「ポットが出てるぜ、と昨晩就寝前の服薬のため第三病棟に行った時に、Kくんが目ざとく気づいた。しばらく前に患者の一人が電熱ポットを振り回す大騒ぎがあって以来、ポットはナースステーション内に置かれるようになった。それが今は元の位置にある。つまりそいつが他に移ったからだよな、昨日まではポットはなかったじゃないか。第一病棟に移った可能性もあるが、今日いっぺんに三人も第二に来たんだからそいつらのうちの誰かと考えていいよな。そのうち車椅子は除外、あとの二人のうちどちらかなら…あいつしかいない」
「…その男、Kwは、どうも『車椅子』Kuと個人的な関係にあるらしく、昨晩も今朝も何度となく公衆電話から、『042-####-****,Kuです。××の件…』と何らかの用件を代行しているようだ。聞き耳を立てているのではなく、電話するにも声がでかくてデイルーム中に響く。性格が粗野なだけではなく耳が遠いのかもしれない。どんな内容・用件かは断片的でつかめないが、かなりの程度重要な事項を代行して電話確認しているか、指示を出している様子がある。不穏な予感(注)がするのは、そこまで入念に代行する必要があるなら法的、または金銭絡みだろうからだ」
「今朝も喫煙室でMsさんをつかまえて一方的に、ホンダのシビックの1000万くらいするやつ買おうと思って昨日連帯保証人の印鑑証明持ってファイナンス会社に行ったんだ。(そんな用事で入院中に外出していたのか！)そしたら通らないって。前に聞いた説明では一定収入のある保証人つけばローン組めますよって言ってたのによ。おれは生保だけどさ、おかしいと思わない？Msさん無言」
「同じ空間にいるだけで不愉快だな、と席に戻ってKくんに話し、生保の人間は自家用車を所有できないんだから過去に多重債務や自己破産あってもなくても、ブラックでもグレイでもなくても、60過ぎて生保の人間が車の購入目的でローンを組めるわけはない。しかも1000万だぜ。非常識越えてる、頭おかしいんだな。電話してるのも…Kuの名前を使ってるのはますます怪しいな。本人たち同士には了解があるってことはどこかでギヴ＆テイクになってるんだろう。…想像つくかい？いかれたやつらの考えることはわからん。同感」(続く)
(注)不穏な予感ほど的中するのがここの入院生活だった。