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集成版『荒野のチャーリー・ブラウン』第七章

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 第七章。
 嵐の吹く暗い夜でした。私たちは暖炉の前でくつろぎながら、そろそろ晩酌にしようかとウィスキーのための氷を割ったところでした。夜の静寂が嵐にかき乱されていても、暖かな室内では吹きすさぶ嵐すら静寂の一部でした。私たちは退屈していたので、かえってちょっとした刺激には鈍感になっていたのです。こうして無為に過ごすのはともすればストレスに結ぶ倦怠をつのらせかねないことでしたが、それも慣れてしまえばどうということはありません。話題はとうに尽きていました。また私たちの好奇心はとうに衰えていましたから、並大抵のことでは私たちの興味は引き起こされなくなっていました。それは自分から望んだ結果なのかもしれません。沈黙と静けさ、自然な状態の夜とは本来そういうものでしょう。
 チャーリー・ブラウンは再び照りつける陽光に意識を取り戻しました。いつから眠っていたか、それが昨夜からなのかそれとも何日にもなるのか、チャーリーはもうよくわからなくなっていました。こんな状態になってから、もうどれだけの日付が過ぎたのかもよくわかりませんでした。チャーリーが巻き込まれた問題は今すべてが解決して帰路についているはずでした。それともまだ解決してないのかな。そもそもぼくはなぜ自分がこんなひどい目に陥ったかもよくわかっていない。ぼくは巻き込まれたのではなくて、ぼく自身が問題の核心にあったのかもしれない。ぼくでなければあの犬が。だけどもうあの犬は死んだ。鳥もどこかへ行ってしまった。生きていた時はあの犬はいつもあの鳥をはべらせていたのに。
 それが7年も前のことなんだゾ、としんちゃんは言いました。7年前じゃぼくら生まれていないよ、と風間くん。そこがモンダイです、としんのすけ、オラのうちがまたずれ荘から新築におしっこし(お引越でしょ!とネネちゃん)したのが3年前、オラが5歳の時。オラの妹のひまわりが生まれたのが半年前、オラが5歳の時。よしなが先生が結婚したのがおととし、オラが5歳の時。よしなが先生に赤ちゃんが生まれたのが去年で、オラが5歳の時。まだ聞く?もういいよ、何が言いたいんだよ。風間くんはおいくつ?5歳だよ、みんな同じ組なんだから5歳だろ!ほーほー、じゃあなんで風間くんはオトナみたいな口をきくのかナ?そんなこと5歳だからわからないよ!
 嵐の吹く暗い夜でした。まだルーシーはダイアモンドを持って空に浮かんでいました。


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 嵐の吹く暗い夜でした。だんだん春も近づいてきますねい、と泥棒のスティンキーは窓を開けると、広がる青空からつかみ出したかのように梅の枝先を少しだけ折って、ほら、桜ももうすぐですぜ。なるほど、もう春めいてほかほかした空気が外から入ってくるな、とヘムレン署長、きみのような泥棒にも私のようなおまわりにも春というのは平等に来るわけだ、この世に本質的には善悪の区別などはないという何よりの証拠だな。実にめでたいことだ、万歳三唱。いや、そこまで言うほどのことでは、とスティンキー、めっそうも畏れ多いですよ。しかしせっかくの良い日和だしね、とヘムレン署長、ひとつムーミンママに命令して、弁当でも作らせて橋の真ん中で酒盛りでもしようではないか。それを聞いて、台所でムーミンママの包丁がぎらり、と光りました。
 弁当も酒盛りも大いに結構ですが、とムーミンパパ、橋というのは中央広場から東に渡るあれですかな?他に橋があるかね?あの橋は毎年3月になると工事して、4月になると工事を止めるじゃないですか。そうだよ、年度予算の使い切りにはうってつけだからね。いったいちゃんと治しているのですか?そんなわけないだろう、工事しているふりだけなんだから。そんな橋で酒盛りして危なくはないんですか?いつ橋が落ちるかと思うとワクワクするではないか、と呵呵々とヘムレン署長は呵々大笑しました。せっかく近い橋があるのにみんな怖がって古い丸木橋しか使わん。あの橋で酒盛りするなら誰の迷惑にもならんさ。
 嵐の吹く暗い夜でした。チャーリーは再び歩き始めました。空の水筒がこんなに重いなんてどうかしてる、と彼は思いました。空の水筒を未練たらしくぶら下げている理由は、もし水を汲みおきできる機会があれば溜めておくそのためですが、飲み干してしまった後一度も水筒はそのような役にはたっていないのです。チャーリーの髪の薄い頭をカンカン照りの陽差しが灼熱に焼きあがらせました。辺りいちめんの荒野は陽差しを遮るものもなく、渇ききったその光景を目にするだけで、チャーリーは自分の眼までがまるで死人のように乾いていくような気になりました。
 嵐の吹く暗い夜でした。逃げるってどうやって、それにこの子は?連れて行くしかないだろう、置いていっても一旦かくまってしまった以上は、もう巻き込まれてしまったんだから。夜逃げのような慌ただしさだな、と私たちは支度を始めたのです。


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 ライナスの周囲を二重三重に、虹色の煙が渦巻いていました。その煙は水しぶきで出来ているようで、目を凝らすと小さな魚がぴちぴちと跳ねているのが見えました。かと思うとその煙は低い空に垂れ込めた雲のようで、切り裂くように鋭く鷹か鷲らしき鳥が、その中から出たり入ったりしているのが見えました。
 ライナスはどうやら見えない物体の上に立っているようでした。見えない物体とはいえライナスの体重を支え、ぐらついたり傾いたりしない様子からは、それなりの質量と大きさ、密度をそなえているようでした。見えないのは錯覚で、角度が変われば見えるのかもしれません。それは何か他のことに例えるなら……。
 ところで私たちは中央広場から通じる橋の上までは来ましたが、とスノーク、ここからは桜の花なんか見えませんよ、もうゴザを広げてから言うのは何ですが。そりゃそうさ、とジャコウネズミ博士、ムーミン谷に桜の木などないからな。そうでしたねい、とスティンキーは梅の小枝をポイと捨てました。梅の小枝は橋の上に敷いたゴザに着地する前にアデュー、とひと言つぶやくと、ムーミン谷から、そしてこの世界から永遠に消滅しました。
 この戦争が終わったら、少しはマシな世の中になると期待していたのが誰もの共通の思いでした、とスナフキンはご先祖さまの勧めてくれたとっても不味い薬湯を我慢してすすりながら傍白しました。それはムーミン谷住人全員の総意なのかね、と仙人の域に達したご先祖さまはさりげなくかわしました。それは、とスナフキンは言葉に詰まりましたが、だからこそご先祖さまであるムーミン谷長老の判断を仰ぎたいのです、と意を決していたのです。
 ライナスはいつまで雲の上から見下ろしているのだろう、と思うと、またしてもますます時間の経過感覚が麻痺してしまっているのを感じずにはおられず、叫びだしたくなる気持を抑えながらもライナスの身にはいったい何が起こったのだろうか、と驚愕の混じった疑問は膨れ上がるばかりでした。あのライナスはすでに自分の知るライナスではないのかもしれない、とすら思われました。あるいは自分こそが……。
 だが世の中にも2種類ある、争いのない平和な世の中と、平和のために争う世の中さ。そして世の中が本当に平和だという確信がない以上、争う他に世の中のあり方はないんじゃないかね?それは、とスナフキンは返答に詰まりました。では私たちはどうすれば……。


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 ところで問題なのは、とヘムレンさんは後ろ手を組み、われわれは子ども向けのキャラクターだからうかつに酒盛りなど出来ない、ということだ。一堂驚愕。そうだったんですか、とスノーク。まあ一応、この場合の子どもとは0歳から150歳の子どもまで、と範囲は広くなるのだが、とヘムレンさん、この言い方は気持ち悪くはないかね?つまり子どもとは気の持ちようだとは、子どもの類型化と偽善的な性善説がプンプン臭うではないか。
 世の中には悪意に満ちて性根がねじくれ、卑しい品性の子どもも大勢います(とスノークは言いました)、自分がそういう子どもだったと認めないではいられない大人も相当数いるでしょう。明けても暮れても大殺界、これじゃ人生毎日日曜というろくでもない余生を生きているのは、結局生きていないのも同じだと感じる人も多いでしょう。ですが、だからこそ、ファンタジーとしてわれわれムーミン谷の住民は存在するのではないでしょうか?
 きみの存在は確かにファンタジーだろうさ、とムーミンパパはパイプに葉を詰めながらせせら笑いました。ムッとするスノーク。それは私もきみもだよ、とジャコウネズミ博士がとりなしました。まあファンタジーとは言えないのは、とヘムル署長もスティンキーの右手とつないだ左手首の手錠を指して、ムーミン谷にも法はある、ということかな、必ずしも正義とは言わないが。正義ですか、とムーミンパパ、そんな言葉も聞いたことはありますが、この目で見たことはありませんな。
 これが夢の世界の出来事なら、きっとライナスを上空に飛翔させているのはいつものあの安心毛布が夢想の中で変形したものなのでしょう。なぜなら、いま虹色の煙を霧状星雲のように衛星にまとったライナスは、どうも毛布を持っているようには見えなかったからであり、もしライナスから毛布を引けばリランと見分けがつかないはずなのです。なのに間違いなくライナス本人と見えるのは、毛布あってこその威厳があったからでした。
 そして嵐の吹く暗い夜でした。私たちは地下室から続く通路から脱出するしかなさそうでした。それは私たちが長い間をかけて掘り進めていたもので、もし少女が通路の途中で目覚めようものなら私たちは自らの手で少女を口封じしなければならなくなる性質のものでした。しかし今はためらっている時ではなく、眼前の危機から全力で逃れなければならないのもまた、明らかなことなのです。


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 さて私たちは地下室の隠し通路から逃げることには決めたものの、細かい点では意見の相違が生じて足を取られることになりました。私たちが不在なのは必ずしも少女をかくまっていることにはならない、だから極力その痕跡は抹消しておくべきではないか。いや、私たちは逃げるのだから、これは迷い込んできた女の子をかくまっているとバレたも同然ではないか、それなら今さらその痕跡を隠蔽したところで仕方ないではないだろうか。
 しかし見たろう、と私は言いました、この子は玄関先にもかなり多量の血痕を残していた、それはまだ嵐に洗い流されきってはいないはずだから、今われわれの家に押しかけて来ている連中はそれに気づかないわけはない、だから……。いや、と私は疑念を呈して、この子の体を拭いていても、何ら創傷らしきものは見当たらなかったのは私たち二人とも確認したはずだ、つまり血痕を認めたところで必ずしもそれをこの子と結びつける根拠はないだろう。何も今から諦めることはあるまい。
 吹きすさぶ嵐の物音に混じって、なおも激しくドアを叩く音が廊下越しに響いてきました。私たちの家の廊下はよく響くのです。廊下は汚れていないか?いや、後回しだと思って注意していなかった。他の選択、つまりもっと簡単な選択もあるのには私たち二人とも気づいていました。少女だけを家のどこかに隠す、しかし徹底的に探されたら見つからない保証はないでしょう。または少女を介抱してはいたが、あっさり来訪者(たぶん複数人と思われる)の要求通りにする。それならどうだろう?
 どちらも徒労に過ぎないのは目に見えています。明らかにこの少女が迷い込んできた背景には犯罪性が想像され、極端な話、この子が浴びていた血痕は彼女自身が他人に傷害を負わせた可能性すらある。しかしそれにはこの子は幼すぎる。少女の近親者、たとえば親兄弟が殺傷に近い被害に遭い、この子だけが逃げ延びてきた、と想像するのがおそらくいちばん自然で、もしそうなら少女をかくまってしまった私たちにはもう知らぬ存ぜぬで済ませる選択の余地はない、と思われるのです。
 そうなると、結局私たちは私たち自身のためにも自衛しないわけにはいかない。逃走であれ迎撃であれ……しかしおそらくこの少女の奪還、またはとどめを刺すだけの決意を秘めてきた連中に私たちが勝てるとは思えません。そう考えると、いっそ恨みはこのいたいけな少女に向かうのでした。


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 きみはずっと甘やかされてきた。もしきみにその自覚がないなら、それがどういうことかを、順を追って述べることにしよう。
 嵐の吹く暗い夜でした。これまできみはだいぶつらい目に遭ってきたんだろう、と語りかけてくる声がしました。それは同情に堪えない、だがきみくらいに哀れで冴えず、かつては多少は楽しいこともあったが、今や何の魅力もなくなってしまった残骸の生活を生きている連中はざらにいる。それに第一、きみはずっと甘やかされてきた。それがきみを自分自身を直視することから遠ざける主要な原因になっていた。きみは甘やかされてきたからいつしかそれを当然のことと思うようになり、本当に危機に陥った時、つまりきみを甘やかしてはくれない環境にさらされることになったら、とうとうきみは音を上げてしまったのだ。
 それはきみを甘やかしてきた周囲の責任もあるかもしれない、だがきみが本当に賢明ならとうにきみを甘やかし、スポイルしている事態に気づいていたはずだ。きみはうぶで、他人を信じやすく、甘言にはたやすくおだて上げられてきた。だからきみは今さら他人の気まぐれを恨むことはできない。きみは結局騙され続けてきたわけだが、騙されるだけの甘ったれた隙と傲慢さがきみには元々あったのだから、それはきみ自身の責任でしかない。
 そんなことはわかっている、とスナフキンは思いました、それにもとより自分にはそんな風に言われる筋合いはない。おれはこれまで一人だったし、今も一人で、これからも一人でいるだろう。確かにそれは味気ないことだし、おれ自身の性分がこうした境遇を招いたとも痛感している。それは霜焼けみたいに凍みる痛さでもあり、変化とは可能性のことなのだから、すでにおれは可能性を捨ててしまったのも染み入るように理解している。この場合理解とは、それ自体このおれがスナフキンである状態に対して何の役にも立たないのだから、理解しているというのは結局、諦めきっているというのと同義になるだろう。
 イヤあーっ!とネネちゃんは嫌悪の悲鳴をあげました、今日のお弁当袋マサオくんのとかぶってる!いいじゃないか、と風間くん。でも何でマサオくんとなのよ!とネネちゃん。カバンに制服、それに年齢までかぶってますナア、としんのすけ。それは仕方ないでしょッ!
 嵐の吹く暗い夜でした。スナフキンは晴れ渡ったムーミン谷の空を仰ぐと、今自分にできることを考え始めました。


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 イヤあーッ!とネネちゃんは嫌悪の悲鳴をあげました、今日のお弁当袋マサオくんのとかぶってる!いいじゃないか、と風間くん。でも何でマサオくんとなのよ!とネネちゃん。カバンに制服、それに年齢までかぶってますナア、としんのすけ。それは仕方ないでしょッ!
 ひどいよネネちゃん、ぼくだって……と早くもべそをかくマサオくんの肩に手を置いて、ボー、とボーちゃんは慰めました。何よっ、あんたも私とかぶってイヤだって言うの、マサオのクセに!マサオくんだってわざとじゃないんだよ、と風間くんがとりなしましたが、ネネちゃんの怒りは消えません。やれやれ、困ったおジョーさんだナ、としんのすけは両方の手のひらを肩の高さまで上げてあごを振り、お手上げのジェスチャーをしました。
 無垢なる者には罪はない、と教義に説く宗教は多いけれど、と私は少女をす巻きにしながら(なぜならこれから通る隠し通路はいつでもひどく冷え込むからです)、ええと、この状態で寝袋に入れれば二人で運びやすいんじゃないかな。うん?宗教がどうしたって?過失はこの子の方にあるのかもしれないよ、そしたら私たちは今正しい判断をしているのだろうか、子どもがむごい姿で現れたから(しかもいとけない少女だから、と私はつけ加えました)、私たちは疑問も抱かず献身的になっているが、それが果たして良い結果を招くか?
 それなら今からこの子を裏口からでも放り出すかい?と私は肩をすくめました。何もこれは特別な施しをしてあげているとは思わないよ、ごく自然なことだ。放っておいたら命に別条があるかもしれない相手を見殺しにはできない、というだけのことじゃないか。
 だが今誰かが訪ねてきている。親兄弟かもしれない。警察かもしれない。ああそうだね。だから、と私は言いました、私たちは無関係であるとだけ主張して、やってきた誰かに事情を訊くのも手だろう。だけどそれが悪人だったら?しかしそれが善意の迎えだったら?
 論議しながら、おそらく私たちは二人とも不思議な既視感を感じていました。そうゆうことなんだゾ、としんのすけは腰に手を当ててえっへんの姿勢になりました。何がだよ、しんのすけ、と風間くん。かぶっているのはお弁当袋だけじゃないゾ、何から何までだゾ、としんのすけは悟ったような口をききました。
 その頃チャーリーはというと、無言でスヌーピーとにらみあいを続けていました。嵐の吹く暗い夜でした。


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 嵐の吹く暗い夜でした。
 私は戻って取ることができることを望む!
 私はあなたを傷つけるためにやったことのすべてを、私はとても残酷なことを意味するものではありませんでした!
 そして、まだ私は利己してきたことを知っていると、時々 、ちょうどばか!
 そして、私がやったすべての軽率なことは、 私を悩ませ戻って」やって来る続ける あなたが心にそれぞれ1を取ったので!
 そして私はそれは私のせいです実現するように 私たちは離れて世界を成長した。。。
 私が持っている後悔、後悔、 私の過ちのための「唯一の私の自己のことを考えて 、私は、後悔は、これらの後悔している残っているし、すべての もののために、私は何とかあなただけで許すことができないなかったことを 私は常に必要がありますね。
 嵐の吹く暗い夜でした。私が持っている後悔、後悔、 私の過ちのための「唯一の私の自己のことを考えて 、私は、後悔は、これらの後悔している残っているし、すべての もののために、私は何とかあなただけで許すことができないなかったことを 私は常に必要がありますねこれらの後悔と一緒に暮らす。。。
 ……これはいったい何の冗談なのかね?頭がおかしいとしか思えんが、そうなのか?こんなものを、いったい誰が書いたんだい?
 スヌーピーが書いた歌詞だそうです。まあ所詮は犬の考えたものですからね、舌足らずというか支離滅裂というか、こんなものです。
 だが犬は本来文章など書けはしないだろう、これほど滅茶苦茶な詩でさえもだよ。それはどうなっているというんだろう?
 あーそれは、秘書の小鳥に口述しているんですよ。パソコンではなく、昔ながらのタイプライターだそうですがね。
 なるほど、しかしパソコンでなくとも、普通タイプを打てる小鳥などいるだろうか?世には常識というものがあるだろう?
 彼らに普通は通用しないんですよ、タイピングできるからには、彼らはアメリカの犬と小鳥だから英文タイプライターを使っていると思いますが、正確なスペルを打てなければならない。すると文法はともかく書字能力では、小鳥の方が犬より賢いことになる。
 ……なるほど、世界にはまだわれわれには未知の現象が山ほどある、その氷山の一角のようなものだということは痛感した。彼らを保護という名目で捕らえて監禁し、十分に研究しなければならないようだ。手筈はきみに任せた。
 はい。どんと来いです。


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 もう長いこと待っているのに、なかなか彼らはやって来ない。昨日、一昨日、先週、先月、半年前、たぶん去年の今ごろもこうして待たされ続けていた気がする。いや、いくら何でも去年ということはない。そんなに長く切らしたらとてもではないが耐えられないから、それなりに必要にぎりぎり間に合う程度には彼らは一度に払える分だけ持って売りに来るのだ。その辺は彼らも効率的な商売をしている。
 売り上げを回収する二度手間と(そうは言っても一度客になれば買い続ける習慣を断つのは難しいから、次に売る時に回収すればいいとも言えるが)、踏み倒されるおそれを避けて、彼らは掛け売りは絶対にしない。商人である彼らの方が客よりもでかい面をしているのは、彼らに断られれば客は他に苦労して商人を見つけなければならないからだ。
 需要と供給の相関関係なら、この場合まず供給が多いほど需要が広まり、高まっていく。そうすればしめたもので、量は少なく、価格は高く供給をコントロールしても需要の高さがインフレーションを許してしまう。商売人同士が示し合わせて価格操作はできるが、顧客たちが同盟して画策などできはしない。
 すでに彼は散文には取り組んでいましたが、絵画は「忌まわしい現実の反復」だと嫌悪の念を抱いていました。しかし後には対象の再現にとどまらない絵画の可能性に目覚め、絵画にも創作意欲を向けるようになります。散文と絵画両方が創作での重要な位置を占めるようになった後はその違いを表現して、書かれた文字は「ねばねばする相棒」「すべてが後から、後からやってくるもの」であり、デッサンは「生まれたばかりのもの、生まれつつある状態、無心と驚きの状態にあるもの」と述べています。
 またこの頃に確立された独自の作風では、詩と散文のあいだを漂いながら特有のイメージ、特異な光景、独特の思索や心情の発露、架空の国を舞台にした内面的世界の展開などの点で特徴ある作品を創り続けていくことになりました。また、絵画では一貫して不定形なフォルムや絵の持つ動きが追求され、そのような描画の中にしばしば人の姿や顔のようなものが現れています。
 また彼は、後には知人の勧めでメスカリンを始めとする幻覚剤の効用を試し、その効果の下で詩や絵の創作に取り組む実験を行っています。その使用はあくまで冷静な実験のためであり、薬の常用や依存などとは無縁でした。
 次回第七章完。


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 犯罪要素が濃厚になってきたようだな、と偽ムーミンは思いました。しかし偽ムーミンという一点のシミだけのためにムーミン谷全体が偽ムーミン谷とは呼べないように、犯罪くらいで現在の状況すべてが犯罪一色に染まるわけではなく、その上犯罪だって世界を構成する幾多の重要な要素のひとつです。
 あの坂ばかりの町では、春には桜が、夏にはひまわりが、秋には彼岸花がこれでもかと咲き乱れていました。住民は誰もが意地の悪くエゴイスティックな老人ばかりでした。老い先の短さのあまり、他人に対する思いやりや親切心などすっかり失ってしまった老境とは心貧しいかぎりですが、多少なりとも謙虚な内省力と知性があればそれほど醜い老い方はしないはずですから、おそらく彼らにはそのどちらもが欠けていたのでした。
 ライナスは遠くの空にすくっと立っていました。が、その存在はまるで間近にいるようで、おそらくライナスにはこちらの息づかいや心臓の鼓動まで聞こえているに違いなく、表情のすみずみや心の中まで読まれていると思われました。もしかしたらライナスが立っているのは遠いパインクレスト町の空で、見えているのは時空を超えてつながったまぼろしのライナスかもしれず、まぼろしのライナスかもしれず、まぼろしのライナスかもしれませんでした。
 かつてライナスは姉の同級生である年長の親友と、彼のための子犬を保健所にもらいに行ったことがありました。この年長の親友は精神年齢ではライナスより幼く、彼だけの判断で子犬を選ばせるのはあまりに頼りないので、姉のいらぬおせっかいからライナスも同行することになったのです。1950年10月4日のことでした。つまりジャニス・ジョプリンが20年後に命日を迎えるその日に、ライナスは親友のお供でデイジーヒル子犬園に向かったのです。
 その子犬は8匹兄弟の1匹として生まれ、ライラという少女によって飼われていましたが、彼女の家庭がペット禁止の住宅へ引っ越すので飼えなくなったため、いったん生まれ故郷のデイジーヒル子犬園へと戻されていたのです。8月10日に生まれたばかりの、まだ生後2か月にもならないビーグル犬の子犬でした。
 少年は以前から子犬を欲しがっていましたが、それは少年自身が魅力に乏しく友だちが少ないからでした。5ドルで子犬を引き取ってからすぐ少年は人気者になりましたが、それがすべての間違いの始まりだったのです。
 第七章完。


(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第二部・初出2014~15年、原題『ピーナッツ畑でつかまえて』全八章・80回完結)
(お借りした画像は本文と全然関係ありません)

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