最後の秘宝、とまで以前の記事に書いたアーティストの全アルバム・ボックスがついに発売された。2015年最高のリイシューCD(9枚組中初CD化アルバム3枚含む)の一つであり、安易な仕様に文句もあるが、まずは喜びたい。
最近になって、その記事に寄せられたコメントで、ついにこの10月カトリーヌ・リベロ + アルプの全アルバム9枚がボックス・セット発売されたことを教えていただいた。バンドの業績を思えば当然で、むしろ遅かったくらいだと言える。リベロ + アルプは70年代フランスで先鋒を切ってデビューし、ゴング、マグマ、アンジュと肩を並べた、70年代フランス最重要バンドだった。ボックス・セットにまとめられたアルバム全9枚をリストにするとこうなる。
1969 : Catherine Ribeiro + 2bis (LP Festival FLDX487)
1970 : Catherine Ribeiro + Alpes - N゚2 (LP Festival FLDX531)
1971 : Ame debout (LP Philips 6325 180), (CD Mantra 642 091)
1972 : Paix (LP Philips 9101 037), (CD Mantra 642 078)
1974 : Le Rat debile et le Homme des champs (LP Philips 9101 003), (CD Mantra 642 084)
1975 : (Libertes ?) (LP Fontana 9101 501), (CD Mantra 642 083)
1977 : Le Temps de le autre (LP Philips 9101 155)
1979 : Passions (LP Philips 9101 270)
1980 : La Deboussole (LP Philips 6313 096), (CD Mantra 642 088)
LP時代やCD初期に発売された物足りないベスト盤もあったが、近年はそれなりに充実したボックス・セットが2種発売されていた。
2004 : Libertes ? (Long Box 4 CD Mercury 982 36569)
2012 : Catherine Ribeiro + Alpes 4 Albums Originaux : fondamentaux "Catherine Ribeiro + Alpes - N゚2", "Ame Debout", "Paix", "Le Rat debile et l'Homme des champs". 4CD en coffret chez Mercury Records 279 506-0
2004年の『Liberte?』はリベロのフォーク歌手時代~アルプ作品、そして現在は本格的なシャンソン歌手として活動しているキャリアを追った好編集の4枚組ボックスだが、データの不備が甘い。2012年の『4 Albums Originaux』は今回の9枚組ボックスの前身のようなもので、第2作~第5作までの4枚をそのままシンプルな紙ジャケットで収めている。今回の9枚組全集もそうだが、Wジャケットもすべてシングル・ジャケットにし、インナースリーヴなども当然ついておらずCDが裸のまま入っている。悪く言えば廉価盤扱いでストレート・リイシューをただ全アルバムまとめて出しただけ、とも言える。アルプのアルバムは見開きジャケットやスリーヴにも凝ったアートワークや歌詞をきっちり載せていたから、今回の全集はジャケットの完全再現に定評のある日本盤が出ればなお良いのだが、そうしたら価格も当然高くなるだろう。もともと表ジャケットだけで雰囲気があるので、これまで廃盤や未CD化でプレミア価格で取り引きされ、なかなか手に入らなかったアルプ全アルバムをまとめて5000円台で聴けるのはめでたい。代表曲は4CDボックス『Liberte?』で聴けるとはいえ、アルバムが曲順を含めて全曲トータルで聴かれるべきなのは言うまでもなく、気に入った曲をより抜くのはその後だろう。リベロ + アルプのようなアーティストであればなおのことそれが言える。
今回のボックスも欠点を上げれば簡素すぎるただの紙ジャケットだけでなく相変わらずのデータの不備(仏英2か国語の同一解説書がついているだけ、しかも大したことのない内容)、アルバム未収録シングルの未収録(ボーナス・トラック一切なし)、当然未発表曲やライヴを集めたボーナス・ディスクもなし、ボックス・セット『Liberte?』収録のアルプ以前のリベロの未アルバム化シングル集もなし(アルプ作品ではないから省かれたのは筋が通るが、ボックス『Liberte?』でしか聴けないのではあんまりだろう)と本当に既発表アルバムをそのままセットにしているだけなのだが、収録された音楽内容は素晴らしいの一言に尽きる。ボックス・セット『Liberte?』の選曲は妥当なのだが、佳曲が必ずしも収録アルバムの音楽傾向を表しているとは限らない。9枚組全集を聴くとデビュー作から『Paix』の4枚、『Le Rat~』から『Le Temps~』の3枚、最期の2枚の3期で音楽性に変遷があるのが、わかる。先に述べたような不満はあるのだが(せっかくのボックス・セットなのだから)、未CD化だったデビュー作、やはり未CD化だった後期の『Le Temps~』『Passions』は初めて全曲を聴いて鼻血が出た。『Le Temps~』はベースの巨匠アンリ・テキシェ参加の傑作『(Liberte?)』の続編というところだが、リベロがシャンソン歌手への転向の意志を明らかにしてソロ・アルバムも発表し、アルプが解散を意識していた最期の2作『Passions』『La Deboussole』はヴァイオリン(デヴィッド・ローズ)とサックス(ロビン・ケニヤッタがゲスト参加している)の導入が効いた、抜けの良いサウンドで曲調もカラフルな快作になっている。結局カトリーヌ・リベロ + アルプのアルバムは全9枚すべて名作・傑作・秀作・佳作に数えられる。10年間でロックでやれることはやり尽くした、とリベロはシャンソンへ、ムーレはエグゼヴィジョン・アートの分野に転向した(ムーレは来日展覧会も開催されている)。
ボックス・セットはご覧の通り全9枚のアルバム・ジャケットがあしらってあるが、他のアルバムの4倍の大きさでフィーチャーされているのが『Paix』になる。そこで、以前同アルバムについてご紹介した記事を再録します。全アルバムを聴いて、今なら微妙に評価を調整したい気持もある。アルプ本来のサウンドは『Ame Debout』『Paix』にあり、『(Liberte?)』を頂点とする前後作や最期2作では既成のロック寄りのサウンドに近づいているのも感じる。ボックス・セットのブックレット掲載の解説では「(リベロは)ジャニス・ジョプリンをボードレールに、ニコをランボーに、エディット・ピアフをアポリネールに」生まれてきた詩人/女性ヴォーカリストと評している。それではまるで女性版ジム・モリソンだが、リベロの声質や唱法はモリソンをフェヴァリットの一人に上げるスージー・スーにそっくりなところが多く、スージーはモリソンと資質も近く唱法も意識していると思われるが、リベロとモリソンは直接は似ていない。しかしスージー&ザ・バンシーズを間に置くとリベロ + アルプはザ・ドアーズと鏡像関係にあるといえるのも今回ドンとまとめて全アルバムを聴き、発見した気分だった。以下は、今年初夏に一度掲載した記事をそのまま再録したもので、全集ボックスが発売されると知る前の記事であることを差し引いてご高閲いただければ幸いです。
Catherine Ribeiro + Alpes - Paix (Philips, 1972) Full Album
Paix est un album studio de Catherine Ribeiro + Alpes, sorti en 1972, Philips 9101 037
Tous les textes sont ecrits par Catherine Ribeiro et mis en musique par Patrice Moull
(Face A)
1. Roc Alpin : https://youtu.be/KcmDcPhnXRc - 3:04
2. Jusqu'a ce que la force de t'aimer me manque : https://youtu.be/EdDqut9g-hU - 3:00
3. Paix : https://youtu.be/VtCMOoJuveY - 15:49
(Face B)
1. Un Jour...La Mort : https://youtu.be/Zs1gyPk6V0c - 24:43
[Musiciens]
Catherine Ribeiro - Chant
Patrice Moullet - Cosmophone, Guitare acoustique
Jean-Sebastien Lemoine - Percussions (Percuphone), Guitare basse
Patrice Lemoine - Orgue
Michel Santangelli - Batterie (sur le Roc Alpin)
カトリーヌ・リベロ + アルプのアルバム紹介など滅多にできる機会がないからこの際リンクの引けるアルバムは一通りご紹介したい。もともと多国籍バンドだったゴングを例外として、フランスのバンドはフランス国内、せいぜいフランス語圏、行ってラテン諸国までを活動範囲とするバンドがほとんどになる。アンジュやマグマなどはヨーロッパではジェスロ・タルやピンク・フロイドに匹敵する大物だが、英米では一部のマニアにしか聴かれない。イタリアでもPFMの国際的成功は例外的で、かえってオランダやスウェーデンからは英米で成功したバンドが出ている。ドイツのバンドは最初から国際的活動を視野に入れてデビューする例が多く、音楽の良し悪しよりはそうした国際性の有無でフランスのバンドは、マニア以外にはトップクラスであるリベロ + アルプ、マグマ、アンジュ級の大物でさえもバンドの実績に見合うほど聴かれていない、といえる。
カトリーヌ・リベロはポルトガル移民の出身で1941年生まれ、女優・モデルとしてデビューし(ゴダールの『カラビニエ』1963など)、60年代はフォーク・ロック歌手としてボブ・ディランの曲のフランス語ヴァージョンなどを歌っていた。ジュディ・コリンズ路線の頃のマリアンヌ・フェイスフルやニコと同じような経歴で、『カラビニエ』で共演したパトリス・ムーレがやがてミュージシャンに転向すると、リベロとムーレをリーダーにサイケデリック・ロックとフォーク・ロック色の強い『Catherine Rebeiro + 2Bis』をインディーズのフェスティヴァル・レーベルから69年に発表する。女優やモデルから本格的な独創的ミュージシャンになった人で、ゴングの『Magick Brother』が69年録音の70年発売、マグマの『Magma』が70年録音・発売、アンジュの『Caricatures』が71年録音・72年発売だからリベロ + アルプはフランスの70年代ロックの先陣を切ったことになる。80年の『La Deboussole』を最期にアルプは解散、リベロは正統派シャンソン歌手に転向し成功を収める。
事情があるのかリベロ + アルプ作品のCD化は不完全で、2004年の4枚組ヒストリー・ボックス『Libertes ?』、2007年の一夜限りのアルプ再現ライヴ(バックは全員セッション・ミュージシャンだが)『Catherine Ribeiro chante Ribeiro Alpes - Live integral』 (double CD Nocturne NTCD 437)、2012年のアルバム4枚セット(『N゚2』『Ame Debout』『Paix』『Le Rat debile』の4枚を収録)がかろうじて入手できるが、それすらも難しい。英米でも一応評価はされていて、フィメール・ヴォーカルのサイケデリック・フォーク・ロック作として『Ame Debout』が佳作、『Paix』が傑作とされているが、74年の『Le Rat debile et le Homme des champs』と75年の『(Libertes ?)』はサウンドの充実ではアルプ史上最高峰だと思う。特に『(Libertes ?)』は『Paix』をしのぐ最高傑作だろう。『Le Rat~』でようやく兼任パーカッション奏者ではなくドラムス専任奏者が入ったがベースはパーカッション奏者が兼任で、『(Libertes ?)』でやっとベース、ドラムスの専任奏者が揃うことになる。しかもアルプは他のバンドがまず使わない特殊楽器をサウンドの特徴にしていた。
(Catherine Ribeiro, Bordeaux 1972, SIGMA Chanson)
Catherine Ribeiro+Alpes - Cathedrale de Bruxelles en 1972 "Experts From Un Jour…La Mort" : https://youtu.be/DuT3YPoUwBk
Catherine Ribeiro + Alpes Live et Interview - French TV 1972 : https://youtu.be/PbK7ZUKZowY
前者は『Paix』B面の大曲『Un Jour…La Mort』の一部のライヴ映像、後者はバンドのリハーサル・ドキュメントを観ることができる。どちらも『Paix』発表の72年の映像になる。
リベロ + アルプは全曲がリベロ作詞・ムーレ作曲だが、サウンドの特徴はギタリストのムーレが弾くコスモフォンとドラマーが兼任するパーキュフォンで、パーキュフォンは当時開発されていたアナログ・エレクトリック・パーカッションで音程と音色の組み合わせで256種類のパーカッション音が出せるらしい。映画音楽や現代音楽に使われることはあるが、ロックではアルプ以外に用例がないらしい。コスモフォンはアルプ以外用例がない。パトリス・ムーレの開発した独自のエレクトリック弦楽器だからだ。その実体はエレクトリック・ヴィオラ・ダ・ガンバ(増弦リュート)になるらしい。映像で観ても何の弦楽器かわからない。 また、アンジュもそうだがフランスのバンドは電気オルガンの音からして英米ロックと違う。英米ロックではVOX社やハモンド社のオルガンが標準だったが、フランスのバンドはファルファッサ社のオルガンを愛用していた。『Ame Debout』よりもリズムが躍動的になったのはパーキュフォン担当者のメンバー・チェンジもあるが(パーキュフォンとベースを兼任だからベースはオーヴァーダビングだろう)、コスモフォンとパーキュフォンとオルガンの編成が基本で、即興的なバックグラウンドのアンサンブルに乗せてリベロが自作詞を語りに近い唱法で延々歌っていくのがリベロ + アルプのスタイルになっている。
これは当時のニコも似たスタイルだったのだが、ニコは70年代にはほとんどライヴ活動は行っていなかった。リベロ + アルプは積極的にライヴ活動していて、強力な女性ヴォーカリストをフロントにしたバンドとしても、英米ロックと隔絶したフランスでも極端に異端なサウンドと、さらにフランスの70年代ロックのパイオニアとしての存在感もあって伝説的なバンドになった。リベロが40代になる前年でもある80年に最後のアルバムを出して解散したのも、80年を境にロックのトレンドが激変したのを思えば潔い。リベロが正統派シャンソン歌手に転向した後もパトリス・ムーレが音楽ディレクターについているから、アルプとしてやりたいロックは80年までにやり尽くしたのだろう。
ゴングやマグマ、アンジュのアルバムはちょっと頑張ればほとんど再発CDが手に入るが、アルバム枚数ではいちばん少ないカトリーヌ・リベロ + アルプが全アルバムのCD化がされておらず、2000年以降のボックス・セットでセレクトされた曲か、1度きりの再現ライヴか、限られたアルバムしか聴けないのは何とも歯がゆい。しかもフランス盤だから入手しづらい。90年代にバラでCD化されたアルバムは定価の数倍のプレミアがついている。初期3作、後期3作もいいし、中期の3作『Paix』『Le Rat~』『(Libertes ?)』は絶頂期で、エルドンやジュヌヴェルヌ、エマニュエル・ブーズですら紙ジャケットで全アルバムが日本盤発売されるほどなのだから、カトリーヌ・リベロ + アルプは最後の秘宝だろう。さらに絶頂期のライヴでも発掘発売されれば申し分ないが、需要だってない訳ないのだから公式アルバムのCD化ともども何か事情があるのだろうか。
最近になって、その記事に寄せられたコメントで、ついにこの10月カトリーヌ・リベロ + アルプの全アルバム9枚がボックス・セット発売されたことを教えていただいた。バンドの業績を思えば当然で、むしろ遅かったくらいだと言える。リベロ + アルプは70年代フランスで先鋒を切ってデビューし、ゴング、マグマ、アンジュと肩を並べた、70年代フランス最重要バンドだった。ボックス・セットにまとめられたアルバム全9枚をリストにするとこうなる。
1969 : Catherine Ribeiro + 2bis (LP Festival FLDX487)
1970 : Catherine Ribeiro + Alpes - N゚2 (LP Festival FLDX531)
1971 : Ame debout (LP Philips 6325 180), (CD Mantra 642 091)
1972 : Paix (LP Philips 9101 037), (CD Mantra 642 078)
1974 : Le Rat debile et le Homme des champs (LP Philips 9101 003), (CD Mantra 642 084)
1975 : (Libertes ?) (LP Fontana 9101 501), (CD Mantra 642 083)
1977 : Le Temps de le autre (LP Philips 9101 155)
1979 : Passions (LP Philips 9101 270)
1980 : La Deboussole (LP Philips 6313 096), (CD Mantra 642 088)
LP時代やCD初期に発売された物足りないベスト盤もあったが、近年はそれなりに充実したボックス・セットが2種発売されていた。
2004 : Libertes ? (Long Box 4 CD Mercury 982 36569)
2012 : Catherine Ribeiro + Alpes 4 Albums Originaux : fondamentaux "Catherine Ribeiro + Alpes - N゚2", "Ame Debout", "Paix", "Le Rat debile et l'Homme des champs". 4CD en coffret chez Mercury Records 279 506-0
2004年の『Liberte?』はリベロのフォーク歌手時代~アルプ作品、そして現在は本格的なシャンソン歌手として活動しているキャリアを追った好編集の4枚組ボックスだが、データの不備が甘い。2012年の『4 Albums Originaux』は今回の9枚組ボックスの前身のようなもので、第2作~第5作までの4枚をそのままシンプルな紙ジャケットで収めている。今回の9枚組全集もそうだが、Wジャケットもすべてシングル・ジャケットにし、インナースリーヴなども当然ついておらずCDが裸のまま入っている。悪く言えば廉価盤扱いでストレート・リイシューをただ全アルバムまとめて出しただけ、とも言える。アルプのアルバムは見開きジャケットやスリーヴにも凝ったアートワークや歌詞をきっちり載せていたから、今回の全集はジャケットの完全再現に定評のある日本盤が出ればなお良いのだが、そうしたら価格も当然高くなるだろう。もともと表ジャケットだけで雰囲気があるので、これまで廃盤や未CD化でプレミア価格で取り引きされ、なかなか手に入らなかったアルプ全アルバムをまとめて5000円台で聴けるのはめでたい。代表曲は4CDボックス『Liberte?』で聴けるとはいえ、アルバムが曲順を含めて全曲トータルで聴かれるべきなのは言うまでもなく、気に入った曲をより抜くのはその後だろう。リベロ + アルプのようなアーティストであればなおのことそれが言える。
今回のボックスも欠点を上げれば簡素すぎるただの紙ジャケットだけでなく相変わらずのデータの不備(仏英2か国語の同一解説書がついているだけ、しかも大したことのない内容)、アルバム未収録シングルの未収録(ボーナス・トラック一切なし)、当然未発表曲やライヴを集めたボーナス・ディスクもなし、ボックス・セット『Liberte?』収録のアルプ以前のリベロの未アルバム化シングル集もなし(アルプ作品ではないから省かれたのは筋が通るが、ボックス『Liberte?』でしか聴けないのではあんまりだろう)と本当に既発表アルバムをそのままセットにしているだけなのだが、収録された音楽内容は素晴らしいの一言に尽きる。ボックス・セット『Liberte?』の選曲は妥当なのだが、佳曲が必ずしも収録アルバムの音楽傾向を表しているとは限らない。9枚組全集を聴くとデビュー作から『Paix』の4枚、『Le Rat~』から『Le Temps~』の3枚、最期の2枚の3期で音楽性に変遷があるのが、わかる。先に述べたような不満はあるのだが(せっかくのボックス・セットなのだから)、未CD化だったデビュー作、やはり未CD化だった後期の『Le Temps~』『Passions』は初めて全曲を聴いて鼻血が出た。『Le Temps~』はベースの巨匠アンリ・テキシェ参加の傑作『(Liberte?)』の続編というところだが、リベロがシャンソン歌手への転向の意志を明らかにしてソロ・アルバムも発表し、アルプが解散を意識していた最期の2作『Passions』『La Deboussole』はヴァイオリン(デヴィッド・ローズ)とサックス(ロビン・ケニヤッタがゲスト参加している)の導入が効いた、抜けの良いサウンドで曲調もカラフルな快作になっている。結局カトリーヌ・リベロ + アルプのアルバムは全9枚すべて名作・傑作・秀作・佳作に数えられる。10年間でロックでやれることはやり尽くした、とリベロはシャンソンへ、ムーレはエグゼヴィジョン・アートの分野に転向した(ムーレは来日展覧会も開催されている)。
ボックス・セットはご覧の通り全9枚のアルバム・ジャケットがあしらってあるが、他のアルバムの4倍の大きさでフィーチャーされているのが『Paix』になる。そこで、以前同アルバムについてご紹介した記事を再録します。全アルバムを聴いて、今なら微妙に評価を調整したい気持もある。アルプ本来のサウンドは『Ame Debout』『Paix』にあり、『(Liberte?)』を頂点とする前後作や最期2作では既成のロック寄りのサウンドに近づいているのも感じる。ボックス・セットのブックレット掲載の解説では「(リベロは)ジャニス・ジョプリンをボードレールに、ニコをランボーに、エディット・ピアフをアポリネールに」生まれてきた詩人/女性ヴォーカリストと評している。それではまるで女性版ジム・モリソンだが、リベロの声質や唱法はモリソンをフェヴァリットの一人に上げるスージー・スーにそっくりなところが多く、スージーはモリソンと資質も近く唱法も意識していると思われるが、リベロとモリソンは直接は似ていない。しかしスージー&ザ・バンシーズを間に置くとリベロ + アルプはザ・ドアーズと鏡像関係にあるといえるのも今回ドンとまとめて全アルバムを聴き、発見した気分だった。以下は、今年初夏に一度掲載した記事をそのまま再録したもので、全集ボックスが発売されると知る前の記事であることを差し引いてご高閲いただければ幸いです。
Catherine Ribeiro + Alpes - Paix (Philips, 1972) Full Album
Paix est un album studio de Catherine Ribeiro + Alpes, sorti en 1972, Philips 9101 037
Tous les textes sont ecrits par Catherine Ribeiro et mis en musique par Patrice Moull
(Face A)
1. Roc Alpin : https://youtu.be/KcmDcPhnXRc - 3:04
2. Jusqu'a ce que la force de t'aimer me manque : https://youtu.be/EdDqut9g-hU - 3:00
3. Paix : https://youtu.be/VtCMOoJuveY - 15:49
(Face B)
1. Un Jour...La Mort : https://youtu.be/Zs1gyPk6V0c - 24:43
[Musiciens]
Catherine Ribeiro - Chant
Patrice Moullet - Cosmophone, Guitare acoustique
Jean-Sebastien Lemoine - Percussions (Percuphone), Guitare basse
Patrice Lemoine - Orgue
Michel Santangelli - Batterie (sur le Roc Alpin)
カトリーヌ・リベロ + アルプのアルバム紹介など滅多にできる機会がないからこの際リンクの引けるアルバムは一通りご紹介したい。もともと多国籍バンドだったゴングを例外として、フランスのバンドはフランス国内、せいぜいフランス語圏、行ってラテン諸国までを活動範囲とするバンドがほとんどになる。アンジュやマグマなどはヨーロッパではジェスロ・タルやピンク・フロイドに匹敵する大物だが、英米では一部のマニアにしか聴かれない。イタリアでもPFMの国際的成功は例外的で、かえってオランダやスウェーデンからは英米で成功したバンドが出ている。ドイツのバンドは最初から国際的活動を視野に入れてデビューする例が多く、音楽の良し悪しよりはそうした国際性の有無でフランスのバンドは、マニア以外にはトップクラスであるリベロ + アルプ、マグマ、アンジュ級の大物でさえもバンドの実績に見合うほど聴かれていない、といえる。
カトリーヌ・リベロはポルトガル移民の出身で1941年生まれ、女優・モデルとしてデビューし(ゴダールの『カラビニエ』1963など)、60年代はフォーク・ロック歌手としてボブ・ディランの曲のフランス語ヴァージョンなどを歌っていた。ジュディ・コリンズ路線の頃のマリアンヌ・フェイスフルやニコと同じような経歴で、『カラビニエ』で共演したパトリス・ムーレがやがてミュージシャンに転向すると、リベロとムーレをリーダーにサイケデリック・ロックとフォーク・ロック色の強い『Catherine Rebeiro + 2Bis』をインディーズのフェスティヴァル・レーベルから69年に発表する。女優やモデルから本格的な独創的ミュージシャンになった人で、ゴングの『Magick Brother』が69年録音の70年発売、マグマの『Magma』が70年録音・発売、アンジュの『Caricatures』が71年録音・72年発売だからリベロ + アルプはフランスの70年代ロックの先陣を切ったことになる。80年の『La Deboussole』を最期にアルプは解散、リベロは正統派シャンソン歌手に転向し成功を収める。
事情があるのかリベロ + アルプ作品のCD化は不完全で、2004年の4枚組ヒストリー・ボックス『Libertes ?』、2007年の一夜限りのアルプ再現ライヴ(バックは全員セッション・ミュージシャンだが)『Catherine Ribeiro chante Ribeiro Alpes - Live integral』 (double CD Nocturne NTCD 437)、2012年のアルバム4枚セット(『N゚2』『Ame Debout』『Paix』『Le Rat debile』の4枚を収録)がかろうじて入手できるが、それすらも難しい。英米でも一応評価はされていて、フィメール・ヴォーカルのサイケデリック・フォーク・ロック作として『Ame Debout』が佳作、『Paix』が傑作とされているが、74年の『Le Rat debile et le Homme des champs』と75年の『(Libertes ?)』はサウンドの充実ではアルプ史上最高峰だと思う。特に『(Libertes ?)』は『Paix』をしのぐ最高傑作だろう。『Le Rat~』でようやく兼任パーカッション奏者ではなくドラムス専任奏者が入ったがベースはパーカッション奏者が兼任で、『(Libertes ?)』でやっとベース、ドラムスの専任奏者が揃うことになる。しかもアルプは他のバンドがまず使わない特殊楽器をサウンドの特徴にしていた。
(Catherine Ribeiro, Bordeaux 1972, SIGMA Chanson)
Catherine Ribeiro+Alpes - Cathedrale de Bruxelles en 1972 "Experts From Un Jour…La Mort" : https://youtu.be/DuT3YPoUwBk
Catherine Ribeiro + Alpes Live et Interview - French TV 1972 : https://youtu.be/PbK7ZUKZowY
前者は『Paix』B面の大曲『Un Jour…La Mort』の一部のライヴ映像、後者はバンドのリハーサル・ドキュメントを観ることができる。どちらも『Paix』発表の72年の映像になる。
リベロ + アルプは全曲がリベロ作詞・ムーレ作曲だが、サウンドの特徴はギタリストのムーレが弾くコスモフォンとドラマーが兼任するパーキュフォンで、パーキュフォンは当時開発されていたアナログ・エレクトリック・パーカッションで音程と音色の組み合わせで256種類のパーカッション音が出せるらしい。映画音楽や現代音楽に使われることはあるが、ロックではアルプ以外に用例がないらしい。コスモフォンはアルプ以外用例がない。パトリス・ムーレの開発した独自のエレクトリック弦楽器だからだ。その実体はエレクトリック・ヴィオラ・ダ・ガンバ(増弦リュート)になるらしい。映像で観ても何の弦楽器かわからない。 また、アンジュもそうだがフランスのバンドは電気オルガンの音からして英米ロックと違う。英米ロックではVOX社やハモンド社のオルガンが標準だったが、フランスのバンドはファルファッサ社のオルガンを愛用していた。『Ame Debout』よりもリズムが躍動的になったのはパーキュフォン担当者のメンバー・チェンジもあるが(パーキュフォンとベースを兼任だからベースはオーヴァーダビングだろう)、コスモフォンとパーキュフォンとオルガンの編成が基本で、即興的なバックグラウンドのアンサンブルに乗せてリベロが自作詞を語りに近い唱法で延々歌っていくのがリベロ + アルプのスタイルになっている。
これは当時のニコも似たスタイルだったのだが、ニコは70年代にはほとんどライヴ活動は行っていなかった。リベロ + アルプは積極的にライヴ活動していて、強力な女性ヴォーカリストをフロントにしたバンドとしても、英米ロックと隔絶したフランスでも極端に異端なサウンドと、さらにフランスの70年代ロックのパイオニアとしての存在感もあって伝説的なバンドになった。リベロが40代になる前年でもある80年に最後のアルバムを出して解散したのも、80年を境にロックのトレンドが激変したのを思えば潔い。リベロが正統派シャンソン歌手に転向した後もパトリス・ムーレが音楽ディレクターについているから、アルプとしてやりたいロックは80年までにやり尽くしたのだろう。
ゴングやマグマ、アンジュのアルバムはちょっと頑張ればほとんど再発CDが手に入るが、アルバム枚数ではいちばん少ないカトリーヌ・リベロ + アルプが全アルバムのCD化がされておらず、2000年以降のボックス・セットでセレクトされた曲か、1度きりの再現ライヴか、限られたアルバムしか聴けないのは何とも歯がゆい。しかもフランス盤だから入手しづらい。90年代にバラでCD化されたアルバムは定価の数倍のプレミアがついている。初期3作、後期3作もいいし、中期の3作『Paix』『Le Rat~』『(Libertes ?)』は絶頂期で、エルドンやジュヌヴェルヌ、エマニュエル・ブーズですら紙ジャケットで全アルバムが日本盤発売されるほどなのだから、カトリーヌ・リベロ + アルプは最後の秘宝だろう。さらに絶頂期のライヴでも発掘発売されれば申し分ないが、需要だってない訳ないのだから公式アルバムのCD化ともども何か事情があるのだろうか。