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映画日記2018年7月4日~6日/バスター・キートン(1895-1966)の長編喜劇(2)

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 キートン長編は今回ご紹介する作品あたりから全盛期を迎えます。バスター・キートン・プロダクションの長編作品は平均製作費20万ドル+フィルム代・宣伝費15万ドルでしたが、1925年3月公開のキートンの『セブン・チャンス』は興行収入59万8288ドルで、これまでの長編は『滑稽恋愛三代記』'23.9が興行収入44万8606ドル、『荒武者キートン』'23.11が興行収入53万7844ドル、『探偵学入門』'24.4が興行収入44万8337ドル、『海底王キートン』'24.10が興行収入68万406ドルでした。バスター・キートン・プロダクション時代の10本の長編作品では『海底王キートン』がNo.2のヒット作になります(No.1は『キートンのラスト・ラウンド』'26の75万ドル)。しかしチャップリンの'25年6月公開の畢生の名作で2年ぶりの主演作『黄金狂時代』が製作費92万3,000ドル、興行収入(アメリカ・カナダ合わせ)250万ドル、ロイドの'25年9月公開の第8長編『ロイドの人気者』は製作費30万1,681ドル、興行収入(アメリカ国内)超特大クラスの260万ドルを記録していますし、次作で'26年4月公開の『ロイドの福の神』も260万ドルの連続大ヒットを記録しており、ロイドは短編映画の製作費7万7,000ドルで作った第1長編『ロイドの水兵』'21.12も48万5,000ドルの大ヒットでしたが第2長編『豪勇ロイド』'22.9では110万ドル、第3長編『ドクター・ジャック』'22.12では127万ドルの特大ヒットになり、第4長編『要心無用』'23.4からは軒並み150万ドル以上の超特大ヒットを連発してきていて、ヒット実績こそ横並びとはいえ2~3年に長編1作の寡作で製作期間も長ければ製作費も大予算だったチャップリンよりも純益や作品数の累積で上回っていたことになります。ロイド作品、チャップリン作品との興行成績の比較から見ると、喜劇王チャップリン、喜劇王ロイドは突出した喜劇映画人でしたがキートンはせいぜい「その他大勢」の喜劇映画人のうちトップランクがせいぜいで、興行収入-製作費・諸経費から残る純益を考慮すると、次回作の製作のための純益の最低ライン1.0倍を維持するのがやっとの自転車操業ですらありました。また自己のプロダクションのプロデューサーを自分自身が勤めていたチャップリンやロイドと違いバスター・キートン・プロダクションはマネジメントのジョセフ・M・スケンクがプロデューサーを勤めており、企画の決定権がスケンクにあったのも自作を企画段階から完全に決定権を掌握していたチャップリンやロイドとは大きな違いでした。現在では人気作品になっている『セブン・チャンス』もスケンクが舞台劇の映画化権を買ってきて、キートン自身は気乗りがせず主演・監督した作品だそうで、キートン自身の発案だった『海底王キートン』のヒットの後ですから『セブン・チャンス』が『海底王キートン』ほどヒットしなかったのは原作のせいだとキートンは思っただろうと言われています。しかし今観ると『海底王キートン』も『セブン・チャンス』も負けず劣らず面白いのです。
 しかしキートンの麗名は少なくとも本邦では高く、萩原朔太郎の数少ない詩集未収録詩編でアンソロジーに昭和3年('28年)5月発表された三部構成の散文詩「三人の俳優」はキートン、チャップリン、ロイド(この順)を賛美したものでした。三大王や四天王といった発想の称揚は多くは日本独自の現象だそうですが、少なくとも現在英語版ウィキペディアなどではロイドとキートンをチャップリンと並べてサイレント喜劇の三大自作自演俳優として名実ともに拮抗しあう存在と評価を下しています。現在アメリカ国立フィルム登録簿に選出されているキートン作品は「キートンのマイホーム」'20と「キートンの警官騒動」'22(以上短編)、『キートンの探偵学入門』'24と『キートンの大列車追跡』'27、『キートンのカメラマン』'28(以上長編)の5作で、ロイドが代表作中の代表作『ロイドの要心無用』'23と『ロイドの人気者』'25の2作きりしか選出されていないのと対照をなしており、さすがにチャップリンは短編「チャップリンの移民」'17と長編は『キッド』'21、『黄金狂時代』'25、『街の灯』'31、『モダン・タイムス』'36、『独裁者』'40が軒並み選ばれていますがチャップリン作品は何が選ばれてもおかしくないので、今後「犬の生活」'18、「担え銃」'18、『偽牧師』'23、『巴里の女性』'24、『サーカス』'28、『殺人狂時代』'47、『ライムライト』'52と増えていく(『ニューヨークの王様』'57はイギリス映画扱いで選外?)と増えて行くのでしょう。最上の代表作にエッセンスが詰まっているロイドやキートン(マルクス兄弟も『吾輩はカモである』'33と『オペラは踊る』'35の2作のみです)と較べて、作品歴が大河のように連なるチャップリンのスケールの大きさがこういう選出からは痛感されますが、決定的な代表作があるロイド(あと1作挙げれば『猛進ロイド』'24でしょう)に較べてもキートン作品は良くも悪くもムラがあって趣向が多彩なので、『探偵学入門』『大列車追跡』『カメラマン』も良いですが観る人ごとに愛着の1作はずいぶん異なってくると思います。'70年代にはキートンの傑作は『荒武者キートン』'23か『海底王キートン』'24に『大列車追跡』と『キートンの蒸気船』'28、80年代にはキートンの3大傑作は『探偵学入門』『セブン・チャンス』『大列車追跡』が定評だったと思います。淀川長治氏はずっと『恋愛三代記』と『探偵学入門』を名作とされていました。キートン評伝の著者トム・ダーディスは『キートンのゴー・ウェスト』'25、『キートンのラスト・ラウンド』'26を『荒武者キートン』『海底王キートン』『キートンの大列車追跡』『キートンの蒸気船』に並ぶ名作に挙げています。要は実際にご覧になって、お好みの作品が見つかればいいと思います。筆者などはバスター・キートン・プロダクション解散後のMGM作品『カメラマン』はワースト・ワンと思っているほどなのです。

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●7月4日(水)
『キートンの探偵学入門(忍術キートン)』Sherlock, Jr. (共同監督ロスコー・アーバックル<ノンクレジット>、バスター・キートン・プロダクション=メトロ'24)*44min, B/W, Sillent; 本国公開本国公開1924年4月21日; https://youtu.be/pGrZnpcENYQ

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○あらすじ(DVDジャケット解説より) 映写技師を勤めるキートンは、探偵を目指して勉強中であった。ある日、恋敵にはめられて、愛する女性の父親から泥棒扱いされることに。濡れ衣を晴らすため、キートンは夢の中で名探偵シャーロック・ジュニアとなって活躍をする。

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 クレジット上はキートン単独監督作(後述)。「古人曰わく二兎を追う者は一兎も得ず。しかしこの映画の主人公はそれをしようとした男だった。彼は街の映画館の映写技師であり、探偵修行中の身だった」。探偵術の本を熱心に読みふけるキートン。「おい探偵!」と支配人に命じられ映画館前の売店で売っている3ドルの菓子包みを見てため息をついて所持金の2ドルを確かめ、映画館のゴミ掃除を始めますが、ゴミの中から1ドルを見つけて喜んでいると1ドルを落としたという女性客が来たので返します。すると老婆が来て1ドルを落としたというので自分の1ドルを渡すはめになる。さらに髭面の大男がやってきたのであわてて1ドルを差し出すと男は突き返し、ゴミの中から財布を探し出すと分厚い札束を数えるので大男が去った後キートンは慌ててゴミの山を探しますがゴミしかありません。キートンは1ドルの菓子を買い値札を4ドルに書き換えてヒロインの家に土産に持っていきますが、恋敵の男はヒロインの父の懐中時計を掏摸とって4ドルで質入れし、3ドルの菓子包みを持ってきます。ヒロインの父の懐中時計の紛失がわかり、名探偵気取りのキートンは一人ずつのポケットをあらためますが、恋敵がキートンのポケットに忍び込ませた「懐中時計4ドル」の質札が出てきて、キートンが持参した菓子が4ドルに書き換えていたのが災いしてキートンは面目を失います。キートンは恋敵が怪しいとぴったり後ろについて尾行し、線路を横切る時バレまいと貨車に入ってしまい、屋根から抜け出して下りようとして給水塔のポンプにつかまって落ちずぶ濡れになります。通りがかりの車まで水に流され、キートンは追いかけられて職場の映画館に戻ります。映写中に眠りこんでしまったキートンは客席を進んでスクリーンの中に入ってしまいます。庭園、街中、絶壁、草原、海辺、雪原と背景が次々と変わり、庭園に戻って木にもたれかかると木が消えてキートンはばたりと倒れます。夢の場面は続き、ヒロインの邸宅で真珠が盗まれて名探偵シャーロック・ジュニアことキートンが捜査に乗り出します。真犯人は当然恋敵で、執事と企んで毒薬入りワインを飲ませようとしてキートンが別のグラスを選んで失敗、ビリヤードで爆薬入りの玉を仕掛けてキートンに突かせますがキートンは爆薬入りの玉だけを残して玉を突き終えて失敗、となります。キートンは助手のジレットとともに犯人を追い詰めるために犯人のアジトを突き止め、アジトの屋根から踏切板を使ってジレットの車に下りて変装の支度をし、真珠のネックレスを取り返すと壁抜けの一瞬で仕込んであった老婆の衣装になりくらましますが、再び追い詰められ今度は羽目板をくぐって逃げ出します。キートンは助手の運転するオートバイの後ろに背中合わせで乗りこみますが助手はすぐに運転席から落ちてしまい、キートンは知らずに疾走を続け、逃げた悪漢たちが監禁していたヒロインを道端のオープンカーに飛び乗り湖に突っ込んで救い出します。映画は再びキートンが眠りこんだ時の映画に戻っています。映写室で眠っているキートンをヒロインが訪ねてきて「父も私も誤解していたわ」と詫びます。キートンが映写室の窓から映画を見るとクライマックスの熱い抱擁とキスシーンだったのでキートンはヒロインの額にキスします。映画は一転して3人の赤ん坊のいる主人公とヒロインの姿になり、こればかりはキートンも困って頭をかいて、エンドマーク。
 本作最大のギャグは夢の中、つまり作中作の形式とはいえ生身の人間が映画のスクリーンに入ってしまうことで、キートンがスクリーンに入った途端に次々と庭園、街中、絶壁、草原、海辺、雪原とカットが変わり慌てふためき、再び庭園に戻ってひと安心と樹にもたれた途端に樹も消えてしまって転倒する、という天才的なギャグですが、このギャグにしても貨車の屋根から出て蒸気機関車の給水塔(蒸気機関車は蒸気タービンで動きますから、停車場には給水塔があるのです)のポンプを伝って降りるとポンプから一斉に水を浴びてしまい、通りかかった車がながされそうになるギャグ(この撮影の時にキートンは水圧で首の骨を骨折し、治った頃に別の怪我の検査で骨折の自然治癒後が判明したそうです)といい、真珠のネックレスを悪漢から取り返して逃げ出し塀を突っ切ると塀の穴に仕掛けてあった服で一瞬にして老婆に変装して外の通りを歩いているギャグといい、ご紹介するのに困ってしまうのはあまりに視覚的な面白さなので、こうしてたどたどしく言葉で説明しても伝えることができない種類のギャグにキートン映画の真髄があることです。爆弾の仕掛けてある玉だけに当たらないビリヤードもそうですし、運転手が落ちたのに気づかずキートンが後ろ向きに乗ったまま疾走するオートバイなどもそうで、キートンの映画はよく悪夢に喩えられますが後付けして考えると脈絡がないのに、現実では起こり得そうでまず起こり得ないことが連続して起こるので、首尾一貫性など考えている余地がないようなことがキートンの映画では当たり前のように起こります。『恋愛三代記』の平行話法も『荒武者キートン』の地理的条件を無視した飛躍もそうして起こっていたので、本作は現実の濡れ衣事件が夢の中で変形拡大変換されて大冒険の末に解決すれば、現実でもヒロインが濡れ衣が晴れた謝罪を伝えに訪ねてくる、というメタ映画のかたちを採ってキートン映画の夢の話法の絵解きになっている映画でもあります。この映画では現実の事件の方が夢の世界を描くための方便になっているので、キートンが手みやげの菓子包みに見栄を張って1ドルを4ドルに書き換えたのが恋敵にポケットに入れられた「懐中時計4ドル」の質札と符合してしまうなど導入に凝った割には知らないうちに誤解が解けていて経緯の説明(おそらく懐中時計を受けだしに行ったヒロインの父が懐中時計を質入れしたのがキートンの恋敵の方だと気づいたのでしょう)がないのは、現実の方はこの映画では本質ではないからです。夢想がそのまま短編の中身、すなわち夢オチや夢語りなのはチャップリンやロイドにも短編にはありますし、チャップリンの『黄金狂時代』のロールパンのダンスのシーンがそうですし、見方によっては『モダン・タイムズ』や『独裁者』ではチャップリンはもっと過激なことをやっているとも言えますが、『黄金狂時代』の夢の場面が放浪者のペーソスのためで『モダン・タイムズ』では工業化社会批判、『独裁者』では人類規模の反戦メッセージとチャップリンの映画が意識的に夢に近づくのは情動的な訴求力を求める時なのと違い、キートンの夢はもっと(本来夢がそうであるように)理屈も動機もなくあっけなく、本作では子供っぽい探偵ごっこがそのまま夢になっています。夢そのもののようにとりとめもなければ夢そのものまで子供っぽい。このわかりやすさが、かえってキートンの映画をどこかとらえ難く、好き嫌いを分けるようなものに見せているとも言えます。

●7月5日(木)
『海底王キートン』The Navigator (共同監督ドナルド・クリスプ、バスター・キートン・プロダクション=メトロ=ゴールドウィン'24)*59min, B/W, Sillent; 本国公開本国公開1924年10月13日; https://youtu.be/2BCLJbdeqvc

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○あらすじ(DVDジャケット解説より) アメリカの平和な暮らしは、水面下で危機にさらされていた。 そんな平和を享受しきったノラクラ御曹司、ロロ(キートン)は、突然結婚とハネムーンを決意する。 片思いのお相手は海運王のご令嬢キャサリン、告白は二言で断られ、ロロは花嫁なしのハネムーンに出る。 だが、うっかり乗り込んだのは客船でなく、アメリカを揺るがす火種・ナビゲータ号だった! なぜか乗船している恋のお相手とナビゲータ号で数奇な船旅が始まる……。 映画史上初の本格水中撮影に挑んだ、キートンの大作サイレントコメディ!

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 バスター・キートン・プロダクションの長編10作中68万406ドルの興行収入を上げてNo.2のヒット作になった本作はクライマックスの南洋の島民との戦いまでほぼ全編が一艘の巡洋艦の中だけ、出演者はキートンとヒロインのキャサリン・マクガイアだけでくり広げられるコメディですが、60人のスタッフが船に乗り込み10週間海上撮影が続いて製作費も38万5,000ドルかかった大作で、巡洋艦が競売に出されていたことから原作を思いついて巡洋艦を買い取って製作し、キートン自身が最高傑作と見なした自信作です。キートン・プロダクション作品はキートンが監督でも仕掛けや規模が大がかりなため共同監督を立てており、共同監督の役目はだいたい技術監修と第2班監督で監督権自体はキートンにあったようですが『探偵学入門』では冤罪スキャンダルから映画界を追放されていたかつての恩人、ロスコー・アーバックルをノン・クレジットながら起用しており、本作の共同監督ドナルド・クリスプ(1882-1974)はグリフィスの名作『散り行く花』'19で娘のリリアン・ギッシュを虐待死させてリチャード・バーセルメスに殺されるアル中の中年ボクサー役や、アカデミー賞助演男優賞を受賞したフォードの名作『わが谷は緑なりき』'41の主人公の父親でアイルランドの炭坑夫役で有名なあの人です。クリスプが渋い脇役で出ている名作は数多いのでキートン映画の共同監督とはいえクリスプの監督作なのも珍重すべきでしょう。映画の冒頭は「海を隔てた二つの国の争いによって/二人の男女が翻弄される」あの巡洋艦を漂流させれば事故でいずれ沈むだろう、と熱弁を振るう政治活動家の集会から始まります。場面はすぐに金持ちの御曹司ロロ(キートン)が遅い朝を起きて、窓の外を見ると結婚式を挙げたばかりの黒人の新婚夫婦。執事に「結婚したい」とキートン。キートンはロールスロイスに乗って向かいの豪邸の令嬢キャサリンに結婚を申し込みに行き呆れられてロールスロイスで戻りますが、花嫁抜きでも予定通り新婚旅行の船旅に出るつもりでいます。船は明朝10時出発ですがキートンは起きられないので夜から間違って豪華客船の隣の無人の巡洋艦に乗り込み、キートンの誘いを気にかけたキャサリンも乗り込んだ船は、埠頭で待機する執事が縛り上げられて陰謀団によって夜中のうちに綱を解かれ漂流を始めます。朝になって無人の甲板を走り回り、ようやく顔を合わせた二人。「結婚しない?」「それどころじゃないでしょ!」調理場でありあわせの食材でしたこともない料理を不器用に料理し、通りかかった船に救助を求めようとして知らずに伝染病の旗を上げてしまって避けられてしまい、脱出用のボートを試すもボートはずぶずぶ沈んで役立たず、二人は何とか航海しようとセーラー服を着こんで船のあちこちを調べますが船室は寝心地悪く、ならばと甲板で寝ると嵐に襲われます。カード占いでもしようとすると潮でふやけていてシャッフルすると紙玉になってしまう始末。「二人は漂流生活に慣れてきた」自動玉子ゆで器や食卓セットをあしらえた二人。すると岩礁にぶつかって漏水しているのに気づき、錨を下ろそうとしますが役に立ちません。キートンは潜水服を着て船底を調べに海底に潜ります。キートンは工事中の標識を立て、引っかかったスクリューを直し、バケツで海水を汲んで手を洗います。カジキマグロがキートンを後ろから襲い、キートンはカジキマグロを捕まえ、もう一匹襲ってくるカジキマグロとフェシングの応酬をします。その間南洋の島人が船を発見しキャサリンをさらいます。キートンはタコと戦い何とか島に上がり、島民たちは潜水服を着たキートンに怯えて引き下がります。キートンは流れ着いたオールを拾い、膨らませた潜水服をボートにしてキャサリンを乗せて船まで戻ります。島民たちは一斉に攻めてきますがひとまずハシゴを打ち壊し、次々来る小舟を花火で撃退。椰子の樹をハシゴ代わりに立てかけてきた小舟を椰子の実投げと樹を倒して撃退し、それでも船を占拠してきた島民たちからボートで逃げ出した二人は突然現れた潜水艦に救われ、潜水艦の反転でひっくり返って抱き合い、エンドマークになります。
 キートンとヒロインだけのだだっ広い巡洋艦での漂流喜劇という着想もキートンらしく、よく長編まで広げたなと思うくらいアイディア満載なのですが、本作でもキートンの発想は短編喜劇の拡張版ではないかとも思えますし、キートンの悪夢的アイディアは規模は長編でも発想は短編の延長にならざるを得ない観もあります。本作の水中撮影は厳密には映画史上初ではないかもしれませんが短いショットならともかくかなり長いシークエンスがまるごと水中撮影なのは確かに前例が即座に思いつかず、スチール写真で水中撮影が成功したのすら1890年代後半ですし、映画ではフランスの夭逝監督ジャン・ヴィゴ(1905-1933)のドキュメンタリー短編「競泳選手ジャン・タリス」'31とヴィゴ唯一の長編劇映画『アタラント号』'34が画期的な水中撮影とされています。'30年代後半からはハリケーンや洪水などのスペクタクル場面を含む映画で部分的な水中撮影が増えていきますが、海底ドキュメンタリー映画『沈黙の世界』がカンヌ国際映画祭のグランプリを獲得したのですら'56年ですから、技術的にも極端に困難(光の屈折率が異なるためカメラやレンズ、フィルムも異なり、水圧・水流に耐える防水仕様と撮影技術に入念な準備が必要)な水中撮影をただギャグのためだけに敢行したキートンとスタッフには頭が下がります。しかも海中でバケツに水を汲んで手を洗うギャグ、カジキマグロとフェンシングするギャグとわざわざ水中撮影までしてするギャグが腰の砕けるようなもので、クライマックスの人食い人種の島近くに漂着してしまい戦いになるギャグは、本作がサイレント喜劇の傑作と認められている現在でもアメリカ国立フィルム登録簿選出作品にはちょっと選べないような種類の人種偏見時代のギャグでもあります。本作は出回っているキートンのサイレント時代の作品では良い画質のプリントが残っているようで、筆者は学生時代から各種の上映会でいくつも異なるプリントでキートン作品を観てきて、現行DVDも本作は3種類を観ましたが(長さやヴァージョンは3種類とも同一で、英語版ウィキペディアの記載でめ59分が完全版のようです)、『恋愛三代記』や『荒武者キートン』より格段に良好な状態のプリントが残っているのも本作の価値を高めているだけにクライマックスが人食い人種との戦いギャグなのが評価の足を引っ張っているとしたら残念です。野蛮国ギャグは『ロイドの水兵』'21の東洋のいんちきイスラム国、『ロイドの巨人征服』'23の南米パラディソ国などロイドも使っていましたが、アメリカ人には野蛮でもそれなりに文明国として描いていてギャグとしてはスマートでした。またロイドは興行収入が150万ドルを超えた『要心無用』'23でも製作費12万ドル、次の『巨人征服』'23でも製作費22万ドル、次のハロルド・ロイド・プロダクション第1作『猛進ロイド』'24はハル・ローチ・プロから独立した分製作費もこれまで最高の40万ドルにかさみましたが(ローチ・プロからスタッフを借り出したため)興行収入155万ドルの特大ヒット作となっているので、キートン・プロダクション作品最高の興行収入68万ドルの大ヒット作の本作が製作費38万ドルかかっているのはロイドに較べて商売下手で、チャップリンも長期間撮影で巨額の製作費をかけるプロデューサー兼主演俳優兼監督でしたが、チャップリンの場合100万ドル近い製作費をかけても興行収入200万ドル以上を稼いでいる(さらにほぼ100年後の現在では天文学的収益になっている)からやりたいような映画を貫けたのです。キートン・プロダクションは19本の短編に次いで'23年~'28年に10作の長編を製作して解散しますが、その10作がキートンの金字塔なのにビジネス的には行き詰まってしまったのは同時代にはキートンはチャップリンやロイドのようには安定した観客をつかめなかったからで、当時奇矯で奇抜すぎたキートン作品がそのエキセントリックな作風からかえって後世には大きく再評価された(しかしやっぱり映画マニアの間での人気にとどまる)のも皮肉な気がします。

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●7月6日(金)
『キートンのセブン・チャンス(キートンの栃麺棒)』Seven Chances (バスター・キートン・プロダクション=メトロ=ゴールドウィン'25)*56min, B/W, Sillent; 本国公開1925年3月16日; https://youtu.be/aLWePtEoFRY

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○あらすじ(DVDジャケット解説より) ジミー(キートン)は恋をしていた。しかし、告白できずにいた。 彼が友人ビリー(ロイ・バーンズ)と経営する証券会社が、巨額の負債を抱えてしまったからだ。そんなジミーに、弁護士が祖父からの遺言状を持ってくる。 事態を乗り切る十分な額、しかし遺産の相続には条件があった。 27歳の誕生日の午後7時までに結婚していること――。「それって今日じゃないか!」運命の一日が始まる……。 チャンスは7つ!? キートンコメディの大傑作モノクロサイレント!

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 本作は舞台劇の映画化。「ジミーはメアリーに恋をしていた」メアリーの家の門の前でメアリーの子犬をなでながらもじもじするキートン、「秋が来ても」「冬が来ても」「また春になっても」字幕ごとに犬が成長していきます。「負債のせいで告訴されるかもしれない」とキートンが共同経営する事務所の親友ビリー。そこに弁護士が訪ねてきますが秘書が通しません。キートンとビリーがクラブに出かけ、弁護士が窓ごしにキートンへの遺産相続の書類をみせます。クラブの警備員につまみ出されそうになった弁護士を慌てて事務所に連れ返る二人。そこで相続の条件が27歳の誕生日の午後7時までに結婚していなければならないと判明し、キートンは急いでメアリーに結婚を申し込みに行きますが、申し込みに即答したメアリーはキートンから「どうしても今日中に誰かと結婚していないといけなくて」と聞いてかえって機嫌を損ねてキートンを振ってしまいます。事務所に帰ったキートンは「メアリー以外では嫌だ」と断りますが、ビリーの懇願と弁護士の勧めで渋々社交クラブに連れて行かれます。キートンが帰った後メアリーは母親と話し、キートンの真情を理解して「私以外とは結婚しないで。家で待っています」と召使いに手紙を託します。キートンは片っ端から社交クラブの女性に求婚し、ビリーや弁護士も代わりに女性を口説いたりしますが冗談と思われるか勘違いされるばかりです。ついには電話係やクロークの女性まで口説きますが鼻から相手になりません。「結婚してもいいわ」という女性が現れキートンは振られた女性たちの前を堂々と腕を組み歩いていきますが、母親がやってきて鬘をかぶり大人の服装をした少女だとわかって女性たちの笑い物になります。キートンは美容院で女性客を口説こうとしてマネキンだったり、マネキンかと思ったら逆だったり、俳優事務所に入って行ってすぐに帽子を底抜けにされたりして(玄関番に渡したチップを取り返して)出てきたりします。その頃新聞に「遺産相続者の花嫁大募集」の広告が載ります。キートンは疲れ果てて教会の一番前の席で眠りますが、次々と馬や車を駆って集まってきた花嫁たちが教会の席を埋めつくしていき、立錐の余地もなくなります。牧師が現れて「皆さんは騙されているのです!帰りなさい!」と一喝し、キートンは殺気立った花嫁たちからほうほうの体でビリーに助けられ窓から逃れます。そこに召使いからメアリーの伝言がキートンに渡されます。キートンは街を走り時計屋の時計を見ますが時計は全部ばらばらな時刻を指しています。メアリーの家に急ごうとするキートンは花嫁たちに見つかり、路上一面の花嫁たちはキートンが走るとともに追いかけ始めます。通りかかったフットボール試合のチームをたたきのめし、鉄鋼場のクレーンに登ったキートンを振り落とし、小麦畑をのめし、養蜂場を突っ切り、やがて岩場に追い詰められて転落してくる巨石にようやく花嫁たちは散り、巨石を避けて逃げ切ってきたキートンは自動車の下を滑り門に上着を引っ掛けられた末にメアリーの家にたどり着きますが、7時を数分過ぎています。それでも結婚しましょうというメアリーに「悲惨な人生に君を巻き添えにできないよ」と外に出たキートンは慌てて戻ってきて教会の塔を指し、まだ7時寸前なのを全員が確認、牧師が宣誓の義を終えたと同時に7時の鐘が鳴りだします。祝福されて庭先に出たキートンとメアリーが抱き合いキスしようとすると犬が間に割って入って、困惑するキートン、笑い出すメアリー、エンドマーク。
 キートンが頼りきっていたマネジメント兼プロデューサーのジョセフ・M・スケンクはロシア系ユダヤ人移民の1世でユダヤ人コミュニティーの薬局店主から映画界に進出した相場師型の人物で、ジゴロだったルドルフ・ヴァレンティノを発掘してサイレント時代最大のスターにし、マリリン・モンローの映画界入りまで世話を見たという伝説的人物で、ロスコー・アーバックルの喜劇短編の助演俳優だったキートンをバスター・キートン・プロダクションを設立して独立させキートンのマネジメントとともに同プロダクションのプロデューサーを勤め、キートン・プロに将来性がないと見るやキートンを大会社MGMに売りつけて去ったシビアなビジネスマンでもあります。本作はたぶんキートン自身が原作だったこれまでの諸作、ことに『海底王キートン』が行くまで行った、しかもヒットしたとはいえ収益率は1.7倍強と儲かったとは言えない作品だっただけに、というよりおそらく巡洋艦まで購入した時点で次回作はもっと手堅く行こうと決めたのでしょう。スケンクが2万5,000ドルで映画化権を買ってきたロイ・クーパー・メグルーの舞台劇『Seven Chances』が上意下達でキートンに命じられたので、キートンは渋々本作を引き受けたそうです。しかし本作はキートン作品ではもっとも親しみやすいチャーミングな傑作となり、製作費は発表されていないものの興行収入としては『海底王キートン』より下回る60万ドル弱で純益は『海底王』よりずっと高いヒット作になったそうですから、おそらく『海底王』より半分以下の製作費で製作されたのでしょう。キートンより商売上手だったロイドの第1長編『ロイドの水兵』は8万ドル弱、第2長編『豪勇ロイド』は9万ドル強で製作されてそれぞれ50万ドル弱、110万ドルの特大ヒットになっていますし、第4長編『要心無用』'23は製作費12万ドルに対して興行収入150万ドルです。キートンは第1長編『恋愛三代記』でも石器時代編、古代ローマ時代編や、第2長編『荒武者キートン』でも1830年の蒸気機関車の再現、滝の大セット、第3長編『探偵学入門』でも映画の中にキートンが入るオプティカル合成とチャップリンやロイドならもっと日常的なシチュエーションと頭脳的ギャグで済ませる仕掛けにやたらお金をかけた映画作りをしますし、『海底王』では本物の中古巡洋艦を買い水中撮影までして収益率2倍にも達しないので、今回スケンクの立てた企画は(キートンは不満でも)適切だったと言えます。27歳の午後7時までに結婚しているのが相続の条件、しかもそれが今日とは奇抜なシチュエーションですが日常的な舞台の中で展開されるからギャグもいつものメカニカルな仕掛けを必要としないでストーリーが進むので、キートンの長編としてはキートン・プロダクション以前のメトロ作品の出演作『キートンの馬鹿息子』以来、キートン・プロダクションでの長編では初めて長編らしい長編映画になっている。それは『馬鹿息子』同様本作も舞台劇の映画化作品だからですが、舞台劇を離れて自由に場面を展開していくことで『馬鹿息子』よりずっとギャグの連続をストーリーに生かすことができるようになっていて、これにはおそらく恋愛ドラマとコメディを上手く融合させて空前のヒット(翌年『黄金狂時代』と『ロイドの人気者』が更新しますが)になった『猛進ロイド』'24がクライド・ブルックマンを筆頭とした脚本スタッフに手本になったと思われます。小ギャグを連続させていきなめらかにストーリーを運ぶ手法はチャップリンでも及ばないほどロイドが突出していましたが、キートン自身のセンスでは大小のギャグの爆発で流れが止まってしまう(チャップリンはこの流れを作るセンスに長けていました)のを、今回はとにかく結婚を急ぐ男、しかも今日中と明確なプロットがあるためギャグが集中したものになっている上に「とにかく結婚したい男」のキャラクターが『海底王』と連続していて、性急なのに間が抜けている、間が抜けているのに性急なキャラクターがキートンに合っています。かねてから恋していたヒロインに求婚するも「とにかく今日中に誰でもいいから結婚しなくちゃならなくて」と洩らしてしまって機嫌を損ね、共同経営者との負債のため仕方なく社交クラブ中の女性に求婚して断られ笑い物になり、新聞広告で集まった花嫁の大群(キートンが最前列で疲れて眠っている間に1人、また1人と花嫁が増えて教会が花嫁だらけになるシーンは、ヒッチコックの『鳥』'63でジャングルジムが鳥だらけになるシーンの先駆をなしています)、牧師に追い出された後で怒り狂った花嫁の大群に追いかけられるのは短編の傑作「キートンの警官騒動」'22の発展で、岩山に逃げるシーンに取りかかって落石があったことからキートンは無数の落石が転がり落ちてくるのを思いついたそうですが、花嫁たちも落石で逃げ出すのとキートンが次々と落ちてくる大小の落石をぬってヒロインの家に急ぐ、という一石二鳥かつ舞台劇そのままの映画化にはとどまらないキートン映画らしいダイナミックなアクションに結びついています。間に合わなかったと一旦落胆して教会の時計塔に気づくのも感じの良いどんでん返しですし、犬で始まった映画が犬のオチで終わるのもチャーミングです。本作はキートンのエキセントリックなキャラクターやとんでもないアクションを含みながらチャップリン作品やロイド作品に匹敵する親しみやすさを備えており、本作をキートンの最高の作品とはしなくても最初に観るキートン長編としてはもっとも入りやすく、またキートン作品をひと通り観ても観直したくなる回数のもっとも多い、飽きのこない楽しさをそなえた作品です。本作をもってしてもチャップリンやロイド級の特大ヒット作とまではならなかったのは不思議な気がしますが、キートンの喜劇はドタバタばかりで情感に欠けるというイメージがよほどつきまとっていたとしか思えません。

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