アート・ファーマー・カルテット The Art Farmer Quartet - プチ・ベル Petite Belle (Traditional arr. by Steve Swallow) (Atlantic, 1965) : https://youtu.be/BiOd0avqeHY - 4:08
Recorded at Atlantic Studios, New York City, March 12, 16 & 30, 1965
Released by Atlantic Records as the album "Sing Me Softly of the Blues", Atlantic SD 1442, 1965
[ The Art Farmer Quartet ]
Art Farmer - flugelhorn, Steve Kuhn - piano, Steve Swallow - bass, Pete LaRoca - drums
このアート・ファーマー(1928-1999)のアルバム『ブルースをそっと歌って』は名盤なので前2回に続いてどんどんご紹介いたします。今回の曲はアルバム3曲目で、カーラ・ブレイの斬新な書き下ろしオリジナル2曲が冒頭から連続したあと登場するボサ・ノヴァ曲ですが、AA'32小節ワンコーラスの曲かと思うと転調なのかBメロなのか即答できない16小節が続き次の16小節では回帰部のA'なのかすでにソロに入っているのかわからない、と聴けば易しいのに実はコピーしようとすると構成の把握すら難しい、という手練れのファーマーらしい演奏が聴けます。これはベースのスティーヴ・スワロウがアメリカ先住民の民謡をアレンジしたと原文ライナーにありますので、スウェーデンの民謡系歌曲集だったジム・ホール(ギター、1930-2013)在籍時代の名盤『スウェーデンに愛をこめて』'64収録曲と似たムードも感じさせる曲です。また、本作『ブルースをそっと歌って』のカルテットのピアノ・トリオはピアノのスティーヴ・キューン(1938-)は当時25~26歳(アルバム製作中の3月24日に26歳の誕生日)、ベースのスティーヴ・スワロウ(1940-)は23歳、ドラムスのピート・ラロカ(1938-2012)は25歳という若いトリオで、当時35歳だったファーマーよりも10歳あまり年少なばかりか大学卒の高学歴ジャズマンが出始めた走りの世代でした。トリオのうちキューンとスワロウは白人、ファーマー同様黒人なのはラロカだけですが、ラロカは弁護士資格を取得しており自分のバンドのみに音楽活動を絞った'68年以降はレコード会社の顧問弁護士職を生業としていたくらいです。
ファーマーは18歳からプロ活動を開始してビッグ・バンドやサイドマンを勤め、24歳の『The Art Farmer Septet』'53で初リーダー作をものし、以降本作までに19枚のリーダー作、ベニー・ゴルソン(1929-)との双頭ハードバップ・バンドのジャズテットで6枚のアルバムを出し、本作時点60枚を超えるサイドマン参加作があったヴェテランでしたが、ジャズマンとしての活動期が戦後のモダン・ジャズ興隆期とぴったり重なったファーマーと較べて、10歳あまりの年齢差ばかりか、プレスリーを始めとする'50年代ロックのミュージシャンよりも若くビートルズからクリームまでの'60年代ロックのミュージシャンと同世代のキューン、スワロウ、ラロカは、当初から意気投合しアート・ファーマーに起用される以前からトリオ活動していましたし、のちには各自のバンドを率いて活動するほど全員リーダー格の力量を持つ新鋭ジャズマンでしたが、3人揃ったスティーヴ・キューン・トリオとしては当時アルバムを残せず、サイドマン参加でも3人揃って起用される機会になかなか恵まれなかったため(ポール・ブレイの名盤『Footloose!』'63もリーダーのブレイがピアニストなのでポール・ブレイ、スワロウ、ラロカのトリオでしたし、ジョン・コルトレーン・カルテットにピアノがマッコイ・タイナー、ドラムスにエルヴィン・ジョーンズが決定する前に暫定メンバーに起用されたのもキューンとラロカで、スワロウは誘われませんでした)、キューン、スワロウ、ラロカの強力トリオが3人揃ったアルバムはアート・ファーマーの本作と(ファーマーは本作以降特別なプロジェクト作が相次ぎ、スティーヴ・キューン・トリオとのアルバムはこれ1作きりになりました)、ピート・ラロカがブルー・ノートに起用されたブルー・ノートでのラロカの唯一のリーダー作の名盤『Basra』'65、ようやくスティーヴ・キューン・トリオとして作った『Three Waves』'66の3枚きりなのです。Allmusic.com評価でも★★★★1/2の高い評価を得ている『Basra』はラロカのオリジナル曲3曲にスワロウのオリジナル曲1曲、スタンダード「Lazy Afternoon」にラテン・スタンダード「Malaguena」とひねった選曲で、ブルー・ノートの新進気鋭のテナー、ジョー・ヘンダーソン(1937-2001)にラロカがリーダーになったキューン、スワロウ、ラロカのトリオという理想的なワンホーン・カルテットでした。
スワロウはジム・ホールとウォルター・パーキンス(ドラムス)とのギター・トリオのアート・ファーマー・カルテット第1作『インターアクション』'63からファーマー・カルテットに在籍していましたが、同じメンバーの『ライヴ・アット・ハート・ノート』'63の方が『スウェーデンに愛をこめて』'64より後と勘違いしていたため、アルバムを取り出してみたら『スウェーデンに愛をこめて』でジム・ホールとスワロウは在籍のままドラムスはすでにピート・ラロカに代わっていました。メンバー総入れ替えと書いた前2回は勘違いで、『スウェーデンに愛をこめて』からジム・ホールが抜けてスティーヴ・キューンが入ったのが『ブルースをそっと歌って』になるというのが正しい経緯です。ジム・ホールも素晴らしいギタリストでピアノではできないユニークなアンサンブルを演奏できる先進的なプレイヤーでしたが、世代的にはファーマーと同世代で、またファーマーはビル・エヴァンス(ピアノ、1929-1980)との共演でも名盤を残しており、黒人ジャズマンにあってはエヴァンスやホールのような白人ジャズマンともっともフィットするソフトな感覚を持っていたのがファーマーでした。しかし思い切ってキューン、スワロウ、ラロカという若手で固めたメンバーでレギュラー・カルテットを組み、ファーマー自身のプレイはそれまでと変わっていないのに'60年代の若手ジャズマンにしたい放題にやらせても違和感がないばかりか黒人系のバップ主流にも白人系のクール主流にも行かず、メンバーのピアノ・トリオがフリー・ジャズすれすれのところまで行っても決して熱くならないどころか、真剣に聴けばえらくややこしいことをやっているのに軽く聴けば快適に聴き流せるアルバムになっているのは実は相当な喰わせもので、同時期にマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズやジャッキー・マクリーンらファーマーと同世代の有力ジャズマンが悪戦苦闘していた(マイルスと並ぶ同世代のライヴァルのケニー・ドーハムはレコード契約を失いつつありました)ことから軽々と身をかわしていたという人です。巨匠という感じはほとんどないのでファーマーくらいのジャズマンなら他にもいそうでありながら、ファーマー以外にファーマーのような存在はすぐさま思い当たらない。そういう印象を抱かせるのが『ブルースをそっと歌って』というアルバムです。
Recorded at Atlantic Studios, New York City, March 12, 16 & 30, 1965
Released by Atlantic Records as the album "Sing Me Softly of the Blues", Atlantic SD 1442, 1965
[ The Art Farmer Quartet ]
Art Farmer - flugelhorn, Steve Kuhn - piano, Steve Swallow - bass, Pete LaRoca - drums
このアート・ファーマー(1928-1999)のアルバム『ブルースをそっと歌って』は名盤なので前2回に続いてどんどんご紹介いたします。今回の曲はアルバム3曲目で、カーラ・ブレイの斬新な書き下ろしオリジナル2曲が冒頭から連続したあと登場するボサ・ノヴァ曲ですが、AA'32小節ワンコーラスの曲かと思うと転調なのかBメロなのか即答できない16小節が続き次の16小節では回帰部のA'なのかすでにソロに入っているのかわからない、と聴けば易しいのに実はコピーしようとすると構成の把握すら難しい、という手練れのファーマーらしい演奏が聴けます。これはベースのスティーヴ・スワロウがアメリカ先住民の民謡をアレンジしたと原文ライナーにありますので、スウェーデンの民謡系歌曲集だったジム・ホール(ギター、1930-2013)在籍時代の名盤『スウェーデンに愛をこめて』'64収録曲と似たムードも感じさせる曲です。また、本作『ブルースをそっと歌って』のカルテットのピアノ・トリオはピアノのスティーヴ・キューン(1938-)は当時25~26歳(アルバム製作中の3月24日に26歳の誕生日)、ベースのスティーヴ・スワロウ(1940-)は23歳、ドラムスのピート・ラロカ(1938-2012)は25歳という若いトリオで、当時35歳だったファーマーよりも10歳あまり年少なばかりか大学卒の高学歴ジャズマンが出始めた走りの世代でした。トリオのうちキューンとスワロウは白人、ファーマー同様黒人なのはラロカだけですが、ラロカは弁護士資格を取得しており自分のバンドのみに音楽活動を絞った'68年以降はレコード会社の顧問弁護士職を生業としていたくらいです。
ファーマーは18歳からプロ活動を開始してビッグ・バンドやサイドマンを勤め、24歳の『The Art Farmer Septet』'53で初リーダー作をものし、以降本作までに19枚のリーダー作、ベニー・ゴルソン(1929-)との双頭ハードバップ・バンドのジャズテットで6枚のアルバムを出し、本作時点60枚を超えるサイドマン参加作があったヴェテランでしたが、ジャズマンとしての活動期が戦後のモダン・ジャズ興隆期とぴったり重なったファーマーと較べて、10歳あまりの年齢差ばかりか、プレスリーを始めとする'50年代ロックのミュージシャンよりも若くビートルズからクリームまでの'60年代ロックのミュージシャンと同世代のキューン、スワロウ、ラロカは、当初から意気投合しアート・ファーマーに起用される以前からトリオ活動していましたし、のちには各自のバンドを率いて活動するほど全員リーダー格の力量を持つ新鋭ジャズマンでしたが、3人揃ったスティーヴ・キューン・トリオとしては当時アルバムを残せず、サイドマン参加でも3人揃って起用される機会になかなか恵まれなかったため(ポール・ブレイの名盤『Footloose!』'63もリーダーのブレイがピアニストなのでポール・ブレイ、スワロウ、ラロカのトリオでしたし、ジョン・コルトレーン・カルテットにピアノがマッコイ・タイナー、ドラムスにエルヴィン・ジョーンズが決定する前に暫定メンバーに起用されたのもキューンとラロカで、スワロウは誘われませんでした)、キューン、スワロウ、ラロカの強力トリオが3人揃ったアルバムはアート・ファーマーの本作と(ファーマーは本作以降特別なプロジェクト作が相次ぎ、スティーヴ・キューン・トリオとのアルバムはこれ1作きりになりました)、ピート・ラロカがブルー・ノートに起用されたブルー・ノートでのラロカの唯一のリーダー作の名盤『Basra』'65、ようやくスティーヴ・キューン・トリオとして作った『Three Waves』'66の3枚きりなのです。Allmusic.com評価でも★★★★1/2の高い評価を得ている『Basra』はラロカのオリジナル曲3曲にスワロウのオリジナル曲1曲、スタンダード「Lazy Afternoon」にラテン・スタンダード「Malaguena」とひねった選曲で、ブルー・ノートの新進気鋭のテナー、ジョー・ヘンダーソン(1937-2001)にラロカがリーダーになったキューン、スワロウ、ラロカのトリオという理想的なワンホーン・カルテットでした。
スワロウはジム・ホールとウォルター・パーキンス(ドラムス)とのギター・トリオのアート・ファーマー・カルテット第1作『インターアクション』'63からファーマー・カルテットに在籍していましたが、同じメンバーの『ライヴ・アット・ハート・ノート』'63の方が『スウェーデンに愛をこめて』'64より後と勘違いしていたため、アルバムを取り出してみたら『スウェーデンに愛をこめて』でジム・ホールとスワロウは在籍のままドラムスはすでにピート・ラロカに代わっていました。メンバー総入れ替えと書いた前2回は勘違いで、『スウェーデンに愛をこめて』からジム・ホールが抜けてスティーヴ・キューンが入ったのが『ブルースをそっと歌って』になるというのが正しい経緯です。ジム・ホールも素晴らしいギタリストでピアノではできないユニークなアンサンブルを演奏できる先進的なプレイヤーでしたが、世代的にはファーマーと同世代で、またファーマーはビル・エヴァンス(ピアノ、1929-1980)との共演でも名盤を残しており、黒人ジャズマンにあってはエヴァンスやホールのような白人ジャズマンともっともフィットするソフトな感覚を持っていたのがファーマーでした。しかし思い切ってキューン、スワロウ、ラロカという若手で固めたメンバーでレギュラー・カルテットを組み、ファーマー自身のプレイはそれまでと変わっていないのに'60年代の若手ジャズマンにしたい放題にやらせても違和感がないばかりか黒人系のバップ主流にも白人系のクール主流にも行かず、メンバーのピアノ・トリオがフリー・ジャズすれすれのところまで行っても決して熱くならないどころか、真剣に聴けばえらくややこしいことをやっているのに軽く聴けば快適に聴き流せるアルバムになっているのは実は相当な喰わせもので、同時期にマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズやジャッキー・マクリーンらファーマーと同世代の有力ジャズマンが悪戦苦闘していた(マイルスと並ぶ同世代のライヴァルのケニー・ドーハムはレコード契約を失いつつありました)ことから軽々と身をかわしていたという人です。巨匠という感じはほとんどないのでファーマーくらいのジャズマンなら他にもいそうでありながら、ファーマー以外にファーマーのような存在はすぐさま思い当たらない。そういう印象を抱かせるのが『ブルースをそっと歌って』というアルバムです。