●4月7日(日)
『映画クレヨンしんちゃん 爆発!温泉わくわく大決戦(併映短編「クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉」監督=水島努)』(監督=原恵一、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'1999.4.17)*110min, Color Animation
◎謎の科学者"ドクターアカマミレ"率いる"YUZAME"により、地球を温泉で沈めてしまう"地球温泉化計画"が進められていた。彼らに対抗する"金の魂の湯"が野原家の地下にあったことから、一家は"温泉Gメン"とともに温泉戦士としてYUZAMEの野望に立ち向かうことになる。短編「クレしんパラダイス!メイド・イン・埼玉」と2本立て!
原恵一監督の前2作では別次元はファンタジーではありませんが、しんちゃん世界に交わる世界征服を企む秘密結社と正義の組織の攻防は一定のリアリティの水準で統一されていました。本作の場合、しんちゃん世界の日常次元のリアリティがかき乱される別次元のドラマにあまりにリアリティの統一感がなく、場当たり的にファンタジーにもなれば野原一家のスーパーヒーロー化も起こるといった具合で、脚本としてはすべてを解決する「金の魂の湯」が伏線になっているのだから何でもありが許される仕組みになっている。しかしそれが観客の納得のいく、満足できる組み立てで展開しているかとなると先に指摘した通り悪の秘密結社の動機と行動自体にロジックの矛盾があるのも作中では意識されていないので、盛りだくさんにサービスの多い作品ですしエンドクレジットでは野原一家が歌う「いい湯だな」で全登場人物が踊る、あげお先生(三石琴乃)初登場で温泉Gメンの女性隊員指宿にブレイク前の田村ゆかりさん、ドクター・アカマミレの愛人フロイラン・カオルに折笠愛さんとキャスティングも楽しめ、また春日部市にYUZAMEの怪獣型巨大ロボットが向かってくることから放映中の「ぶりぶりざえもん(塩沢兼人)のぼうけん」を遮ってテレビ朝日のやじうまワイドキャスター(吉澤一彦、田中滋実)の実況があり、「クレヨンしんちゃん」のレギュラーキャストがふたば幼稚園関係のみならず風間ママ(玉川紗己子)、ネネママ(萩森子)、マサオママ(大塚智子)、さいたま紅さそり隊の女子高生3人組のふかづめ竜子(伊倉一恵)、魚の目お銀(星野千寿子)とふきでものマリー(むたあきこ)、かすかべ書店店長(京田尚子)と店員中村(稀代桜子)、しんちゃん憧れの女子大生ななこおねいさん(紗ゆり)とその友だち神田鳥忍(大塚海月)、バカップルのヨシリンとミッチー(阪口大助、草地章江)、そして春日部在住のマンガ家の臼井儀人(本人出演)とテレビ版の日常コメディのクレヨンしんちゃん世界からの住人たちが逃げまどう姿が実質的にはテレビ版の視聴者が観ると大量カメオ出演の大サービスで、無茶な喩えで言うなら松竹が『宇宙大怪獣ギララ』'67の続編を『男はつらいよ』とクロスオーヴァーさせて浅草の町でギララが暴れまわり寅さん世界のキャストたちが逃げまどうようなものです。それはそれで面白いかという気がしてくるのもたまには変な映画があってもいいからですが、『映画クレヨンしんちゃん』ではとっくにそれが普通になじむと思われたものが実はしんちゃん世界のリアリティに拮抗する映画1作ごとのフィクションにも一定の一貫性のあるリアリティが必要で、本作は水島努監督の併映短編が才気煥発なヴァラエティ豊かなミニ・オムニバス作品だったために(「ぶりぶりざえもんのぼうけん」が一瞬で遮られるのも短編のオチになっています)、原恵一監督の本編の方も過剰にまとまりのない、前2作で見せてくれた手腕が空振りしたような仕上がりになっている。しかしシリーズの他作品と比較しなければ、また比較した場合でも微妙に外した、狙いの外れた作品ならではの抜けた愛嬌が漂っているのは本シリーズの徳というものでしょう。
●4月8日(月)
『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル』(監督=原恵一、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2000.4.22)*88min, Color Animation
◎野原一家は「アクション仮面」最新作完成記念の豪華客船ツアーに参加していた。そこに突然謎のサル軍団が現れ、島に大人たちを連れ去ってしまう。船に残されたしんのすけたちかすかべ防衛隊とひまわりは、勇気を振り絞って島へ救出に向かうが……。子どもたちだけのジャングル大冒険が始まる!
また本作の悪役パラダイスキングはしんちゃん映画史上でももっとも強烈なキャラクターで、「20年前にある事情で」スカイスクーターでこの無人島で暮らすためやってきたパラダイスキングはサルたちとの生存競争に明け暮れ遂に武道の達人となってサルたちに君臨する王様になり、テーマ曲に「カンフー・ファイティング」を流し巨大なアフロヘアーとPファンク風のコスチュームで身を包んだ怪人で、島の裏に漂着した廃船の中に宮殿を作っています。アクション仮面クルーズの豪華客船から大人たちを拉致したのも「サルのできることには限界があるからな」と拉致した大人たちの男たちはパラダイスキングをプロモーションするアニメ製作工房で、女たちは人間の大人たちの監理係についたサルたちのための大食堂で強制労働させており、船に残した子どもたちは目の前でアクション仮面を叩きのめすことで服従させるつもりです。本作のアクション仮面は武道の心得はあるものの超能力者のスーパーヒーローではなく生身のアクション俳優であり、大人たちがサルから解放されてもアクション仮面と対決し強大な力を示して島の奴隷とする、というパラダイスキングの計画は続きます。映画はアクション仮面がパラダイスキングに勝って全員が豪華客船に戻ってもなおパラダイスキングがスカイスクーターで船を沈めにダイナマイトを満載して追ってくる(この時パラダイスキングは「ワルキューレの騎行」を口笛で吹き、『地獄の黙示録』が本作の発想の下敷きにあることを暗示します)としつこく続き、撮影・アトラクション用の飛行装置で飛び立ったアクション仮面と「お助けするゾ」とアクション仮面にしがみついてきたしんのすけによるパラダイスキングとの空中戦が大クライマックスとなります。映画の結びは無事試写会が行われ、作中作のアクション仮面映画最新作が上映され、アクション仮面が北春日部博士(増岡弘)開発の新兵器「♪ペガサスビ~ム!」(ペガサスビーム発射装置=小林幸子、本作エンドクレジット主題歌も担当)で敵を倒す場面で映画のアクション仮面とともにアクション仮面俳優としんのすけたちがわはははは、と笑う場面で締められます。しんのすけたちが豪華客船で周遊中の冒頭では、「その頃春日部では……」とふたば幼稚園のしんちゃんにぞっこんのお嬢さま酢乙女あいちゃん(川澄綾子)、あいちゃんの執事黒磯(立木文彦)、よしなが先生(高田由美)、まつざか先生(富沢美智恵)、あげお先生(三石琴乃)、園長先生(納谷六朗)の様子、また春日部市のレギュラー登場人物のかすかべ書店店長(京田尚子)、ベテラン店員中村(稀代桜子)、さいたま紅さそり隊の女子高生ふかづめ竜子(伊倉一恵)、魚の目お銀(星野千寿子)、ふきでものマリー(むたあきこ)やバカップルのヨシリンとミッチー(阪口大助、草地章江)、しんちゃん憧れの女子大生ななこおねいさん(紗ゆり)と野原家の隣のおばさん(鈴木れい子)の会話に通りかかってななこおねいさんとお茶しに出かけるしんちゃんの祖父・野原銀の介(松尾銀三)、編集者が訪ねてくると「旅に出ます」と書き置きだけ出演のマンガ家・臼井儀人(映画での臼井氏の登場や劇場版への関わりはこれが最後になりました)と、前作でも春日部市に巨大ロボットが攻めてくるためテレビ版の登場人物の総出演がありましたが本作でさらっと描かれるのはあくまでしんのすけたち旅行中の春日部市民の日常風景であり、今回は冒険ドラマも誇張されているとはいえ現実的に展開し現実的な解決をみるので春日部市民の日常が不自然なカメオ出演サービスにはなっていません。また前作で打ち切りの可能性すらあった『映画クレヨンしんちゃん』が、本作ではこぢんまりとした作品でシリーズ中傑出した作品ではないとしてもテレビシリーズ「クレヨンしんちゃん」の劇場版としては理想的な仕上がりといえる興行的にも成功した作品になったため、次作で原恵一監督は思い切った試みに乗り出すことが可能になったとも言えるので、本作がシリーズで占める位置は決して小さくありません。しんちゃん映画に初めて触れる方にも本作はもっともお薦めできる作品の一つです。
●4月9日(火)
『映画クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(監督=原恵一、シンエイ動画=ASATSU=テレビ朝日/東宝'2001.4.21)*90min, Color Animation
◎春日部で突然開催された"20世紀博"というテーマパーク。童心にかえって没頭する大人たちは、やがてそこへ行ったきり帰ってこなくなってしまう。これは"ケンちゃんチャコちゃん"が企む、恐るべき"オトナ帝国"化計画だった!21世紀と未来を守るために、かすかべ防衛隊が立ち上がる!
[ 解説 ] お馴染み嵐を呼ぶ幼稚園児・しんちゃんと、20世紀へ時間を逆戻りさせようとする組織との戦いを描いた長篇ギャグ・アニメーションのシリーズ第9弾。監督は「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル」の原恵一。臼井儀人の原作を下敷きに、原監督自身が脚本を執筆。撮影監督に「ドラえもん のび太と翼の勇者たち」の梅田俊之があたっている。声の出演に、「ああっ女神さまっ AH! MY GODDESS」の矢島晶子、「どら平太」の津嘉山正種ら。
[ あらすじ ] "20世紀博"というテーマパークにハマっていたひろし(藤原啓治)とみさえ(ならはしみき)が、大人であることを放棄ししんのすけ(矢島晶子)とひまわり(こおろぎさとみ)の前から姿を消した。いや、ひろしとみさえばかりではない、春日部中の大人たちがいなくなってしまったのだ。そしてその夜、ラジオから"イエスタディワンスモア"と名乗る組織のリーダーであるケン(津嘉山正種)とチャコ(小林愛)が、見捨てられた子供たちに投降するよう呼びかけてきた。実はケンたちは、21世紀=未来に希望を持てなくなった大人たちを洗脳し、大人だけの楽園"オトナ帝国"建設を企んでいたのだ。このままでは、未来がなくなってしまう! しんちゃんを初めとするカスカベ防衛隊は、ケンたちの計画から大人たちと自分たちの未来を取り戻すべく20世紀博へ乗り込むと、"20世紀の匂い"にどっぷり浸かり童心に帰っていたひろしとみさえを"ひろしの強烈な靴下の匂い"で洗脳から目覚めさせ、家族一同力を合わせてケンの計画を阻止してみせる。こうして、未来はしんちゃんたち子供の手に託されることとなり、春日部の町にも平和が戻るのであった。
――本作の頃には原作者の臼井氏はアニメ版にはテレビ版のキャラクター設定程度にしか関わっておらず、劇場版は原作者了承という程度だったそうですから、本作のような内容は原恵一監督が自由にオリジナル脚本を構想できるようになって初めて実現したと言え、本郷みつる監督時代の最後の作品『ヘンダーランドの大冒険』に相当するものでしょう。キネマ旬報のあらすじはおおざっぱに概要をまとめてもいれば細かいニュアンスをぶっ飛ばしてもいるので、本作はアヴァンから野原一家が1970年の大阪万博そのままの万国博会場を見学中に怪獣が現れ(まずソ連館が壊され、ひろしが「ソ連が崩壊した!」と叫ぶ時事ネタがあります)ひろしは巨大ヒーローに、家族は万博防衛隊隊員に変身して戦う……のがすべて春日部市で突然開催された「20世紀万国博」会場の特撮映画撮影サービスの作中作であり、続いて子どもたちの間で大人たちがみんな20世紀万国博に夢中になって通いつめている、街中で大人たちに昔の日本みたいなファッションが流行っている、どうも日本各地の市町村で同じような20世紀万国博が同時開催しているらしい、という不安が広がります。ある晩テレビで明朝皆さんを20世紀万国博に迎えに行きます、と電波ジャックらしいアナウンスが流れ、ひろしとみさえは人が変わったようにしんのすけにもひまわりにも見向きもしなくなり、翌朝大人たちは子どものような様子に退行現象を起こして子どもたちを突き放し、しんのすけは幼稚園の送迎バスが来ないのでひまわりを背負って幼稚園に登園しますが園長先生や先生たちもしんのすけを相手にせず、やがて憧れのななこおねいさんやさいたま紅さそり隊の女子高生をも含む大人たちは迎えに来た数十台のオート三輪の荷台に次々と乗り込んで運ばれていってしまいます。大人たちが町から消えたあと、かすかべ防衛隊の風間くん(真柴摩利)、ネネちゃん(林玉緒)、マサオくん(一龍斎貞友)、ボーちゃん(佐藤智恵)はしんのすけの家に集まります。「もしかしたら大人だけの帝国を作るのでは?」「オトナ帝国?」などと疑っていると、テレビ番組が突然白黒になりました。コンビニはガキ大将たちが占領し、無人のバーで麦茶をすするかすかべ防衛隊でしたが、大人がいなくなったために町中からは街灯が消え、置き去りにされた子どもたちはパニックに陥ります。明かりの消えたしんのすけの家でかすかべ防衛隊がラジオを聴いていると、「20世紀博」の創立者で「イエスタディ・ワンスモア」のリーダーである「ケン」から「町を訪れる20世紀博の隊員に従えば親と再会できる」というメッセージが流れます。大半の子たちはラジオに従ったものの、不審に思ったかすかべ防衛隊はサトーココノカドーへ足を運び、そこで一夜を過ごすして迎えをやり過ごし隠れようと決めます。翌朝、迎えに従わなかった子供たちを捕まえる「子供狩り」が始まります。ひろしとみさえ、園長先生もオトナ帝国の手先になっていました。隠れたデパートではしんのすけのミスで「子供狩り」が始まる時間に起きてしまい、居場所をひろしとみさえに見つかったかすかべ防衛隊は店内や町中で追いかけっこになります。運良く幼稚園バス(猫バスもどきのペインティングでお馴染み)を乗っ取り交代で運転をして逃げるも、イエスタディ・ワンスモアの部下たちによって20世紀博へ誘導され、しんのすけを除くかすかべ防衛隊の4人は捕えられてしまいます。しんのすけ・ひまわり・シロは辛くも逃げ切り、イエスタディ・ワンスモアの作った「20世紀の匂い」によって大人達が「懐かしさの匂い」に夢中になり、幼児退行していたことを知ります。その時ケンの言葉を思い出したしんのすけはひろしの足の臭さを思い出し、ひろしに「ひろしの靴」をかがせます。ひろしは夢の中で少年の頃の思い出、失恋、上京、就職、仕事の失敗、みさえの出会い、しんのすけ、ひまわりの誕生までが走馬灯のようにめぐり、すすり泣きながら記憶と正気を取り戻します。その後、みさえも同じ手で治したあと、20世紀博から脱出しようとする野原一家の前にケンが現れます。そしてケンはチャコと住む20世紀万国博内の下町の木造アパートの一室で人類20世紀化計画を語ります。野原一家はそれを阻止するため走り出します。20世紀万国博内の東京タワーに登る野原家を次々とイエスタディ・ワンスモアの隊員達が襲いますが、野原家は機転とチームワークで撃退していきます。ケンとチャコの二人がエレベーターで頂上に登り始めます。そして家族が次々と脱落していく中、しんのすけ一人が頂上を目指し、何度も転び、遮二無二走り続けてしんのすけはようやく二人にたどり着きます。ケンとチャコは計画を発動させようとしますが、大人たちの懐古心を原動力とした計画は、野原家の行動を見て未来に生きたいと考えを変えた街の住民達により頓挫してしまっていました。チャコはしんのすけに何故!と問いかけると「オラは大人になりたいから。大人になってお姉さんみたいな人とお付き合いしたから!」と叫びます。ケンは敗北を認めてアナウンスで住民たちとしんのすけに「未来を返す」と告げ、チャコと共に去る。二人は追いついたひろし・みさえの制止も聞かず塔の縁まで歩いていきますが、飛び降りようとした二人を鳩が遮り巣に戻ります。「死にたくない!」とチャコは座りこみ、「また家族に邪魔されたか」とケンはつぶやき、ひろしに別れを告げてチャコとともに去って行きます。こうして野原家やかすかべ防衛隊、そして日本中の人々はそれぞれの家へと帰っていき、小林幸子の歌うエンドクレジット主題歌で映画は終わります。原恵一監督は1959年生まれですが、本作が2001年に公開されて大反響を呼んだのはちょうどテレビ版しんちゃんの視聴者である子どもの父母の世代が幼少期を'70年代に過ごした世代なのが大きく、また『ALWAYS 三丁目の夕陽』などの出現に先立って21世紀に出現するだろう20世紀ノスタルジアを5歳の子どもたちにとっては未来こそが大事なのだ、とぴしゃりと叩いた先見性が高く評価されたのでしょう。また挿入歌に忘れられがちながら誰もが知っている'60~'70年代の日本のポップス(BUZZ「ケンとメリー~愛と風のように~」、ベッツィ&クリス「白い色は恋人の色」、ザ・ピーナッツ「聖なる泉」、よしだたくろう「今日までそして明日から」)を使うセンスも冴えています。ただしテレビ放映開始から28年目となると、しんちゃんの世界の春日部は1992年にも2019年にもしんちゃんは5歳で時代は新しくなっているのですが、若い世代ほど本作の反ノスタルジアが『ALWAYS 三丁目の夕陽』のノスタルジア肯定と見分けがつかなくなる可能性がある。『君の名は。』などはタイトルだけでも嫌厭すべきものですが何の抵抗もなくなっている。知らなければノスタルジアにはならないとなれば、本作が何を語っている作品か今後誤解されながら観られていく危うさもあります。本作の場合は親が子どもを見捨てて子どもに返りたいという設定があるので大丈夫とは思いますが、本作が対象にしているのは'70年代までに子どもだった生年層というのはある。本作は原恵一監督の傑作ですが、今後の評価の推移が微妙と思われるのはその辺りです。