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映画日記2019年2月13日・14日/小林正樹(1916-1996)監督作品(7)

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 大作『人間の條件』の『第三部望郷篇、第四部戦雲篇』はいよいよ主人公が召兵されてからの物語で、「第三部望郷篇」では初年兵教育の非人間的で残忍極まりない実態を初年兵で二等兵の主人公が経験する中で自殺に追いこまれる初年兵、残忍な上等兵、ソ連国境線を越えて脱走する一等兵らのドラマが描かれ、「第四部戦雲篇」ではドイツの降伏の報が伝わる中、旧友の上等兵の赴任によって二年兵で一等兵になった主人公が初年兵教育に任命され、古参兵たちの横暴と板挟みになりながら初年兵にも必ずしも理解されず、ついに始まったソ連軍の戦車隊の侵攻に上等兵たちも古参兵・初年兵たちもほぼ全滅し、戦車隊の通過直後に発狂してわめき続ける兵長を扼殺せざるを得なくなった主人公が茫然と生存者の所在を訪ねて絶叫しさまよい歩き始める場面で終わります。全編で出演者2万人に上る巨大な群像劇ですが『第一部純愛篇、第二部激怒篇』の中国人俘虜たちの果てしない無名の集団(その中で主役格の人物もいますが)よりも軍隊組織内部に舞台が移ったため、ドラマの性格は身分制度的な軍隊構造の中で展開されるため侵略戦争の裏側を中国人俘虜の強制労働問題を中心に描いた『第一部純愛篇、第二部激怒篇』から一転してドメスティックな日本帝国軍の腐敗の描出、それに対する主人公の精一杯の抵抗や無力に焦点は移っており、この『第三部望郷篇、第四部戦雲篇』は『第一部純愛篇、第二部激怒篇』が長い長いプロローグとしても一旦単独の作品として観ることのできる長編映画だとすれば、三部作の完結篇につながる長い長い橋渡しの部分で、前篇と後篇あっての中盤篇という完結していないもどかしさはあります。『第一部純愛篇、第二部激怒篇』には一応中国人俘虜たちをめぐるテーマが妻の美千子(新珠三千代)との結婚と召兵による別離を枠に一編の映画の中に収まっているので、この前篇をもって一編の映画を観終わったカタルシスがありました。『第三部望郷篇、第四部戦雲篇』では壮大な瓦解に終わり、部隊は主人公の梶(仲代達矢)と弘中伍長(諸角啓二郎)と寺田二等兵(川津祐介)の3人のみを生存者に全滅してしまうのですが、『人間の條件・完結篇 第五部死の脱出、第六部曠野の彷徨』はこの3人が難民となって放浪する場面から始まり、混乱した戦地を遍歴してやがてソ連軍の俘虜となる具合に展開します。『人間の条件』というと戦争映画というイメージがありますが、軍隊ものとしての展開は意外にも今回の『第三部望郷篇、第四部戦雲篇』に集中しており、前篇・完結篇は戦争映画ですが前篇では中国人俘虜の強制労働管理をめぐる主人公の組織や軍部、中国人と理解しあおうという闘いであり、完結篇では解放と自由への渇望が絶望的な敗戦状態の戦地で放浪遍歴・俘虜という過程から浮かんでくる。『第三部望郷篇、第四部戦雲篇』は途中から始まって途中で終わるような映画ですが、前篇と完結篇では主人公の位置は強いストレスでは共通していても対照的な状態に反転していますから(また「第三部望郷篇」と「第四部戦雲篇」も対照をなす内容・構成を持っていると言えます)、本作も前篇・完結篇同様に重要な『人間の条件』全編を支えるパートと言えます。なお戦後監督である小林正樹監督作品はキネマ旬報に公開当時の作品紹介がありますので、時代相を反映した歴史的文献として、今回も感想文中に引用紹介させていただくことにします。

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●2月13日(水)・2月14日(木)
『人間の條件・第三部望郷篇、第四部戦雲篇』*102min, B/W+75min, B/W(人間プロ=松竹'59)・昭和34年11月20日公開

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 映画についての研究書はさまざまにありますがまる1冊が1本の映画の研究や資料集というのも多数あり、『人間の条件』などは内容や規模から言ってもそうした対象になっても良さそうなものですが、小林正樹という映画監督そのものが生誕100年に上梓された論集・資料集『映画監督 小林正樹』(岩波書店刊)しか単行研究書が刊行されていない。'70年代にキネマ旬報社からシリーズ刊行された『世界の映画作家』からも洩れています。黒澤明などは全映画のシナリオとエッセイを網羅した全集がキネマ旬報社、岩波書店と二次に渡って刊行されているのにシナリオ全編で映画『人間の条件』を読むこともできないのは台詞のある主要登場人物の数が格段に増え、映画自体も60年前の作品なので俳優の顔ですぐ配役が判別するのも困難なら今回は軍隊ものなので軍服の上に髭面だったりとなおさら判別が難しい。前書きで簡単に第三部、第四部の設定とドラマを進めていく主要エピソードとその人物、ドラマの展開をご案内しましたが、重要な場面で要となる人物まであまりに多数におよぶのでこのあと引く公開当時のキネマ旬報の紹介にも配役・あらすじから割愛されている人物、エピソードが多い上に、あらすじは間違ってはいませんが実際の映画とは異なった印象を受ける部分も多いのです。配役上重要な人物を整理しておくと「第三部望郷篇」で初年兵教育を主人公が経験する中で自殺に追いこまれる初年兵が小原二等兵役の田中邦衛、小原二等兵を自殺に追いこむ残忍な上等兵が吉田上等兵役の南道郎、主人公と親しくなる理想主義者で兄が思想犯に検挙されている一等兵が新城一等兵役の佐藤慶で、新城はソ連国境付近の夜間動哨中に組んで動哨していた吉田上等兵同様に残忍な板内上等兵(植村謙二郎)が満州人を誤射射殺したため板内の巻き添えを食って営倉にいれられますが、野火の混乱に乗じてソ連国境線を越えて脱走します。新城を追跡する吉田を主人公の梶が食い止め、吉田ともども底なし沼にもんどりうって落ちて這い上がりながら「行け、新城!」と主人公が叫ぶ。残照に照らされた地平線を見ながら梶は意識を失う。野兵病院で従軍看護婦の永(岩崎加根子)の看護によって意識を取り戻した主人公は吉田の死と新城の脱走の成功を知ります。婦長の原泉(言わずと知れた中野重治夫人ですが、この原泉はジュディス・アンダーソンみたいに怖いです)によって永は移動を命じられ、回復した梶は即復帰を命じられ、二人が再会を約束する場面で第三部は終わります。「第四部戦雲篇」ではドイツの降伏の報が伝わる中、第一部冒頭の登場以来の旧友の影山少尉(佐田啓二)の赴任によって二年兵で一等兵になった梶が初年兵教育に任命され、古参兵たちの横暴と板挟みになりながら10代から40代におよぶ初年兵にも必ずしも理解されずという展開ですがこの古参兵たちの配役が誰がどの俳優かわからないもどかしさがあり、ついに始まったソ連軍の戦車隊の侵攻に先行して当たった影山少尉の隊の全滅が知らされ、主人公たちが防衛線を築いていた隊め上等兵たちも古参兵・初年兵たちもほぼ全滅し、軍人の息子で梶に反抗的だった寺田二等兵(川津祐介)も負傷しどうにか寺田二等兵を塹壕に護りながらも、戦車隊の通過直後に発狂してわめき続ける小野寺兵長(千秋実)を扼殺せざるを得なくなった主人公が茫然と「生きている者はいないか!?」と絶叫しさまよい始めるエンドシーンまで、本作は映画としても登場人物が人名を呼びあう、口にする台詞が人物の多さに対しては極端に少ないので、主人公の梶の初年兵いびりを腹いせにする古参兵とは離して初年兵教育を行う方針に異議を唱える上官が野中少尉で、どう見ても小林昭二なので調べ直したらやっぱり小林昭二だったので嬉しくなりましたが、防衛線の塹壕部隊も全滅していくクライマックスでは将棋倒しのようにそれまでのドラマを担ってきた膨大な人物が小林昭二も含めわずか数カットずつで次々と戦死していくので、主人公の視点からすればそれ以上追いようがないリアリティはありますし、隊列をなした戦車隊に塹壕からの狙撃と手榴弾程度で対峙するこの決戦そのものが無謀を通り越して唖然とするくらい滑稽なのですが、狙撃戦は戦車に随行する歩兵たちこそわずかに食い止めるとは言え手榴弾はまったく当たらず、ソ連軍の戦車隊は日本軍の塹壕部隊を全滅させて通過していきます。それを描くにはこれほど無惨なほどあっさりと台風一過のように描いたのが適切かもしれませんし、シナリオでじっくり復習することができれば各人物の最期ももっと噛みしめながら追えるはずなのですが映画では1シークエンスの中でなぎはらわれるように戦死してしまうので、それまでに主人公を苦しめてきたドラマに関わりあってきていた人物たちの運命につきあい、遂に最期を看取ったという感銘にはどうしても乏しくなり、主人公の辛うじての生存に全部が集約されてしまったきらいがあるのは無い物ねだりに過ぎるでしょうか。本作も公開当時のキネマ旬報の紹介を引いておきます。
[ スタッフ ] 監督 : 小林正樹 / 脚色 : 松山善三・小林正樹 / 原作 : 五味川純平 / 企画 : 若槻繁 / 製作 : 細谷辰雄 / 製作補 : 小梶正治 / 撮影 : 宮島義勇 / 美術 : 平高主計 / 音楽 : 木下忠司 / 録音 : 西崎英雄 / 照明 : 青松明 / 編集 : 浦岡敬一
[ 解説 ] 第一部・第二部に続く五味川純平の同名小説の映画化。軍隊における主人公・梶の行動を描く。脚色・松山善三、小林正樹、監督・小林正樹、撮影・宮島義勇といずれも前編と同じスタッフ。
[ 配役 ] 仲代達矢 : 梶 / 新珠三千代 : 美千子 / 佐田啓二 : 影山少尉 / 城所英夫 : 工藤大尉 / 多々良純 : 日野准尉 / 織田政雄 : 舟田中尉 / 松本克平 : 土肥中尉 / 内田良平 : 橋谷軍曹 / 青木義朗 : 曽我軍曹 / 諸角啓二郎 : 弘中伍長 / 千秋実 : 小野寺兵長 / 阿部希郎 : 柴田兵長 / 南道郎 : 吉田上等兵 / 植村謙二郎 : 板内上等兵 / 佐藤慶 : 新城一等兵 / 内藤武敏 : 丹下一等兵 / 田村保 : 石井一等兵 / 川津祐介 : 寺田二等兵 / 藤田進 : 鳴戸二等兵 / 田中邦衛 : 小原二等兵 / 柳谷寛 : 田ノ上二等兵 / 桂小金治 : 佐々二等兵 / 小瀬朗 : 久保二等兵 / 倉田マユミ : 小原の女房 / 岩崎加根子 : 徳永看護婦 / 原泉 : 沢村婦長 / 木村天竜 : 大隊長 / 安井昌二 : 見習士官 / 重富孝男 : 鈴木伍長 / 北見治一 : 松島伍長 / 福村幸雄 : 河村上等兵 / 清村耕次 : 乾上等兵 / 井上昭文 : 赤星上等兵
[ あらすじ ] ◇第三部――厳寒の北満。関東軍の一部隊では、梶たち初年兵が連日厳しい訓練を受けていた。板内と吉田の上等兵は、なにかというと初年兵を殴った。美千子から、中隊長に、特殊工人斬首事件での梶の無罪を訴える手紙が来た。が、かえってそれは梶を不利な立場に追いこんだ。新城一等兵もにらまれていた。彼の兄が思想犯であったからだ。梶と新城は親しくなった。美千子が、老虎嶺から三十キロの道をやって来た。その夜、美千子は消燈ラッパを梶の胸の中で聞いた。行軍が行われ、梶の属する第三班からは、小原と佐々の二人の落伍者を出した。小原は、女郎の客引の真似を吉田から強制され、その後便所の中で自らの命を絶った。部隊は、ソ満国境に近い湿地帯に移動した。新城は板内と夜間動哨に出、板内が満人を射殺したため、新城は営倉入りを命ぜられた。その時、野火が起った。この騒ぎを見て、新城は脱走した。吉田がその後を追った。これを見てさらに梶が追った。梶と吉田は組み合い、二人は泥水の中にはまりこんだ。梶の耳には、戦友の呼ぶ声がかすかに聞えた――。◇第四部――梶が意識を取り戻したところは病院だった。吉田は病院に運ばれてから死んだ。やがて梶は、ソ連の山々を前方にひかえる国境線の青雲台地へ行った。そこで、梶は影山に再会した。彼は少尉に進級していた。梶は上等兵になった。彼が受持った初年兵の中には、二十歳そこそこの寺田二等兵がい、軍人の家庭で育った寺田は梶の言動に反抗した。梶はあい変らず古兵といざこざを演じ、これを心配した影山の計いで、土肥作業中隊に配属された。間もなく、青葉陣地は玉砕し、影山は戦死した。梶は前線に戻った。終日、台地に戦車壕を掘った。ソ連軍の戦車群が近づいた。迫る戦車に、梶は半身をのばして寺田を自分の穴にひきずりこんだ。一瞬、その背にキャタピラが地響いて通りすぎた。やがて、死んだ暗闇になった。「生きている者は出て来い、負傷者は助けてやる。答がなければ捨ててゆくぞ」と梶は叫んだ。答はなかった。梶は戦友を求めて暗闇の中へ消えて行った。
 ――キネマ旬報の紹介のキャストはほとんど第三部が中心で第四部からはごく主要キャストしか載っておらず、第四部の部隊では小林昭二始め渡辺文雄(参謀)や浜村純(中尉)、安井昌二(見習士官)、小笠原章二郎(二等兵)、大木正司(二等兵)、末永功(二等兵)、井川比佐志(一等兵)らも出演しており、特に二等兵(初年兵)たちは名前の上がっている川津祐介や藤田進と並んで重要なキャラクターで痛ましい最期を遂げます。また、このあらすじは第三部の最期を第四部の冒頭に回しており、あらすじの最後の結びを読むと川津祐介の寺田二等兵は戦車に轢死されたような印象を受けますが、実際は主人公・梶の仲代達矢と川津祐介の潜った塹壕は砂塵に紛れて戦車と歩兵たちは近くを通り過ぎ、部隊の全滅に狂乱した千秋実が仲代の「戦闘は終わったんだ」と言う言葉にかえって錯乱し、短刀を振り回してわめきながら仲代と川津に襲いかかろうとして、仲代は川津を塹壕に逃げさせソ連部隊をやり過ごすために千秋に声を上げさせまいと取り押さえますが、千秋が抵抗したため主人公は結果的には同胞を扼殺してしまうことになります。この時千秋実が吹く泡が量といい泡立ちといいすごいのですが、口いっぱいに頬張らせておいて吹き出させて撮影したのでしょうか。今回の『第三部望郷篇、第四部戦雲篇』は主人公が苛酷な初年兵訓練を受ける第三部、逆に初年兵教育担当官になって人道的な訓練を通そうとし古参兵や上官から執拗な攻撃や嫌がらせを受ける第四部と、敗戦後14年を経過しているとはいえ戦時中徴兵された経験者、または徴兵年齢に達していたものの何らかの理由で辛うじて逃れ得たにすぎない大正生まれまでの日本人にはこれほど正視し難い事柄はなかったでしょう。ここに描かれた日本人はすべてB・C級戦犯と見なされる条件が揃っており、小林正樹が正式な監督昇進後に最初に作ったのが巣鴨拘置所に戦後8年間拘置され続けているB・C級戦犯を描いた『壁あつき部屋』'53(公開'56年)だったモチーフがここではそうした軍隊の実態を描く(『壁あつき部屋』後半の主人公にクローズアップされる人物は上官命令で不本意な捕虜処刑を行わされ、上官によって部下の独断と冤罪を被せられた戦犯であり、『人間の条件』の第二部につながります)意図を実現したものになっており、また小林正樹が描きたかったテーマが揃っていた原作小説が時期を得て現れ、空前のベストセラーになっているという映画化に格好の状況だったのも映画監督のキャリア上の運に巡り合わせた僥倖を感じさせます。小説の側にとってもそうだったでしょうがまさにこれを映画化するに経歴の上でも監督キャリアの積み重ねでも他にないほど適任の映画監督が存在していたということで、作品名が上がる時に原作小説を指すのか映画の方を指すのかわからないほど原作小説と映画化作品が並ぶ存在感を得た作品はちょっと他にないほどです。もっと詳細に本作について解説・検討した資料や研究文献が上がらないのは、さらに詳しく読みたいなら原作小説がある、というのも理由のひとつかもしれません。今回感想文を書くに先立って『人間の条件』に関しては一旦先に今年の成人の日前後に観直したのですが、成人の日を主催する全国市町村はアラン・レネの「夜と霧」'55とこの『人間の条件』くらいは上映会を開くか、紅白饅頭よりDVDを配った方が新成人の啓蒙になるでしょう。本作はスタッフが戦争体験をくぐってきた世代であり、キャストがそうした一回り上の世代を見て育ってきたタイミングもあって真にリアルな日本帝国軍の実態を映画に描けたタイミングも得ていて、あと10年後、15年後とタイミングを逸していたらこのようには作れなかった迫真性があり、そればかりは瑕瑾を超えて有無を言わさない仕上がりにもなっています。また『第一部純愛篇、第二部激怒篇』から半年足らずで仲代達矢が各段に風格を増しており、完結篇ではさらにすごいことになるのも見どころです。

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