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Channel: 人生は野菜スープ(または毎晩午前0時更新の男)
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真夜中の塩ラーメン

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 電気ポットで沸騰させた湯を麺を入れた鍋に注ぎ、同時にタイマー代わりのCDをスタートさせる。1分ほどで麺がほぐれてきたら玉子を中央に割り入れて、崩さないように周囲の麺で玉子をつつませる。野菜と併せて煮込めば油揚げ麺の油気が中和されてなお良いが、この銘柄は初めてなので今回はあえて野菜は入れない。ただし出来上がりに刻みネギはたっぷり入れるのは好みだから欠かさない。味つけメンマ少々、胡椒をひとふり。ハムかチャーシュー、ベーコンでもあればさらに良いが、今は真夜中なのだ。贅沢は言わない。

 今回食べたのは、5袋178円という値段も魅力の明星食品「評判屋」の塩ラーメンだが、いわゆるノンフライ急速乾燥麺タイプではない瞬間油熱乾燥法による味つけ油揚げ麺ではやっぱり日清食品のチキンラーメン、サンヨー食品のサッポロ一番に較べて明星食品のチャルメラはいまいちだな、という印象があった。だから評判屋という新ブランドを出したのだろうが、パッケージも地味だし何より価格に弱気が現れている。特に取り柄はありませんけど安いですから、と実に腰が低い。ノンフライ麺やカップ麺が高級化する一方で5人家族でも178円、というのは偉い。ノンフライ麺、カップ麺では1人前でそのくらいの価格のものもあるのだ。だがインスタントラーメンとは、そもそも、(1)安くて(2)手軽で(3)腹の足しになる、以上である必要があるだろうか。

 何で真夜中に塩ラーメンなど食べたかというと、『八月の狂詩曲』まで観て夜更かしして遅くなったからだが、昨夜は『夢』だけ観るつもりだった。ところが『夢』はひどい映画で、口直しをしなければ寝る気になれない。どれだけひどくても『夢』よりはましだろう、と夜中の2本立て鑑賞になってしまったわけだが(実際『八月』は『夢』よりはましだった)、以前ご報告した通り12月に入ってから毎日1、2本ずつ黒澤明の映画をDVDで作品年代順に観ている。先週までに『姿三四郎』1943、『一番美しく』1944、『続姿三四郎』1945、『虎の尾を踏む男達』1945、『わが青春に悔なし』1946、『素晴らしき日曜日』1947、『酔いどれ天使』1948、『静かなる決闘』1949(大映)、『野良犬』1949(新東宝)、『醜聞(スキャンダル)』1950(松竹)、『羅生門』1950(大映)、『白痴』1951(松竹)、『生きる』1952、『七人の侍』1954、『生きものの記録』1955、『蜘蛛巣城』1957、『どん底』1957、『隠し砦の三悪人』1958、『悪い奴ほどよく眠る』1960、『用心棒』1960まで観た。黒澤明は東宝の監督だから、注記以外は東宝作品になる。先週までで全30作中20作まで観進んでいた。

 今週は『椿三十郎』1962、『天国と地獄』1963、『赤ひげ』1965(ここまでが東宝作品)、ここから先は黒澤明自身のインディーズで『どですかでん』1970(東宝配給)、『デルス・ウザーラ』1975(モスフィルム制作・日本ヘラルド配給)、『影武者』1980(東宝配給)、『乱』1985(東宝配給)、『夢』(ワーナー・ブラザース制作配給)1990、『八月の狂詩曲』1991(松竹配給)、『まあだだよ』1993(大映配給)と、あと1本『まあだだよ』を観たら全30作品観終えてしまう。黒澤明は33歳で最初の監督作品を撮ってから83歳の第30作まで50年間現役だったわけで、そのうち22本は前半20年間の作品になり、1965年の『赤ひげ』の後は日本映画の斜陽化とともに5年に1作の制作にしか恵まれなかったが、黒澤明自身が『赤ひげ』までで(生気という点ではせいぜい『どですかでん』『デルス・ウザーラ』までで)すべてを出し尽くしてしまったようにも見える。意地で観るのでもなければ全30作観る必要はないのだが、一人の映画監督の全作品(しかも際立って長命で、全作品を自作シナリオで制作している)を追うのは個別に作品を楽しむ以上の興味深さがある。

 黒澤明(1910~1998)の絶頂期は『酔いどれ天使』1948(38歳)~『赤ひげ』1965(55歳)まで、もう少し狭めれば『用心棒』1960(50歳)までで、『酔いどれ天使』以前の作品も優れているがムラがある。『赤ひげ』の次作は『どですかでん』1970(60歳)に、さらにソビエト映画『デルス・ウザーラ』1975(65歳)に飛ぶが、38歳~55歳までが働き盛りで特に50歳までは活力に溢れ、60歳、65歳と達観した作風に移行していき、『影武者』1980(70歳)、『乱』1985(75歳)ではかつてのスペクタクル時代劇に戻ったがまるで生気が失われていた。スピルバーグ・プロデュース、寺尾聰、マーティン・スコセッシ出演のアメリカ映画『夢』1990(80歳)も他愛ない短編オムニバス映画になった。芥川賞受賞作を原作に映画による長崎の原爆慰霊碑を企てた吉岡秀隆、リチャード・ギア主演作品『八月の狂詩曲』1991(81歳)はひさびさの現代劇になったが、密度の薄さや単調さは否めない。こうしてみると、年齢が率直に作品の充実度に反映している人で、日本映画中もっとも訴求力の高い作品(もっとも優れた作品というのではなく)を作り続けていたのも、その率直さが観客を惹きつけていたのだと思う。

 そんなわけであとは遺作『まあだだよ』1993(83歳)を観れば黒澤明作品コンプになり、そのうち映画評みたいなものを書くかもしれないが(ずばりお薦めなら『酔いどれ天使』『野良犬』『七人の侍』『生きる』『用心棒』『赤ひげ』からならどれを観ても満足できる)、怒濤のように黒澤作品を観て、反動のようにインスタントラーメンの、(1)安くて(2)手軽で(3)腹の足しになる、という気楽さが懐かしくなるのも事実なのだった。晩年近い作品でもやはり肩の力が抜けていない。黒澤明は昭和18年~平成3年まで映画を発表し、平成10年の逝去まで次回作のシナリオを書いていた人だが、昭和戦後の映画文化を代表したのが黒澤明なら同じ時代に簡易食の代表のように普及したのがインスタントラーメンだった。一方に黒澤映画、一方にインスタントラーメンというとこじつけもいいところだが、そうでもしなければこの作文も終わらせようがない。

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