前作の『緋色の街/スカーレット・ストリート』をウォルター・ウェンジャーとの共同プロダクション、ダイアナ・プロダクションズでみずから手がけたラングは、次回作『外套と短剣』ではゲイリー・クーパー主演のワーナー作品で再びメジャー企画を引き受けます。終戦末期から製作されましたがこの『外套と短剣』からは戦後作品になるわけで、これは『マン・ハント』から『恐怖省』までの反ナチ映画の実績が買われた依頼でしょう。ちなみにラングは(ノンクレジット作品を除いて)1936年の『激怒』から1956年の『条理ある疑いの彼方に』までハリウッドでアメリカ映画を22本監督しましたが、アカデミー賞にはノミネートすら1本もない監督でした。引退後の功労賞を除けば現役時代のラングは受賞した映画賞は『死刑執行人もまた死す』がヴェネツィア映画祭特別賞を受けたきりなのです。『外套~』の次にはダイアナ・プロダクションズ第2作でジョーン・ベネット主演の『扉の蔭の秘密』を製作しますが、ウェンジャー/ラング共同企画の独立プロ作品としては無謀なほどにセットに贅を凝らした大予算映画にもかかわらず同作は大コケしてダイアナ・プロダクションズも解散してしまいます。次にラングに依頼された企画はB級映画(主に2本立て西部劇)専門のリパブリックからの『ハウス・バイ・ザ・リヴァー』でした。これはキャストも製作費もおそらくラング全作品最低の低予算映画となり、またもやサイコ・サスペンスに取り組みます。川辺の館を舞台にしながら背景の川をスクリーン・プロセス(合成画面)で間に合わせている貧弱なセットやコントラストの強い映像には苦肉の策がうかがわれ、おそらくドイツ時代の大作の100分の1の製作費すらかかっていない小品ですが、前作よりも面白い映画になっているあたりあなどれません。今回の3作はラングの全映画でも不人気確実の作品ですが、やる気がなかろうとシナリオが破綻していようと来る企画拒まずで出来不出来などお構いなしに撮る態度がサイレント時代の昔からラングにはあり、戦後作品には徐々にムラが目立ち始めます。そのあたりがキャリアや知名度で並ぶ同時代の映画監督らと較べてラングの個性でもあり、代表作が上げづらい上に癖も強く、不器用かつ器用貧乏な作風と言えなくもありません。フリッツ・ラングともなれば観どころのない作品はない、と言いたいところですが「これはちょっと……」という作品も実はけっこうあって、中には覚悟のいる失敗作もかなりある。そのあたりがずばり一人上げれば年齢もキャリアもラングの弟子格に当たるヒッチコックの安定感とムラのなさに大きく水を空けられているとも言えます。ですがこの差が優劣とは片づけられないのが曲がりなりにも映画が創作物たるゆえんでしょう。
●5月28日(日)
『外套と短剣』Cloak and Dagger (米ワーナー'46)*106mins, B/W
●5月29日(月)
『扉の蔭の秘密』Secret Beyond the Door (米ユニヴァーサル'48)*99mins, B/W
●5月30日(火)
『ハウス・バイ・ザ・リヴァー』House by the River (米リパブリック'49)*85mins, B/W
●5月28日(日)
『外套と短剣』Cloak and Dagger (米ワーナー'46)*106mins, B/W
●5月29日(月)
『扉の蔭の秘密』Secret Beyond the Door (米ユニヴァーサル'48)*99mins, B/W
●5月30日(火)
『ハウス・バイ・ザ・リヴァー』House by the River (米リパブリック'49)*85mins, B/W