Sun Ra - Strange Strings (Saturn, 1967) Full Album with Bonus Track : https://www.youtube.com/playlist?list=PLQ37sYiv1CUZUmjLUK-SzQwRj5109a2Bl
Recorded at New York, 1966 except Door Squeak, 1967.
Originally Released by El Saturn Records KH-5472, 1967
All Songs by Sun Ra
(Side A) :
A1. Worlds Approaching - 10:18
A2. Strings Strange (Vocal by Art Jenkins) - 12:48
(Side B) :
B1. Strange Strings (With Lightning Drums) - 20:24
(CD extra track)
TR1. Door Squeak - 10:29
[ Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra ]
Sun Ra - electric piano, lightning drum, timpani, squeaky door, strings
Marshall Allen - oboe, alto saxophone, strings
John Gilmore - tenor saxophone, strings
Danny Davis - flute, alto saxophone, strings
Pat Patrick - flute, baritone saxophone, strings
Robert Cummings - bass clarinet, strings
Ali Hassan - trombone, strings
Ronnie Boykins: bass viol
Clifford Jarvis - timpani, percussion
James Jacson - log drums, strings
Carl Nimrod - strings
Art Jenkins - space voice, strings
ついにサン・ラが作ってしまったアーケストラによるギター・アルバム。と言っても通常のスパニッシュ・タイプのアコースティック・ギターから発展した現代ギターではなく、ギター類に分類される古楽器や民族楽器です。『Strange Strings』の構想を得たサン・ラはメンバーを連れて骨董屋や土産物屋をまわり、管楽器メンバーにウクレレ、琴、マンドリン、胡弓、ドブロ、コラ(アフリカの21弦リュート)などさまざまな民族弦楽器(サン・ラは「Moon Guitars」と呼びました)をレコーディング用に共同購入しました。サン・ラを始めメンバーの誰も購入した弦楽器の正式な奏法は知りません。サン・ラはそれでこそ良しとしました。さらにサン・ラは手作りの各種パーカッションをメンバーと制作し、中でも「X」と刻印した鋼鉄板の手製の銅鑼は大がかりで、また直接マイクを取りつけたパーカッションもありました。レコーディングの段取りはシンプルで、A1「Worlds Approaching」こそ管楽器によるテーマ吹奏とベースラインがありますが、A2(Vocal by Art Jenkins)とB面全面(With Lightning Drums)に分かれたアルバム・タイトル曲「Strange Strings」ではベースラインしかありません。サン・ラの指示はメンバーに担当弦楽器とパーカッションを振り分けるだけでした。
メンバーは担当弦楽器の演奏法どころかチューニングすらわからないのでホーンの入る「Worlds Approaching」はまだしも、「Strange Strings」では唯一ベースのスペシャリストのロニー・ボイキンス(本作ではバス・ヴィオルと楽器表記)のピッチが頼りでした。このアルバムではサン・ラはほとんど鍵盤楽器を弾かず、A1でもひとしきりホーンのソロの終わった6分台後半からエレクトリック・ピアノのソロがある程度で、ホーンによるエンド・テーマではやっぱりエレクトリック・ピアノは弾かないのです。また、比較的スウィンギーな「Worlds Approaching」に較べてドラムスとベースが断続的なため「Strange Strings」はテンポ・ルバートに聴こえますが、実際はかなり早いテンポがキープされているのが集団合奏に戻るとわかります。「Vocal by Art Jenkins」ヴァージョンのヴォイス・パフォーマンス(B面の最後にもまた出てきますが)は金属製メガフォンで声質を変調させたものです。アーケストラらしいホーン陣とボイキンスの剛腕ベースをフィーチャーした「Worlds Approaching」でも異様な音色とミックス・バランスが耳鳴りのようなノイジーな空間を作り出していましたが、ホーンを排した「Strange Strings」はノイズそのものと言ってよい完全即興になるのです。
(Original El Saturn "Strange Strings" LP Liner Cover)
自主制作レーベルのサターンからのサン・ラ・アーケストラのアルバムは録音時期と発売順が錯綜していることで知られ、特にESP-Diskからの話題作『The Heliocentric Worlds of Sun Ra』の発売をきっかけに未発表録音ストックが次々にLP化され、そのうちどれが新録音でどれが旧録音かわからない、という事態になりました。1965年から1967年のリリース作品を推定発売順に並べると(●はサターン盤アルバム、○はサターン以外)、
●Secrets Of The Sun (1962録音) 1965発売
○The Heliocentric Worlds Of Sun Ra (ESP-Disk, 1965.4録音) 1965発売
●Art Forms Of Dimensions Tomorrow (1961-1962録音) 1965発売
●Fate In A Pleasant Mood (1960録音) 1965発売
●The Magic City (1965.Spring, 1965.9録音) 1966発売
●When Angels Speak Of Love (1963録音) 1966発売
●Sun Ra And His Solar Arkestra Visits Planet Earth (1956-1958録音) 1966発売
●Other Planes Of There (1964.early録音) 1966発売
○The Heliocentric Worlds Of Sun Ra, Volume 2 (ESP-Disk, 1965.11録音) 1966発売
○Nothing Is (ESP-Disk, 1966.5録音) 1966発売
○Batman and Robin - The Sensational Guitars of Dan and Dale (Tifton, Uncredited, but featuring Sun Ra & members of the Arkestra and the Blues Project, 1966録音) 1966発売
●Interstellar Low Ways (1959-1960録音) 1967発売
●Strange Strings (1966録音) 1967発売
●We Travel The Space Ways (1956-1961) 1967発売
●Cosmic Tones For Mental Therapy (1963録音) 1967発売
●Angels And Demons At Play (1956-1960録音) 1967発売
と、1965年に4枚、1966年に7枚、1967年に5枚をリリースしています。サターン盤の録音年月日が年度単位でしかわからないのは自主制作なので録音データが残っていないからです。リストのうち、企画盤のバットマンのテーマソング・アルバムを除くと新作と言えるアルバムはESPからの3枚、サターン盤では『The Magic City』と『Strange Strings』で、かろうじて『Secrets Of The Sun』『Art Forms Of Dimensions Tomorrow』『When Angels Speak Of Love』(4年遅れ)、『Other Planes Of There』(3年遅れ)が比較的新しいものですが、アーケストラのアルバム・デビュー年1956年までさかのぼる未発表アルバムが新旧区別なく乱発したのは、サターンの本拠地はシカゴでシカゴ時代からのマネージャーがシカゴ在住のままバンドのマネジメントとサターン・レコーズの経営を手がけており、レコードの取次契約のないサターン盤はバンドの手売りに頼っていました。手売りですから正確な発売年月日もわからず、レコード番号や規格からの推定です。アルバムを制作するごとにマスター・テープはシカゴに送られていましたがレコード化したのはシカゴ時代に『Super-Sonic Jazz』1957と『Jazz in Silhouette』1959、ニューヨーク進出後は『Secrets Of The Sun』1965がやっとのことです。アーケストラのライヴ活動が軌道に乗ったのが1964年6月以降で、年内には1965年のESPからのアルバム発売が決定しましたから、10年分貯まっていた未発表アルバムを新作のリリースに混ぜてジャンジャン出してしまおうという実にインディーズ(実質個人レーベル)ならではのどさくさ紛れがあったのです。それでも1965年~1967年の3年間に発売された15枚のアルバム(バットマン除く)は質量ともに驚異的な作品群でした。同時期にビートルズが発表したアルバムが『Help!』『Rubber Soul』『Revolver』『Oldies』『Sgt.Pepper's Lonely Club Band』『Magical Mystery Tour』の6枚と思うと較べるんじゃなかったと思いますが、サン・ラは1964年には50歳になっていたのでジャズの世界でもこれほどの晩成型の才能は異形です。
(Original El Saturn "Strange Strings" LP Side A & B Label)
このアルバムはノイズそのものの完全即興がいかにして優れたジャズ作品として成り立つか、という以前に演奏法もわからない楽器で12人編成(!)のバンドの合奏ができるか、という無理難題を課題としたアルバムでした。マーシャル・アレン(フルート、オーボエ、アルトサックス)によるとリハーサルも説明もなしに弦楽器を渡されてはい本番、というレコーディングだったそうです。おそらくA1「Worlds Approaching」から先に録音され、この曲は管楽器テーマとベース・オスティナート(リフ)がありますから8小節分のパート譜が配られたと思われます。3・3・2にアクセントを分割しシンコペーションを効かせた快速(全然快くないかもしれませんが)4ビート曲で、アルコ(弓弾き)奏法でピチカート演奏をやってのけるボイキンスの力量はすごいものです。久しぶりにバンドに戻ってきたダニー・デイヴィスのアルトサックスも冴えており、この曲だけなら1962年~1964年の名盤連発時代のアルバムに入っていてもおかしくはないでしょう。本作が大量に弦楽器を購入(すぐに売却したかもしれませんが)を用意するほど力が入っていたのは、『The Magic City』に続いてようやく新作を制作即発売できる環境がサターン・レコーズで整ったためで、力作『The Magic City』と同じく未発表の旧作とは違うスペシャルなアルバムにしたい意欲があったからこそでしょう。サターン盤では異例のことですが、民族音楽学者によるライナーノーツまで載せています。
いくらコミューン的バンドとはいえリーダーが突然メンバーに畑違いの楽器をやれ、とは普通実現しません。AEC(アート・アンサンブル・オブ・シカゴ)のように小編成の合議制バンドで全員がマルチプレイヤーという特殊なチームならばともかく、最小でも7人、多くて10人のアーケストラが今回は12人の最大編成で、それだけ人手を必要としたのもギター系弦楽器と打楽器だけのアンサンブルで担当楽器のプロはベースのボイキンス、ドラムスのクリフォード・ジャーヴィスしかいなかったからです。12人で合奏しているのに音数は案外スカスカなのはソリッドな演奏ができる臨時弦楽器奏者がいなかったからで、全員がパーカッションかけもちで少し演奏してはつっかえ、また演奏してはつっかえとメンバー各自がバラバラに演奏しているのですが、そこはアーケストラ団員だけあって脳内メトロノームは正確にビートを追っている。だからあちこちで分厚いアンサンブルやリズム・ブレイクからのソロイストのピックアップがあってもサウンドが崩れずに、いわば音色のパレットのような効果と素人演奏ゆえの不安定さに由来するモアレのような効果の両方が生まれています。体感ビートがジャズそのものなので現代音楽の即興実験作品にはならないのです。B面12分台と17分台には使用楽器中音域・音色とも一番アコースティック・ギターに近いドブロのソロが聴けますが、マイルス・デイヴィスが『In A Silent Way』1969でジョン・マクラフリン(ギター)に「初めてギターを弾くように弾いてくれ」と指示したという有名なエピソードを先取りするようなプレイであり、アルバム『Strange Strings』全編がそういう作品なのです。ちなみにCDボーナス・トラックはアルバム本編の翌年録音の未発表曲になるようですが、ニューヨークのフルクサス運動からヒントを得たような現実音の操作による異化効果を狙った音楽で、タイトル通りドアの開閉音をレコーディングしたイヴェント的パフォーマンスです。アルバム本編とはコンセプトがつながるようでまったく別物と見るべきですが、これもオマケなら一興でしょう。
Recorded at New York, 1966 except Door Squeak, 1967.
Originally Released by El Saturn Records KH-5472, 1967
All Songs by Sun Ra
(Side A) :
A1. Worlds Approaching - 10:18
A2. Strings Strange (Vocal by Art Jenkins) - 12:48
(Side B) :
B1. Strange Strings (With Lightning Drums) - 20:24
(CD extra track)
TR1. Door Squeak - 10:29
[ Sun Ra and his Astro Infinity Arkestra ]
Sun Ra - electric piano, lightning drum, timpani, squeaky door, strings
Marshall Allen - oboe, alto saxophone, strings
John Gilmore - tenor saxophone, strings
Danny Davis - flute, alto saxophone, strings
Pat Patrick - flute, baritone saxophone, strings
Robert Cummings - bass clarinet, strings
Ali Hassan - trombone, strings
Ronnie Boykins: bass viol
Clifford Jarvis - timpani, percussion
James Jacson - log drums, strings
Carl Nimrod - strings
Art Jenkins - space voice, strings
ついにサン・ラが作ってしまったアーケストラによるギター・アルバム。と言っても通常のスパニッシュ・タイプのアコースティック・ギターから発展した現代ギターではなく、ギター類に分類される古楽器や民族楽器です。『Strange Strings』の構想を得たサン・ラはメンバーを連れて骨董屋や土産物屋をまわり、管楽器メンバーにウクレレ、琴、マンドリン、胡弓、ドブロ、コラ(アフリカの21弦リュート)などさまざまな民族弦楽器(サン・ラは「Moon Guitars」と呼びました)をレコーディング用に共同購入しました。サン・ラを始めメンバーの誰も購入した弦楽器の正式な奏法は知りません。サン・ラはそれでこそ良しとしました。さらにサン・ラは手作りの各種パーカッションをメンバーと制作し、中でも「X」と刻印した鋼鉄板の手製の銅鑼は大がかりで、また直接マイクを取りつけたパーカッションもありました。レコーディングの段取りはシンプルで、A1「Worlds Approaching」こそ管楽器によるテーマ吹奏とベースラインがありますが、A2(Vocal by Art Jenkins)とB面全面(With Lightning Drums)に分かれたアルバム・タイトル曲「Strange Strings」ではベースラインしかありません。サン・ラの指示はメンバーに担当弦楽器とパーカッションを振り分けるだけでした。
メンバーは担当弦楽器の演奏法どころかチューニングすらわからないのでホーンの入る「Worlds Approaching」はまだしも、「Strange Strings」では唯一ベースのスペシャリストのロニー・ボイキンス(本作ではバス・ヴィオルと楽器表記)のピッチが頼りでした。このアルバムではサン・ラはほとんど鍵盤楽器を弾かず、A1でもひとしきりホーンのソロの終わった6分台後半からエレクトリック・ピアノのソロがある程度で、ホーンによるエンド・テーマではやっぱりエレクトリック・ピアノは弾かないのです。また、比較的スウィンギーな「Worlds Approaching」に較べてドラムスとベースが断続的なため「Strange Strings」はテンポ・ルバートに聴こえますが、実際はかなり早いテンポがキープされているのが集団合奏に戻るとわかります。「Vocal by Art Jenkins」ヴァージョンのヴォイス・パフォーマンス(B面の最後にもまた出てきますが)は金属製メガフォンで声質を変調させたものです。アーケストラらしいホーン陣とボイキンスの剛腕ベースをフィーチャーした「Worlds Approaching」でも異様な音色とミックス・バランスが耳鳴りのようなノイジーな空間を作り出していましたが、ホーンを排した「Strange Strings」はノイズそのものと言ってよい完全即興になるのです。
(Original El Saturn "Strange Strings" LP Liner Cover)
自主制作レーベルのサターンからのサン・ラ・アーケストラのアルバムは録音時期と発売順が錯綜していることで知られ、特にESP-Diskからの話題作『The Heliocentric Worlds of Sun Ra』の発売をきっかけに未発表録音ストックが次々にLP化され、そのうちどれが新録音でどれが旧録音かわからない、という事態になりました。1965年から1967年のリリース作品を推定発売順に並べると(●はサターン盤アルバム、○はサターン以外)、
●Secrets Of The Sun (1962録音) 1965発売
○The Heliocentric Worlds Of Sun Ra (ESP-Disk, 1965.4録音) 1965発売
●Art Forms Of Dimensions Tomorrow (1961-1962録音) 1965発売
●Fate In A Pleasant Mood (1960録音) 1965発売
●The Magic City (1965.Spring, 1965.9録音) 1966発売
●When Angels Speak Of Love (1963録音) 1966発売
●Sun Ra And His Solar Arkestra Visits Planet Earth (1956-1958録音) 1966発売
●Other Planes Of There (1964.early録音) 1966発売
○The Heliocentric Worlds Of Sun Ra, Volume 2 (ESP-Disk, 1965.11録音) 1966発売
○Nothing Is (ESP-Disk, 1966.5録音) 1966発売
○Batman and Robin - The Sensational Guitars of Dan and Dale (Tifton, Uncredited, but featuring Sun Ra & members of the Arkestra and the Blues Project, 1966録音) 1966発売
●Interstellar Low Ways (1959-1960録音) 1967発売
●Strange Strings (1966録音) 1967発売
●We Travel The Space Ways (1956-1961) 1967発売
●Cosmic Tones For Mental Therapy (1963録音) 1967発売
●Angels And Demons At Play (1956-1960録音) 1967発売
と、1965年に4枚、1966年に7枚、1967年に5枚をリリースしています。サターン盤の録音年月日が年度単位でしかわからないのは自主制作なので録音データが残っていないからです。リストのうち、企画盤のバットマンのテーマソング・アルバムを除くと新作と言えるアルバムはESPからの3枚、サターン盤では『The Magic City』と『Strange Strings』で、かろうじて『Secrets Of The Sun』『Art Forms Of Dimensions Tomorrow』『When Angels Speak Of Love』(4年遅れ)、『Other Planes Of There』(3年遅れ)が比較的新しいものですが、アーケストラのアルバム・デビュー年1956年までさかのぼる未発表アルバムが新旧区別なく乱発したのは、サターンの本拠地はシカゴでシカゴ時代からのマネージャーがシカゴ在住のままバンドのマネジメントとサターン・レコーズの経営を手がけており、レコードの取次契約のないサターン盤はバンドの手売りに頼っていました。手売りですから正確な発売年月日もわからず、レコード番号や規格からの推定です。アルバムを制作するごとにマスター・テープはシカゴに送られていましたがレコード化したのはシカゴ時代に『Super-Sonic Jazz』1957と『Jazz in Silhouette』1959、ニューヨーク進出後は『Secrets Of The Sun』1965がやっとのことです。アーケストラのライヴ活動が軌道に乗ったのが1964年6月以降で、年内には1965年のESPからのアルバム発売が決定しましたから、10年分貯まっていた未発表アルバムを新作のリリースに混ぜてジャンジャン出してしまおうという実にインディーズ(実質個人レーベル)ならではのどさくさ紛れがあったのです。それでも1965年~1967年の3年間に発売された15枚のアルバム(バットマン除く)は質量ともに驚異的な作品群でした。同時期にビートルズが発表したアルバムが『Help!』『Rubber Soul』『Revolver』『Oldies』『Sgt.Pepper's Lonely Club Band』『Magical Mystery Tour』の6枚と思うと較べるんじゃなかったと思いますが、サン・ラは1964年には50歳になっていたのでジャズの世界でもこれほどの晩成型の才能は異形です。
(Original El Saturn "Strange Strings" LP Side A & B Label)
このアルバムはノイズそのものの完全即興がいかにして優れたジャズ作品として成り立つか、という以前に演奏法もわからない楽器で12人編成(!)のバンドの合奏ができるか、という無理難題を課題としたアルバムでした。マーシャル・アレン(フルート、オーボエ、アルトサックス)によるとリハーサルも説明もなしに弦楽器を渡されてはい本番、というレコーディングだったそうです。おそらくA1「Worlds Approaching」から先に録音され、この曲は管楽器テーマとベース・オスティナート(リフ)がありますから8小節分のパート譜が配られたと思われます。3・3・2にアクセントを分割しシンコペーションを効かせた快速(全然快くないかもしれませんが)4ビート曲で、アルコ(弓弾き)奏法でピチカート演奏をやってのけるボイキンスの力量はすごいものです。久しぶりにバンドに戻ってきたダニー・デイヴィスのアルトサックスも冴えており、この曲だけなら1962年~1964年の名盤連発時代のアルバムに入っていてもおかしくはないでしょう。本作が大量に弦楽器を購入(すぐに売却したかもしれませんが)を用意するほど力が入っていたのは、『The Magic City』に続いてようやく新作を制作即発売できる環境がサターン・レコーズで整ったためで、力作『The Magic City』と同じく未発表の旧作とは違うスペシャルなアルバムにしたい意欲があったからこそでしょう。サターン盤では異例のことですが、民族音楽学者によるライナーノーツまで載せています。
いくらコミューン的バンドとはいえリーダーが突然メンバーに畑違いの楽器をやれ、とは普通実現しません。AEC(アート・アンサンブル・オブ・シカゴ)のように小編成の合議制バンドで全員がマルチプレイヤーという特殊なチームならばともかく、最小でも7人、多くて10人のアーケストラが今回は12人の最大編成で、それだけ人手を必要としたのもギター系弦楽器と打楽器だけのアンサンブルで担当楽器のプロはベースのボイキンス、ドラムスのクリフォード・ジャーヴィスしかいなかったからです。12人で合奏しているのに音数は案外スカスカなのはソリッドな演奏ができる臨時弦楽器奏者がいなかったからで、全員がパーカッションかけもちで少し演奏してはつっかえ、また演奏してはつっかえとメンバー各自がバラバラに演奏しているのですが、そこはアーケストラ団員だけあって脳内メトロノームは正確にビートを追っている。だからあちこちで分厚いアンサンブルやリズム・ブレイクからのソロイストのピックアップがあってもサウンドが崩れずに、いわば音色のパレットのような効果と素人演奏ゆえの不安定さに由来するモアレのような効果の両方が生まれています。体感ビートがジャズそのものなので現代音楽の即興実験作品にはならないのです。B面12分台と17分台には使用楽器中音域・音色とも一番アコースティック・ギターに近いドブロのソロが聴けますが、マイルス・デイヴィスが『In A Silent Way』1969でジョン・マクラフリン(ギター)に「初めてギターを弾くように弾いてくれ」と指示したという有名なエピソードを先取りするようなプレイであり、アルバム『Strange Strings』全編がそういう作品なのです。ちなみにCDボーナス・トラックはアルバム本編の翌年録音の未発表曲になるようですが、ニューヨークのフルクサス運動からヒントを得たような現実音の操作による異化効果を狙った音楽で、タイトル通りドアの開閉音をレコーディングしたイヴェント的パフォーマンスです。アルバム本編とはコンセプトがつながるようでまったく別物と見るべきですが、これもオマケなら一興でしょう。