それにだ、とジャムおじさんは湿気を帯びて癖のついたひげをととのえながら言いました、乳頭ならば今日みたいな雨の日でも面倒な支度もいらないばかりか、吸ってもらえばいいだけなのだからどうしても食べてもらう時には濡れてしまうパンに較べて便利ではないかね?はあ、とアンパンマンは歯切れの悪いあいずちを打ちました。なるほど言われてみれば、今朝は小鳥も鳴かない雨降りで、アンパンマンたち正義のトリオはそんな朝でもパトロールは欠かしませんが、頭を透明なヴィニール袋に包んで町や野山を巡回するのです。以前はプラスチックやガラスのヘルメットを試したこともありましたが、重い上に頭囲まで収納口が開いているため雨水がすきまから入りこんで濡れてしまいやすく、アンパンマンたちは頭が濡れると頭をちぎって人にパンをわけてあげるどころか、からだに力が入らなくなるのです。これは濡れたパンしかあげられない、というヒーローにあるまじき無力感から来る心因性の症状かもしれません。だいたい原因不明の身体症状は心因性ということになるのです。閑話休題。
だからいちばん濡れない、しかも簡単で軽い方法というと頭をヴィニール袋で包むことなのですが、教育上の配慮から止めてほしい、と町の人たちから遠まわしに苦情が寄せられて、それじゃどうしたらいいんだろう、とアンパンマンたちは頭を悩ませていました。どのように教育上望ましくないというと、頭をヴィニール袋で包むのは自殺や殺人の手段にはもっとも労を要せず簡単で、証拠も隠滅しやすいからです。殺人の手段ならあらかじめ拘束して自由を奪う面倒もありますが、この方法なら数分で窒素死は確実で、しかも絞殺や溺死のように明確な殺害方法が特定できません。
アンパンマンたちはヒーローですから、子どもたちがヴィニール袋をかぶって遊ぶ危険がある。ばいきんまん役の子が水鉄砲で攻撃すると(実際にばいきんまんがよくやる手です)アンパンマン役の子はすかさずヴィニール袋をかぶる、もちろん数分もたたず死んでしまう。さすがに子どもたちが真似ると危険だから止めてほしいと言われると、アンパンマンたちも納得せざるを得ません。そんなことになっては逆に正義の味方失格です。だからといって雨降りだからパトロール中止とはいかない。かえって遭難している人も多いかもしれない。
だが乳頭とは?それではアンパンマンではなく、別物にならないか?
↧
蜜猟奇譚・夜ノアンパンマン(5)
↧