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第六章。
ムーミン谷近代美術館所蔵映画全目録。『愛と死をみつめて』『赫い髪の女』『赤いハンカチ』『秋津温泉』『網走番外地』『天城越え』『嵐を呼ぶ十八人』『ある殺し屋』『生きているうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』『伊豆の踊子』『一心太助』『刺青』『いれずみ判官』『浮雲』『右門捕物帖』『駅前旅館』『おとうと』『解散式』『陽炎座』『貸し間あり』『花芯の刺青・熟れた壺』『関東無宿』『喜劇あゝ軍歌』『喜劇女は度胸』『君の名は』『巨人と玩具』『切られ与三郎』『斬り込み』『斬る』『くちづけ』『雲ながるる果てに』『狂った果実』『警視庁物語全国縦断捜査』『恋文』『木枯し紋次郎』『月曜日のユカ』『拳銃は俺のパスポート』『ゴキブリ刑事』『ゴジラ』『さらば愛しき大地』『座頭市物語』『思春の泉』『七人の侍』『しとやかな獣』『忍びの者』『勝利者』『処刑の部屋』『女囚701号・さそり』『ションベンライダー』『新幹線大爆破』『地獄』『実録阿部定』『十三人の刺客』『十兵衛暗殺剣』『次郎長三国志・殴り込み甲州路』『仁義なき戦い』『仁義の墓場』『砂の器』『青春残酷物語』『関の弥太っぺ』『0課の女・赤い手錠』『曽根崎心中』『大幹部・無頼』『胎児が密猟する時』『太陽を盗んだ男』『たそがれ酒場』『玉割り人ゆき』『大草原の渡り鳥』『大地の子守歌』『近松物語』『血槍富士』『忠臣蔵』『妻たちの性体験・夫の眼の前で、今……』『手討』『点と線』『東海道四谷怪談』『東京流れ者』『独立愚連隊』『寅次郎恋歌』『なつかしい風来坊』『七つの顔』『南国土佐を後にして』『憎いあンちくしょう』『二十四の瞳』『ニッポン国古屋敷村』『ニッポン無責任時代』『二等兵物語』『二百三高地』『濡れた海峡』『野菊の墓』『野良猫ロック・ワイルドジャンボ』『薄桜記』『博奕打ち・総長賭博』『白昼の襲撃』『張り込み』『反逆児』『反逆のメロディー』『幕末太陽伝』『晩春』『光る女』『人斬り与太』『ひとり狼』『緋牡丹博徒』『笛吹童子』『豚と軍艦』『兵隊やくざ』『本日休診』『瞼の母』『卍』『みな殺しの霊歌』『明治侠客伝』『夫婦善哉』『最も危険な遊戯』『もどり川』『悶絶!!どんでん返し』『やくざ囃子』『野獣死すべし』『野獣の青春』『用心棒』『夜霧のブルース』『四畳半襖の裏張り』『浪人街』『わたしのSEX白書・絶頂度』上映機材・なし(死蔵)。
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まもなくスナフキンは黒い丘のほうへ急ぎました。牧場の後ろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は北斗七星の下に、ぼんやり普段よりもつらなって見えました。
スナフキンは、もう露の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼっていきました。まっ暗な草や、いろいろなかたちに見えるやぶのしげみの間を、その小さな道がひと筋、白く星あかりに照らしだされていたのです。草むらには、ぴかぴか青びかりする小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、スナフキンはまるで谷の住民たちが持ち歩く光る木の実のカンテラのようだと思いました。
そのまっ黒な、針葉樹や落葉樹の林を越えると、にわかにがらんと空がひらけて天の川がしらじらと南から北へ渡っているのが見え、また魔女の結界の頂きも見わけられたのでした。つりがね草や野菊らの花がそこらいちめんに、夢のなかからでも薫りだしたというように咲き、鳥らしき影が一羽、丘の上を鳴きつづけながら通って行きました。
スナフキンは魔女の結界の頂きの下に来て、火照ったそのからだを冷たい草になげました。
谷のあかりは、闇のなかをまるで海の底の宮殿の景色のように灯り、子どもらの歌う声や口笛、きれぎれの叫び声もかすかに聞えてくるのでした。風がとおくで鳴り、丘の草もしずかにそよぎ、スナフキンの汗でぬれたシャツもつめたく冷やされました。スナフキンは谷のはずれから、とおく、黒くひろがった野原を見わたしました。
そこから汽車の音が聞えてきました。その小さな列車の窓は一列、小さく赤く見え、そのなかにはたくさんの旅人が果実を噛ったり、笑ったり、好き放題楽しんでいると考えると、スナフキンはもう何ともいえずかなしくなり、また眼を天にあげました。
・ああ、あの白い天の帯がみんな星だというゾ
……ところがいくら見ていても、その天はスナフキンには天文学で教わるような、がらんとした冷たいところとは思われませんでした。それどころではなく、見れば見るほどそこは小さな林や牧場がある野原のように感じられて仕方なかったのです。そしてスナフキンは青い琴の星が三つにも四つにもなってちらちら瞬き、脚が何度も出たり引っ込んだりして、とうとう茸のように長く延びるのを見ました。また、すぐ眼の下の谷までがぼんやりした多くの星の集まりか、ひとつの大きなけむりのように見えると思えました。
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ところで、とムーミンパパは小首をかしげました、今はどのくらい経ったのだろう?なんだかあっという間だったような気もするし、いつまで経っても進んでいないような気がするぞ。
当り前だろこのカバ、とムーミンママは優しくほほえみました。ムーミン族の妻は無限の忍耐力があるのです。ケンタウルス座のひとつやふたつ滅んでも彼女は表情ひとつ変えないでしょう。もちろんそんなすごい能力が天性はおろか一朝一夕にできるわけがなく、ムーミンママが今あるのは鬼姑からの過酷な試練に耐えぬいたからでした。
・鬼姑?
姑はどこの世界でも鬼と決まっていますが、ムーミンパパは孤児でしたので媒酌人夫妻がいわば親代り、そして継母はむろん鬼ですので、その権力は鬼に金棒どころではありません。またムーミンパパは絵に描いたようなぼんくらなので、どうしたんだねフローレンその痣は?林をくぐったら木の枝がはねてきたの。そうか、鞭で打たれたのかと思うほどだな。おお大丈夫かフローレン!……平気よ、つい階段を踏み外したの。骨折しているのではないか、まるで思いきり突かれて転げ落ちたようだぞ。フローレン、足を傷めたのか?ええ、靴に画鋲が入っていたの。それはいかん、靴屋に画鋲入りだぞと苦情を言わねば。という調子です。
この仕打ちは新妻の妊娠判明まで続くので、ムーミンママこと当時フローレンはもうそれは夜な夜な(略)。しかもその妊娠は、トロールのような概念的存在には肉体的兆候ではなく、きわめて古典的ですが、
・受胎告知をする天使
として現れます。その時、ベッドの隣ではムーミンパパこと当時ムーミンが悪夢にうなされていました。悪い夢から冷めると商店街の通りに置かれた氷柱になっていた夢です。うわあ、おれは解けるぞ。
フローレンは夫が眠ったのも気づかず、娘時代のバイト先で覚えた上級テクでもう一戦その気にさせようと実践中でしたが、ふと眉間に風を感じると、羽根の生えた手のひらサイズのムーミンが顔の前で羽ばたいていました。フローレンは驚きのあまり噛みちぎってしまうところでしたが、その不細工な天使は驚くな、先ほど汝は受胎した、と告げたのです。なら噛みちぎってもよかったのですが、晴れて彼女はムーミンママとなりました。
ムーミンパパは(偽)ムーミンに訊きました。なあ、どのくらい経ったと思う?
えっ、いつから?
(2013年5月15日)からさ。
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わーったわ、とミムラねえさんは妥協案を思いつきました。35人の兄弟姉妹全員が同じテーブルで食べる以上、みんながてんでバラバラの料理を注文するというのは面倒なばかりか注文、または受注ミスのリスクすらともないかねません。誰しも公けの場でのトラブルは避けたいものです。そうでしょ?うん。
ではこうしましょう、料理は二通り、ひとつは男料理コースね。もうひとつはとうぜん女料理コースとします。でも男だから男料理、女だから女料理を押しつけるのじゃないのよ。これからウェイターさんを呼んで食前の飲み物から食後のデザートまで……
飲み物とデザートだけ?と弟ミムル。ブー(全員)!
ンなわけないでしょ。もちろんスープに前菜、メインディッシュ、とひととおり見つくろってもらうのよ。そしたら男料理コースにするか、女料理コースにするかは料理次第で選んでくれればいいわ。
反対、と弟のミムロ。そうだ、と付和雷同のエールがあがりました。
あのねえ、男だから男料理コース、女だから女料理コースを食べるのではないのよ。そういうことよねミムラねえさん?
そう、ミムリの説明の通りよ。男料理と女料理はただの呼び方で、みんなはどちらを選んでもいいの。
反対、とミムロは言いました。何でも反対!
ひとりでも反対なら尊重しないわけはいかないわね、とミムリ。では男料理と女料理を頼んで自由に選ぶのにしたくない人は?
反対!とミムロ。
これで全員同意ね。ウェイターを呼びましょう。
そうですねえ、男料理にはエスキモーのフォアグラソテー、女料理には魚肉ソーセージ盛り合わせのコースなどは?
いいわ、あとは飲み物からデザートまでお任せするわね。男料理コースは?18人前、女料理コースは?17人前。同時にね。
ウェイターは食器を並べ始めました。男料理にはナイフとフォークと小皿、女料理にはフォークとスプーンとボウルでございます。
ではそれを私から、男女男女男女男男女男女男女男女男女男男女男女の順で置いて。殿方とご婦人は……。いいのよ。ウェイターは女男女男女男女男女男女男男、と並べ始めました。
だから違うの、男女男女男女男男女男女男女男女男女男男女男女!ですがお客様は……。男女はいいのよ。言う通りにして!ウェイターが男女男女男女男男女男女男女男女男女男男女男女と並べると、違う!
だから……あら、ミイがまたいないわ!
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さてこうして、とヘムル署長は乾杯の音頭を取り最初のひと口をすすると、♥型に寄せたテーブルの仲間に言いました、現在のムーミン谷でもっとも賤しい稼業の四人が揃ったわけだ。
ジョッキに口をつけていた他の三人も次々最初のひと口を飲み込むと、ずるいぞ署長、それは私が先に言うつもりだったのに、とジャコウネズミ博士。私もだ、とヘムレンさん。いややっぱりそれはあっしですよ、とスティンキー。
いや泥棒のきみではただのジョークにしかならん、谷の知性を代表するヘムレンさんや官僚学者の私が言ってこそ真のジョークというものだよ。
そこなのさ博士、と署長、私など規則を決めて厳守させ、違反する者は処罰するのが職務だ。最低最悪の仕事だろう?まともな良識あるトロールには、こんな人権を蹂躙した職務などやましくて務まらんよ。
だが署長の働きあってこそ谷の秩序もあるのだしな、スティンキーくんが谷の経済を裏で活性化させてくれているのも署長の適正な加減のおかげだ。
そう言われるとこそばゆいが、と署長、せっかく悪党四人揃ったのだ、いかさまトランプでもやらんか?よし、本気ならポーカーやブリッジと行きたいがわれわれは全年齢向けトロールだからな、ババ抜きでいこうか。しかしテーブルは前菜が並んどるしな。
なに、こうしよう、と博士はノコギリを取り出すと、♥型のテーブルの桃割れ部分から四角くゲーム台を切り抜き、杖でテーブルの横に立てました。これでよかろう。
うむ、席はどうする?やはり互い違いがよかろう。でも署長とスティンキーくんは対面できんぞ。
いやあ、と署長は鋏を取り出し、手錠の鎖をプチンと切りました。いいのかね?ふっ、後で蝶結びにでもしておくよ。
四人は泥棒、博士、警官、知性の右回りで四辺に座りました。カードをカットしようか。はい!とすかさずスティンキーが斧で真っ二つ。やると思ったよ。
署長は新しいトランプを取り出して素早く切って渡すと知性も素早く切って渡すと泥棒も素早く切って渡すと博士も素早く切って渡すと署長も正面の泥棒・博士・本人・知性、と右回りに素早く配り、さてどうですかみなさん?
上がりだ!とゲームを始めるより早く四人全員同時に上がりでした。ん、ジョーカーは?さあ。
ひさしぶりにギャンブルを堪能したよ。さて食事に戻るか。ところでこの気の抜けた飲み物は何かね?
ああ、ホッピーですよ。
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それにしてもだ、とムーミンパパは言いました、レストランでまだ良かったよ。これが熟女パブや熟女サロンだった場合どうなっただろう?
・ムーミン谷に熟女パブができたそうだよ、とムーミンパパは新聞から顔を上げて、言いました。
うむ、やはり熟女パブや熟女サロンではどうもしっくりせん。何だか妙に期待してしまう。
いやですよあなた、とムーミンママはまったく無関心な笑顔で合いの手を入れました。それが習慣です。
サロンとパブはどう違うの?と(偽)ムーミンは訊きました。ああ、お前ならそう訊いてくると思ったよ。まず相違点を上げるには共通点から上げた方がいいだろう。どこが共通点かわかるかねムーミン?
・ムーミン谷の住民全員注目(ムーミンママ除く)
偽ムーミンは返答に詰まりました。これはムーミンパパのひっかけかもしれないからです。要するに偽ムーミンは自分の思いついた回答ではなく、ムーミンならこう答える返答をしなければなりません。しかし熟女パブと熟女サロンと問われても……。
どっちも熟女のお店、と偽ムーミンは直球で答えました。他に答えようないからです。強いて言えば、どっちも子どもが入れないところ、かな?従業員の子どもは例外だが、と偽ムーミンはげんなりしました。でもまあ模範回答ならこれしかないもんな。
ハズレ、と冷たくムーミンパパ。えっ、ハズレなの?だったら共通点は?
どちらも実体はパブだということだ、とムーミンパパは偉そうに言いました、熟女とつくのは見せかけにすぎん。そうだろママ?
そうですね、と無関心な返答と微笑。
そしてようやく重要な相違点が見えてくる。もっとも私も知らないが。なにしろ熟女パブにしろ熟女サロンにしろ短波テレビがどこかの外世界から拾ってくる文化情報でしかないからな。それにムーミン谷の公用言語には、
・熟女に当る言葉はない
のだから、熟女とはいったい何を指すのか、どうやらある種の女性の形容であると想像するしかない。そこで私は谷で唯一パソコンをいじるスノークくんに頼んで熟女をキーワード検索してもらったが、最多ヒットしたのは、
・五月みどり、と
・かまきり夫人
だった。かまきりとは虫の名称だから、五月みどりとはかまきりの棲息する自然環境を指すらしい。ここまでは全部前振り、な。
えっ?そうなの?
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食事に戻る前に、とジャコウネズミ博士、切り抜いたテーブルを戻さなければいかんな。杖を抜くから少し持ち上げてくれんかね?
よしきた、とヘムル署長が手を添えました。ひとりで持たん方がいいぞ。ん、なぜだね?結構重いからさ。なあにこの程度大丈夫さ。なら杖を抜くぞ。
うわあ、とヘムル署長は落ちたテーブル板もろとも床に叩きつけられました。ほら言わんことじゃない、指が挟まれなかっただけでも幸とすべきじゃろ。
博士はさっきどうやってこれを持ったのですかな、と署長はスティンキーと二人がかりでようやく持ち上げながら、訊きました。たしか片手で持ってなさったでしょう、片手はノコギリを持っていたんだから。
ああそれは、まだこれから(とテーブルを指して)切り抜いたばかりで活きが良かったからさ。今は硬直して重くなった。赤ん坊が眠ると重くなるのと同じだな。さて、それを元の箇所にはめ込まないといかん。
そう簡単にはいかんでしょう、と署長。切り抜いた時に結構おがくずが出ているから、その分スカスカになるはずだ。はめても落ちてしまいますよ。ここはウェイターに言ってテーブルを替えてもらうか……。
そんなことをしたらわれわれがいかさまトランプをしていたとバラすようなもんじゃないかね?
釘ならありますぜ、とおずおずとスティンキーは釘を取り出し、これで裏から何かブリッジを当てて留めればどうですか?
今さらブリッジなどババ抜きで十分堪能したよ、とヘムレンさん。それよりなんで釘なんぞ持っているのかね、と署長。
最近始めたんです、訪問販売ってやつですが。ゴム紐は全然でしたけど、主婦は家にどれだけ釘の予備があるか知らないんで結構売れるんですよ。署長のお宅はどうですか?
そういえば予備の釘など考えたことがないな。よし、10本買う!
いや、今はテーブルを直すんでしょう?お使いになりますか博士?
いらんよ、と博士はにやりと笑って、まあそのままはめ込んでくれたまえ。
ゆるいですよ博士。
では四辺が逆になるようにはめ直してくれないか。
はまった!ぴったりです、隙間もありません。
実際は裏は削れてるがね、四辺の位置をずらせばきつくはまるように切り抜いておいたのだ。
実用的な技術にも詳しいんだな、とヘムレンさん。
いやなに、いわゆる日曜大工というやつさ。もっとも日曜の意味は知らんが。
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ええと続きだったな、どこまで話は進んだっけ?
ヘムル署長たちがテーブルを直したところだよ、と偽ムーミン。ほほう、とたちまちムーミンパパは皮肉を浴びせかけました。よそのテーブルのことの方が家族の会話より気にかかるのかね?実は私もさっきから気になっているがね。あちらはなにしろムーミン谷の法を自由にできる方々だし、どさくさまぎれに何やらしてはならないことまでやってらっしゃるご様子だ。しかもいい歳どころか現役長老格に当る方々が、まあスティンキーは従者みたいなものだから別としても、好き好んで♥型にテーブルを寄せて座ってらっしゃるとはいったいどういうことだろう?悪だくみをしております、といわんばかりではないかねムーミン?
やたら絡むなあこの親父、と偽ムーミンは閉口しましたが、ムーミンママが珍しく積極的にまああなた、そんなことを言われてもこの子が困っているじゃありませんか、ととりなしてくれたのがかえって不安をかき立てました。ひょっとしたらこのおばさんはとっくにおれの正体をお見通しなのではなかろうか。ならばおれを泳がしておく理由はただ一つ、ムーミンパパとおれの掛け合いをせせら笑っていたいからとしか考えられない。
あるいは本当に実の息子の身を案じて、おれが無事に息子を返すよう一緒にムーミンパパをあざむいてくれているのかもしれない。だが普通そんなに殊勝なことをするか?と(偽)ムーミンがせわしなく考えをめぐらせていると、
・熟女パブの話ですよ
とあっけなくムーミンママが話題を戻したので偽ムーミンは一気に混乱し、
・それと熟女サロン
とつられてつけ加えてしまいました。偽ムーミンだってそんな話題はもううんざりだったのです。
おお、とその割にはムーミンパパの反応は薄く、さも面倒くさそうに、どこまで話したんだっけなあ?
共通点は済んだから、今度は相違点の話だよ、と半ばやけくそ、毒食らわば皿の気分で偽ムーミンは吐き捨てました。
(52)で終っときゃ良かったな、で作者死亡で未完。それじゃ、相違点行こう。わざわざ熟女パブと熟女サロンの二種類があるのは、一方は熟女が働く店、もう一方は熟女が遊ぶ店に違いない。以上話はお終い。
次はわしらの番だな、とヘムレンさんは言いました。これだけ期待値が下がるといっそ楽かもしれんぞ。
(59)
ええと続きか、どこまで話は進んだっけ?
ヘムル署長たちがテーブルを直したところだよ、と偽ムーミン。
私が怪訝に思うには、とヘムレンさんが顎に手をやりながら言いました、ちょっと出番が多すぎはしないかね?われわれ本来の立ち位置なら、こんなに出番はないはずだが。
それは私も感じていたが、とジャコウネズミ博士。ないといえばきみ、あごひげはどうした?
おや?きみだなスティンキーくん!いつ私から盗ったのだ?しかも剃り跡まできれいだぞ!
スティンキーはニヤニヤしながら顔らしき部分からヘムレンさんのあごひげを垂らしていました。顔らしきというのは、スティンキーの全身はトゲの生えた楕円状の球体で頭部も腰部もなく、そんな体の両脇から生えた細い触手が両腕で、臀部に相当する位置から生えたトゲが両脚になっているからです。常識的にも動物学的にも普通このような形態が知的生物とは考えられませんが、ムーミン谷の人びとは現実主義者なのでスティンキーには常識も普通も通用しませんでした。
おい返すんだ、とヘムル署長は警官の職務に目覚めてスティンキーの背中をどつきました。いててててて。大丈夫か署長、手の甲をトゲが何本も貫通しているぞ。なに慣れてますよ、と署長は一気に手を引き抜きました。素早くやれば血も出ません、多少のしびれはありますが。ほお大したものだ、とジャコウネズミ博士。きみならこの谷の軍事最高任務が勤まるな。はあ?
というのは昨夜もヘムレンさんと短波ラジオをいじって外世界文化を研究したのだが、これまで不明だった戦争とは交易の究極手段だと見当がついてきたのだ。たとえばムーミン谷がマイメロ村と戦争になったとする。
マイメロ村?
短波テレビで観た外世界放送で知ったのだ。ところでムーミン谷軍はマイメロ村軍を叩きのめした。次にすることはなんだろう?
こちらに有利な条項を結ぶことですか?
うむ、だが現実は違うようだ。戦勝国は敗戦国の軍事・政治指導者を無条件で処刑できる。三段論法だな。ウサミミ仮面は銃殺刑だ。そこで署長には軍事最高権限とともに超時間兵器の使用許可を与える。これでわれわれは全次元過去現在未来すべてを制圧できる。
無敵ですな。
その代わり最高権限者には超時間的責任を負ってもらう。過去現在未来全次元、永遠に勝ち続けねばならない使命がそのリスクだ。
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ええと続きだ、どこまで話は進んだっけ?
ヘムル署長たちがテーブルを直したところだよ、と偽ムーミン。
ですがヘムル署長たちの関心はもうとうに次の話題に移っていました。ムーミン谷の住民が争いごともなく平和共存しているのは、他ならぬ時間感覚のズレが所属グループごとに明確だからです。ムーミンパパとジャコウネズミ博士が同時に同じ高さのテーブルから皿を落としたとすると、博士の皿が床に砕けた時にはまだムーミンパパの皿は床まで三分の一も届かないでしょう。これは一見ムーミンパパ圧倒的不利で、同じ性能のピストルで撃ちあいをしてもヘムル署長の弾丸はムーミンパパの弾丸の三倍の速度で進みます。
ですが実戦ではこの相対速度差が相殺するので、ムーミンパパはピストルの弾丸よりも速く移動できますから、ヘムル署長の最初の弾丸さえ避ければヘムル署長が第二・第三の弾丸を撃つより前に、自分の弾丸すら追い抜いて署長の手からピストルを叩き落し、こめかみにゼロ距離射撃をお見舞すれば着弾速度は問題外ですので勝負は決ります。
うっ、とひと声うめき、全身をびくっと震わせると、ヘムル署長の死体は床にうつぶせに横たわりました。左のこめかみからは赤ワインの瓶を倒したかのように鮮血がかさを増して流れ、レストランの床に血だまりになりました。
なんてことだ、とジャコウネズミ博士、この店の床は傾いているぞ。血だまりにムラがある。私もいま気づいた、とヘムレンさん、直すべきだな。
店じゅうの客はそれを聞いて、代表を立て食事中に直させよう、でなければ食い逃げしよう、とガヤガヤし始めました。悪い予感がしてスティンキーは、みなさん食い逃げは犯罪ですぜ、とおそるおそる訴えました。もしそうなれば全員食い逃げは認める、だが主犯はスティンキーだと言うのに決っています。
ムーミンパパは席に戻るとまだ床に落ちる途中の皿を拾い上げました。追加の黒ビールを頼んどいて良かった、なんだか騒々しくなってきたようだな。
博士らも席に戻りました。署長も起き上がると席に戻り、一本取られたよ、私より軍事最高官は適任者がいるようだ。そうか、勝負の公平性には若干の残尿感があるがね、まあ男と女の残尿感には違いがあるかもしれんが、と博士。では軍事最高官はムーミンパパで決りかね?そうだな、就任前に引責処刑はどうだ?
第六章完。
(初出2013~14年、全八章・80回完結)
(お借りした画像は本文と全然関係ありません)