肩身が狭いな、とジャコウネズミ博士が言いました、馬鹿担当のムーパパが消えると、われわれのうちの誰かに道化の役割が回ってくるのではないか。やれやれだな。
ああ勘弁願いたいね、とヘムレンさん。これも順繰りだから仕方ないが、少なくとも年内だけでも私はご免こうむりたいな。
どうしてです、とスノーク。考えようによっては、ムーミンパパの代役なんて通常できることではない、この谷では名誉の極みではないですか。それを避ける根拠は……
ないね、とヘムル署長。ムーミン谷には法律がある。すなわちそれは私のことなのだが、法にはそれに伴う精神というものがある。
はあ、とスノーク。
たとえばムーミン谷中央広場にはハトが乱舞している時がある。谷の住人は糞害や(ハトの糞害はあなどれないからな)急襲(凶暴化したハトの爪とくちばしは手がつけられない)を避けて決してハトには見つからないようにするのだが、ムーミンパパは違うのだ。わきの下に猟銃を挟んでせっせと広場に駆けつける。
死闘は4時間くり広げられました。というのは広場の時計は朝の8時から夕方5時まで3時間刻みに鳴り響くのですが、老朽化しているので3時間進むのに4時間かかるのです。午後2時らしき鐘から次の鐘まででムーミンパパは公園じゅうのハトを惨殺し終えると、撃ちつくした猟銃を杖にひと休みしようとしてバランスを崩してもんどり打ちました。
あれは酸鼻をきわめた、とヘムル署長、ムーミンパパは弾丸が尽きると両手に出刃包丁を構えて殺戮の限りを尽くした。ムーミンパパは見境いつかなくなりホームレスやカップルや小学生の犠牲者も多かった。だからたとえ一時的にハトのさかりがついて糞害がひどかろうと、食用屠殺が目的地だろうと、それがハトでも手当たり次第に惨殺してまわるのは新たにムーミン谷条令で禁じられたのだ。
ではムーミンパパは?
条令の施行前だから無罪、というかそもそもムーミンパパを取り締まることのできる法律はムーミンパパが騒ぎをやらかしてからようやく作られる。期限つきの条令ならば期限が切れた頃になってやらかす。ある意味では、ムーミンパパはこの谷にとってぎりぎり耐え得る平和の指標でもあるのだ。
平和?とスノークは訊き返しました、災厄の間違いではないですか?
そうとも言う、とジャコウネズミ博士。しかし平和も災厄も天命ならば、そこに何の違いがあるのかな?
そんな適当な……。
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偽ムーミン谷のレストラン・改(32)
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