斂していくドラマ作りはお見事。第1作以上ではないが水準を保つ力量を示した作品。

黒澤明『一番美しく』(東宝'44)*85mins, B/W
・主演は後に黒澤明夫人となる矢口陽子。軍事工場の女子挺身隊がより厳しい勤務ノルマを要求していく話で(親の危篤でも工場に出る、自分自身の病気・怪我を兵器増産の妨げとして恥じる)、合理性を欠いた生産体制を義とするだけにこれが完全な国策映画なのが不吉さを感じさせる。実際に女工経験をさせた女優たちを起用し、軍部の協力下(東宝は軍部・警察とパイプが太い)で撮影されたリアリティと、黒澤唯一の女性映画になったのは見所がある。


11月23日(水)木下・黒澤各第3作

木下惠介『歓呼の町』(松竹'44)*73mins, B/W
・なかなかはかどらない集団疎開をめぐる銃後のご町内事情を主人公(上原謙)の慎み深い恋愛ドラマを焦点に描く群像劇だが、急転直下の悲報が舞い込みすべてが解決する。笠智衆、東野英治郎、吉川満子、杉村春子、東山千栄子など小津安次郎監督作品とはまるで演技が違うのが面白い。ここまで初期3作(特に本作)、あまり語られないがすでに十分才気の光る佳作。スタッフ・キャストのクレジットが一切ないのは敗戦末期のフィルム不足がうかがえ、初期3作はいずれも短く特に本作は詰め込みすぎて飛躍しがちで走りがちだが、映画がどこに収斂するのか読めない副次的効果が出ている。

黒澤明『續姿三四郎』(東宝'45)*82mins, B/W
・あれほどの名作ならばアンコールの声も当然かかる。巷間言われるほどの劣化パート2ではない。師弟関係テーマが引っ込んで少年マンガになってしまったおかげで本格的な続編にしたら時節柄説教臭くなりかねなかった柔道がすっきりした格闘技になった。正編にはなかった正統派西部劇の味があるのもその効徳。戦時中アクションではあっても剣戟映画を作らずに済んだのが黒澤のキャリアにはラッキーだった。


11月24日(木)木下・黒澤各第4作(戦時下最終作)

木下惠介『陸軍』(松竹'44)*87mins, B/W
・息子を出兵させる母役・田中絹代の鬼気迫るラストの名演で知られる。学徒動員まで進んだ戦局末期、日本の大義を信じる日露・日清戦争体験世代の親世代(笠智衆ら)と出陣していく息子たち、銃後の女性たちの心構えを描いた戦意高揚ホームドラマとしても第一級の映像資料で、出兵する兵士たちの行進は実際の出兵を撮影したもの。一種シネマ・ヴェリテ手法の先取りなのが映像的衝撃になっている。これはこれで敗戦直前までの国民感情を活写していると見ないわけにはいかない。木下の感受性の幅広さが戦争賛美と母親の嗚咽に軋みを生んでいる。

黒澤明『虎の尾を踏む男達』(東宝'45)*58mins, B/W
・敗戦直前に完成、公開前に敗戦となり時代劇テーマだったためGHQ(占領アメリカ軍検閲)で'52年まで公開延期された。大河内伝次郎と榎本健一の2大スター競演にしてサスペンス時代劇(「勧進帳」のパロディ)コメディを58分の尺で緊密に組み上げた。旅の行者を装って関所を抜ける義経と弁慶一行。雇われの籠持ちがエノケンで、舞台的演技だがセット一つ、低予算の制約を実験を感じさせない実験的手法で成功させた。国策臭はまったくない。黒澤唯一のコメディでもあり、完全に女優抜き(他には『デルス・ウザーラ』'75くらいか)の映画でもある。


11月25日(金)木下・黒澤各第5作(敗戦後第1作)

木下惠介『大曾根家の朝』(松竹'46)*82mins, B/W
・久保栄脚本。フランス文学者の父(故人)の気風を守る外交官家出身の未亡人(杉村春子)、思想犯として検挙された長男、強制召集される次男。空襲難民で一家を占領した軍部大佐の叔父(憎々しげな小澤栄太郎)に乗せられて最前線に志願する三男。突然の敗戦で大佐は物資を着服し、生還してきた長女の恋人、釈放された長男によって叔父の大佐は追放される。勧善懲悪の図式に乗って昨日までの愛国連呼を特殊な家庭を題材に反戦・民主主義に転向してみせた観が強いが、GHQの指導によるシナリオ改変説が真相らしいので本音とは微妙にズレがあるように見える。必ず自作(単独または共作)シナリオで映画を撮ってきた木下らしくもないテーマ優先主義も感じる。何より『陸軍』までの戦時中作品に描かれていた庶民的な戦争賛翼国民感情をきっぱり軍部に脅迫された庶民の不本意ということにしてしまった。技巧は冴えて82分でテキパキと自由の回復と軍部への糾弾を訴える。その腕前から本作がヒットしキネマ旬報日本映画ベストテン年間1位に輝いたのはうすら寒い。

黒澤明『わが青春に悔なし』(東宝'46)*110mins, B/W
・これも久保栄脚本。黒澤も必ず単独または共作の自作シナリオで撮ってきた人。戦時中に恋人を思想犯嫌疑で失ったヒロイン(原節子)が、戦後亡き恋人の郷里に向かい、人手不足の農地開墾に尽力する話。『大曾根家~』は語り口だけでとりあえず観られるが、こちらは良い所を探すのが難しい。特に延々農作業が続く後半は「日本人は農業から出直そう」と押しつけがましく、国策映画『一番美しく』には少なくともあったストイシズムへの共感すら偽装に見える。敗戦直後の渾身の力作が木下、黒澤揃って低迷したのは、むしろこの方が敗戦世論のPR映画に徹して本気になってしまったからだろう。黒澤は国民感情などまったく共感も信頼もせずヒロイン(原節子)を贖罪意識で自虐的ストイシズムに叩き込む。その点では『大曾根家~』の方が虐げられる反戦民主主義家庭に安易に戦時下のアリバイを捏造しただけ始末が悪く、構成に明らかな破綻のある『わが青春~』にはまだ再出発への苦悩が見える。ヒロインを視点人物にしながらも女性映画として描けなかったのも脚本への懐疑が感じられ、浅薄な成功作『大曾根家~』に対する重厚な失敗作になったのもあながち欠点ではなく思える。


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