前回ご紹介したシリーズ第18作『嵐を呼ぶオラの花嫁』2010はしぎのあきら(1954年生まれ)監督の会心作でしたが、前々作『金矛の勇者』2008、前作『カスカベ野生王国』2009で低下しつつあったしんちゃん映画への注目度の中で健闘した作品であり、もっと注目されていた時期なら評価・興行収入ともより高い成績を上げていい作品でした。監督が増井壮一('66年生まれ)監督に交代しての第19作『嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦』2011は前作のヒットで観客が戻ってきたか興行収入12億円のヒット作になりましたが、第20作『嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス』2012は劇場版20周年記念作としてシリーズ最長の110分の大作となるも、興行収入9億8,000万円と第17作『カスカベ野生王国』(興行収入10億円)を下回り、第7作『温泉わくわく大決戦』'99(興行収入9億4,000万円)に次ぐ不振に見まわれます。ヒット作を連発したムトウユージ監督担当の第13作~15作のあとシリーズの興行収入はおおむね従来より低い成績で不安定になっていたので、第16作『金矛の勇者』から第20作『オラと宇宙のプリンセス』まではシリーズの低調やマンネリ化が囁かれた時期で、各作品単独で観れば出来の振幅こそあれ1作ごとにそれぞれ趣向が凝らされており作品内容自体は不調続きでもないのですが、肝心の観客の関心の方が薄らいでいたと言えます。監督が橋本昌和('75年生まれ)に交代した第21作『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』2013はひさびさにしんちゃん映画で快作が出たと評判になり往年のヒット水準を取り戻し、高橋渉('75年生まれ)監督が担当した第22作『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』2014は歴代3位を更新する興行収入18億3,000万円を達成、以降交替制で橋本監督が担当した第23作『オラの引越し物語~サボテン大襲撃~』2015は約23億円と第1作('93年、22億円)、第2作('94年、20億円)をしのぐシリーズ歴代1位の特大ヒットを記録し、高橋監督が担当した第24作『爆睡!ユメミーワールド大突撃』2016も21億1,000万円で歴代トップ3を更新しています。その後、ひろし役が藤原啓治氏から森川智之氏に交代後の橋本監督の第25作『襲来!!宇宙人シリリ』2017が16億2,000万円、昨年の高橋監督の第26作『爆盛!カンフーボーイズ~拉麺大乱~』2018が18億3,000万円と好調は続き、第26作公開後にテレビ版当初から主人公しんのすけを演じてきた矢島晶子さんが降板し小林由美子さんに交代したので、2019年4月19日封切りの橋本監督による最新作で第27作『新婚旅行ハリケーン~失われたひろし~』はしんのすけ役が小林由美子さんに交代した初めてのしんちゃん映画でもあり、この感想文は第24作までを収めた『映画クレヨンしんちゃんDVD-BOX 1993-2016』収録作で区切ったので今回と次回で一旦終わりますが、しんちゃん映画はまだ先の作品も注目されるところです。なお各作品内容の紹介文はDVDボックスの作品紹介を引用させていただきました。
●4月19日(金)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦』(監督=増井壮一、シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2011.4.16)*108min, Color Animation
◎アクション仮面から"アクションスパイ"に任命されて、すっかりその気になったしんのすけは、突如現れた国籍不明の少女レモンの指導のもと、スパイ訓練を開始することになる。果たしてしんのすけがスパイに選ばれた理由とは?レモンの真の目的は?今、人類の未来をかけた巨大な陰謀が動き出す!!
しんのすけが「合い鍵」と呼ばれて選ばれたのは身長・体型・スリーサイズがヘガデル博士と一致する唯一の人類で、ヘガデル博士の研究室の出入り口はヘガデル博士と同一の体型でしか開かないからなのですが、しんのすけと7歳の少女スパイ・レモンの関係が友情に育ってレモンがベテランスパイの両親についに反抗するのがドラマの焦点になっており、'90年代からのベテラン声優・愛河里花子さんは十分に好演しています。また増井監督もしんちゃん映画のレギュラー・キャラクターを絡ませようという工夫はありますが(脚本・こぐれ京)、ひまわりやシロの出番は野原一家が捕らわれてメガヘガデルIIの実験台になるまでほとんどありませんし、かすかべ防衛隊も序盤の絡みで役割を終えてしまう。レモンの両親に対比してひろし(藤原啓治)とみさえ(ならはしみき)を描いた場面ももっと膨らませてクライマックスでキャラクター勢ぞろいくらいの勢いや盛り方ができたろうにと思えます。また伏線はそれなりに張られているもののレモンに利用されているしんのすけの視点で話が進むので、イモ食文化の先進国のヘーデルナ王国とヘーデルナ王国から秘密研究を盗んで世界征服に使おうとするスカシベスタン共和国の陰謀、と話が突然拡大すると、ストーリーは一直線につながっていますが観客が期待した意外性とは違った、でかい陰謀話のための世界征服物語という印象を受け、ヘーデルナ王国もスカシベスタン共和国もファンタジー世界の時代不詳のヨーロッパのどこかの国、ただし豊かで平和そのものの国に見える描かれ方なので世界征服の陰謀をめぐる諜報戦をくり広げているようには見えない、という設定と演出の詰めの甘さ、または自粛姿勢が見られます。本作で銃器が登場しないのは子どもスパイだからといって銃を持たせないという良識があり、しんちゃん映画では敵を降参・改心させて陰謀・野望は倒しても降参・改心した敵は許すか法にゆだねるので、決して殺傷することはありません。本作の場合はそれがあまりに牧歌的な架空のファンタジー的なヨーロッパのどこかのような国に行き着くので、それまでのスパイ活動やそこから始まるレモンとしんのすけの逃走も緊迫感がなく、メガヘガデルIIは急激に腹部を膨満させ大量の放屁を発現させる新種のイモを原料とした食用物質なのですが(ひろしいわく「美味い芋羊羹じゃないか」)、追い詰められて進退きわまったレモンとしんのすけは悪用されるなら食べちゃえばいい、と限界までメガヘガデルIIを食べまくります。クライマックスのサスペンスはそういったもので、果たしてメガヘガデルIIを大量に食べたしんのすけとレモンの運命は、さらに食べ切れなかったメガヘガデルIIはどうなるかは、楽しいエンディングの解決に結びついていきます。しんちゃん映画の中ではシリーズの水準ではやや落ちる作品ながら本作も単独で観れば十分楽しめる作品だけに、もうひと工夫あればと惜しまれるので、次作の観客動員数の低下は本作の食い足りなさが反映したものと思えます。
●4月20日(土)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス』(監督=増井壮一、シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2012.4.14)*110min, Color Animation
◎ある日、些細なことで喧嘩したしんのすけとひまわり。そこへ突然「ひまわり姫をお預かりします」という謎の男二人が現れた。渡された紙にサインしてしまうしんのすけだが、次の瞬間、上空に現れたUFOに吸い込まれてしまった!"ヒマワリ星"という見知らぬ星で、待ち受けていた運命とは……!?
前書きの通り本作が再び興行収入が9億8,000万円と振るわなかったのは前作でしんちゃん映画への期待値が低下したのもあるでしょうが、ひまわりがヒマワリ星で太陽系全体の平和存続のために必要で、それがひまわりが存在するだけで発生する一種のイオン「ヒママター」なら、ヒママターの自然発生の回復で事態は収まってしまうだろうとだいたい予想はついてしまうのが展開への意外性もサスペンスも薄めてしまうのがあり、また善意の宇宙人ヒマワリ星人は悪意も敵意もないのでこれも野原一家の奮闘を緊迫感のないものにしている。またひまわりでないとヒマワリ星が発生させ地球が消費してしまうヒママターの発生量が追いつかないという設定にフィクション上としても説得力がありませんし、実際結末ではこのヒママター問題はひまわりが野原家に帰っても大丈夫という解決になります。本作でいちばん感動的なのはしんのすけの回想場面で出てくるひまわり命名の場面(祖父母たちを含めてみんなで各自が考えた名前を書いた紙ひこうきを飛ばし、いちばん長く飛んでいたしんのすけの紙ひこうきの「ひまわり」に名前が決まる)ですが、この場面はテレビ版の'96年10月放映のエピソード「赤ちゃんの名前が決まったゾ」を映画用にリメイクしたものですし、またしんのすけが時空移動ホールで超次元に移動中に星座のようにこれまでの劇場版のヒロイン17人(ミミ子、ルル・ル・ルル、吹雪丸、リング・スノーストーム、トッペマ・マペット、女刑事グロリアこと東松山よね、SMLのお色気、指宿、後生掛、廉姫、天城、つばき、ジャッキー、マタ・タミ、ビクトリア、タミコ、レモン)の姿が現れるのも楽しい趣向ですし、『栄光のヤキニクロード』の敵キャラだった「ベージュのおばさんおパンツだゾ」の天城を入れるななら『オトナ帝国~』のチャコも入れてほしかったと歴代シリーズの観客ほど楽しい場面ですが、上記人名一覧でどの名前がどの作品のヒロインか当てられるほどの観客はもはやしんちゃん映画の多少の出来不出来には動じないものの、それほどの固定客だけでは大ヒット作にはならないので第16作『金矛の勇者』以来作品ごとに不安定でマンネリ化が囁かれたのが反映した観客動員数も本作で底をついた観があります。それでも長編アニメーション映画で10億円弱なら単発作品よりは数倍の業績なので次作こそはと気合いが入ったのが第21作『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』なら、本作も間をつなぐファンサービスもあり、またシリーズ他作品と比較せず本作だけを単独で観るならこれも丁寧な作りのエンタテインメント作品で、増井監督の2作は児童・ファミリー向けの配慮に細心に過ぎた感じもします。
●4月21日(日)
『映画クレヨンしんちゃん バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』(監督=橋本昌和、シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2013.4.20)*96min, Color Animation
◎グルメの祭典"B級グルメカーニバル"へ向かうしんのすけたちかすかべ防衛隊。途中、謎の女性"紅子"から壺を託されるが、それは秘密結社"A級グルメ機構"の企みを阻止できる"伝説のソース"だった!次々襲い掛かる刺客と空腹!しんのすけたちは、無事ソースを会場へ届けることができるのか!?
と、本作はかすかべ防衛隊の幼稚園児たちが苦心のすえに敵の本拠に乗りこみ、大人と協力し大人をしのいで陰謀を打ち砕くというプロット自体はそのまま『ブタのヒヅメ大作戦』から移し変えたものです。原恵一監督時代の注目度の低かった作品が実に完成度の高い脚本と演出で、アレンジ手腕によって一見まったく異なる趣向の作品に生まれ変わらせることができる見本のような出来になっているのが本作で、橋本監督と脚本家の浦沢氏による共同原案、さらに浦沢氏とテレビ版レギュラー脚本家うえのきみこさんの共同脚本と手間をかけたのは『ブタのヒヅメ~』に始まる数作のかすかべ防衛隊ものがシリーズの実績にあったからでしょうし、それだけに数人がかりでアイディアを練りこむ必要があったからでしょう。一種の類型から優れたヴァリアントを作る作業は映画ではプログラム・ピクチャーならでは最大の効果を発揮する筆法で、『望郷』から『霧の波止場』が生まれ、『赤い波止場』や『勝手にしやがれ』が生まれ、『紅の流れ星』や『ブレスレス』が生まれるという具合に和歌で言う「本家取り」と同じような多重の印象効果が生まれるので、先にしんちゃん映画の『ブタのヒヅメ~』『~カスカベボーイズ』『オラの花嫁』を観ている観客なら重ね合わさっていく感覚があり、それらを観ていず本作から観た人にも作品から奥行きが伝わってくる効果があります。他のしんちゃん映画、次作のしんちゃん映画も観たくなるのはそうした奥行きからで、もちろん本作は映画の脚本はこうでなくちゃ、というようなさりげない小道具の提示があとで重要な役割を果たす(一例を上げれば、山奥のバス停に置き去りになってしまった一堂が全員の持ち物を出して町に戻るまで役に立つものがあるかどうか確かめますが、ここでさりげなく示された持ち物があとで追っ手の幹部3人を退けて町まで逃れるのに決定的に、しかも偶然に役立つことになります)あたりは舌を巻く巧妙さですし、こうした細部まで気を配った脚本と演出が見事な絵コンテと声優さんたちの好演によって運ばれていくのは長編アニメーション映画ならではの快感があります。A級グルメ機構総帥グルメッポーイがB級グルメ、特に焼きそば(それも他でもないソースの健の屋台の焼きそば)に怨恨を抱く解明もスマートかつ悪党を悪党で終わらせない人情味があり、かすかべ防衛隊が到着するもソースの健がついに捕らえられて目の前でソースの壺が壊されそうになった時……このあとのクライマックスの展開も意外性と説得力のある盛り上がりで一気に進むので、橋本監督は次々作の第23作『オラの引越し物語~サボテン大襲撃~』2015でしんちゃん映画シリーズ歴代興行収入1位の記録を塗り替える特大ヒットを放ちますが、同作も快作にせよ完成度や充実感は本作に軍配が上がるように思えます。
●4月19日(金)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦』(監督=増井壮一、シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2011.4.16)*108min, Color Animation
◎アクション仮面から"アクションスパイ"に任命されて、すっかりその気になったしんのすけは、突如現れた国籍不明の少女レモンの指導のもと、スパイ訓練を開始することになる。果たしてしんのすけがスパイに選ばれた理由とは?レモンの真の目的は?今、人類の未来をかけた巨大な陰謀が動き出す!!
しんのすけが「合い鍵」と呼ばれて選ばれたのは身長・体型・スリーサイズがヘガデル博士と一致する唯一の人類で、ヘガデル博士の研究室の出入り口はヘガデル博士と同一の体型でしか開かないからなのですが、しんのすけと7歳の少女スパイ・レモンの関係が友情に育ってレモンがベテランスパイの両親についに反抗するのがドラマの焦点になっており、'90年代からのベテラン声優・愛河里花子さんは十分に好演しています。また増井監督もしんちゃん映画のレギュラー・キャラクターを絡ませようという工夫はありますが(脚本・こぐれ京)、ひまわりやシロの出番は野原一家が捕らわれてメガヘガデルIIの実験台になるまでほとんどありませんし、かすかべ防衛隊も序盤の絡みで役割を終えてしまう。レモンの両親に対比してひろし(藤原啓治)とみさえ(ならはしみき)を描いた場面ももっと膨らませてクライマックスでキャラクター勢ぞろいくらいの勢いや盛り方ができたろうにと思えます。また伏線はそれなりに張られているもののレモンに利用されているしんのすけの視点で話が進むので、イモ食文化の先進国のヘーデルナ王国とヘーデルナ王国から秘密研究を盗んで世界征服に使おうとするスカシベスタン共和国の陰謀、と話が突然拡大すると、ストーリーは一直線につながっていますが観客が期待した意外性とは違った、でかい陰謀話のための世界征服物語という印象を受け、ヘーデルナ王国もスカシベスタン共和国もファンタジー世界の時代不詳のヨーロッパのどこかの国、ただし豊かで平和そのものの国に見える描かれ方なので世界征服の陰謀をめぐる諜報戦をくり広げているようには見えない、という設定と演出の詰めの甘さ、または自粛姿勢が見られます。本作で銃器が登場しないのは子どもスパイだからといって銃を持たせないという良識があり、しんちゃん映画では敵を降参・改心させて陰謀・野望は倒しても降参・改心した敵は許すか法にゆだねるので、決して殺傷することはありません。本作の場合はそれがあまりに牧歌的な架空のファンタジー的なヨーロッパのどこかのような国に行き着くので、それまでのスパイ活動やそこから始まるレモンとしんのすけの逃走も緊迫感がなく、メガヘガデルIIは急激に腹部を膨満させ大量の放屁を発現させる新種のイモを原料とした食用物質なのですが(ひろしいわく「美味い芋羊羹じゃないか」)、追い詰められて進退きわまったレモンとしんのすけは悪用されるなら食べちゃえばいい、と限界までメガヘガデルIIを食べまくります。クライマックスのサスペンスはそういったもので、果たしてメガヘガデルIIを大量に食べたしんのすけとレモンの運命は、さらに食べ切れなかったメガヘガデルIIはどうなるかは、楽しいエンディングの解決に結びついていきます。しんちゃん映画の中ではシリーズの水準ではやや落ちる作品ながら本作も単独で観れば十分楽しめる作品だけに、もうひと工夫あればと惜しまれるので、次作の観客動員数の低下は本作の食い足りなさが反映したものと思えます。
●4月20日(土)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス』(監督=増井壮一、シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2012.4.14)*110min, Color Animation
◎ある日、些細なことで喧嘩したしんのすけとひまわり。そこへ突然「ひまわり姫をお預かりします」という謎の男二人が現れた。渡された紙にサインしてしまうしんのすけだが、次の瞬間、上空に現れたUFOに吸い込まれてしまった!"ヒマワリ星"という見知らぬ星で、待ち受けていた運命とは……!?
前書きの通り本作が再び興行収入が9億8,000万円と振るわなかったのは前作でしんちゃん映画への期待値が低下したのもあるでしょうが、ひまわりがヒマワリ星で太陽系全体の平和存続のために必要で、それがひまわりが存在するだけで発生する一種のイオン「ヒママター」なら、ヒママターの自然発生の回復で事態は収まってしまうだろうとだいたい予想はついてしまうのが展開への意外性もサスペンスも薄めてしまうのがあり、また善意の宇宙人ヒマワリ星人は悪意も敵意もないのでこれも野原一家の奮闘を緊迫感のないものにしている。またひまわりでないとヒマワリ星が発生させ地球が消費してしまうヒママターの発生量が追いつかないという設定にフィクション上としても説得力がありませんし、実際結末ではこのヒママター問題はひまわりが野原家に帰っても大丈夫という解決になります。本作でいちばん感動的なのはしんのすけの回想場面で出てくるひまわり命名の場面(祖父母たちを含めてみんなで各自が考えた名前を書いた紙ひこうきを飛ばし、いちばん長く飛んでいたしんのすけの紙ひこうきの「ひまわり」に名前が決まる)ですが、この場面はテレビ版の'96年10月放映のエピソード「赤ちゃんの名前が決まったゾ」を映画用にリメイクしたものですし、またしんのすけが時空移動ホールで超次元に移動中に星座のようにこれまでの劇場版のヒロイン17人(ミミ子、ルル・ル・ルル、吹雪丸、リング・スノーストーム、トッペマ・マペット、女刑事グロリアこと東松山よね、SMLのお色気、指宿、後生掛、廉姫、天城、つばき、ジャッキー、マタ・タミ、ビクトリア、タミコ、レモン)の姿が現れるのも楽しい趣向ですし、『栄光のヤキニクロード』の敵キャラだった「ベージュのおばさんおパンツだゾ」の天城を入れるななら『オトナ帝国~』のチャコも入れてほしかったと歴代シリーズの観客ほど楽しい場面ですが、上記人名一覧でどの名前がどの作品のヒロインか当てられるほどの観客はもはやしんちゃん映画の多少の出来不出来には動じないものの、それほどの固定客だけでは大ヒット作にはならないので第16作『金矛の勇者』以来作品ごとに不安定でマンネリ化が囁かれたのが反映した観客動員数も本作で底をついた観があります。それでも長編アニメーション映画で10億円弱なら単発作品よりは数倍の業績なので次作こそはと気合いが入ったのが第21作『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』なら、本作も間をつなぐファンサービスもあり、またシリーズ他作品と比較せず本作だけを単独で観るならこれも丁寧な作りのエンタテインメント作品で、増井監督の2作は児童・ファミリー向けの配慮に細心に過ぎた感じもします。
●4月21日(日)
『映画クレヨンしんちゃん バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』(監督=橋本昌和、シンエイ動画=双葉社=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2013.4.20)*96min, Color Animation
◎グルメの祭典"B級グルメカーニバル"へ向かうしんのすけたちかすかべ防衛隊。途中、謎の女性"紅子"から壺を託されるが、それは秘密結社"A級グルメ機構"の企みを阻止できる"伝説のソース"だった!次々襲い掛かる刺客と空腹!しんのすけたちは、無事ソースを会場へ届けることができるのか!?
と、本作はかすかべ防衛隊の幼稚園児たちが苦心のすえに敵の本拠に乗りこみ、大人と協力し大人をしのいで陰謀を打ち砕くというプロット自体はそのまま『ブタのヒヅメ大作戦』から移し変えたものです。原恵一監督時代の注目度の低かった作品が実に完成度の高い脚本と演出で、アレンジ手腕によって一見まったく異なる趣向の作品に生まれ変わらせることができる見本のような出来になっているのが本作で、橋本監督と脚本家の浦沢氏による共同原案、さらに浦沢氏とテレビ版レギュラー脚本家うえのきみこさんの共同脚本と手間をかけたのは『ブタのヒヅメ~』に始まる数作のかすかべ防衛隊ものがシリーズの実績にあったからでしょうし、それだけに数人がかりでアイディアを練りこむ必要があったからでしょう。一種の類型から優れたヴァリアントを作る作業は映画ではプログラム・ピクチャーならでは最大の効果を発揮する筆法で、『望郷』から『霧の波止場』が生まれ、『赤い波止場』や『勝手にしやがれ』が生まれ、『紅の流れ星』や『ブレスレス』が生まれるという具合に和歌で言う「本家取り」と同じような多重の印象効果が生まれるので、先にしんちゃん映画の『ブタのヒヅメ~』『~カスカベボーイズ』『オラの花嫁』を観ている観客なら重ね合わさっていく感覚があり、それらを観ていず本作から観た人にも作品から奥行きが伝わってくる効果があります。他のしんちゃん映画、次作のしんちゃん映画も観たくなるのはそうした奥行きからで、もちろん本作は映画の脚本はこうでなくちゃ、というようなさりげない小道具の提示があとで重要な役割を果たす(一例を上げれば、山奥のバス停に置き去りになってしまった一堂が全員の持ち物を出して町に戻るまで役に立つものがあるかどうか確かめますが、ここでさりげなく示された持ち物があとで追っ手の幹部3人を退けて町まで逃れるのに決定的に、しかも偶然に役立つことになります)あたりは舌を巻く巧妙さですし、こうした細部まで気を配った脚本と演出が見事な絵コンテと声優さんたちの好演によって運ばれていくのは長編アニメーション映画ならではの快感があります。A級グルメ機構総帥グルメッポーイがB級グルメ、特に焼きそば(それも他でもないソースの健の屋台の焼きそば)に怨恨を抱く解明もスマートかつ悪党を悪党で終わらせない人情味があり、かすかべ防衛隊が到着するもソースの健がついに捕らえられて目の前でソースの壺が壊されそうになった時……このあとのクライマックスの展開も意外性と説得力のある盛り上がりで一気に進むので、橋本監督は次々作の第23作『オラの引越し物語~サボテン大襲撃~』2015でしんちゃん映画シリーズ歴代興行収入1位の記録を塗り替える特大ヒットを放ちますが、同作も快作にせよ完成度や充実感は本作に軍配が上がるように思えます。