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Channel: 人生は野菜スープ(または毎晩午前0時更新の男)
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送らなかった私信

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 おかえりなさい、おつかれさまでした。――と言っても、結局このメールは送らずじまいになりそうです。最後まで書き上げる寸前で、これはお送りしない方がいい内容だな、と気づきました。そのわけは、お読みいただければ(またはここで伏せていただければ)わかります。

 今日は寝汗と睡眠障害でろくに眠れないままどうにか通院し、受診を受け、処方を受け取って帰ってきました。体温は平熱ですが悪寒がし、嘔吐感はありませんが胸苦しく、階段を上がると肩で息をしている始末でした。緊急時のためのエンシュア・リキッドで栄養補給をし、こういう時には安らぐ音楽が聴きたくなりジョン・ケージの弦楽四重奏曲を聴きました。調律していない楽器の弦楽四重奏団が四人ばらばらに指定された長さに和音を合奏するという「偶然性の音楽」なのですが、これがヴァイオリン属の楽器のドローン効果を生かした、なんとも寂れた、野原で小やぎたちが迷子になって鳴き交わしているような哀愁が漂います。偶然性というくらいですから演奏ごとにまるで異なる音楽になるはずですが、ケージが承認した最初の録音盤ですからこれは作曲者が意図したいくつかの解釈のうちの正解の一つでしょう。

 片づけをして寝床に入りましたが、2時間弱しか眠っておらず全身はだるく意識はもうろうとしているのに、なかなか寝つけません。そのうちからだは横になったままなのに、フラッシュ・フォワードらしき感覚が起きてきました。フラッシュ・フォワードとはフラッシュバック(過去がよぎる)とは逆で、これから先に起こる現象が意識化され疑似体験するものです。たとえば映画などでは、女性に失礼な言動をしてしまった男が痛烈なびんたをくらう。ハッと気づくとムッとした女性が前にいて今のは意識に生じた予期現象だったのに気づくが、幻覚だとしてもびんたをくらったのは体験に焼きついているので必死に平身低頭するという具合に使われます。これはコメディの例ですが、ぼくに起こったのはいささか気味の悪い現象でした。

 もっともフラッシュ・フォワードの典型例は予期不安による臨死経験や離魂体験によく見られると考えられるので、もともとあまり気持良いものではないとも言えます。

 体調自体は、
○睡眠→良くない(昨晩だけ。受診日に緊張したみたい)
○主症状→悪寒・寝汗・息切れ
○鼻水→ややあり
○体温→平熱
○食欲・排泄→普通に健康
○喉→まったく健康
 と、喉や胃腸に異常はないので感染性の風邪ではないです。睡眠障害ストレスによる心因性症状でしょう。

 先にまとめてしまうと、ぼくはこのメールをすでに書き上げて読み返しているということです。これではわけがわかりませんが、つまりフラッシュ・フォワードの中ではぼくはこのメールをすでに書き終えたばかりであり、スマートフォンの画面をスクロールして読み返しているという経験をすでにしている。現実には寝床にうずくまって悪寒に震えながら、当然メールなど書きようがないし事実書いていないのを知っている。もちろんスマホを手に取り読み返していることまでフラッシュ・フォワードです。ではぼくがようやく眠るか具合が良くなったかでメールの有無を確かめた時、そこには何があるかです。まずメールの文面はほとんど記憶にある。これは「今読み返している」から間違いない。しかしメールを書いたという記憶はフラッシュ・フォワードによる疑似体験であって、現実のものではありません。

 もしその通りにメールが実際に書かれていなかったら、それはデジャ・ヴであって現実体験をくり返すことになる。つまり再び同じことを書くことになる。そうでないとその内容がそのまま書かれている「今読み返している」このメールは存在しないからです。しかしもしメールがすでに書かれていたら、これを読み返している(また書いている)現在の自分にとってそれはジャメ・ヴであり、実はフラッシュ・フォワードと思われたものは現実であり、実際は寝床で悪寒に震えている自分が本当にメールを書いていたことになります。どちらにしても気味が悪いのは、デジャ・ヴであってもジャメ・ヴであってもそこには現在の自分が抜け落ちてしまうということで、再び同じメールを書き直したとしても、あるいはすでにそこに書き終えたメールがあっても「今読み返している」のには変わりはないですから、起きて書き直した分岐まで含めてフラッシュ・フォワードが持続していると考えられる。だってそれがすでにこのメールの文面にありますから、まだぼくは悪寒の起こした幻覚の中にいることになります。これは演奏するたびに違うはずのケージの弦楽四重奏曲がまったく同じ楽譜に回帰してしまうのと似ているので、逆にその曲に呼びさまされた感覚がこれを引き起こしたのかもしれません。夢の中でまでそれを言語化しているのも厄介なものですが、からだが動かない状態では思考奔流が生じやすいのはごくごくありふれた生理現象です。こういう時にはこのまま黙って寝て回復するまで待つか、病状的にもっと悪化するようなら次の手を考えるしかありません。

 またぼくは重篤状態かつ病状を医療機関に自己申告できなければ生死の境にあった経験が数回あり、危機状態でも記録を残しておかなければ一命に係わるという孤老者ならではの強迫観念がこうした幻覚を招いたとも思われます。

 ――これが(たぶん)風邪のご報告のつもりで始めたこのメールをお送りしない理由です。こんな長々として屁理屈をこねた風邪ひきのたわごとなど呆れるしかない代物で、びんたを張られてさっさと寝てろと一喝されても仕方のないものです。しかし内容は一応日記なので(しかもひさびさの精神医学ジャンルなので)、症例備忘録としてとっておくことにしました。さて、これがすべてフラッシュ・フォワードの引き起こした文面だとしたら、書いている自分は文章の主体なのでしょうか。それともただの筆記係なのでしょうか。どちらも同じことか。……おあとがよろしいようで(^_^;)。

(画像と本文は関係ありません。)

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