Charles Mingus - Pithecanthoropus Erectus (Atlantic, 1956) (後)

Charles Mingus - Pithecanthropus Erectus (Atlantic, 1956) Full Album
Recorded at Audio-Video Studios, New York City, January 30, 1956
Recording Engineered by Tom Dowd
Released by Atlantic Records Atlantic LP1237, July 1956
All tracks composed by Charles Mingus except where noted.
(Side A)
A1. Pithecanthropus Erectus : https://youtu.be/pkdDSALout0 - 10:36
A2. A Foggy Day : https://youtu.be/QUo5gD6WlyA - 7:50 (George Gershwin)
(Side B)
B1. Profile of Jackie : https://youtu.be/jfAxH1KDfL4 - 3:11
B2. Love Chant : https://youtu.be/9qwN3VjsToI - 14:59
[ The Charles Mingus Jazz Workshop ]
Charles Mingus - bass
Jackie McLean - alto saxophone
J. R. Monterose - tenor saxophone
Mal Waldron - piano
Willie Jones - drums

　ミンガスはバップ世代のジャズマンだったがベーシストであり、ソロイストというよりは作編曲を手がけるバンドリーダーで、ビ・バップ以前のビッグバンド・ジャズの質感をビ・バップに融合して革新するのが基本的アイディアだった。最初期の録音は現在『Baron Mingus - West Coast 1945-49』(1949, Uptown)、『Strings and Keys』(duo with Spaulding Givens) (1951, Debut)、『The Young Rebel](1952, Swingtime)、『The Charles Mingus Duo and Trio』(1953, Fantasy)、『Charles Mingus Octet』(1953, Debut)などにまとめられているが、明らかに粗雑な失敗作か(十分なリハーサルが不可能だったのだろう)、無理の目立つアルバムばかりだった。意欲的な実験作を目指して失敗していた。ただし批評家の注目は大きく、またこれまでのアルバムはすべてミンガス自身のインディーズ作品でもあり、10インチ・アルバムを2まいずつカップリングしたサヴォイ盤、ベツレヘム盤に続けて(1954年まではLP規格は10インチ盤だった)、1956年の本作は前年、レーベル維持の困難を押して発売された『Mingus at the Bohemia』と姉妹編『The Charles Mingus Quintet & Max Roach』を下敷きについに準メジャャー･レーベルのアトランティックから起死回生の再デビュー作の意気込みで発表される。それほど『Pithecanthoropus Erectus』はミンガスの前半生のキャリアを傾注したアルバムだったということができる。
　前回アルバム・リストに附記したAllmusic.com.は1991年開設のアメリカ最大の音楽サイトで、ウィキペディア他の辞典サイトではもっとも公正で信頼に足る(標準的な、と言い換えても良い)メディア評価としてAllmusic.com.の評価を引用するのが慣習になっている。★★★★で秀作、★★★★☆以上は傑作で必聴盤とされるから、まとめてリストにするとミンガス作品の平均的な定評の高さがありありと感じられる。しかも2000年頃より評価の上昇した作品が多くあり(主にCD再発の進んだインディーズ作品)、評価の下降した作品はないから平均点はますます上がった。だが実はマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンもそうなのだが、ミンガスの音楽にはどこかジャズの本流から外れたところがある。歴史的な懸隔を置いてみると、本流ジャズからは外道と思われてきたサン・ラやラサーン・ローランド・カークの方がジャズの普遍性を守ってきたのではないかという見方が出てきた。たとえばジャズのサックス奏者とは何か、といえばチャーリー・パーカーに感化されたサックス奏者を言う。ジャズ・ピアニストとはセロニアス・モンクやバド・パウエルから学んだピアニストになるだろう。パーカーやモンク、パウエルらバップ世代の音楽にある普遍性がサン・ラやローランド・カークにもある、という見方が浸透するとともに、マイルスやコルトレーン、ミンガスのジャズはあまりにアーティストの個性に依存したものであり、個人的な音楽なのではないか、と従来の評価軸とは異なる視点から検討されるようになり、高い評価には違いはないのだが意味するところはだいぶ変化してきた。
(Original Atlantic "Pithecanthropus Erectus" Side 1 Label)

　このアルバムはミンガス長年の試行錯誤が『Jazz Composers Workshop』1954、『The Jazz Experiments』1955でようやく方向性をつかみ、『Mingus at the Bohemia』『Quintet & Max Roach』1955 (同時録音のライヴ)であと一歩まで実現されていたものだった。すいません、くり返すと長くなるのでこのブログ内をCharles Mingusで検索いただければ前記アルバムの紹介と『Pithecanthoropus Erectus(直立猿人)』との関連が書いてあります。カフェ・ボヘミアのライヴでピアノのマル・ウォルドロン、ドラムスのウィリー・ジョーンズはすでに参加していた。テディ・チャールズ(ヴィブラフォン)のアルバムで共演歴のある白人テナーのJ.R.モンテローズ、マイルス・デイヴィスから紹介されたパーカー派アルトのジャッキー・マクリーンの2サックスがアルバムの成功を左右するほどに貢献した。サン・ラ・アーケストラは最低でもセプテット＝7人編成(4サックス)～オクテット＝10人編成(2トランペット、1トロンボーン、4サックス)のアンサンブルを要したが、ミンガスのバンドは通常のスモール・バップ・コンボと変わらないクインテット＝5人(2管)編成で4管～7管編成に匹敵するサウンドを生み出した。これは本当に驚異的なアレンジ術で、サン・ラも30年代のビッグバンド・ジャズならトランペット4、トロンボーン4、サックス5＋ギター、ピアノ、ベース、ドラムスと17人編成が標準だったのを半数の人数に圧縮した巧みな技法が再評価されたが、ミンガスはむしろ40年代ビ・バップのスモール・バンド編成からビッグバンドと紛うばかりのサウンドを引き出した。それが可能になったのは神経接続されたような5人のメンバー間の一体感によるところが大きく、リーダーで作編曲を勤めるミンガスがベーシストなので、常にベースが演奏を引っ張っていくサウンド・バランスがこのアルバムでは最上の録音でとらえられている。
　また、このアルバムは黒人ジャズが初めて生み出したコンセプト・アルバムでもあり、そのコンセプトは単なる素材やジャンルの統一ではなくアルバム1枚に独自の主張が込められたものだった。これは以降のミンガス自身の作品に引き継がれたのみならず他のジャズマンにも、また60年代半ばにはロックを主に白人ポピュラー音楽のアルバム制作にも影響を与えることになる。その意味で、前作のカフェ・ボヘミア盤の傑作曲「Jump Monk」「Percussion Discussion」「Work Song」、次作『The Clown(道化師)』1957でスタジオ録音の決定ヴァージョンが作られるキラーチューン「Haitian Fight Song」はボヘミアでのライヴ盤で初演している「A Foggy Day」「Love Chant」とともに『直立猿人』に入っていてもおかしくない完成度に達していたが、選曲の基準は表題曲を冒頭に全4曲で4楽章の交響組曲的効果を狙ったアルバム・コンセプトにあった。先に上げた曲はアルバム1、2で着手されたジャズによる交響詩という方向性がほぼ完成型を見せたもので、ミンガス曲中でも屈指の名曲「Jump Monk」や「Work Song」「Haitian Fight Song」は『直立猿人』ではタイトル曲と相殺しあってしまう、という判断だったのだろう。アルバムを代表するタイトル曲「Pithecanthoropus Erectus」は新曲だが、実際は『The Jazz Experiments of Charles Mingus』1955収録の「Minor Intrusion」「Thrice Upon a Theme」のアンサンブル展開部を下敷きに明快なテーマと印象的な構成に再構成したもので、複雑さが先に立っていささか焦点の合わなかった両曲の短所を払底してみせたものだった。『The Jazz Experiments』は1954年12月の録音だから、間にカフェ・ボヘミアのライヴ盤を挟んで1956年1月にはこれほどの進展を果たしたことになる。
(Original Atlantic "Pithecanthropus Erectus" Side 2 Label)

　アルバム・タイトル曲は、ミンガス自身の説明では(オリジナル・ライナーノーツによる)、「Evolution(進化)」「Superiority Complex(優越感)」「Decline(衰退)」「Destruction(滅亡)」の4部構成の組曲。人類の文明社会を風刺しているとも取れる曲で、ジャズに文学的要素を持ち込んだ曲として高く評価された。巧みに計算されたテーマ部分と、破壊的な即興演奏が、激しいコントラストを織り成す(英語版ウィキペディアより)。テーマ＝A8小節＋B4小節＋C24小節の変則構成のうちC部がコレクティヴ・インプロヴィゼーションになる構成で、・コレクティヴ・インプロヴィゼーションを交えたテーマ・アンサンブル→テナー→コレクティヴ・インプロヴィゼーション→ピアノ→アルト→コレクティヴ・インプロヴィゼーション→アンサンブルで終結する。テナーソロのバックでアルトサックスがベース、ドラムスとぴったり合ったトニック音のヒットを打ち出すのが、ビッグバンド・ジャズよりも80年代ポップス以降常套になったサンプリング音源によるオーケストラ・ヒット手法に類似した鋭い効果を実現している。また、マクリーンのアルトサックスがフリージャズの先駆となる擬声音・擬態音を駆使しているのが目立つ。タイトル曲の喧騒を引き継ぐように、自動車のクラクション音をサックスが模した導入部から始まるガーシュイン兄弟作の「A Foggy Day」はビリー・ホリデイ(この直後からマル・ウォルドロンが専属ピアニストになる)やフランク・シナトラも取り上げた大スタンダードで、1937年のミュージカル映画『踊る騎士』で主演のフレッド・アステアが歌った主題歌では霧のロンドンの情景を歌った曲なのだが、ミンガスは「霧」を自動車のスモッグでけぶるロサンゼルスの情景に置き換えてアレンジした。テーマ＝A8小節＋A'8小節＝16小節。テナーによるテーマにアルトのインプロヴィゼーションが絡む→ピアノ→ベース→アルト→コレクティヴ・インプロヴィゼーションで終結し、テナーソロのバックのアルトサックスによるノイズ・インプロヴィゼーションは当時も現在もジャズの規格外の手法になる。
　アルバムのB面(第2面)はジャッキー・マクリーンをフィーチャーしたバラードの小品が4楽章交響曲のメヌエット楽章のように置かれ、アルバムの統一感を高めている。テーマ＝A8小節＋B8小節＝16小節＋倍テンポのAB16小節＋元テンポの16小節で、構成はアンサンブル→アルト・ソロからなる簡素なもの。最終曲「Love Chant」は15分におよぶアルバム最長の演奏で、テーマ＝A8小節＋A8小節＋B8小節＋A8小節＝16小節＋A8小節＋A8小節＋B8小節＋A'12小節(リズム・ブレイク)→5度転調して4小節単位でI→IV→V→Iの循環コード進行によるアドリブ・ソロ、と基本構造からも永遠に続いていく雄大な楽想を持つ。実際の演奏は、ピアノ主導のコード提示によるコレクティヴ・インプロヴィゼーションによるテーマ→アルト→ピアノ→テナー→ピアノ→ベース→アルト→コレクティヴ・インプロヴィゼーション→アンサンブル、という構成で進行する。全4曲、どの曲でもフィーチャーされるソロイストの見事なソロが聴けるのだが、個人芸としてのアドリブ・ソロというより曲のムードの中で展開されている観が強く、ミンガスの音楽として最上のものではあるがマクリーン、モンテローズ、ウォルドロンらメンバーたちの音楽性がリーダーの指揮によって昇華されたもの、とは見做しづらい。マイルスやコルトレーンにはメンバーの潜在能力を最大に引き出す発想があったが、ミンガスの場合はアルバム毎に必要な芸風を持ったメンバーを招集したもの、または都合のついたメンバーの組み合わせから最適な音楽を汲み出したものにとどまる、という印象を受ける。ミンガスがジャズマン中もっともロックのバンド・サウンドに影響が強く、基本的には今でもミンガスの発明がロック・バンドの基礎的フォーマットに生き続けているのも、一言で言えばミンガスの音楽がハード・ロックだったからになる。ミンガスのジャズは黒人ジャズなのだが、どこか白人がイメージした黒人ジャズのような人工性があり、では作為的かといえば本気でなければこれほどのものは作れない。一見して見えるほどにはミンガスの音楽は黒くも白くもない、アーティストの意図通りとは思えない要素も多く含んだもののように聴こえる。