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現代詩の起源/番外編・山村暮鳥詩集『雲』(中)

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[ 山村暮鳥遺稿詩集『雲』大正14年(1925年)1月・イデア書院刊 ]

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[ 晩年の山村暮鳥(1884.1.10-1924.12.8) ]

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  病牀の詩

朝である
一つ一つの水玉が
葉末葉末にひかつてゐる
こころをこめて

ああ、勿体なし
そのひとつびとつよ


  おなじく

よくよくみると
その瞳(め)の中には
黄金(きん)の小さな阿弥陀様が
ちらちらうつつてゐるやうだ
玲子よ
千草よ
とうちやんと呼んでくれるか
自分は恥ぢる


  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
けさもまた粥をいただき
朝顔の花をながめる
妻よ
生きながらへねばならぬことを
自分ははつきりとおもふ


  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
森閑として
こぼれる松の葉
くもの巣にひつかかつた
その一つ二つよ


  おなじく

ああ、もつたいなし
かうして生きてゐることの
松風よ
まひるの月よ


  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
蟋蟀(きりぎりす)よ
おまへまで
ねむらないで
この夜ふけを
わたしのために啼いてゐてくれるのか


  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
かうして
寝ながらにして
月をみるとは


  おなじく

ああ、もつたいなし
もつたいなし
妻よ
びんばふだからこそ
こんないい月もみられる


  月

ほつかりと
月がでた
丘の上をのつそりのつそり
だれだらう、あるいてゐるぞ


  おなじく

脚(あし)もとも
あたまのうへも
遠い
遠い
月の夜ふけな


  おなじく

一ところ明るいのは
ぼたんであらう
さうだ
ぼたんだ
星の月夜の
夜ふけだつたな


  おなじく

靄深いから
とほいやうな
ちかいやうな
月明りだ
なんの木の花だらう


  おなじく

竹林の
ふかい夜霧だ
遠い野茨のにほひもする
どこかに
あるからだらう
月がよ


  おなじく

月の光にほけたのか
蝉が一つ
まあ、まあ
この松の梢は
花盛りのやうだ


  おなじく

こしまき一つで
だきかかへられて
ごろんと
大(でつ)かい西瓜はうれしかろ
その手もとが
ことさらに
月で明るいやう


  おなじく

月の夜をしよんぼりと
影のはうが
どうみても
ほんものである


  おなじく

漁師三人
三体仏
海にむかつてたつてゐる
なにか
はなしてゐるやうだが
あんまりほのかな月なので
ききとれない


  おなじく

くれがたの庭掃除
それがすむのをまつてゐたのか
すぐうしろに
月は音もなく
のつそりとでてゐた


  西瓜の詩

農家のまひるは
ひつそりと
西瓜のるすばんだ
大(でつ)かい奴がごろんと一つ
座敷のまんなかにころがつてゐる
おい、泥棒がへえるぞ
わたしが西瓜だつたら
どうして噴出さずにゐられたらう


  おなじく

座敷のまんなかに
西瓜が一つ
畑のつもりで
ころがつてる

びんばふだと云ふか


  おなじく

かうして一しよに
裸体(まるはだか)でごろごろ
ねころがつたりしてゐると
おまへもまた
家族のひとりだ
西瓜よ
なんとか言つたらよかんべ


  おなじく

どうも不思議で
たまらない
叩かれると
西瓜め
ぽこぽこといふ


  おなじく

みんな
あつまれ
あつまれ
西瓜をまんなかにして
そのまはりに

さあ、合掌しろ


  おなじく

みんな
あつまれ
あつまれ
そしてぐるりと
輪を描かけ
いま
真二つになる西瓜だ


  飴売爺

あめうり爺さん
ちんから
ちんから
草鞋脚絆で
何といふせはしさうな


  おなじく

朝はやくから
ちんから
ちんから
あめうり爺さん
まさか飴を売るのに
生まれてきたのでもあるまいが
なぜか、さうばかり
おもはれてならない


  おなじく

あめうり爺さん
あんたはわたしが
七つ八つのそのころも
やつぱり
さうしたとしよりで
鉦(かね)を叩いて
飴を売つてた


  おなじく

じいつと鉦を聴きながら
あめうり爺さんの
背中にとまつて
ああ、一塊(ひとかたまり)の蠅は
どこまでついてゆくんだらう


  二たび病牀にて

わたしが病んで
ねてゐると
木の葉がひらり
一まい舞ひこんできた
しばらくみなかつた
森の
椎の葉だつた


  おなじく

わたしが病んで
ねてゐると
蜻蛉(とんぼ)がきてはのぞいてみた
のぞいてみた
朝に夕に
ときどきは昼日中も
きてはのぞいてみていつた


  おなじく

蠅もたくさん
いつものやうにゐるにはゐたが
かうしてやんでねてゐると
一ぴき
一ぴき
馴染のふかい友達である


  椎の葉

自分は森に
この一枚の木の葉を
ひろひにきたのではなかつた
おう、椎の葉である


  ある時

どこだらう
蟇(ひき)ででもあるかな
そら、ぐうぐう
ぐうぐう
ぐうぐう
ほんとにどこだらう
いくら春さきだつて
こんなまつくらな晩ではないか
遠く近く
なあ、なあ、土の声だのに


  ほそぼそと

ほそぼそと
松の梢にかかるもの
煮炊にたきのけむりよ
あさゆふの
かすみである


  こんな老木になつても

こんな老木になつても
春だけはわすれないんだ
御覧よ
まあ、紅梅だよ


  梅

ほのかな
深い宵闇である
どこかに
どこかに
梅の木がある
どうだい
星がこぼれるやうだ
白梅だらうの
どこに
さいてゐるんだらう


  おなじく

おい、そつと
そつと
しづかに
梅の匂ひだ


  おなじく

大竹藪の真昼は
ひつそりとしてゐる
この梅の
小枝を一つ
もらつてゆきますよ


  山逕にて

善い季節になつたので
棘(ばら)などまでがもう
みち一ぱいに匍ひだしてゐた
けふ、山みちで
自分はそのばらに
からみつかれて
脛をしたたかひつかかれた


  ある時

まあ、まあ
どこまで深い靄だらう
そこにもここにも
木が人のやうにたつてゐる
あたまのてつぺんでは
艪の音がしてゐる
ぎいい、ぎいい
さうかとおもつてきいてゐると
雲雀(ひばり)が一つさへづつてゐる
これでいいのか
春だとはいへ
ああ、すこし幸福すぎて
寂しいやうな気がする


  ある時

麦の畝々までが
もくもく
もくもく
匍ひだしさうにみえる
さあ
どうしよう


  ある時

うす濁つたけむりではあるが
一すぢほそぼそとあがつてゐる
たかくたかく
とほくの
とほくの
山かげから
青天(あをぞら)をめがけて
けむりにも心があるのか
けふは、まあ
なんといふ静穏(おだやか)な日だらう


  桜

さくらだといふ
春だといふ
一寸、お待ち
どこかに
泣いてる人もあらうに


  おなじく

馬鹿にならねば
ほんとに春にはあへないさうだ
笛よ、太鼓よ
さくらをよそに
だれだらう
月なんか見てゐる


  お爺さん

満開の桃の小枝を
とろりとした目で眺めながら
うれしさうにもつてとほつた
あのお爺さん
にこにこするたんびに
花のはうでもうれしいのか
ひらひらとその花弁(はなびら)をちらした
あのお爺さん
どこかでみたやうな


  ある時

あらしだ
あらしだ
花よ、みんな蝶々にでもなつて
舞ひたつてしまはないか


  ある時

自分はきいた
朝霧の中で
森のからすの
たがひのすがたがみつからないで
よびかはしてゐたのを


  ある時

朝靄の中で
ゆきあつたのは
しつとりぬれた野菜車さ
大きな背なかの
めざめたばかりの
あかんぼさ
けふは、なんだか
いいことのありさうな気がする


  ある時

松ばやしのうへは
とつても深い青空で
一ところ
大きな牡丹の花のやうなところがある
こどもらの声がきこえる
あのなかに
うちのこどももゐるんだな


  朝

なんといふ麗かな朝だらうよ
娘達の一塊(かたまり)がみちばたで
たちばなししてゐる
うれしさうにわらつてゐる
そこだけが
馬鹿に明るい
だれもかれもそこをとほるのが
まぶしさうにみえる


(以下続・全3回)

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