いくら何でもそれはないでしょう!と鼻持ちならない気取り屋のスノークが割って入りました。セックスだって手を使います。動物ならともかく、われわれが手を使わないでセックスをすれば文字通り手抜きと言われても仕方ない。そうではないですか?
きみは独身者だな、とフレドリクソンさん。ええまぁとスノーク。私も独身者だ、とフレドリクソンさん、しかもきみの父親ほどの年齢になっても独身を貫いてきた。これがどういうことかわかるかね?
私だってたまたま関係した女への執着で狂態を晒したこともあった。恋わずらいから神秘体験に陥ったといえば聞こえはいいが、医学的には急性の精神錯乱状態だな。より症状を限定すれば、躁鬱混交状態によって妄想を伴う意識昏迷が数日間続いた。
私はCDをかけるとスピーカーから出てくる音が物理的に空間を振動させるのがわかった。手づかみすると確かにそれには質量があった。私はミルクパンでカフェオレを沸かしていた。部屋の窓ぎわに人の形に空間の歪みが立っているのに気づいた。誰だ、と誰何したが透明人間は無言でうずくまっただけだった。私は携帯電話で着信拒否されている女へのメールを打ち続けていたのだ。次々思うがままに打つメールがすべて同じ行数に収まる偶然に天啓のようなものを感じていた。
昏迷下では微細な感覚すら肥大、または無感覚になる。唾液の嚥下に混じる微量な気泡が腹部の膨満感を招いて不快になり、唾液は呑まずに洗面台に吐いた。それでも不快で着衣のまま水を張ったままの浴槽に浸かった。水圧で腹部は少し楽になった。着衣のままの水浴には何の疑問もなかった。
むしろ私は浴槽の排水口に釘づけになった。水は下水道を流れてあらゆる下水につながる。実際にはそんな大規模な下水網はないが、その時はそう思った。私は風呂の水を抜きながら、直径3cmの排水口に頭から吸い込まれようと無駄な努力をした。ずぶ濡れの衣服を空の浴槽に脱ぎ捨て浴室を出ると異臭がした。ミルクパンは焦げつき柄まで焼け、噴きこぼれた牛乳でガスの火は消えていた。
私の侵入は失敗したが、下水道の仕組みは理解した。排水口に頭を押しつけた時、あちこちのポイント地点に待合というか、一種のラブホが設置されているのもわかった。なぜなら下水道を使って会わざるを得ない者は表を歩けないので、夢が私にそれを告げた。
そして私は今なお自分の錯乱を冷静に記憶すらしているのだ。
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偽ムーミン谷のレストラン・改(27)
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