スナフキンは現地での生活必需品はすべて現地調達するつもりでしたので、ナップサックには役にも立たない文庫本(『銀河鉄道の夜』と『赤頭巾ちゃん気をつけて』)や最小限の下着、筆記用具くらいしか入れてきていませんでした。今やスナフキンは買い物もままならない身でしたから、廃棄された食材類(残飯とも言います)で飢えをしのぎ、衣類はコインランドリーから調達する始末でした。ひと目で怪しい衣類とわかるのは、そんな事情があったために統一感のまったく欠けた組み合わせの服装をせざるを得なかったからです。
まるで素人の書いたラノベの主人公のような体たらくだ、とスナフキンは谷の外れで昼間の隠れ家にしているボーボボ原の、おどろ沼の水面に姿を映してため息をつきました。現在各種ステイタスはすべてゼロ、どんなファンタジーアドヴェンチャーだって普通は初期設定でも何かしら特技が備わっているはずで、そうでもなければ状況を切り開く糸口すら見つけられません。ところがこれではおれはとことん落ちるところまで落ちたホームレスそのものではないか(とスナフキンは差別的に考えましたが、これはスナフキンの思考ですからそのままトレースするしかありません)。ホームレス?
論理的に考えれば、ホームレスが存在する社会とは多数を占める国民の中間層に一定した経済条件が保障されている状態でなければならないはず、とスナフキンは考えました。ですがスナフキンの見たところ、ムーミン谷とは資本主義的にも共産主義的にも、または帝政、共和制、民主制のいずれでもない、一定の成立基盤を欠いた社会のようでした。原始共産制?どう見てもそういうものとも違います。
おとぎの国じゃあるまいし、とスナフキンはプッと歯の混じった血痰を吐きましたが(スナフキンは乱闘から帰ったばかりで、ぐらついていた歯がついに抜けたのす)、もし暴力沙汰の有無をもっておとぎの国の是非を疑っているにせよ、どんなおとぎの国であれストリート・ファイトすらないユートピアなどないでしょう。むしろ話は逆で、面白いことしか起こらない世界こそがユートピアなのですから、もしユートピアがあるならばそれは愛欲や犯罪、戦争に満ちてこそその名に相応しいのです。
ひょっとしておれは試されているのではなかろうか、とスナフキンには疑わしく思えてくるのでした。おれが測量士として不要とされたのも、同じ理由からなのではないか。
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偽ムーミン谷のレストラン・改(33)
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