バタコさんはいつ目的地に着くとも知れない岩山を登っていました。休憩するたびに次に休むべき岩棚を視界ぎりぎりまで探しては、再び岩石がごろごろする危険な急斜面を這い上がり目的の岩棚にたどり着くのでした。それは直線距離にすれば十数メートルでしかありませんでしたが、家屋に置き換えれば数階建ての高低差をよじ登るのですからアンパンマンたちのような飛行能力や跳躍力、何より人間離れした不死身の肉体の持ち主ならぬバタコさんには身のほど知らずな大冒険とすら言えました。アンパンマンやしょくぱんまん、カレーパンマンなら雑作もなくなし得ることがバタコさんには命がけの決意であり、この役目がバタコさんにしかできない由縁もそこにありました。バタコさんの使命は山頂にただ石を積んでくるというだけのものであり、ただそれだけの行為が世界に再び奇跡をもたらす糸口だったからです。
ばいきんまんですらすでに意を決したバタコさんには対抗するすべがありませんでした。アンパンマン、そしてジャムおじさんはばいきんまんにとってはっきり敵対勢力として存在していましたが、ドキンちゃんやホラーマンがそうであるように、バタコさんは直接にはばいきんまんとの敵対関係はない中立的立場だったからです。そしてバタコさんが今ごろになってしゃしゃり出てきた以上、ばいきんまんが準備を進めてきたアンパンマンたちとの最終決戦も実行に移されないまま全80回が終了してしまうのは目に見えていました。
それではこれまでばいきんまんがやってきたことは何のためだったのでしょう。たぶんこうして水の泡になる皮肉のためです。ぼくにしてもそうだ、とアンパンマンは思いました。誰もがぼくを巨大な乳頭のような肉塊としか思っていない。実際のぼくがその通りだからで、ぼくが乳頭から元のアンパンマンに戻っとみせないことには話は終わらないはずだったのだが、もうその機会すらないままに夜ノアンパンマンは終わってしまうのだ。
ジャムおじさんはバタコさんがいなくなったことにすら気がついていませんでした。
そしてそれらのすべてがバタコさんには預かり知れず、知ったところでどうしようもないことでした。ですから、バタコさんは時間をかけて一人きりの険しい山登りを続けていたのでした。その時巨大な肉食鳥が急降下してくると、怪力で押さえつけたバタコさんの心臓をくちばしのひと突きでえぐり出したのです。
完。
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魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(80・最終回)
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