とんだことになったわい、とジャムおじさんはいつもの口調でつぶやきました。いつもの、というのは例の、他人事のような悠然迫らないのんびりした口ぶりということです。ここはどこなんでしょうか、とバタコさんがまるで答えを期待していない口調で訊きました。さあねえ、とジャムおじさん。こんなに真っ暗では、わしにもわからん。とすれば頼りになるのはめいけんチーズだけなのですが、後ろ手と両脚を縛られているだけのジャムおじさんとバタコさんと違って、チーズは全身をズタ袋に入れて縛られた上に顔面も厳重にふさがれているようで、嗅覚や聴覚どころか鳴き声すら封じられている様子でした。もちろん全身拘束ですからいつものミミック(身ぶり手ぶり)もできません。まるで八方ふさがりというものだな、とジャムおじさんはぼやきました。
すると、突然壁がぱあっと照らされました。メスらしき犬が発情期に入ったらしく、性器を自分で舐める仕草が大写しになりました。この時期からメスは性器からフェロモンを発して周囲のオスに発情期を察知させるようになります、とテロップが重なりました。他のオスを興奮させない意味でも、不特定多数のイヌがいる場所に発情期に入ったメスを連れ出す事は控えましょう。次いでメスは性器が充血して出血(生理)が始まる時期に移行します。この期間はおおむね10日前後で、この時期にパートナーとなるオスと同居させる事で交配が行われるのです(何だこれは、とジャムおじさん、犬とその飼い主向けの性教育映画かね?)。
映像は続きました。交尾の際は、他の多くのイヌ科の動物と同様に交尾結合が見られ、後背位で結合した後にオスがメスの尻をまたいで反対向きとなり、尻同士を向かい合わせた状態で長い時は30分以上交尾が継続します。交尾中はオスの陰茎は根元付近が特に大きく肥大してメスの膣から抜けなくなるため、射精が終了するまでは人の手でも引き離すことは難しいほどです。ブリーダーによる血統証明書の申請の際には、この交尾中の「尻を向かい合わせた姿勢」の写真を根拠として交配証明書を作成することが一般的となっています。
映写の間、めいけんチーズはたいした反応を示しませんでした。発情期でなければこんなことは犬自身には無関心なことでした。ですが、映写が進むにつれジャムおじさんがバタコさんを見る目は明らかに欲情を秘めたものになっていきました。一触即発寸前です。
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蜜猟奇譚・夜ノアンパンマン(35)
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