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●3月2日(金)
『雪夫人絵図』(滝村プロダクション・新東宝/新東宝'50)*86min(オリジナル62分), B/W; 昭和25年10月25日公開
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○あらすじ 旧華族の一人娘として育った雪夫人(木暮実千代)は養子直之(柳永二郎)を迎えて結婚したが、放蕩無頼の直之はキャバレーの女綾子(浜田百合子)に溺れ、いたずらに財産を減らすばかりであった。雪夫人には幼い頃から親しくしていた菊中方哉(上原謙)がいた。二人は互いに愛し合っていたが、雪夫人は夫と別れて方哉と一緒になる決心はつかなかった。彼女は父の死後生計の独立を計るため熱海で旅館を経営するが、直之はその旅館を綾子のものにしようと画策する。しかも直之は雪夫人に子供が出来たのを聞いた時自分の子ではないとなじる。全てに絶望した雪夫人は秋近い芦の湖に身を沈めるのであった。原作は舟橋聖一。
(津村秀夫『溝口健二というおのこ』長崎一編・溝口健二監督作品総リストより)
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雪夫人が直之と離婚しようとするいきさつはあらすじの通りで、雪夫人は人格的にはかつての臣下の息子で雪夫人の幼少時からの遊び相手に仕えていた琴の師範の上原謙と慕いあっているのですが、夫の柳永二郎が下品な愛人のキャバクラ歌手浜田百合子を連れて堂々と熱海邸に泊まりに来ようと、一旦は決意して離婚を申し出に向かおうと、雪夫人にとっては直之に虐げられるのが至上の快楽という性癖が骨の髄まで染み込んでいるので別れられない。また直之も雪夫人を虐げるのが夫婦の絆になっているので虐待や放蕩が止められない。そうしているうちに理性的な上原謙も愛想をつかし、キャバクラ歌手浜田百合子の実は旦那だった直之の手代の山村聡が熱海の雪夫人邸の権利書を手に入れてしまう、というとコメディなのですが、このコメディは雪夫人を自殺に追いこむので実に無責任かつ残酷に終わります。芦ノ湖ほとりの上原謙の住まうホテルに上原謙の不在を知っていながら雪夫人が訪ねる。大ロングで俯瞰で撮られたテラスのオープンカフェで雪夫人が上原謙といつも飲んでいた紅茶を頼む。給仕の動きにつれてカメラがパンして、給仕が紅茶を持って戻ると雪夫人の姿は消えている。ラストカットはホテルのテラスからの芦ノ湖の湖畔の草むらを久我美子がかき分けて、雪夫人の帯を見つけて湖に投げこみ「お嬢さまの意気地なし!馬鹿……」と絶叫絶句する長いカットで終わります。ゴダールが本作を「崩れるような美しさ」と絶賛していますが、一見古風なテーマに見えて雪夫人とその夫(雪夫人が失踪し、泥酔して訪ねてきた上原謙に最初「酔っ払いと話すつもりはない!」と強く出ていた柳永二郎が、上原謙が眠りこんでしまいそうになると狼狽して「頼むから雪子をとらないでくれ!」と嘆願する豹変ぶり)の異常なようでいて割と普遍性のある夫婦関係が意外にも説得力のある描き方で成功しており、道具立ては日本的な情緒なのに良く出来たイタリア映画やフランス映画のようなラテン的な明晰性があります。原作のクライマックスは雪の芦ノ湖畔ですが本作撮影の年は雪に恵まれなかったそうで依田氏も残念がっていますが、雪景色でなくても十分なクライマックスです。現在は国有化しているという旧華族邸を借りたロケも見応えがあり、戦後作で溝口が初めて継続して追求できるテーマをつかみ足場を見つけた作品としてもっと見直されていい映画でしょう。戦後の松竹作品でも成功作と言える『歌麿をめぐる五人の女』『夜の女たち』にはこの足が着いた感じがなかったのです。それはもうご覧になれば一目瞭然です。
●3月3日(土)
『お遊さま』(大映京都撮影所/大映'51)*89min(オリジナル95分), B/W; 昭和26年6月22日公開 : https://youtu.be/7Oji7mdJL24 : https://youtu.be/Vxtua8lsNDM
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○あらすじ お遊さま(田中絹代)は富豪の粥川へ嫁入ったが間もなく夫と別れ、一人息子の養育につとめていた。妹お静(乙羽信子)が芹橋慎之助(堀雄二)とお見合いする時、お遊さまはつき添っていた。慎之助はかえってお遊さまに心ひかれるのであった。お静と慎之助は結婚した。お遊さまも慎之助を想っているのを知ったお静は、名前だけの妻に甘んじ、二人の間のかけ橋となるのであったが、世間の口もやかましくなり、お遊さまは実家に戻り二人を不幸にしていたことを悟り、伏見の酒造家に再婚する。芹橋家は破産し、お静は産後の肥立ちが悪く死んだ。ある月見の夜、豪華な屋敷の前に赤ん坊が捨てられていた。その赤ん坊は慎之助がお静亡き後思い余ってお遊さまに託したものであった。原作は谷崎潤一郎の「芦刈」。
(津村秀夫『溝口健二というおのこ』長崎一編・溝口健二監督作品総リストより)
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前作『雪夫人絵図』、本作、次作『武蔵野夫人』は文芸映画三部作とも言えて、新東宝、大映、東宝と会社もプロデューサーも違いますし『雪夫人~』だけ木暮実千代主演ですが、文芸映画という以上に似たところがあります。『雪夫人~』を誉めておいて何ですが、本来男性主人公は上原謙のはずが柳永二郎の方が厭らしい魅力のある主人公になっている。依田氏は上原謙が雪夫人への思慕を断念するために久我美子を強姦するアイディアを出して溝口に却下されたのを「上原謙のイメージではないから」だろうと残念がっていますが、これは共同脚本の舟橋和郎(原作者の舟橋聖一に指定された原作者の実弟)が原作からの改変を自由に許されていた証拠でもあれば、依田氏の考えるような理由でなく上原謙の役柄の性格的一貫性のためとして溝口の判断は正解だと思います。しかし柳永二郎の方が自由奔放な人間として魅力的なのは誤算から生じた成功とも言えるので、『お遊さま』の場合は真のヒロインは乙羽信子の演じる妹お静になってしまっている。溝口は『愛怨峡』のようなたくましいヒロインも描きますが、『残菊物語』のヒロインのような耐えしのぶ女性が田中絹代の貫禄あるヒロインと並ぶと耐えしのぶヒロインの方に共感が起きてしまいます。また依田氏の努力にもかかわらず田中絹代がおぼろ月夜のような天然お嬢さまにはどうしても見えないので、こればかりはいかに大女優といえども資質としか言いようがない。またこの三部作は没落旧家三部作でもあり、またヒロインと男性主人公が決して結ばれない三部作でもあるのですが、何だかんだ言って未亡人の姉に惚れたばかりにその妹と結婚した主人公は最終的に夫婦愛の確認に行き着くのですから真のヒロインである妹も無念の産褥死を遂げるとはいえ夫の愛を勝ち得るわけです。本作の成果は初めて大映のカメラマン宮川一夫と組んだことで、撮影・宮川一夫、音楽・早坂文雄、美術・水谷浩とは『雨月物語』からの大映作品最強チームになるのですが、これも撮影前にはキャリアの浅い宮川に溝口は不服を洩らしていたそうですが、撮影が始まった途端に宮川の腕前に感服したそうで、映像的には『残菊物語』から意識的に始まっていた長回しが本作で長い時間経過を感じさせるための効果を強め、新東宝作品ですから宮川カメラマンではありませんが『西鶴一代女』でさらに試してみた後『雨月物語』以降の大映作品に至るという流れがわかります。しかし本作は三部作の中では感動の弱い作品で、姉妹と一人の男という溝口映画でももっともミニマムなドラマ上の実験がどうもうまくさばけなかった印象が残り、前後作の間に置いて観ると発見はありますが単独の1作として観ると物足りなさが残ります。それでも『夜の女たち』以外の戦後の松竹作品よりは格段の安定感はあるので、試行錯誤ではなくたまたま小ぢんまりとした仕上がりになったと見るべきでしょう。ラストカットの幻想的な美しさだけでも大映時代の作風の予告にはなっているので、これは三部作では本作ならではの味です。
●3月4日(日)
『武蔵野夫人』(東宝'51)*85min(オリジナル92分), B/W; 昭和26年9月14日公開 : https://youtu.be/E8b30gyZvuo : https://youtu.be/ZkIgME0oxmk
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○あらすじ 閑静な武蔵野台地に住む道子(田中絹代)と夫の秋山(森雅之)、そこへ道子の従弟勉(片山明彦)が復員してきた。勉は道子の家に住みたがったが嫉妬深い秋山は彼をアパート住いさせる。勉は道子の従兄大野の妻富子(轟夕起子)の提案で富子の娘の家庭教師となる。昔の武蔵野を道子と勉は散策する内、いつしか二人はお互いにひかれるようになる。富子は二人のことを秋山に暴露し、富子と秋山は急速に親しくなる。ある日道子と勉は散策中嵐に会いホテルで一夜を過したが、道子は勉の激情をやさしく説得するのであった。勉は道子の許を去った。富子に捨てられた秋山が家に戻ると道子は香の匂いの中で静かに死んでいた。
(津村秀夫『溝口健二というおのこ』長崎一編・溝口健二監督作品総リストより)
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しかし本作は『雪夫人絵図』とも異なるムードで意外と見応えある佳作になっています。『お遊さま』では正直ミスキャストだった田中絹代が(『お遊さま』では溝口が田中に「今回はあなたを美しく撮りますよ」と言ったそうですが、それがかえってあだになった気がします)ここでは没落した旧家の、婿養子を夫に持つ中年女性を地味に、慎ましく演じています。『雪夫人~』にせよ本作にせよなぜ婿養子かというと戦前には女性の家督相続権はなかったからで、これは現在では皇室だけにしか残っていないのでピンときませんが、『雪夫人~』や本作のヒロインは昭和10年代に結婚したと思われるので戦後には女性にも相続権が認められるとは思われていなかったのです。本作は敗戦末期に復員してきたヒロインの夫の森雅之が早く日本など負けないかなと愚痴をこぼすうちに青酸カリの配給はあるは、防空壕を掘ると古墳跡地だったらしく人骨は出てくるわで日々気弱になっていくうちにヒロインの母、父が次々と亡くなり、溝口には珍しいテンポの良さで敗戦を迎え、従弟の大学生の勉の復員の時には勉の父の軍人は割腹自殺しているのが語られますが、武蔵野の野原がヒロインと片山明彦演じる勉にとって唯一敗戦日本の喧騒を忘れて安らげる場所になります。一方ヒロインの名義の家と土地を乗っ取ろうとする轟夕起子とヒロインの夫の森雅之の不倫カップルが権利書の不備でしくじり、山村聡演じる遊び人の夫との仲は冷えきっている轟夕起子は次に勉を誘惑しようとしますがはねのけられて森雅之に勉とヒロインの仲を告げ口する。一方ヒロインと勉は武蔵野散歩中に激しい雷雨にあって安ホテルに泊まり、勉はヒロインに迫るがヒロインは穏やかに、しかしきっぱり拒絶する(ヒッチコックの『私は告白する』'53みたいですが、こっちの方が先)、勉から二度と会わないと告げられたヒロインは帰宅して轟夕起子の夫の従兄(山村聡)から自分の夫が権利書を持ち出したと知り、さらに自分が先に死んだ場合でない限り権利書の記載は有効と従兄から聞いて、財産権の譲渡先を勉に書き変えた遺言書を残して配給の青酸カリを飲んで自殺する。権利書に妻の同意書が必要と知ってやけ酒を飲んで帰宅した夫がヒロインの亡骸を発見し、慌てて隣人の山村聡と轟夕起子夫婦を呼び、遅れて現れた勉は遺言書を見せられ激怒して武蔵野の散歩道を歩いて行く、「あなたの好きだった武蔵野はもうないのです。本当の武蔵野は今の騒がしい街やお店、工場にしかないのです」とヒロインの遺言書のナレーションが勉の後ろ姿に重なって映画は終わります。『雪夫人~』『お遊さま』本作と、ヒロインと恋人が決して結ばれない三部作はこうして締めくくられるのですが、どれも似たような部分と異なる部分で三作三様の味わいがあり、この3作に先立って次作『西鶴一代女』のシナリオ第1稿が完成していたというのは興味深く、いよいよ次に実現する『西鶴一代女』こそは男から男へと決して恋のかなうことのない、徹底的に男運の悪い封建時代の女の転落一代記となるのです。没落三部作が溝口のスランプ期どころかフリー監督として出向先の会社企画に乗りながらも、結果的には溝口自身のテーマに引きつけて『西鶴一代女』に跳躍するための周到な準備期間にしおおせたのは改めて舌を巻かないではいられません。次回は『西鶴一代女』'52、『雨月物語』'53、『祇園囃子』'53です。しかも溝口の余命はあと4年きりだったのです。