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現代詩の起源(18); 八木重吉詩集『秋の瞳』大正14年刊(ii)

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(大正13年=1924年5月26日、長女桃子満1歳の誕生日に。重吉26歳、妻とみ子19歳)

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 前回は無教会派キリスト教詩人・八木重吉(1898.2.9-1927.10.26)の第1詩集『秋の瞳』自序+全117編のうち前半の自序と66編をご紹介しました。今回詩集後半の51編(詩集後半にはやや長い詩も増えます)をご紹介し、詩人論・作品論は次回から取りかかるつもりです。八木重吉の詩は宗教文学に属するものですが、抵抗感のある語彙・文体をほとんど排した詩なのにはご注意ください。先駆的な例としてやはりキリスト教牧師詩人の山村暮鳥(1884-1924)の遺稿詩集『雲』(大正14年1月刊)がありましたが、ほぼ全編書き下ろし詩集『秋の瞳』は大正13年秋には編集完了しており、校了時に『雲』からの影響があるとしても作品の質は異なるものです。詳しくは次回以降の課題にいたします。

詩集『秋の瞳』大正14年(1925年)8月1日新潮社刊

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(詩集後半より)


  水に 嘆く

みづに なげく ゆふべ
なみも
すすり 哭く、あわれ そが
ながき 髪
砂に まつわる

わが ひくく うたへば
しづむ 陽
いたいたしく ながる
手 ふれなば
血 ながれん

きみ むねを やむ
きみが 唇(くち)
いとど 哀しからん
きみが まみ
うちふるわん

みなと、ふえ とほ鳴れば
かなしき 港
茅渟(ちぬの みづ
とも なりて、あれ
とぶは なぞ、
魚か、さあれ
しづけき うみ

わが もだせば
みづ 満々と みちく
あまりに
さぶし


  蝕む 祈り

うちけぶる
おもひでの 瓔珞
悔いか なげきか うれひか
おお、きららしい
かなしみの すだま

ぴらる ぴらる
ゆうらめく むねの 妖玉
さなり さなり
死も なぐさまぬ
らんらんと むしばむ いのり


  哀しみの 秋

わが 哀しみの 秋に似たるは
みにくき まなこ病む 四十女の
べつとりと いやにながい あご

昨夜みた夢、このじぶんに
『腹切れ』と
刀つきつけし 西郷隆盛の顔

猫の奴めが よるのまに
わが 庭すみに へどしてゆきし
白魚(しらうを)の なまぬるき 銀のひかり


  静かな 焔

各(ひと)つの 木に
各(ひと)つの 影
木 は
しづかな ほのほ


  石塊(いしくれ)と 語る

石くれと かたる
わがこころ
かなしむべかり

むなしきと かたる、
かくて 厭くなき
わが こころ
しづかに いかる


  大木(たいぼく) を たたく

ふがいなさに ふがいなさに
大木をたたくのだ、
なんにも わかりやしない ああ
このわたしの いやに安物のぎやまんみたいな
『真理よ 出てこいよ
出てきてくれよ』
わたしは 木を たたくのだ
わたしは さびしいなあ


  稲妻

くらい よる、
ひとりで 稲妻をみた
そして いそいで ペンをとつた
わたしのうちにも
いなづまに似た ひらめきがあるとおもつたので、
しかし だめでした
わたしは たまらなく
歯をくひしばつて つつぷしてしまつた


  しのだけ

この しのだけ
ほそく のびた

なぜ ほそい
ほそいから わたしのむねが 痛い


  むなしさの 空

むなしさの ふかいそらへ
ほがらかにうまれ 湧く 詩(ポヱジイ)のこころ
旋律は 水のように ながれ
あらゆるものがそこにをわる ああ しづけさ


  こころの 船出

しづか しづか 真珠の空
ああ ましろき こころのたび
うなそこをひとりゆけば
こころのいろは かぎりなく
ただ こころのいろにながれたり
ああしろく ただしろく
はてしなく ふなでをする
わが身を おほふ 真珠の そら


  朝の あやうさ

すずめが とぶ
いちじるしい あやうさ

はれわたりたる
この あさの あやうさ


  あめの 日

しろい きのこ
きいろい きのこ
あめの日
しづかな日


  追憶

山のうへには
はたけが あつたつけ

はたけのすみに うづくまつてみた
あの 空の 近かつたこと
おそろしかつたこと


  草の 実

実(み)!
ひとつぶの あさがほの 実
さぶしいだらうな、実よ

あ おまへは わたしぢやなかつたのかえ


  暗光

ちさい 童女が
ぬかるみばたで くびをまわす
灰色の
午后の 暗光


  止まつた ウオツチ

止まつた 懐中時計(ウオツチ)、
ほそい 三つの 針、
白い 夜だのに
丸いかほの おまへの うつろ、
うごけ うごけ
うごかぬ おまへがこわい


  鳩が飛ぶ

あき空を はとが とぶ、
それでよい
それで いいのだ


  草に すわる

わたしの まちがひだつた
わたしのまちがひだつた
こうして 草にすわれば それがわかる


  夜の 空の くらげ

くらげ くらげ
くものかかつた 思ひきつた よるの月


  虹

この虹をみる わたしと ちさい妻、
やすやすと この虹を讃めうる
わたしら二人 けふのさひわひのおほいさ


  秋

秋が くると いふのか
なにものとも しれぬけれど
すこしづつ そして わづかにいろづいてゆく、
わたしのこころが
それよりも もつとひろいもののなかへくづれて ゆくのか


  黎明

れいめいは さんざめいて ながれてゆく
やなぎのえだが さらりさらりと なびくとき
あれほどおもたい わたしの こころでさへ
なんとはなしに さらさらとながされてゆく


  不思議をおもふ

たちまち この雑草の庭に ニンフが舞ひ
ヱンゼルの羽音が きわめてしづかにながれたとて
七宝荘厳の天の蓮華が 咲きいでたとて
わたしのこころは おどろかない、
倦み つかれ さまよへる こころ
あへぎ もとめ もだへるこころ
ふしぎであらうとも うつくしく咲きいづるなら
ひたすらに わたしも 舞ひたい


  あをい 水のかげ

たかい丘にのぼれば
内海(ないかい)の水のかげが あをい
わたしのこころは はてしなく くづをれ
かなしくて かなしくて たえられない


  人間

巨人が 生まれたならば
人間を みいんな 植物にしてしまうにちがいない


  皎々とのぼつてゆきたい

それが ことによくすみわたつた日であるならば
そして君のこころが あまりにもつよく
説きがたく 消しがたく かなしさにうづく日なら
君は この阪路(さかみち)をいつまでものぼりつめて
あの丘よりも もつともつとたかく
皎々と のぼつてゆきたいとは おもわないか


  「キーツ」に 寄す

うつくしい 秋のゆふぐれ
恋人の 白い 横顔(プロフアイル)―「キーツ」の 幻(まぼろし)


  はらへたまつてゆく かなしみ

かなしみは しづかに たまつてくる
しみじみと そして なみなみと
たまりたまつてくる わたしの かなしみは
ひそかに だが つよく 透きとほつて ゆく

こうして わたしは 痴人のごとく
さいげんもなく かなしみを たべてゐる
いづくへとても ゆくところもないゆえ
のこりなく かなしみは はらへたまつてゆく


  怒(いか)れる 相(すがた)

空が 怒つてゐる
木が 怒つてゐる
みよ! 微笑(ほほえみ)が いかつてゐるではないか
寂寥、憂愁、哄笑、愛慾、
ひとつとして 怒つてをらぬものがあるか

ああ 風景よ、いかれる すがたよ、
なにを そんなに待ちくたびれてゐるのか
大地から生まれいづる者を待つのか
雲に乗つてくる人を 「ぎよう望」して止まないのか


  かすかな 像(イメヱジ

山へゆけない日 よく晴れた日
むねに わく
かすかな 像(イメヱジ)


  秋の日の こころ

花が 咲いた
秋の日の
こころのなかに 花がさいた


  白い 雲

秋の いちじるしさは
空の 碧(みどり)を つんざいて 横にながれた白い雲だ
なにを かたつてゐるのか
それはわからないが、
りんりんと かなしい しづかな雲だ


  白い 路

白い 路
まつすぐな 杉
わたしが のぼる、
いつまでも のぼりたいなあ


  感傷

赤い 松の幹は 感傷


  沼と風

おもたい
沼ですよ
しづかな
かぜ ですよ


  毛蟲を うづめる

まひる
けむし を 土にうづめる


  春も 晩く

春も おそく
どこともないが
大空に 水が わくのか

水が ながれるのか
なんとはなく
まともにはみられぬ こころだ

大空に わくのは
おもたい水なのか


  おもひ

かへるべきである ともおもわれる


  秋の 壁

白き 
秋の 壁に
かれ枝もて
えがけば

かれ枝より
しづかなる
ひびき ながるるなり


  郷愁

このひごろ
あまりには
ひとを 憎まず
すきとほりゆく
郷愁
ひえびえと ながる


  ひとつの ながれ

ひとつの
ながれ
あるごとし、
いづくにか 空にかかりてか
る、る、と
ながるらしき


  宇宙の 良心

宇宙の良心―耶蘇


  空 と 光

彫(きざ)まれたる
空よ
光よ


  おもひなき 哀しさ

はるの日の
わづかに わづかに霧(き)れるよくはれし野をあゆむ
ああ おもひなき かなしさよ


  ゆくはるの 宵

このよひは ゆくはるのよひ
かなしげな はるのめがみは
くさぶえを やさしき唇(くち)へ
しつかと おさへ うなだれてゐる


  しづかなる ながれ

せつに せつに
ねがへども けふ水を みえねば
なぐさまぬ こころおどりて
はるのそらに
しづかなる ながれを かんずる


  ちいさい ふくろ

これは ちいさい ふくろ
ねんねこ おんぶのとき
せなかに たらす 赤いふくろ
まつしろな 絹のひもがついてゐます
けさは
しなやかな 秋
ごらんなさい
机のうへに 金糸のぬいとりもはいつた 赤いふくろがおいてある


  哭くな 児よ

なくな 児よ
哭くな 児よ
この ちちをみよ
なきもせぬ
わらひも せぬ わ


  怒り

かの日の 怒り
ひとりの いきもののごとくあゆみきたる
ひかりある
くろき 珠のごとく うしろよりせまつてくる


  春

春は かるく たたずむ
さくらの みだれさく しづけさの あたりに
十四の少女の
ちさい おくれ毛の あたりに
秋よりは ひくい はなやかな そら
ああ けふにして 春のかなしさを あざやかにみる


  柳も かるく

やなぎも かるく
春も かるく
赤い 山車(だし)には 赤い児がついて
青い 山車には 青い児がついて
柳もかるく
はるもかるく
けふの まつりは 花のようだ


(詩集『秋の瞳』全編了)

(引用詩のかな遣いは原文に従い、用字は当用漢字に改め、明らかな誤植は訂正しました。)
(※以下次回)

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