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The Essential Billie Holiday: Carnegie Hall Concert Recorded Live (Verve, 1961)

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The Essential Billie Holiday: Carnegie Hall Concert Recorded Live (Verve, 1961) : https://youtu.be/a3GMJv5rZRU
Recorded at Carnegie Hall, New York City in November 10, 1956
Originally Released by Verve Records V-8410, 1961
1. God Bless the Child (Billie Holiday, Arthur Herzog Jr.) - 00:00
2. I Cover the Waterfront" (Johnny Green, Edward Heyman) - 2:33
3. Lover Come Back to Me (Sigmund Romberg, Oscar Hammerstein II) - 6:22
4. My Man (Jacques Charles, Channing Pollack, Albert Willemetz, Maurice Yvain)  - 8:16
5. Fine and Mellow (Billie Holiday) - 11:30
6. My Man (take 2) - 15:16
7. Them There Eyes (Maceo Pinkard, Doris Tauber, William Tracey) - 18:18
8. Lover Man (Jimmy Davis, Roger Ramirez, James Sherman) - 20:08
9. Stormy Weather (Harold Arlen, Ted Koehler) - 22:42
10. Willow Weep for Me (Ann Ronell) - 26:14
11. I Only Have Eyes for You (Al Dubin, Harry Warren) - 29:46
12. My Man (take 3) - 31:34
13. Please Don't Talk About Me When I'm Gone (Sam H. Stept, Sidney Clare, Bee Palmer) - 34:34
[ Personnel ]
(Billie Holiday with the Chico Hamilton Quintet)
Billie Holiday - vocals
Carl Drinkard - piano
Kenny Burrell - guitar
Carson Smith - bass
Chico Hamilton - drums
with
Roy Eldridge, Buck Clayton - trumpet
Coleman Hawkins, Al Cohn - tenor sax
Tony Scott - clarinet, piano

 偶然だが新年度のジャズ記事も女性ヴォーカルものから始める巡り合わせになった。このブログのポピュラー音楽紹介では女性ヴォーカルを取り上げることは滅多にない。単に好みの問題でもあるが、好き嫌いで言うなら好感を抱いている女性シンガーも少なくはないつもりだが、ジェンダー(この場合女性としての特質)を差し引くと、音楽自体は男性シンガーが先に開拓した領域から発展を示しているとは思えないアーティストが大半で、それは男性シンガーでも事態は大差ないが、単純に比率からしても、また女性アーティストに求められているパフォーマンスの次元にしても、保守的な傾向から踏み出すのが難しいようでもある。
 ビリー・ホリデイ(1915-1959)はヴォーカリストとして真の革新者と呼べる20世紀の最大の人で、ビリーのデビュー以前にもジャズ・ヴォーカルの分野はあり、またビリーのスタイルは彼女の生前には広いリスナーを持てなかったために間接的、または予見的な影響力に留まるとも言えるが、ジャズのリズム感を2ビートから4ビートに細分化させ、さらにアフタービートの乗りで8ビート、16ビートまで応用の利く驚異的なビート感覚を備えていた。ジャズ発祥以来のアメリカのポピュラー音楽はリズム感覚の改革によって進展してきたのを思うとビリーの間接的影響力は今日にも及ぶと言えて、器楽奏者や作・編曲家を含めてもビリーに匹敵する革新的音楽家は数えるほどしかいない。ビリーの歌を聴くのは何より純度の高い音楽の美しさに陶酔できる喜びがある。

 一昨年にはディスコグラフィーに沿って評伝的にビリーの代表曲を紹介し、昨年にはLP時代になった後期の録音から『Billie Holiday Sings』(1952)、『An Evening with Billie Holiday』(1952)、『Billie Holiday』(1954)『Solitude』(1956)、『Lady Sings the Blues』(1956)、『All or Nothing at All』(1958)、『Lady in Satin』(1958)、『Last Recordings』(1959)の8アルバムをご紹介した。1952年以前のビリーの録音は発掘ライヴを除けばどれもSPレコードで、従ってシングル盤単位になる。1956年~1958年の間にスタジオ録音アルバムがあと5枚あり、それらも完成度が高く是非ご紹介したいのだが、リンクを引けず諦めざるを得なかった。タイトルだけ上げると『Stay with Me』(1955)、『Music for Torching』(1955)、『Velvet Mood』(1956)、『Body and Soul』(1957)、『Songs for Distingue Lovers』(1957)で、どのアルバムも聴きどころがある。これらはクレフ/ヴァーヴ・レーベル在籍時代で、クレフ/ヴァーヴには発掘ライヴが2枚、同じヴァーヴ所属のエラ・フィッツジェラルドとのスプリット・アルバムのライヴ盤が1枚ある。発掘ライヴの1枚は『Billie Holiday at JATP』1954で、録音は1945年~46年。そして今回ご紹介する(実は訳ありの)1956年のカーネギー・ホールのリサイタルはビリー歿後の1961年発売された。
 当時ポピュラー音楽アーティストのワンマン・コンサートを指して使われていた呼称は主に「リサイタル」で、動員力の点でコンサート・ホールに集客力があるのはポピュラー音楽ではなくクラシック音楽の方であり、普通「コンサート」と言うとクラシック音楽の公演を指すのが一般的だった。ポピュラー音楽の生演奏は盛り場や飲食店でダンス音楽やムード音楽として演奏されていた。つまりダンスや飲食が主で音楽は実用性だけで消費され、それ自体の芸術性や音楽的価値はゼロではないが二の次だった。ビリーにとってヴァーヴ・レーベル後援のもと特別な「コンサート」が開催されたのは、この1956年に雑誌ライターのウィリアム・ダフィー(実際にインタビューしたのはダフィー夫人と判明している)執筆の聞き書きによる初の自伝『Lady Sings the Blues』(邦題『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝』)が一流出版社のダブルディ社から刊行されて話題を呼んだことによる。ヴァーヴ・レーベルは新曲「Lady Sings the Blues」とビリーのキャリアからの代表曲の再演からなるスタジオ録音アルバム『Lady Sings the Blues』をトニー・スコットをリーダーとするバンドで制作し(56年6月録音)、自伝とアルバムのヒットに駄目押しをするように11月に企画されたこのコンサートはチケット完売の大成功をおさめた。
(Original Verve "The Essential Billie Holiday" LP Liner Cover)

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 ビリー歿後の1961年に発売されたカーネギー・ホール・リサイタルのライヴ盤は全13曲を収めていたが、1989年のCD化以降はリサイタルで行われた司会者(ニューヨーク・タイムズ記者ギルバート・ミルスタイン)による自伝からの抜粋の朗読5か所を、実際のライヴの曲順通り(ただし全曲ではない)の収録曲に交えてリサイタルの雰囲気を再現しようとしている。CDでは次のようになった。
1. "Reading from Lady Sings the Blues" - 2:52
2. Lady Sings the Blues- (Billie Holiday, Herbie Nichols) - 2:38
3. Ain't Nobody's Business If I Do (Porter Grainger, Everett Robbins) - 2:33
4. "Reading from Lady Sings the Blues"/Trav'lin' Light (Trummy Young, Jimmy Mundy, Johnny Mercer) - 0:44
5. "Reading from Lady Sings the Blues" - 2:06
6. Billie's Blues (Billie Holiday) - 3:20
7. Body and Soul (Edward Heyman, Robert Sour, Frank Eyton, Johnny Green) - 2:41
8. "Reading from Lady Sings the Blues" - 0:55
9. Don't Explain" (Billie Holiday, Arthur Herzog, Jr.) - 2:30
10. Yesterdays (Jerome Kern, Otto Harbach) - 1:16
11. Please Don't Talk About Me When I'm Gone (Sam H. Stept, Sidney Clare, Bee Palmer) - 1:43
12. I'll Be Seeing You (Sammy Fain, Irving Kahal) - 2:28
13. Reading from Lady Sings the Blues" - 2:50
14. My Man (Jacques Charles, Channing Pollack, Albert Willemetz, Maurice Yvain) - 3:13
15. I Cried for You (Gus Arnheim, Arthur Freed, Abe Lyman) - 3:09
16. Fine and Mellow (Billie Holiday) - 3:15
17. I Cover the Waterfront (Johnny Green, Edward Heyman) - 3:46
18. What a Little Moonlight Can Do (Harry M. Woods) - 2:49
 ニューヨーク・タイムズ記者をナレーターに招いたのは、ビリーの自伝刊行を文化的な事件としてアピールしたいレコード会社と新聞社の思惑があり、ビリー本人が企画に乗ったのも否めない。事実ビリー・ホリデイ自伝の刊行には大きな社会的インパクトがあり、確かな文化的意義もあったのだが、そこでビリーに対して貧困と被差別、性的スキャンダルのイメージが音楽以上に拡大し、リスナーに不必要な先入観を与えることになった弊害は今日かなり風化されこそすれ、十分に払底されたとは言えない。ジャーナリズムが喧伝したビリーのイメージは抑圧による悲しみ、貧困による苦しみなど被害者的な面が強調され、ビリーが大成した天才ヴォーカリストとして圧倒的な強者だった事実を隠蔽してしまっている。ビリーのデビュー以前には女性ジャズ・ヴォーカルのスタイルはブルーズかトーチソング(感傷的失恋歌)の両極しかなかったが、ビリーはブルーズにトーチソングのニュアンスを込めることも、トーチソングをブルーズの活力で歌うこともできた。ビリーの前に既成のジャンルの制約も、曲の解釈の限界もなかった。それほどの天才歌手に、一面的な悲しみや苦しみの枠をはめて大衆的にわかりやすいイメージを与える作業が、それ自体は優れた自伝であり、またキャリアの総括的コンセプト・アルバムだった両『Lady Sings the Blues』を歪曲した結果がカーネギー・ホール・コンサートだったとも言える。
(Original Verve "The Essential Billie Holiday" LP Side A Label)

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 コンサートのドキュメントとしてはともかく、ナレーション抜きのLP『The Essential Billie Holiday: Carnegie Hall Concert Recorded Live』の方がビリーの音楽を純粋に聴ける点だけでも勝れる。幸いそれらしきリンクが貼れるので今回ご紹介した音源がそれだが、上記LPの再発盤を音源とすると書いてありながら、これがまったく一致していない。曲目の記載もないので聴きながら起こさなければならなかったが(これは56年以降のビリーのライヴ定番曲ばかりなので難しくなかった)、ヴァーヴ盤に収録されていない曲が半数以上を占める上に「My Man」が3テイクも入っている。おそらく複数のラジオ放送用音源をまとめたものと思われるが、もしカーネギー・ホール・コンサート音源と見做すならば、当日は2回入れ替え制で公演が行われた。宵の部では10曲が演奏され、そのうち5曲がLPに採用される。晩の部では13曲が演奏され、こちらからは8曲がLPに収録された。その未収録曲の曲目が、全曲を網羅していないが掲載リンクの音源と一致している。だが記録ではカーネギー・ホールの未収録曲音源は存在しないらしいので、これらは同時期のライヴ音源から組み合わせた架空の「カーネギー・ホール未収録曲集」の公算が高い。
 ビリー・ホリデイの発掘ライヴ音源はCDにしてほぼ15枚強あるので、根気よく照らし合わせれば曲ごとに出典を見つけられるかもしれない。この音源では名曲揃いのビリー自作曲(ただし生涯に20曲と数は多くない)でも屈指の名曲「God Bless the Child」や、ビリーのために作曲されて即座にスタンダード・ナンバーになった「Lover Man」がオリジナルのスタジオ録音よりもカジュアルなアレンジで良い雰囲気を出しており、「My Man」の重複収録さえなければ現行のカーネギー・ホール・コンサートのCDよりも優れた内容になっている、とすら言える。ビリーが採り上げたフランスのポピュラー曲の英語詞版は「My Man」以前にも「Gloomy Monday」(邦題「暗い月曜日」)があり、後にジャニス・ジョプリンがガーシュインの「Summertime」をレパートリーとしたのと同様、表現過剰な歌唱に陥っている。だが逆に言えば「My Man」以外はすべて最良の選曲であり、自伝とアルバムのプロモーション目的のコンサートという条件からか普段よりやや生硬だったカーネギー・ホール盤や、聴きなれたスタジオ盤とは違ったパフォーマンスが楽しめる。しかも信じ難いことだが、この時点で彼女の余命はあと2年半に迫っていた。

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